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第四話 貴方と再会
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「お久しぶりです、ラリマール様」
見合い会場として使っている中庭で、植えてある薔薇を眺めていた彼へを掛ける。不躾だっただろうかと思ったが、気にならなかったのかラリマール様は微笑んでくれた。
「こちらこそ。私を覚えていて下さり恐縮です」
「その節はお世話になりました。具体的な学生生活を思い描けるようになった事で、受験勉強にも更に気合いが入りましたわ」
「貴女のお役に経てたのならば何よりです」
にこにこと笑っている姿を見ていると、こちらの緊張も解けていくようだった。立ち話も何ですからと促し、用意した席に誘導する。彼が座った後で、メイドに合図して紅茶と茶菓子の用意をさせた。それが終わるのを見計らってから、彼に飲むよう促す。
(……やっぱり貴族ね。所作が綺麗)
ハンドルには指を入れずに持ち上げ、音を立てずに飲んでいる。フォークとナイフを使う際も、カチャカチャと煩くないし茶菓子が飛び散っていない。基本的なテーブルマナーは申し分ないようだ。
「このスコーンは王宮のシェフが作られたものですか?」
「そうですよ。今日のために、腕によりをかけて作ってくれました」
「道理で。バターがふわりと香って美味しいです」
「ありがとうございます。伝えておきますね」
幸せそうにスコーンを頬張っているラリマール様の姿が、以前飼っていたハムスターを思い出させた。あの子も、ヒマワリの種をあげたらこうやって頬張っていたっけ。
「王女様」
「ラリマール様」
他愛ない世間話の後、二人同時に口を開いた。お互いにそちらが先にどうぞと譲り合い合戦になってしまったが、彼の方が根負けしたのか先に話をしてくれる。
「王女様が医療に興味を持ったきっかけは、何だったのですか?」
「私が医療に興味を持ったきっかけ、ですか」
「はい。もしかして……貴女は、お姉さまの火傷の痕をご自身の手で治したいとお思いなのかと」
「そうですね、それもあります」
特に隠している事でもないので、思ったまま返答する。姉さまの意思が最優先だから、本人が治す必要性を感じていないなら無理強いはしないけれど。でも、もしも、姉さまがそう願うのであれば、私は全身全霊で治療するつもりだ。
「それも、ですか。それならば、別の理由もあるという事ですか?」
「はい。私が王女としてこの国に貢献する上で、一番噛み合うと思った分野が医療だったんです」
「……国のために医療を学ぶと?」
「私は王女ですので。国民の血税によって生かされているのですから、私の一生は国民に貢献するためにあると言っても過言ではありません」
食べる物に困らず着る物は豪華なドレス、優秀な家庭教師や国立の学校での教育を無条件に受けられて、個人所有の領地と別荘だって持っている。それはひとえに私が王女だからであって、王女として国に尽くす対価として享受出来ているものだ。それならば、私の将来は何不自由ない暮らしを支えてくれた国民の発展のために捧げる必要がある。
「国民のために、この国のために、私に何が出来るだろうか。そう考えた時に、何か一つ強みとなるものを持っているべきだと思いました。この分野ならば負けない、この分野ならば全力で取り組める、そんな強みが必要だと」
「貴女だけの、強み」
「そうです。そして、そこまで打ち込むのであれば私個人が興味のある分野でないと難しいだろうと思い……ならば医療だと思って志す事に致しました」
全く興味のない事でも、王女として必要な事柄ならば必要最低限の事は当然勉強している。けれど、そこから突き詰めてその分野を極めていくというのならば、やはり興味があるとか好ましいとか思っている分野の方がより打ち込めるものだろう。姉さまにとってのそれは教育で、私にとっては医療だという話だ。
これで彼からの質問には答えられたと思うので、言葉を切って紅茶を口に含む。目の前のラリマール様は、ぱちぱちとブルーの瞳を瞬かせていた。
「これでは回答として不足だったでしょうか?」
「いいえ、そんな。ありがとうございます、十分過ぎる程です」
「それならば良かったです」
そう答えると、ラリマール様の瞳が柔らかくなり口角が緩く上がった。穏やかを体現しているかのような表情なのに、私の心臓は早鐘のように駆け始める。頬の熱さを誤魔化すために、カップに残っていた紅茶を全て飲み干した。
「ラリマール様の方は、どうして医学の道に進まれたのですか?」
「……そうですね。一言で言うならば、興味があったからというのが一番の理由ですね」
興味があった。理由としては妥当だろうが、もう少し細かく聞いてみようか。
「医療そのものにですか? 病理学にですか?」
「そのものにです。病理学の方に進もうと決めたのは、実習中ですから」
「そうでしたか。興味を持たれたきっかけもお聞きして宜しいですか?」
