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第五章 貴方が私のただ一人
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「言ったわよね? くれぐれも早まらないように、自分の力量を見誤るような愚行だけはしないようにって!」
「……じゃあ、姉さまは今の私と同じ立場だったならば、義兄さまの治療を別の人に預けたの?」
「当たり前でしょう? あの方が生きて元気になるのが肝心なのよ。その大義の前ならば、私の自尊心なんて掃いて捨てるわ」
「それで悔しくないの? 自分の愛する人を、自分の専門分野で、自分以外の人に預けるなんて!」
「悔しいかどうかなんて問題じゃないのよ! 真にあの人を想うならば、あの人に生きていてほしいと願うならば、きちんと自分の力不足を認めて出来る人に任せるべきなの!」
「それなら、姉さまは私が弦次さまを助けてってお願いしたら助けてくれたの!?」
我慢ならなくてそう叫ぶと、姉さまはぐっと押し黙った。気難しそうな表情が、何よりも姉さまの否を映している。
「姉さまは弦次さまが、弦次さまを好きな私が気に入らないだけでしょ! 気に入らないから助ける義理なんてない、私が助けに行くのも嫌だって、そう思ってるだけなんだわ! 自分の感情で助けるか否かを決めるなんて、それでも医療人なの!?」
全部が全部そうとは思っていないだろうけれど、奥底にそんな感情があったから、ここまで反対しているのでは。そんな感情をぶつけると、姉さまの青い瞳が大きく見開いた。唇がわなわなと震えてだして、両手が固く握られる。
「これ以上私に口出ししないで! 私はもう子供じゃない!」
拒絶の言葉を投げつけて、こうなったら絶対に成し遂げてやると固く心に誓いながら踵を返す。歩き出そうとしたその瞬間、何かに私の頭が掴まれた。
「……そう、そういう、事」
「な、何?」
「自分を顧みない捨て身の愛を抱いたのは、それの所為ね」
「何を、言って」
「貴女がそこまでその男に執着するのは、その呪具が理由ね!」
めったに聞かない、姉さまの本気の怒鳴り声。あまりの気迫と呪具という言葉に驚いて、一瞬だけ足が竦んでしまった。その隙を逃さずに、姉さまは私がつけていたかんざしを乱暴に引き抜いてしまう。
「何するの! 返して、姉さま!」
「その男人間だと思っていたけれど、実際は妖怪だったのかしら。ああ、でも、人間でも妖術を使える奴はいるものね……どのみち、貴女は誑かされていたという訳よ」
「馬鹿な事言わないで! 私は術なんてかけられてない!」
「それはこれから分かる事。こんなの燃やしてやる!」
姉さまがそう叫んでかんざしを持っていた手を握ったのと同時に、手の中が赤く光った。そして、入り口の扉を開けて握っていた物を外に放る。
「あ……」
投げ捨てられたかんざしが、勢いよく燃えている。あの人が、弦次さまが私にくれた大切な贈り物。その気遣いが嬉しくて、贈り物を貰った事が嬉しくて、外ならぬ彼から贈られたのが嬉しくて。毎日磨いて手入れをして、その重みが幸せだった。
「そ、そんな……」
花に纏わりついている炎が、ごうごうと音を立てている。この想いを責めるかのように、この愛が間違いだと言うかのように。
(いいえ、そんな訳ない!)
