2 / 6
秘めた覚悟
しおりを挟む
「お父様! どういう事ですか!?」
うららかな昼下がりに、姉の珍しい怒鳴り声が響いた。あの温厚な姉が怒る程の事を父におねだりした自覚はあるので、黙って成り行きを見守ってみる。
「どうしたもこうしたもない。マキアス王子にはシャルロットを嫁がせるから、お前はアトラス伯に嫁ぐように」
「何故今になって!? もう婚約式まで済ませましたのに……今更別の子女にするとなれば、シャルロットが好奇の目に晒される事になりますのよ!」
通常のご令嬢ならば、きっと、相手が王子から辺境伯になった事に憤慨するのだろうけれど。でも、この姉は、本気で私の方を心配してくれているのだ。それが自惚れでも盲目でもなくて、真実であると分かるくらいには……私は、この人の事をずっと眺めてきた。
「見縊らないでくれませんか?」
カップを置いて、父に詰め寄っている姉へと言葉を投げかけた。じろりと睨んでみせると、彼女は産みの母と同じ色をしたサファイアブルーの瞳を、おろおろと彷徨わせて始める。そんな動きに合わせて、ウェーブのかかっているココアブロンドの髪がふわふわと揺れた。
「私はそんなに柔な女ではありません。それとも何です? 男爵とはいえ貴族の母を持つ自分の方が王子には相応しいから、辺境伯に嫁ぐなんて嫌だとでも?」
「そ、そんな……そういう、意味では」
「それなら黙っていてくれませんか。そもそも、この話は私の方からお父様にお願いした話です。私が良いと言っているのだから、貴女に拒否権はありません」
「でも……婚約者の事をこう言うのも失礼ですが、王子にはあまり良い噂がありません。お義母さまだって、きっと反対」
「誰が誰の母親ですって? 自惚れるのも大概になさって!」
辛辣な言葉を突き刺すと、姉は口を閉じて項垂れた。ああそうだ、どうせ、私は姉にそんな表情しかさせられないのだ。だから、せめて。
「王子は私には優しいですよ。私は国でも一、二を争うくらいの大商人の娘を母に持ちますし、国立女学院の成績も優秀ですし、美貌でもある母の容姿をそっくり受け継ぎましたからそこいらの女優なんかよりも余程見目も良いですし。何の後ろ盾もない弱小貴族を母に持って、地方にある何の変哲もない学校を普通の成績で卒業して、この国にはありふれた色の髪と目しか持たない貴女とは違いますから」
自分の色彩……ストロベリーブロンドの髪とワインレッドの瞳自体は気に入っているけれど、好奇の目に晒されるのは嫌だった。成金の娘と侮られたくなくて、同級生が遊んでいた時間を全て勉学に充てていたから姉みたいに心を許した学友なんていない。王子が私に優しいと言っても、それは物珍しい見た目をしている私を傷つけるのは得策ではないという事で、見える暴力には訴えない……というだけのものだ。精神的な暴力ならば、嫌というくらい受けてきた。
(……それでも、目の前のこの人があんな王子に殴られ蹴られ、理不尽に痛めつけられるくらいならば)
自分が心身をすり減らした方が良い。心を凍らせて、微笑みを武器として顔に張り付けて、何でもないように笑いながら相手を手玉に取るのには慣れている。
「お話はそれだけですか? それでしたら、もう部屋に戻らせて頂きます」
「シャルロット!」
必死な姉の声を背後に聞きながら、ドレスの裾を翻してこの場を辞した。涙がこぼれ落ちそうになるのを、ぐっと唇を噛み締める事で耐える。
(あんなに突き放しても、まだ気に掛けてくれている)
こんな……こんな風に高慢で生意気で、姉を姉とも思わない言動をしている私の事を、それでもあんなに心配してくれた。
大丈夫……大丈夫。私にとっては、それだけで十分だから。
うららかな昼下がりに、姉の珍しい怒鳴り声が響いた。あの温厚な姉が怒る程の事を父におねだりした自覚はあるので、黙って成り行きを見守ってみる。
「どうしたもこうしたもない。マキアス王子にはシャルロットを嫁がせるから、お前はアトラス伯に嫁ぐように」
「何故今になって!? もう婚約式まで済ませましたのに……今更別の子女にするとなれば、シャルロットが好奇の目に晒される事になりますのよ!」
通常のご令嬢ならば、きっと、相手が王子から辺境伯になった事に憤慨するのだろうけれど。でも、この姉は、本気で私の方を心配してくれているのだ。それが自惚れでも盲目でもなくて、真実であると分かるくらいには……私は、この人の事をずっと眺めてきた。
「見縊らないでくれませんか?」
カップを置いて、父に詰め寄っている姉へと言葉を投げかけた。じろりと睨んでみせると、彼女は産みの母と同じ色をしたサファイアブルーの瞳を、おろおろと彷徨わせて始める。そんな動きに合わせて、ウェーブのかかっているココアブロンドの髪がふわふわと揺れた。
