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第五章 貴方が私のただ一人
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「流石に、ねぇ。今のは麗鈴が良くなかったかなぁ」
「だって……私の可愛い桐鈴が……」
「うん」
「人間の男……しかも、自分を騙して問答無用で地上に留めていた男を、愛しているなんて、言うから……」
「麗鈴は大層彼女を可愛がっているものね。そんな可愛い可愛い妹が、そんな地上の男を愛しているといって構うのに嫉妬しても仕方がないけれど」
突如現れた義兄さまは、ぐすぐすと鼻を鳴らしている姉さまの頬や額に何度も口付けて宥めている。二人の周りだけは胸やけしそうなくらいに甘ったるい雰囲気だけど、一瞬だけ私に向けられた義兄さまの視線はとても冷ややかで、私達の間の空気は一瞬でひりついた。
「……麗鈴は、私の妻だろう?」
先ほどまでの蕩けるような甘ったるい声音が一転して、低く地を這い締め上げるようなものになった。ああ、義兄さまは怒っているのか。ぞわりと背筋が寒くなった感覚と共に、そんな理解をする。
「当たり前じゃない。私は貴方の妻で、桐鈴は血を分けた妹よ。向ける愛情の種類は違えども、どちらも代え難いくらいに大事な存在だわ」
「……たとえそれでもね、僕は常に君の一番でいたいんだよ。君の愛を疑っている訳ではないけれど、血よりも愛を優先して欲しいと思ってしまうんだ」
「それは……でも」
「分かっているよ。これは僕の我が儘に過ぎないから、君が本心を捻じ曲げてまで聞いてくれる必要はない。いずれは本心からそう思ってくれるように、僕が努力すれば良いだけだ」
そんな台詞を吐きながら、義兄さまが姉さまを強く抱き締めた。姉さまは戸惑いつつも、そんな義兄さまを抱き締め返す。姉さまの涙は、止まっていた。
(……やり方はさておき、義兄さまはきちんと姉さまを心から愛していたんだわ)
姉さまの行動を制限したり、盗聴器や発信機をつけて過保護に監視したりしているというやり方そのものは、やっぱりどうかと思うけれど。でも、それもある意味一種の愛情表現なのだろう。
今までは、どうしてもそうとは思えなかった。そんなの愛情じゃない、そんなに束縛するなんて姉さまを信用していないのか、姉さまが可哀想……たとえ姉さまが束縛を束縛と思っていなかったとしても、それを許していたとしても、そうされる事自体が許せないと思っていた。
だけど、私は弦次さまの事を愛した。彼が天の衣を隠していた理由を知っても、彼の事を嫌いになれなかった。彼の行動理由を知っても彼を愛したままでいる私が、姉さま夫婦に口出しなんて出来ないのだ。
だって、義兄さまも弦次さまもやっている事は同じだ。相手を好きになったから自分の元に留めたい、傍にいてほしい……取った方法はそれぞれ違うけれど、そうしたかった理由は同じだろう。弦次さまを許した私が義兄さまに文句を言う筋合いは、もう無いのだ。
「……ご免なさいね、桐鈴」
「姉さま」
少し掠れた声が、謝罪の言葉を紡いだ。義兄さまの腕から抜け出した姉さまがこちらに近づいてきたので、私からも駆け寄っていく。先ほどまで感じていた怒りは、とうの昔に消え失せていた。
「いくら好きでも騙していい理由なんてない、そんな方法を取った男なんて信用ならないから桐鈴にはふさわしくない、認めたくない……そう思っていたのも確かだけど、可愛がっていた妹が私の手から離れていこうとしているのが寂しかったというのもあるのよ。私の方が先に嫁いで行って、桐鈴には寂しい思いをさせていたのに」
「そんな、それは仕方ない事じゃない。私と姉さまは七つ離れているんだから、姉さまの方が先に家を出るなんて分かっていた事よ」
「それでも……それでも、私は、貴女の話に耳を傾けずに、頭に血が上ったまま取り返しのつかない事をした。それは許される事ではないわ」
「姉さま……」
悲しい気持ちは、辛い気持ちは、まだまだ消えそうにはないけれど。それでも、姉さまが悲しそうにしているのを見ていると私も悲しくなってくる。私だって、血を分けた姉である姉さまの事を、同じくらい大事に思っているのだ。
