姉が結婚するまで結婚しません!

吉華(きっか)

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第一話 頑なな妹姫

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(……今回もハズレね)
 はぁと一つ溜め息をついて体を起こす。隣の部屋の会話を聞くため前屈みの姿勢をずっと取っていたから、地味に腰が痛い。今度は椅子を持ってこよう。
「検証は終わったわ。残念だけど、お断りの返事をしておいてくれる?」
「かしこまりました」
 腹心の侍女にそう言いつけた後で、傍らにいる姉さまを見遣った。私の髪の色と同じ色をしている瞳が、片方しか見えないのにも関わらず雄弁に憂いを語っている。
「何? 姉さま」
「どうしてお断りを? さっきの方は、そこまで酷い事はおっしゃっていなかったでしょう」
「あれのどこが酷くないと言うの? 顔の半分を覆う火傷の跡があるなんて、何て痛ましくて可哀そうなんだ……って、姉さまに対する立派な侮辱だわ!」
「見た目に大きく関わるものだから、何も知らない外野の方がそう思うのも無理はないと思うわよ。この前の、醜い火傷の跡がある女が義姉になるなんてって言って嘲笑してきた男よりは余程マシと思うけれど」
「あれは論外!」
 私の前では調子の良い言葉を並べておいて、私がいなくなった後で本性を現したあの男は実に不愉快だった。後日詐欺紛いの商売がばれ落ちぶれたと聞いて、ざまあみろと思ってしまった程だ。
「そもそも、こんな時期に見合い話を持ってこられても困るのよね。半年後には受験が来るし、進学するって表明もしているんだから」
「それは年頃の王女の宿命と言うか何というか……でも、良い人がいたなら結婚しても良いと思うわよ? 既婚者が大学へ行ってはいけないなんて決まりはないんだし」
「たとえ良い人が現れたとしても、私が結婚するなら姉さまの後よ。絶対」
 はっきりと言い切ると、姉さまは困ったような表情で口を閉じた。以前から何度も伝え続けているのに、この話をすると決まって姉さまは今みたいな表情をする。
「どうしてそう決めつけるの。ずっと言っているじゃない……私の事は気にしないで、フローの思うままにしてって」
「思うままにしているからこうなるの。私は、私の事を守ってくれた強くて優しい大好きな姉さまに、一番に幸せになってほしいと思っているだけ。だから、私の幸せなんてその後で良いのよ」
 それは、まごうことなき本心だ。あの時、自分の身を顧みずに姉さまが私を庇ってくれたから今の私がいると言っても過言ではない。同じ時間に生まれて同じ時間を生きて同じ経験をしてきたのに、ただただ怖がって泣きじゃくっていた私とは雲泥の差だった。
「それに、結婚しないと幸せになれないという訳でもない筈よ。実力さえあれば性別や身分を気にせず大学への進学が可能になった今、結婚せず仕事に邁進している人も多いじゃない?」
「それは、そうだけど……だからこそ」
「だから姉さまが気にする必要はないのよ。そもそも、結婚相手は自分の人生に大きく関わるんだから妥協したくないと思うし、するつもりも一切ない。私の希望学部は医学部だから、勉強もしっかりしたいし……そう考えると、見つかるのはまだまだ先と思うわ」
「……そう」
「いつか必ず、姉さまの事を分かってくれる人が現れるって、私はそう信じてる。だから、姉さまこそ私の事は気にしないで、思うままにしてね」
 姉さまの手をぎゅっと握り、ミントグリーンの瞳をじっと見つめる。こくりと頷いてくれたのを確認してから、戻ってきた侍女と一緒に自室へと戻った。

