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巫女教育機関編

十話 

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 大厄と呼ばれる存在、未だその発生理由や生態は謎であり、大厄による脅威は防げずにいる。
 その姿形は基本的には人型であり、朽ちた鎧を着こんだ武者のような姿。
 蒼い炎の揺らめきを纏い、神出鬼没で突如現れる、故にその被害を防ぐには迅速な対応が求められる。

 そして、大厄にはその脅威の度合いに応じた呼称があり、それにより危険度が変わる。

 ――苦難。
 ――惨苦。
 ――艱難辛苦。

 おおよそ三つの呼び名で大厄は分類され、その割合の多くが苦難とされる大厄。
 惨苦と呼ばれる大厄は二メートル程の大きさであり、発生頻度こそ少ないものの武具を扱う知性と、一般人より巫女を優先して襲う強力な大厄である。
 その二つの大厄に当てはまらない、例外的な大厄を艱難辛苦と呼び、過去に発生した際はいずれも記録的な被害を受けている。

 しかし、こうした記録はされているものの、大厄の核心に迫る情報が一切ない。
 その要因が数百年に渡る戦いを引き起こし、罪の無い人々が犠牲になっている。

 「……洋助くん、何を読んでいるの?」
 「あ、あぁ…、大厄の資料を、ちょっと、な」
 「そんなの読んで、で、電車ッ!?電車は大丈夫なのッ!?」
 「雪…、電車じゃなくて新幹線な、あと駅着くまでは適当に過ごして大丈夫だから」

 大厄対策本部に向かう車内で、慌てた様子で雪は縮こまる。

 「しかし意外だな、雪がこんなのに怖がるなんて」
 「電車、初めて乗るから…、それに事故が多いって聞いた…」
 「初めて乗るって…、まじか…」

 毎日剣術の鍛錬に付き合ってくれていたから忘れていたが、巴雪は名家の現当主であり、箱入り娘でもあった。
 一般庶民の生活には疎くて当たり前で、電車等の公共交通機関に乗ったことが無いのも納得できる。

 「あと一時間ぐらいで目的地だから、もう少しリラックスしてなよ」
 「こんな状態で落ち着いていられないわ、足元がふわふわするもの」

 普段見られない困り顔の雪を眺めて、背もたれに体重を寄せる。
 あれやこれやと心配事を話してくる雪を横目に、大厄の資料に目を通して時間を潰すと目的の駅に着く。

 「雪、駅降りるとき人多いから気を付けて」
 「え、えぇ…、わかってる」
 「…刀、かさばるから人に当たらない様にね」
 「わ…わかっているわッ!?馬鹿にしないでッ!?」

 子供扱いされたのが気に入らなかったのか、頬を赤くしながら刀を帯刀する。

 「その刀…いつも思っていたけど綺麗だよな、装飾の意図というか…、色合いというか…、雪に似合う赤色だと思う」
 「きゅ…急になに、貴方がそんな事を話すなんて珍しいわね…」
 「いや…、俺も支給された刀を受け取って自分で刀を持ったからさ、刀の細かな部分が気になって、つい…、な」

 少し照れ臭そうに笑うと、洋助は自分の刀を帯刀する。
 武骨で黒一辺倒のその刀は、実用性と量産性を重視した刀であり、扱いやすい仕様になっている。
 対して雪が握る刀は鞘が薄い赤色となっており、もみじの意図が施された芸術性の高い仕上がりである。
 
 その刀身も綺麗な刃文が刻まれており、職人の技が垣間見える。

 「この刀は巴家で代々受け継がれてきた刀だから、そう言ってもらえると嬉しい」

 優しく微笑むと撫でるように柄に手を置く。

 「銘は日緋色金、母さんもこの刀で戦巫女として戦っていたの…」
 「そっか…、母親も巫女なのか…」
 「まぁ、と言っても既に退役して、今は巴家の道場で祖父の宗一郎さんと一緒に暮らしているの」
 
 ――巴宗一郎。

 四代目巴家当主にして、神力を持たない生身の人間でありながら、大厄を切り伏せた実績を持つ大厄撃破者の剣聖。
 巴雪の師でもあり、現代巫女の基礎剣術を指導するほどの腕前である。
 
 「巫女の力を引き継いでいる家も、それはそれで大変そうだな」
 「責任や重圧はあるけど、大変ってことはないわよ」
 「そういうものか…」

 慣れ、もあるのだろう。
 巫女としての責務、名家として生まれた意味、どれほどの重さを背負っても生まれた時からそれが日常、だから笑っていられる。

 しばらくしてお互いの身の上話を交えつつ、駅内を歩いて外に出る。
 その際通行人の視線が刀に集中していたが、やはり男でありながら刀を持つことは違和感があるらしい。

 「……やっぱり少し居心地が悪いな」
 「そう?周りが女性だけの環境よりはマシだと思うけど」
 「…それもそうか」

 身分証を提示すれば刀の所持は理解を得られる、が、男の巫女なんて前代未聞であるので出来る限り目立たない様に本部に向かえ、と茜さんには言われている。
 
 そもそも、巫女は外出の際、例外なく刀を所持しなければならない、それは緊急の事態に対応するためであり、出先で大厄が出現した際に応戦しなければならないためである。
 無論これは研修中である巫女にも適用され、本部に向かう洋助と雪にも刀の所持を義務付けた。

 「さて…思ったより早く着きそうだな、多分先に見えるだだっ広い施設が大厄対策本部だ、…一時間ぐらいなら余裕あるからどこか寄ろうか?」
 「今回の招集は一応お務めだから、遊んでいい訳じゃないけど…」
 「違うな雪、結界が厳重な東京と言えど大厄が現れる可能性はある、なので人の多い場所を把握するのも立派なお務めだぞ」
 「洋助君…随分口が回るじゃない」
 「…まぁ、な、少し懐かしくて、それに雪にも見て欲しい物とかあるし」

 洋助は一般家庭で育ち、その日常を知っている。

 巫女教育機関がどれほど人道的な教育方針を目指そうとも、一般の人間と関わり、同じ場所で生活する事などほぼ無い。
 平凡な目線から見える風景と、巫女としての立場からしか見えない風景を知っている洋助は、雪にも同じ物を見てもらいたい、そう、思ってしまったのだ。

 「仕方ないわね…少しなら付き合ってあげる」
 「…あ、ありがとう、雪」

 それはたった一時間、だがその僅かな刻限は久しぶりに訪れた穏やかな時間。
 
 大厄に襲われ家族を失い、目標の為限られた時間をすべて注いできた少年と、生まれながらの才能と恵まれた環境を持ちながらも、家族を失った少女。

 共通する悲劇を背負った二人は、今だけは年相応の少年少女のような表情であった。
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