「正直、相手の男の事はまだ許せないと思うけれど……それでも、貴女が惚れ込んだ相手なのだもの。極悪人という訳ではなさそうだし、認められるように努めてみるわ。歌の練習も、無理のないようにやるのよ。少しでも危ないと思ったのなら、それを解消してから練習を続けるようにね」
「あ……ありがとう、姉さま!」
姉さまに反対されたままでもやろうとは思っていたけれど、許してもらえるならそれに越した事はない。ほっそりした姉さまの両手をそっと包んで握ると、姉さまの表情に少しだけ笑顔が戻った。それが嬉しくてこちらも笑みを返したが、剣呑な視線を飛ばしている義兄さまに姉さまを奪い返されてしまう。
「そうそう。麗鈴にも非はあると思うけれどさ、桐鈴も麗鈴に謝ってほしいんだよ」
怒っているのを隠さずに、義兄さまが私に言い放った。私の方も、姉さまに酷い事を言った自覚はあるからそれ自体は構わない。だけども、仲直りしている姉妹の間に割り込んできた義兄さまの態度にむっと来たので、こちらも怯まずに睨み返す。
「それは勿論。私だって、姉さまに酷い事を言ったと思いますもの」
「いいや。年長者への反抗や暴言飛び交う口喧嘩は誰だってするものだろうし、それは別に良いんだけどね。桐鈴は、麗鈴の愛情をまるで理解していないみたいだから」
「……どういう意味です?」
火に油を注いでくる義兄さまの発言のせいで、更に怒りが増してきた。しかし、そんな私の様子は気にならないのかどうでもいいのか、義兄さまは気にせず私に持っていた着物を渡してくる。
しぶしぶ受け取ったが、やはり見覚えはない。見た感じ、均等に織られた上質な生地で仕立てたらしい豪奢な刺繍がふんだんに入った上等な品である事は分かる。私が普段着ている着物とは随分雰囲気が違うが、刺繍に統一感と上品さがあるので結構好みだ。
「それはね、麗鈴が君のために作った正装の着物だよ」
「……えっ」
「麗鈴は、桐鈴なら絶対に合格して歌癒士になれる、その時のために一番の正装を作るんだって言って、生地を織る所から全部自分でやってこの着物を作っていたんだよ。そこまで出来るって、それはつまり、それだけ君を大事に思って愛していて大切だからだろう? それなのに君は、そんな麗鈴の愛情と心配を無下にするような態度だったから」
「これ、本当に姉さまが一から作ってくれたの?」
義兄さまの後半の方の言葉は無視して、姉さまに問いかける。照れているのか少しだけ頬に赤みを乗せた姉さまが、こくりと頷いた。
「そうよ。機織りは久々だったから、縫い代の一部はちょっと布地ががたついているけれど……反物にも刺繍にも仙力と祈りを込めたから、正装としての力はある筈」
「私のために……機織りまでしてくれたなんて」
「もう、そこまでは言わない約束だったのに」
むっと頬を膨らませた姉さまが、義兄さまの方をじろりと睨む。それにも関わらず義兄さまの金色の瞳が嬉しそうに細められたものだから、思わず身震いしてしまった。
「僕は君を一番に愛しているからね。君の努力と想いは正しく認識されるべきだと思ったまでだよ」
「ありがとう姉さま。姉さまが私のために反物から作ってくれたこの着物、大切にするから」
私のためにという部分を強調して告げると、突き刺すような視線がこちらに向かってきた。私が睨み返した際にはそのままだったが、姉さまが振り返った瞬間蕩けるような雰囲気に変わる。変わり身もここまで早いと、いっそ感心するくらいだ。
「……その着物を着て術を使えば、かんざしが無い分も補填出来るかもしれないですね」
「先生!」
私達の遣り取りを少し離れた場所から見守って下さっていた先生が、着物を見ながらそんな風におっしゃった。確かに、上級歌癒士である姉さまが仙力と思いを込めて作ってくれた着物なのだ、かなりの助けになるだろう。
「かんざしが無くなった時は、流石にもう止めないといけないかと思いましたけれどね。そんな事態にならなくて良かったです」
「……申し訳ありません」
「それを告げる相手も、貴女を許すかどうか決めるのも、私ではありません。貴女も分かっているでしょう」
「はい」
