俺の愛しい婚約者

吉華(きっか)

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晴天の霹靂

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「はっ?」
 久しぶりに会った両親が、不可思議な事を言った気がして。今までにそんな反応を返した事はないのだが、ついつい怪訝な返答をしてしまった。
「すみません、どうも俺は疲れているようです。今、何と、おっしゃいました?」
「お前と例の令嬢との婚約は破棄してきた。もっと別の女を探してくるから、お前もそのつもりでいろ」
 この人たちは、何を言っているのだ。頭が言葉を理解する事を拒否しているが、それでは話が進まない。ええと、思い出せ。お前と例の令嬢との婚約……俺と、沙織さんとの、婚約、を……。
「……どうしてそんな事をしたんですか!!」
 まるで意味が分からなかった。どうして、どうして。婚約を申し入れたのはこちらからだと聞いているぞ!
「こちらの方からどうしても是非にと言ってお願いしたと聞いていますよ!? それなのに、どうしてそんな、言い出しっぺの方から断るなんて非常識な真似を!?」
「結婚というのは家と家の結びつきを意味する。あちらの家とこちらの家が結びつけば双方に有利になる……と見越して申し入れたのだから、それがなくなるならば解消する他ない」
「それはあまりにも勝手な言い分だ!」
 あまりに時期が悪すぎる。どうして、こんな、沙織さんが大変な時に。彼女が大変な時に、さらに心に傷を負わせるような事を!
「口を慎め。この家のためになる事をするのが、お前の役目だ」
「いくら何でもあんまりです!」
「口を慎めと言っている!」
 父の怒鳴り声が響いた直後に、がきんと嫌な音が鳴って目の前に火花が散った。頬の辺りに温い液体が伝ってくる。息子が顔から血を流しているというのに、加害者である父はもちろん、母も微動だにしなかった。まぁ、俺自身もそんなものに構っている暇はないからどうでもいいが。
「この家に、目が見えない不完全者など相応しくない」
「……は?」
「この家に必要なのは、完璧な者。全てにおいて優秀で、非の打ち所のない人物」
「何を、言って」
「頭脳も身体能力も備わっているのは必要最低限。それなのに……目で見るという人間ならば当たり前に出来る事すら、まともに出来ない障害者など。家にもお前にもふさわしくない」
 その暴言が、俺の中の何かを乱暴に掻き切った。切れた端から一気に着火し、怒りが逆上して体内を沸騰させていく。
「……っ、ふざけるな!!」
 俺は、視野の狭いお坊ちゃんだったのだと、強く強く思い知らされた。どうして、今までこの人たちを尊敬出来ていたのだろう。
 今は、ただ。彼らには嫌悪と失望しか沸かなかった。
「……父さんと母さんが、彼女との結婚を認めない、婚約を許さない、というのならば」
 俺は、もう、彼女以外の女性に目を向ける事など考えられないのだ。初めて出逢った時の照れた顔も、口づけた後の幸福に彩られたうつくしい笑みも、名前を呼んだ時の嬉しそうな表情も、全部、全部心の奥深くに染み込んで刻まれた。幸せになるならば、彼女と一緒でないと嫌だ。たとえ、それがどんなに困難な道であろうとも。
「俺は、二人の息子である事をやめてここから出ていきます。金輪際、連絡もしません。金銭的な援助も一切受けなくて大丈夫です」
「い、いきなり何を!」
「会社も別の人に継がせてください。俺は、相続権を放棄します」
「馬鹿を言うな! 何のために、今までお前を育ててきたと!」
「この世に生み落としてくれた事と育ててくれた事、彼女に逢わせてくれた事には感謝します。けれど、人を人とも思わないような暴言を吐いたあなた達を、俺は一切許容できないし共存したくない」
「この親不孝が! 今までの恩も忘れて!」
「今までの恩に関しての謝辞なら今述べたじゃないですか。あなたの耳は節穴ですか」
「こ、の……子供が父親に逆らうなど、許されんぞ!」
「それでは、今から俺たちは赤の他人でよろしい。さようなら、どこかの誰かさん方」
 はっきりと言い切り、部屋に戻って持ってきていたスーツケースを掴んで家を飛び出す。馬鹿を言うな、ふざけるな、と怒鳴っている声が聞こえるが、一切合切を無視して夜道を駆けていった。
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