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第二章 貴方からの贈り物

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 目の前に広がる、色とりどりの髪飾り達。細工が細かくて美しいものから、実用的で丈夫そうなものまで様々だ。
「流石、装飾品は綺麗ですね」
「そうだな……目がちかちかする」
「辛いなら、少し離れていて下さっても構いませんよ? 私は暫くこの店から動くつもりはありませんし」
「いや……大丈夫だ、慣れてきた」
「そうですか……」
 眉間の辺りを揉みながら絞り出すような声音で言われても、正直あんまり説得力がない。とは言え一緒にいられるに越した事はないので、彼には申し訳ないがもう少々お付き合い頂く事にしよう。
(後ろ髪を一回で纏められるくらい丈夫なかんざし……)
 髪飾りが集められている一角を物色しながらそんな事を考える。目についた朱塗りのかんざしを手に取って具合を確認してみるが、もう少し丈夫な物の方が良さそうだ。
「えらく地味じゃないか?」
 すっかり元の調子に戻ったらしい弦次さまが、私の横から顔を出してそんな事を呟かれた。私が手に持っているかんざしは、どれも無地一色で揺れる飾りが付いていない種類なので、地味と言えば地味だが。
「料理などの家事をしている最中に使うものですから、見栄えよりは実用性を重視しておりますので……あ、これ良さそう」
「そういう事か」
「はい。綺麗な飾りがついているものにも興味はありますけど」
「こういうのとかか?」
 そう言った弦次さまが手に持っていたのは、水色の花飾りと短冊のような飾りがついた銀色のかんざしだった。彼が手を動かす度にしゃらしゃらと澄んだ音が鳴って、実に私好みである。
「……そうですね。でも、今日の目的は違いますから」
 着飾って出掛ける予定もないし、そもそも私の手持ちでは足りない値段だ。残念ではあるが、縁がなかったという事だろう。
「それでは会計してきますね」
 弦次さまにそう告げた後で、店主へと話しかけ手に持っていたえんじ色のかんざしを差し出した。一言二言会話をして、無事にかんざしを買い終える。
「お待たせ致しました」
「大丈夫だ。他に見たいものはあるか?」
「いえ、もう十分です」
 欲しかった調味料も髪飾りも買えた。当面の間は大丈夫だろう。
「弦次さまは何かございますか?」
「いや、俺も十分だ……それじゃあ帰るか」
「はい」
 返事をすると、弦次さまの手がこちらへ伸びてきた。どうしたのだろうかと思って、まじまじとその手を見つめてしまう。
「……あー、夕方になって、人が多くなってきたから」
 はぐれないようにと、そういう事か。どんな理由であれ、彼と手を繋げる好機を逃す訳にはいかない。
「分かりました」
 差し出された手を、しっかりと掴む。何も言われないのを良い事に、街を出て山に入り、家が見えてきた時分になっても、ずっと繋いだままでいた。

  ***

「よし、これで最後……せーの!」
 息を整えて、一気に持ち上げ物干し竿に掛ける。今日は天気が良かったから、布団を洗ったのだ。
「夕飯の準備始めるまで時間あるし、追加で歌の練習しようかしら」
 弦次さまはビワと一緒に街まで行っているから、今なら大きな声を出しても大丈夫だろう。治療目的ならば必要以上の大きな声で歌う必要はないが、ある程度声を張った方が気分良く歌えるから好きなのだ。
 せっかくだからと思って、縁側がある部屋まで琴を持ってきた。外が見えるように琴を置いて、ぽんぽんとかき鳴らしていく。最初の音を確認した後で、軽症の歌から順に練習をしていった。
「……やっぱり桐鈴は歌が上手いな」
 一通り歌い終えたところで、庭の方からそんな言葉と手を叩く音が聞こえてきた。振り返った先にいたのは、荷物を背負っている弦次さまとしっぽを振っているビワ。
「ありがとうございます。お帰りなさいませ」
「ああ、帰った」
「ワンッ」
 一人と一匹の返事を確認し、縁側の方へと移動する。どっかり座って荷物を下ろした弦次さまの隣に座り、そっとその顔を見上げた。
「今日は定期的な調整でしたっけ?」
「そうだ。大半が大丈夫だという返答だったが、二軒ほど調子が悪いというから修理してきた」
「お疲れさまです。お茶をお持ちしますね」
「……いや、ちょっと待ってくれ」
「どうかなさいましたか?」
「渡す物がある」
 不自然に視線を逸らされた後で、弦次さまはごそごそと荷物を漁り始めた。これだこれだと呟いているのを、ぼんやりと眺めていく。
「この前興味があると言っていたのはこれだったろう?」
「……え!?」
 おもむろに渡されたのは、先日彼と一緒に街に行った際に、手持ちがなくて諦めたあのかんざしだった。寸分違わぬ美しい花飾りと短冊形の飾りが、日の光を反射してきらきらと輝いている。
「あ、の、どうして、これ」
「いや、まぁ……目線とか口調が欲しそうにしていたし……ああ、いや、そんなの言い訳だな。俺が」
「弦次さまが?」
「俺が……これをつけた桐鈴を見たかったんだ。きっと似合うと思ったから」
「……あ、ありがとうございます!」
 声も手も震わせながら、掠れる声でお礼を告げた。手に入るなんて思っていなかったから、どうしよう、すごく嬉しい。
「せっかくだし、ちょっと付けてみてくれないか」
「はい!」
 食い気味に返事をして、今挿しているかんざしを一気に引き抜いた。ばさりと下りてきた髪を手早く纏め、頂いたばかりのかんざしで固定する。しっかり留まっているかを確認するために軽く頭を振ったら、頭上でしゃらしゃらと音が鳴った。
「どうですか?」
「……」
 恐る恐る尋ねてみたが、弦次さまは黙ったままぴくりとも動かなくなってしまった。目の前で手を振ってみても無反応で、そんなに似合わなかったのだろうかと思って不安感に襲われる。
「あ、の……弦次さま?」
「わっ!?」
「す、すみません……何の返事もございませんでしたから、あの……」
「ああ、すまない……その……」
「その?」
「……予想以上に似合っていたから、見惚れていたんだ」
「え……」
 予想以上に、似合っていた。彼の口から発せられた言葉を脳裏で反芻して、しっかりと意味を理解した瞬間、全身が沸騰してしまったかのような衝撃に襲われた。
「……」
「……桐鈴?」
「あ、ありがとう、ございます……大事にします」
「ああ。ま、また、機会があったらつけて見せてくれ」
「はい!」
 じんわりと視界が滲み出してきたので、努めてはっきりとした声を出す。嬉しくて泣いてしまうなんて、本当にあるのか。
「それでは、お茶をお持ちしますね」
 このままここにいたら、きっと涙が零れていきそうだったから。いくら喜びから来ているものだと言っても、心配をかけてしまうだろう。
 そんな訳で、お茶を理由にその場を辞す。台所でお湯が沸くのを待っている間だけは、喜びを噛み締めるように流れる涙をそのままにしていた。
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