「家族の事となると周りが見えなくなるのは相変わらずですね。いずれは母となり得るのですから、その辺りは反省して気をつけるようになさい」
「分かりました」
「では桐鈴。練習を再開しましょうか。ああ、麗鈴も同席してくれますか?」
「それはお断り」
「喜んで」
義兄さまの言葉を遮って、姉さまが了承してくれた。先生にも容赦なく怒りの視線を向けている義兄さまを、姉さまが振り返る。
「ここまで来たのだし最後まで見届けたいの。私は、桐鈴の姉だから」
「…………気持ちは分からないでもないけど、もういい加減僕は麗鈴と二人きりで過ごしたいよ」
「それなら、そのための準備をお願い出来る? 帰ったら、貴方の妻に戻るから」
「どのくらいで帰ってくる? 四半刻後? 半刻後?」
「それは桐鈴の習得度次第ね。一通りは出来るようになったみたいだから、あと少しだとは思うけれど」
「そ……それなら、僕も君と一緒に」
「桐鈴が練習に集中出来ないから。ねぇお願い、あなた」
「……………………うん」
義兄さまにぴったりと密着した姉さまが、上目遣いで止めの一言を放った。諸に受け止めた義兄さまは、涙目になりながら了承している。しばらく抱き合って触れるだけの口づけを交わした後で、未練があるのがありありと分かる様子の義兄さまは帰っていった。
「すぐに分かって下さって良かったわ。先生、桐鈴、お待たせしました」
「……いいえ」
「大丈夫……」
義兄さまばかりが姉さまを好きで束縛して要望を押し付けて、言いなりの姉さまは被害者だと思っていたのだけれども。よくよく思い返せば、姉さまは何だかんだ自分の要求を通しているし義兄さまはその度に姉さまに遣り込められている。やっぱり、二人の関係性というか力関係に関しては、認識を改めないといけないだろう。
「気を取り直して、練習を再開しますよ。地上では倍の時間が流れているんです、一刻を争うのに変わりはありません」
そうだった。ここでは一晩の出来事でも、向こうでは丸一日過ぎた事になるのだ。義兄さまの事を考えなくても、習得は早い方が良い。
「先生、姉さま、よろしくお願いします!」
仕切り直すために、声を張って挨拶し腰を折る。私が体を起こした後で三人共に頷き合い、特訓を再開した。
「だって……私の可愛い桐鈴が……」
「うん」
「人間の男……しかも、自分を騙して問答無用で地上に留めていた男を、愛しているなんて、言うから……」
「麗鈴は大層彼女を可愛がっているものね。そんな可愛い可愛い妹が、そんな地上の男を愛しているといって構うのに嫉妬しても仕方がないけれど」
突如現れた義兄さまは、ぐすぐすと鼻を鳴らしている姉さまの頬や額に何度も口付けて宥めている。二人の周りだけは胸やけしそうなくらいに甘ったるい雰囲気だけど、一瞬だけ私に向けられた義兄さまの視線はとても冷ややかで、私達の間の空気は一瞬でひりついた。
「……麗鈴は、私の妻だろう?」
先ほどまでの蕩けるような甘ったるい声音が一転して、低く地を這い締め上げるようなものになった。ああ、義兄さまは怒っているのか。ぞわりと背筋が寒くなった感覚と共に、そんな理解をする。
「当たり前じゃない。私は貴方の妻で、桐鈴は血を分けた妹よ。向ける愛情の種類は違えども、どちらも代え難いくらいに大事な存在だわ」
「……たとえそれでもね、僕は常に君の一番でいたいんだよ。君の愛を疑っている訳ではないけれど、血よりも愛を優先して欲しいと思ってしまうんだ」
「それは……でも」
「分かっているよ。これは僕の我が儘に過ぎないから、君が本心を捻じ曲げてまで聞いてくれる必要はない。いずれは本心からそう思ってくれるように、僕が努力すれば良いだけだ」
そんな台詞を吐きながら、義兄さまが姉さまを強く抱き締めた。姉さまは戸惑いつつも、そんな義兄さまを抱き締め返す。姉さまの涙は、止まっていた。
(……やり方はさておき、義兄さまはきちんと姉さまを心から愛していたんだわ)
姉さまの行動を制限したり、盗聴器や発信機をつけて過保護に監視したりしているというやり方そのものは、やっぱりどうかと思うけれど。でも、それもある意味一種の愛情表現なのだろう。