そんな衝動のままに、その場を駆け出した。姉さまの脇をすり抜けて外に出て、憎く燃える炎に手を伸ばす。
「何をしているの!?」
焦っているらしい姉さまの声は、耳を擦り抜けていった。ただただ私の脳裏にあったのは、あの人からの贈り物を守るんだという願いだけ。
「離して! あのままじゃ燃え尽きちゃう!」
「あんなもの貴女には必要ないわ!」
「弦次さまからの贈り物を、あんなものなんて呼ばないで!」
私の腕を掴んで止めてくる姉さまを振り切って、燃え盛る花に手を伸ばした。必死に炎を消そうとするのに、さらに燃え上がってそんな努力をあざ笑う。すごくすごく熱くて私の手まで燃えていきそうだったけれど、構っていられなかった。
けれども……そんな私の努力は届かずに終わる。かんざしは空しく燃え尽き、見るも無残な灰に成り果てていた。
「これで目が覚めたでしょう。それじゃ、あの歌を覚えるなんて馬鹿な事は忘れて初回の研修の準備を」
「う、う……」
「桐鈴? どうしたの?」
「う……うわああああああああん!!」
ただただ悲しかった。悔しかった。あの人から貰った花を守れなかったのが。失ってしまったのが。もう二度と戻らない私の大切なかんざし。初めて愛した、ずっと傍にいたいと願って、絶対に助けると誓った最愛の人が、私の為に贈ってくれた愛の花。こんなにもあっけなく、失ってしまうなんて。
「姉さまの馬鹿! 何て事してくれたのよ!」
衝動のままに、姉さまの胸元を掴んで揺さぶった。驚いたような表情を浮かべた姉さまは、はっと我に返って私を睨みつける。
「ば……馬鹿はどちらよ! そんな下心だらけの下賤な男に、大事な妹を奪われてたまるものですか!」
「いくら姉さまでも、弦次さまを馬鹿にするのだけは許さないわ!」
「どうして!? どうして、呪具を絶ったのに、まだそんな事を」
「んー。それは、あのかんざしが呪具じゃなかったからじゃない?」
突如、この場にそぐわない間延びした声が響いた。慌ててそちらの方を振り向いて確認すると、そこにいたのは青い髪を緩く縛った執務服姿の長身の男。
「義兄さま?」
「あなた!」
どうしてこんなところに図ったように、と訝しむ私の横をすり抜けて姉さまが義兄さまに文字通り飛びついた。義兄さまは、そんな姉さまの体を優しく抱き込んであやすように銀の頭を撫でている。
(……ん?)
義兄の手元をよくよく見ると、見慣れない着物を一着持っていた。
「……じゃあ、姉さまは今の私と同じ立場だったならば、義兄さまの治療を別の人に預けたの?」
「当たり前でしょう? あの方が生きて元気になるのが肝心なのよ。その大義の前ならば、私の自尊心なんて掃いて捨てるわ」
「それで悔しくないの? 自分の愛する人を、自分の専門分野で、自分以外の人に預けるなんて!」
「悔しいかどうかなんて問題じゃないのよ! 真にあの人を想うならば、あの人に生きていてほしいと願うならば、きちんと自分の力不足を認めて出来る人に任せるべきなの!」
「それなら、姉さまは私が弦次さまを助けてってお願いしたら助けてくれたの!?」
我慢ならなくてそう叫ぶと、姉さまはぐっと押し黙った。気難しそうな表情が、何よりも姉さまの否を映している。
「姉さまは弦次さまが、弦次さまを好きな私が気に入らないだけでしょ! 気に入らないから助ける義理なんてない、私が助けに行くのも嫌だって、そう思ってるだけなんだわ! 自分の感情で助けるか否かを決めるなんて、それでも医療人なの!?」
全部が全部そうとは思っていないだろうけれど、奥底にそんな感情があったから、ここまで反対しているのでは。そんな感情をぶつけると、姉さまの青い瞳が大きく見開いた。唇がわなわなと震えてだして、両手が固く握られる。
「これ以上私に口出ししないで! 私はもう子供じゃない!」
拒絶の言葉を投げつけて、こうなったら絶対に成し遂げてやると固く心に誓いながら踵を返す。歩き出そうとしたその瞬間、何かに私の頭が掴まれた。