「ええ。小さい頃の話なのですけれど……兄さん達は早い内から軍に入ろうと思っていたみたいで、屋敷の中でもよく訓練していたんですよね。なので、よく怪我をしていまして」
「では、その怪我の手当てをなさっていたとか?」
「いいえ。手当てするのはメイド達だったので、俺は横で見ているだけでした。でも、消毒して薬を塗ってガーゼを当てて……それを数日繰り返したら傷なんて元からなかったみたいに綺麗に治っている、という現象が当時の俺にはとても不思議で魔法みたいに思えたんです。だから、どうしてなのか知りたいと思って」
「なるほど」
「最初は書庫や寮の図書館の本で調べていたんですけど、もっと、もっと細かくて詳しい事が知りたいって思うようになって。それでのめり込んでいったら、父さんに医学部の存在を教えてもらったんです。入学するのは大変だけど、そこでならお前の疑問も徹底的に調べられると思うよって言われて、それまで何となくでやっていた勉強に身が入るようになりました」
それから勉強を頑張った甲斐あって無事合格し、今に至っているんですよという言葉で回答を締めくくったラリマール様は、残っていたらしい紅茶を飲んで最後のスコーンを口に運んでいる。当時の事を思い出しているのか、目を細めて懐かしんでいるような表情だ。
「ありがとうございます。ラリマール様は、幼少の頃から研究気質だったのですね」
「よくよく思い返せば、そうなのでしょうね。一度疑問に思うと止まらなくて、解消するまで調べ上げたり疑問リストを作っていたりしたくらいでしたし」
「リストですか?」
「ええ。医学は日進月歩ですから、今は分からなくても一年後、五年後、十年後に調べたら分かるという事もあるかもしれないと……子供ながらに思ったんです。なので、書き留めておくようにしたのですよ。とは言え、解消した以上に疑問が増えているので全て分かる日が来るかどうか」
「探求心は尽きないものですからね」
それだけを答えて、こちらも残っていた紅茶を飲み干した。流石にリストにはしていないが、私自身も疑問をそのままにしておけない質だ。そういう意味では、私達は似た者同士なのだろう。
「……あ」
ふいに、視界が陰った。何だろうかと思って見上げると、いつの間にか空が分厚い雲に覆われている。どんよりとした色なので、一雨来るかもしれない。
「雨が降りそうですね。降られても困りますし、応接間にご案内致します……宜しいですか?」
他の求婚者達はこの段階で帰す事もあったけれど、彼とはまだ話していたかった。目の前の彼は、ぱちぱちと目を瞬かせている。
「本当ですね、いつの間に」
「はい、ですので」
「分かりました」
了承を得られたので、ここの片づけをメイド達に任せて椅子から立ち上がる。まだ一緒にいられるんだ、と思った自分の心に気づかないふりをして、ラリマール様を案内した。
見合い会場として使っている中庭で、植えてある薔薇を眺めていた彼へを掛ける。不躾だっただろうかと思ったが、気にならなかったのかラリマール様は微笑んでくれた。
「こちらこそ。私を覚えていて下さり恐縮です」
「その節はお世話になりました。具体的な学生生活を思い描けるようになった事で、受験勉強にも更に気合いが入りましたわ」
「貴女のお役に経てたのならば何よりです」
にこにこと笑っている姿を見ていると、こちらの緊張も解けていくようだった。立ち話も何ですからと促し、用意した席に誘導する。彼が座った後で、メイドに合図して紅茶と茶菓子の用意をさせた。それが終わるのを見計らってから、彼に飲むよう促す。
(……やっぱり貴族ね。所作が綺麗)
ハンドルには指を入れずに持ち上げ、音を立てずに飲んでいる。フォークとナイフを使う際も、カチャカチャと煩くないし茶菓子が飛び散っていない。基本的なテーブルマナーは申し分ないようだ。
「このスコーンは王宮のシェフが作られたものですか?」
「そうですよ。今日のために、腕によりをかけて作ってくれました」
「道理で。バターがふわりと香って美味しいです」
「ありがとうございます。伝えておきますね」
幸せそうにスコーンを頬張っているラリマール様の姿が、以前飼っていたハムスターを思い出させた。あの子も、ヒマワリの種をあげたらこうやって頬張っていたっけ。
「王女様」
「ラリマール様」
他愛ない世間話の後、二人同時に口を開いた。お互いにそちらが先にどうぞと譲り合い合戦になってしまったが、彼の方が根負けしたのか先に話をしてくれる。
「王女様が医療に興味を持ったきっかけは、何だったのですか?」
「私が医療に興味を持ったきっかけ、ですか」
「はい。もしかして……貴女は、お姉さまの火傷の痕をご自身の手で治したいとお思いなのかと」
「そうですね、それもあります」
特に隠している事でもないので、思ったまま返答する。姉さまの意思が最優先だから、本人が治す必要性を感じていないなら無理強いはしないけれど。でも、もしも、姉さまがそう願うのであれば、私は全身全霊で治療するつもりだ。
「それも、ですか。それならば、別の理由もあるという事ですか?」
「はい。私が王女としてこの国に貢献する上で、一番噛み合うと思った分野が医療だったんです」
「……国のために医療を学ぶと?」