今までは、どうしてもそうとは思えなかった。そんなの愛情じゃない、そんなに束縛するなんて姉さまを信用していないのか、姉さまが可哀想……たとえ姉さまが束縛を束縛と思っていなかったとしても、それを許していたとしても、そうされる事自体が許せないと思っていた。
だけど、私は弦次さまの事を愛した。彼が天の衣を隠していた理由を知っても、彼の事を嫌いになれなかった。彼の行動理由を知っても彼を愛したままでいる私が、姉さま夫婦に口出しなんて出来ないのだ。
だって、義兄さまも弦次さまもやっている事は同じだ。相手を好きになったから自分の元に留めたい、傍にいてほしい……取った方法はそれぞれ違うけれど、そうしたかった理由は同じだろう。弦次さまを許した私が義兄さまに文句を言う筋合いは、もう無いのだ。
「……ご免なさいね、桐鈴」
「姉さま」
少し掠れた声が、謝罪の言葉を紡いだ。義兄さまの腕から抜け出した姉さまがこちらに近づいてきたので、私からも駆け寄っていく。先ほどまで感じていた怒りは、とうの昔に消え失せていた。
「いくら好きでも騙していい理由なんてない、そんな方法を取った男なんて信用ならないから桐鈴にはふさわしくない、認めたくない……そう思っていたのも確かだけど、可愛がっていた妹が私の手から離れていこうとしているのが寂しかったというのもあるのよ。私の方が先に嫁いで行って、桐鈴には寂しい思いをさせていたのに」
「そんな、それは仕方ない事じゃない。私と姉さまは七つ離れているんだから、姉さまの方が先に家を出るなんて分かっていた事よ」
「それでも……それでも、私は、貴女の話に耳を傾けずに、頭に血が上ったまま取り返しのつかない事をした。それは許される事ではないわ」
「姉さま……」
悲しい気持ちは、辛い気持ちは、まだまだ消えそうにはないけれど。それでも、姉さまが悲しそうにしているのを見ていると私も悲しくなってくる。私だって、血を分けた姉である姉さまの事を、同じくらい大事に思っているのだ。
「正直、相手の男の事はまだ許せないと思うけれど……それでも、貴女が惚れ込んだ相手なのだもの。極悪人という訳ではなさそうだし、認められるように努めてみるわ。歌の練習も、無理のないようにやるのよ。少しでも危ないと思ったのなら、それを解消してから練習を続けるようにね」
「あ……ありがとう、姉さま!」
姉さまに反対されたままでもやろうとは思っていたけれど、許してもらえるならそれに越した事はない。ほっそりした姉さまの両手をそっと包んで握ると、姉さまの表情に少しだけ笑顔が戻った。それが嬉しくてこちらも笑みを返したが、剣呑な視線を飛ばしている義兄さまに姉さまを奪い返されてしまう。
「そうそう。麗鈴にも非はあると思うけれどさ、桐鈴も麗鈴に謝ってほしいんだよ」
怒っているのを隠さずに、義兄さまが私に言い放った。私の方も、姉さまに酷い事を言った自覚はあるからそれ自体は構わない。だけども、仲直りしている姉妹の間に割り込んできた義兄さまの態度にむっと来たので、こちらも怯まずに睨み返す。
「それは勿論。私だって、姉さまに酷い事を言ったと思いますもの」
「いいや。年長者への反抗や暴言飛び交う口喧嘩は誰だってするものだろうし、それは別に良いんだけどね。桐鈴は、麗鈴の愛情をまるで理解していないみたいだから」
「……どういう意味です?」
火に油を注いでくる義兄さまの発言のせいで、更に怒りが増してきた。しかし、そんな私の様子は気にならないのかどうでもいいのか、義兄さまは気にせず私に持っていた着物を渡してくる。
しぶしぶ受け取ったが、やはり見覚えはない。見た感じ、均等に織られた上質な生地で仕立てたらしい豪奢な刺繍がふんだんに入った上等な品である事は分かる。私が普段着ている着物とは随分雰囲気が違うが、刺繍に統一感と上品さがあるので結構好みだ。
「それはね、麗鈴が君のために作った正装の着物だよ」
「……えっ」
「麗鈴は、桐鈴なら絶対に合格して歌癒士になれる、その時のために一番の正装を作るんだって言って、生地を織る所から全部自分でやってこの着物を作っていたんだよ。そこまで出来るって、それはつまり、それだけ君を大事に思って愛していて大切だからだろう? それなのに君は、そんな麗鈴の愛情と心配を無下にするような態度だったから」