「……そう、そういう、事」
「な、何?」
「自分を顧みない捨て身の愛を抱いたのは、それの所為ね」
「何を、言って」
「貴女がそこまでその男に執着するのは、その呪具が理由ね!」
めったに聞かない、姉さまの本気の怒鳴り声。あまりの気迫と呪具という言葉に驚いて、一瞬だけ足が竦んでしまった。その隙を逃さずに、姉さまは私がつけていたかんざしを乱暴に引き抜いてしまう。
「何するの! 返して、姉さま!」
「その男人間だと思っていたけれど、実際は妖怪だったのかしら。ああ、でも、人間でも妖術を使える奴はいるものね……どのみち、貴女は誑かされていたという訳よ」
「馬鹿な事言わないで! 私は術なんてかけられてない!」
「それはこれから分かる事。こんなの燃やしてやる!」
姉さまがそう叫んでかんざしを持っていた手を握ったのと同時に、手の中が赤く光った。そして、入り口の扉を開けて握っていた物を外に放る。
「あ……」
投げ捨てられたかんざしが、勢いよく燃えている。あの人が、弦次さまが私にくれた大切な贈り物。その気遣いが嬉しくて、贈り物を貰った事が嬉しくて、外ならぬ彼から贈られたのが嬉しくて。毎日磨いて手入れをして、その重みが幸せだった。
「そ、そんな……」
花に纏わりついている炎が、ごうごうと音を立てている。この想いを責めるかのように、この愛が間違いだと言うかのように。
(いいえ、そんな訳ない!)
そんな衝動のままに、その場を駆け出した。姉さまの脇をすり抜けて外に出て、憎く燃える炎に手を伸ばす。
「何をしているの!?」
焦っているらしい姉さまの声は、耳を擦り抜けていった。ただただ私の脳裏にあったのは、あの人からの贈り物を守るんだという願いだけ。
「離して! あのままじゃ燃え尽きちゃう!」
「あんなもの貴女には必要ないわ!」
「弦次さまからの贈り物を、あんなものなんて呼ばないで!」
私の腕を掴んで止めてくる姉さまを振り切って、燃え盛る花に手を伸ばした。必死に炎を消そうとするのに、さらに燃え上がってそんな努力をあざ笑う。すごくすごく熱くて私の手まで燃えていきそうだったけれど、構っていられなかった。
けれども……そんな私の努力は届かずに終わる。かんざしは空しく燃え尽き、見るも無残な灰に成り果てていた。
「これで目が覚めたでしょう。それじゃ、あの歌を覚えるなんて馬鹿な事は忘れて初回の研修の準備を」
「う、う……」
「桐鈴? どうしたの?」
「う……うわああああああああん!!」
ただただ悲しかった。悔しかった。あの人から貰った花を守れなかったのが。失ってしまったのが。もう二度と戻らない私の大切なかんざし。初めて愛した、ずっと傍にいたいと願って、絶対に助けると誓った最愛の人が、私の為に贈ってくれた愛の花。こんなにもあっけなく、失ってしまうなんて。
「姉さまの馬鹿! 何て事してくれたのよ!」
衝動のままに、姉さまの胸元を掴んで揺さぶった。驚いたような表情を浮かべた姉さまは、はっと我に返って私を睨みつける。
「ば……馬鹿はどちらよ! そんな下心だらけの下賤な男に、大事な妹を奪われてたまるものですか!」
「いくら姉さまでも、弦次さまを馬鹿にするのだけは許さないわ!」
「どうして!? どうして、呪具を絶ったのに、まだそんな事を」
「んー。それは、あのかんざしが呪具じゃなかったからじゃない?」
突如、この場にそぐわない間延びした声が響いた。慌ててそちらの方を振り向いて確認すると、そこにいたのは青い髪を緩く縛った執務服姿の長身の男。
「義兄さま?」
「あなた!」
どうしてこんなところに図ったように、と訝しむ私の横をすり抜けて姉さまが義兄さまに文字通り飛びついた。義兄さまは、そんな姉さまの体を優しく抱き込んであやすように銀の頭を撫でている。
(……ん?)
義兄の手元をよくよく見ると、見慣れない着物を一着持っていた。
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