「私は王女ですので。国民の血税によって生かされているのですから、私の一生は国民に貢献するためにあると言っても過言ではありません」
食べる物に困らず着る物は豪華なドレス、優秀な家庭教師や国立の学校での教育を無条件に受けられて、個人所有の領地と別荘だって持っている。それはひとえに私が王女だからであって、王女として国に尽くす対価として享受出来ているものだ。それならば、私の将来は何不自由ない暮らしを支えてくれた国民の発展のために捧げる必要がある。
「国民のために、この国のために、私に何が出来るだろうか。そう考えた時に、何か一つ強みとなるものを持っているべきだと思いました。この分野ならば負けない、この分野ならば全力で取り組める、そんな強みが必要だと」
「貴女だけの、強み」
「そうです。そして、そこまで打ち込むのであれば私個人が興味のある分野でないと難しいだろうと思い……ならば医療だと思って志す事に致しました」
全く興味のない事でも、王女として必要な事柄ならば必要最低限の事は当然勉強している。けれど、そこから突き詰めてその分野を極めていくというのならば、やはり興味があるとか好ましいとか思っている分野の方がより打ち込めるものだろう。姉さまにとってのそれは教育で、私にとっては医療だという話だ。
これで彼からの質問には答えられたと思うので、言葉を切って紅茶を口に含む。目の前のラリマール様は、ぱちぱちとブルーの瞳を瞬かせていた。
「これでは回答として不足だったでしょうか?」
「いいえ、そんな。ありがとうございます、十分過ぎる程です」
「それならば良かったです」
そう答えると、ラリマール様の瞳が柔らかくなり口角が緩く上がった。穏やかを体現しているかのような表情なのに、私の心臓は早鐘のように駆け始める。頬の熱さを誤魔化すために、カップに残っていた紅茶を全て飲み干した。
「ラリマール様の方は、どうして医学の道に進まれたのですか?」
「……そうですね。一言で言うならば、興味があったからというのが一番の理由ですね」
興味があった。理由としては妥当だろうが、もう少し細かく聞いてみようか。
「医療そのものにですか? 病理学にですか?」
「そのものにです。病理学の方に進もうと決めたのは、実習中ですから」
「そうでしたか。興味を持たれたきっかけもお聞きして宜しいですか?」
「ええ。小さい頃の話なのですけれど……兄さん達は早い内から軍に入ろうと思っていたみたいで、屋敷の中でもよく訓練していたんですよね。なので、よく怪我をしていまして」
「では、その怪我の手当てをなさっていたとか?」
「いいえ。手当てするのはメイド達だったので、俺は横で見ているだけでした。でも、消毒して薬を塗ってガーゼを当てて……それを数日繰り返したら傷なんて元からなかったみたいに綺麗に治っている、という現象が当時の俺にはとても不思議で魔法みたいに思えたんです。だから、どうしてなのか知りたいと思って」
「なるほど」
「最初は書庫や寮の図書館の本で調べていたんですけど、もっと、もっと細かくて詳しい事が知りたいって思うようになって。それでのめり込んでいったら、父さんに医学部の存在を教えてもらったんです。入学するのは大変だけど、そこでならお前の疑問も徹底的に調べられると思うよって言われて、それまで何となくでやっていた勉強に身が入るようになりました」
それから勉強を頑張った甲斐あって無事合格し、今に至っているんですよという言葉で回答を締めくくったラリマール様は、残っていたらしい紅茶を飲んで最後のスコーンを口に運んでいる。当時の事を思い出しているのか、目を細めて懐かしんでいるような表情だ。
「ありがとうございます。ラリマール様は、幼少の頃から研究気質だったのですね」
「よくよく思い返せば、そうなのでしょうね。一度疑問に思うと止まらなくて、解消するまで調べ上げたり疑問リストを作っていたりしたくらいでしたし」
「リストですか?」
「ええ。医学は日進月歩ですから、今は分からなくても一年後、五年後、十年後に調べたら分かるという事もあるかもしれないと……子供ながらに思ったんです。なので、書き留めておくようにしたのですよ。とは言え、解消した以上に疑問が増えているので全て分かる日が来るかどうか」
「探求心は尽きないものですからね」
それだけを答えて、こちらも残っていた紅茶を飲み干した。流石にリストにはしていないが、私自身も疑問をそのままにしておけない質だ。そういう意味では、私達は似た者同士なのだろう。
「……あ」
ふいに、視界が陰った。何だろうかと思って見上げると、いつの間にか空が分厚い雲に覆われている。どんよりとした色なので、一雨来るかもしれない。
「雨が降りそうですね。降られても困りますし、応接間にご案内致します……宜しいですか?」
他の求婚者達はこの段階で帰す事もあったけれど、彼とはまだ話していたかった。目の前の彼は、ぱちぱちと目を瞬かせている。
「本当ですね、いつの間に」
「はい、ですので」
「分かりました」
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