「私はそんなに柔な女ではありません。それとも何です? 男爵とはいえ貴族の母を持つ自分の方が王子には相応しいから、辺境伯に嫁ぐなんて嫌だとでも?」
「そ、そんな……そういう、意味では」
「それなら黙っていてくれませんか。そもそも、この話は私の方からお父様にお願いした話です。私が良いと言っているのだから、貴女に拒否権はありません」
「でも……婚約者の事をこう言うのも失礼ですが、王子にはあまり良い噂がありません。お義母さまだって、きっと反対」
「誰が誰の母親ですって? 自惚れるのも大概になさって!」
辛辣な言葉を突き刺すと、姉は口を閉じて項垂れた。ああそうだ、どうせ、私は姉にそんな表情しかさせられないのだ。だから、せめて。
「王子は私には優しいですよ。私は国でも一、二を争うくらいの大商人の娘を母に持ちますし、国立女学院の成績も優秀ですし、美貌でもある母の容姿をそっくり受け継ぎましたからそこいらの女優なんかよりも余程見目も良いですし。何の後ろ盾もない弱小貴族を母に持って、地方にある何の変哲もない学校を普通の成績で卒業して、この国にはありふれた色の髪と目しか持たない貴女とは違いますから」
自分の色彩……ストロベリーブロンドの髪とワインレッドの瞳自体は気に入っているけれど、好奇の目に晒されるのは嫌だった。成金の娘と侮られたくなくて、同級生が遊んでいた時間を全て勉学に充てていたから姉みたいに心を許した学友なんていない。王子が私に優しいと言っても、それは物珍しい見た目をしている私を傷つけるのは得策ではないという事で、見える暴力には訴えない……というだけのものだ。精神的な暴力ならば、嫌というくらい受けてきた。
(……それでも、目の前のこの人があんな王子に殴られ蹴られ、理不尽に痛めつけられるくらいならば)
自分が心身をすり減らした方が良い。心を凍らせて、微笑みを武器として顔に張り付けて、何でもないように笑いながら相手を手玉に取るのには慣れている。
「お話はそれだけですか? それでしたら、もう部屋に戻らせて頂きます」
「シャルロット!」
必死な姉の声を背後に聞きながら、ドレスの裾を翻してこの場を辞した。涙がこぼれ落ちそうになるのを、ぐっと唇を噛み締める事で耐える。
(あんなに突き放しても、まだ気に掛けてくれている)
こんな……こんな風に高慢で生意気で、姉を姉とも思わない言動をしている私の事を、それでもあんなに心配してくれた。
大丈夫……大丈夫。私にとっては、それだけで十分だから。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?
いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、
たまたま付き人と、
「婚約者のことが好きなわけじゃないー
王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」
と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。
私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、
「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」
なんで執着するんてすか??
策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー
基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。
君への気持ちが冷めたと夫から言われたので家出をしたら、知らぬ間に懸賞金が掛けられていました
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【え? これってまさか私のこと?】
ソフィア・ヴァイロンは貧しい子爵家の令嬢だった。町の小さな雑貨店で働き、常連の男性客に密かに恋心を抱いていたある日のこと。父親から借金返済の為に結婚話を持ち掛けられる。断ることが出来ず、諦めて見合いをしようとした矢先、別の相手から結婚を申し込まれた。その相手こそ彼女が密かに思いを寄せていた青年だった。そこでソフィアは喜んで受け入れたのだが、望んでいたような結婚生活では無かった。そんなある日、「君への気持ちが冷めたと」と夫から告げられる。ショックを受けたソフィアは家出をして行方をくらませたのだが、夫から懸賞金を掛けられていたことを知る――
※他サイトでも投稿中
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる