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巫女教育機関編

一話 

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 ――巫女、この日ノ本では彼女達はそう呼ばれる。
 
 神事、祭事において重要な役割を担い、『神力』と呼ばれる能力を扱える彼女達は、その希少性から人々から尊敬と敬意を持たれている。
 
 そしてなにより、『大厄』と呼ばれる異形の脅威に対して唯一の対抗手段でもある彼女達は、英雄的な存在でもある。

 そんな特異な存在である彼女達の力は、例外なく女性に限った力である。
 故に、巫女を育成する教育機関では生徒である巫女を中心に、教員や施設関係者がほぼ女性である、はずだった――。

 「――ここが…、巫女教育機関関東支部」

 厳重な警備がされた校門を進み、歩く青年。
 足取りは重く、その瞳は暗く染まり、淀んだ意思が宿っている。

 「今日からここが君の住む部屋だ、分からない事があれば聞くように」
 「…はい」

 軽く俯きながら青年は答える、声色は他者を拒むかのように。

 「くれぐれも神力は使わない様に、呼ばれるまで部屋で待機していなさい」
 「…はい」

 監禁にも似た体制で青年を閉じ込め、その場を後にする刀を持つ女性は、この教育施設の教員の一人であり、巫女でもある。
 取り残された青年は、壁を背に一枚の写真を取り出す。

 「――俺が…、俺が仇を取るから、父さん…母さん…、伊織…」

 青年はぽつり、と呟く。
 それは亡き家族に対する後悔のような独り言。
 
 一か月程前、青年は大厄に襲われた。
 
 家族との旅行中、突如現れた大厄により一家は引き裂かれ、青年は妹に庇われなんとか一命を取り留めた。
 大厄による襲撃はよくある話であり、青年に限った話ではないが、問題はその後である。
 

 ―――意識を取り戻した彼は、何故か、男性でありながら神力を扱える様になっていた。


 大厄対策本部が下した決定は、彼を教育機関で保護することでその例外的な力を監視、管理する事である。
 この処置には青年が抱える感情にも原因があり、意識を取り戻して以降の彼は復讐心や憎悪に囚われ、神力の暴走を引き起こした経緯から危険とみなされた。

 「絶対に…俺が、大厄を滅ぼすッ…」

 拳を握り、怒りを堪える。
 
 目を閉じれば大厄に襲われる光景、血に染まる家族、そして自分を庇う妹の姿が浮かび冷静ではいられなくなる、その殺気が彼の意思とは関係なく神力を体から漏れ出させる。
 
 すると、その異様な空気を感じ取るように一人の女性が部屋に入る。

 「や、君が洋助くんか、なんとまぁ酷い顔をしている」
 「……」

 軽い雰囲気で語り掛ける彼女もまた、巫女であった。

 「明日から君の監督役となる、実技剣術指導担当の早坂茜だ」
 「……あ…赤原洋助、です」

 実技剣術は教育項目の一つである。
 刀の扱い方をはじめ、神力を使った刀の使い方を覚えるため実戦で経験を積んだ巫女が実際に指導していく。

 「ん、よろしく、…あと、君の剣術指導担当でもあるから」

 巫女の戦い方は基本的には刀を用いた接近戦である、これは神力の性質に大きな理由がある。
 神力は自身の身体に巡らせ超人的な身体能力を得る事ができる他、特定の場所で使用することで空間を移動する等、様々な用途にも使える。
 
 だが、神力を無機物に宿そうとするとその力は一瞬で霧の様に霧散し、最悪の場合力が暴発して危険な物となる。
 よって基本的には物や他者に神力を使うのはご法度である、―――刀を除き。

 巫女が使う刀には特殊な金属が使われており、それには神力を通し、保持する効果がある。
 昔からの武器ではあるが、これ以上に最適な武器が存在しない、故に長い年月が経とうと刀が廃れない理由が確かにある。

 「俺は…、強くなれますか…、大厄を…、滅ぼせるぐらい」
 「少なくとも、今のままじゃ無理だろうな」
 「力が無いからですか…」
 「違う、君の気持ちが足枷なんだ」

 訳がわからず青年は顔を上げ早坂茜に言い放つ。

 「気持ち?俺は…俺には復讐しかないんですッ!それがッ、それがいけないんですかッ!!」
 「…そうだ、今の君には分からないだろうが、きっとわかる日がくる、だから――」

 茜は殺気立つ青年に対し、ただ、優しく手を伸ばし――。

 「だから、そんな顔で泣くな…」

 ――静かに、頭を撫でる。
 
 茜はこの僅かなやり取りだけで青年の、赤原洋助という少年の心を察し、その痛みを感じ取った。
 それ程までに彼が抱える心の闇は重く、そして悲痛なぐらい孤独であった。

 「明日から君の世界は変わる、少し居心地は悪いだろうが励んでくれ」
 「……はい」

 纏っていた殺気は無くなり、そこには涙を流すだけのただの少年がいた。
 ずっと張り詰めていた物がするりと落ちるように、流せなかった涙が落ちていく。
 
 「今日はもう休め、また明日来る」
 
 静かに戸を閉め、その場を後にする早坂。
 洋助はただ自分を責めるように泣き続け、糸が切れるように意識は闇にまどろんだ。
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