  ***

「また見合いを断ったのか」
 気分を変えるため談話室で問題集と睨めっこをしていたら、頭の上から呆れを隠さない声が聞こえてきた。見なくても声の主は分かったが、一応目上の相手なので顔を上げる。案の定、そこにいたのはこの国の第一王子アレキサンドライト様……私達の兄さまだった。
「ローズと侍女から聞いたぞ。これで何回目だ?」
「十回を過ぎた辺りから数えるのを止めましたので分かりませんね」
「そうか。別に……婚約が成立したからすぐに結婚しろとか、大学進学を諦めろとか、そういう事を言うつもりはないんだけどな」
「婚約成立即結婚ならば、当の昔に見合いそのものを断っています」
「なるほど。お前が片っ端から断っているのは、純粋に相手が気に入らないからか」
「その通りです。揃いも揃って、姉さまの事を馬鹿にしたり憐れんだり……仮にも自分の義姉になる相手に、失礼だと思わないのかしら」
 私の事はやたらめったら大げさなくらいに褒めてきたけれど、立場上美辞麗句を並べ立てられるのには慣れている。なので、本心はどうなんだと思って侍女やメイドと結託してカマをかけてみたら、埃が出てくること出てくること。そのせいで、最近は貴族云々を通り越して男というものに対して幻滅をし始めていたところだ。
 とは言え、たかだか二十人くらいと見合いをしただけでそう判断するのは早計だとも分かっている。だから、会うだけは会っているのだけれど、結果はいつも変わらないままだ。
「確かに、火傷の痕というのは持っている人間の方が少ないから、見慣れない間は驚いたり怖いとか苦手とか思ったりしても仕方ないと思います。ですけれど、姉さまは姉さまです。この国に生まれた立派な王女で、何よりも代えがたい一人の女性なのに……」
 私達は王女だから、小さい頃から日常的に公務を行なってきた。行なってきた公務の量は、私だって姉さまだって変わらない。その過程で、身分に関わらず様々な国民と関わってきたのも変わらない。教育に関わる分野では、姉さまの方が私よりも功績を残しているくらいだ。
 それなのに、大半の人は私ばかりを持て囃して姉さまを軽視する。ただただ派手な火傷の跡がある、顔の右半分を覆うように常に仮面を被っている……それだけの理由で、私と姉さまに優劣をつける。いつまでも外面ばかりを見て、内面を見ようとしない。それが許せないのだ。
「……そればかりは、気長に待つしかないだろうな。本人もそれが分かっているから、お前に気にするなと言っているんだろう」
「それは……そんなのは」
「ローズを大事と思うのならば、その意思をきちんと汲んでやれ。お前が自分を蔑ろにする事ほど、あの子を苦しめる事はないのだから」
 兄さまはそう言い残して、談話室を後にした。反論しようと準備していた言葉が、心にもやもやを残したまま霧散していく。
「そんなの分かってるわよ。姉さまが、私が好機を逃さないようにと思って気遣って言ってくれているのくらい分かってる……だから、こそ……私は……」
 そんな姉さまこそ報われてほしいと思うのだ。姉さまこそに、一番に幸せになってほしいと思うのだ。
(同じ日の同じ時間に生まれて、立場もほとんど同じで、食事もドレスも今まで経験してきた体験も、何一つとして変わらないのに)
 それなのに、あの日。避暑のために訪れた別荘で山火事に巻き込まれた、あの日。
『フロー!』
 昨日まで穏やかな緑が広がっていた場所が、全て紅蓮に染まっていた。ごうごうと勢いが激しい炎が、今にも自分を飲み込んでいきそうだった。それがただ恐ろしくて、何も出来ず蹲って泣いていたら、姉さまが私を見つけてくれ駆け寄ってきてくれた。
 直後、炎を上げている大きな枝が私に襲い掛かった。恐怖で足がすくんで立てずにいたら、伸びてきた姉さまの腕に突き飛ばされて二人地面に転がった。
『フロー大丈夫!? 怪我はない!?』
『だい、じょうぶ。でも、ねえさまが』
『私も大丈夫だから!』
 姉さまはそう言っていたけれど、きっと、必死だったから気にしていなかっただけだったのだと思う。燃える枝を諸に顔面に受けた姉さまは、あの怖気のする焼けた匂いと赤く爛れた姉さまの顔は、どうみても大丈夫ではなかった。
 それでも、泣いていただけの私とは違って、姉さまは冷静だった。姿勢を低くして、ドレスの袖で口と鼻を覆って、と的確な指示をくれたので、言われた通りにしてひたすら逃げた。
『インカローズ! フローライト!』
『王女様方だ! 二人とも生きて……ローズ様!』
 何とか麓の町までたどり着いて、父さまと母さま、いつも一緒にいるメイド達に再会出来た、その瞬間。姉さまが、文字通り地面の上に倒れ込んだ。無事に逃げてこられて、両親の姿をみて、緊張の糸が切れたのだろうと推測している。
 その後直ぐに二人とも町の病院に運び込まれ、姉さまだけ緊急処置室に入った。私の傷の手当てが終わっても姉さまは出てこなくて、私は、ずっと処置室の前から離れずに回復を祈っていた。
 それから丸一日後に、姉さまはストレッチャーに乗せられて処置室から帰還した。体中に包帯が巻かれていたけれど、左目で私をしっかりと見てくれて、フローって呼んでくれた。あの時以上にほっとして、あの時以上に嬉しかった瞬間は、未だに訪れていない。
「……あんなにも、強くて美しくて愛情深い姉さまこそが」
 誰よりも、何よりも、私よりも、優先的に幸せになるべきなんだ。その考えは、あの時から今まで変わっていない。

 故に、私が先に幸せになるだなんて、許されないのだ。
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