「これ、本当に姉さまが一から作ってくれたの?」
義兄さまの後半の方の言葉は無視して、姉さまに問いかける。照れているのか少しだけ頬に赤みを乗せた姉さまが、こくりと頷いた。
「そうよ。機織りは久々だったから、縫い代の一部はちょっと布地ががたついているけれど……反物にも刺繍にも仙力と祈りを込めたから、正装としての力はある筈」
「私のために……機織りまでしてくれたなんて」
「もう、そこまでは言わない約束だったのに」
むっと頬を膨らませた姉さまが、義兄さまの方をじろりと睨む。それにも関わらず義兄さまの金色の瞳が嬉しそうに細められたものだから、思わず身震いしてしまった。
「僕は君を一番に愛しているからね。君の努力と想いは正しく認識されるべきだと思ったまでだよ」
「ありがとう姉さま。姉さまが私のために反物から作ってくれたこの着物、大切にするから」
私のためにという部分を強調して告げると、突き刺すような視線がこちらに向かってきた。私が睨み返した際にはそのままだったが、姉さまが振り返った瞬間蕩けるような雰囲気に変わる。変わり身もここまで早いと、いっそ感心するくらいだ。
「……その着物を着て術を使えば、かんざしが無い分も補填出来るかもしれないですね」
「先生!」
私達の遣り取りを少し離れた場所から見守って下さっていた先生が、着物を見ながらそんな風におっしゃった。確かに、上級歌癒士である姉さまが仙力と思いを込めて作ってくれた着物なのだ、かなりの助けになるだろう。
「かんざしが無くなった時は、流石にもう止めないといけないかと思いましたけれどね。そんな事態にならなくて良かったです」
「……申し訳ありません」
「それを告げる相手も、貴女を許すかどうか決めるのも、私ではありません。貴女も分かっているでしょう」
「はい」
「家族の事となると周りが見えなくなるのは相変わらずですね。いずれは母となり得るのですから、その辺りは反省して気をつけるようになさい」
「分かりました」
「では桐鈴。練習を再開しましょうか。ああ、麗鈴も同席してくれますか?」
「それはお断り」
「喜んで」
義兄さまの言葉を遮って、姉さまが了承してくれた。先生にも容赦なく怒りの視線を向けている義兄さまを、姉さまが振り返る。
「ここまで来たのだし最後まで見届けたいの。私は、桐鈴の姉だから」
「…………気持ちは分からないでもないけど、もういい加減僕は麗鈴と二人きりで過ごしたいよ」
「それなら、そのための準備をお願い出来る? 帰ったら、貴方の妻に戻るから」
「どのくらいで帰ってくる? 四半刻後? 半刻後?」
「それは桐鈴の習得度次第ね。一通りは出来るようになったみたいだから、あと少しだとは思うけれど」
「そ……それなら、僕も君と一緒に」
「桐鈴が練習に集中出来ないから。ねぇお願い、あなた」
「……………………うん」
義兄さまにぴったりと密着した姉さまが、上目遣いで止めの一言を放った。諸に受け止めた義兄さまは、涙目になりながら了承している。しばらく抱き合って触れるだけの口づけを交わした後で、未練があるのがありありと分かる様子の義兄さまは帰っていった。
「すぐに分かって下さって良かったわ。先生、桐鈴、お待たせしました」
「……いいえ」
「大丈夫……」
義兄さまばかりが姉さまを好きで束縛して要望を押し付けて、言いなりの姉さまは被害者だと思っていたのだけれども。よくよく思い返せば、姉さまは何だかんだ自分の要求を通しているし義兄さまはその度に姉さまに遣り込められている。やっぱり、二人の関係性というか力関係に関しては、認識を改めないといけないだろう。
「気を取り直して、練習を再開しますよ。地上では倍の時間が流れているんです、一刻を争うのに変わりはありません」
そうだった。ここでは一晩の出来事でも、向こうでは丸一日過ぎた事になるのだ。義兄さまの事を考えなくても、習得は早い方が良い。
「先生、姉さま、よろしくお願いします!」
仕切り直すために、声を張って挨拶し腰を折る。私が体を起こした後で三人共に頷き合い、特訓を再開した。
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