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第二章 貴方からの贈り物
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「それじゃあ行こうか」
「はい」
支度を終えて、返事をして。鳥の鳴き声や風で木々が揺れる音が聞こえる中、二人で並んで歩き始めた。
「あの、弦次さま」
「どうした?」
「荷物をいくつか持たれているみたいですので……どれか持ちますよ」
彼は納品する琴の他にも背負いかごやら風呂敷やらを持っていた。風呂敷くらいならば持てるので、そう言って片手を差し出して受け取ろうという意思を見せる。
「いや、そんな……気を遣わなくても大丈夫だ」
「いいえ。一緒にいる方がたくさん荷物を持っているのに自分は何も持っていないなんて、気が咎めますから」
「……それならこの風呂敷を頼む。琴柱の予備とか携帯用の修理道具とかだから、少し重いかもしれないが」
「大丈夫ですよ!」
意気揚々と受け取り、しっかりと両手で抱き締めるようにして持った。思った程は重くないが、始めから抱えるように持っていた方が後々も楽だろう。
「琴の納品先は貴族のお爺さまでしたっけ」
「ああ。孫への贈り物らしい」
「お孫さんの」
「最近楽器を弾くのに興味を持ったらしくてな。練習用だから一番簡単な装飾の物でよろしく頼むと言われたんで、ベタ作りのものにした」
「そうなのですね。それでも、自分用の楽器というものは心躍るものですから、きっと喜ばれるでしょう」
そう告げると、そうだといいがなという言葉とため息が返ってきた。そんな彼に更に言葉を返しながら歩いていると、あっという間に邸宅が目の前に現れる。
「すまないが、桐鈴はここで待っていてくれるか」
「はい」
風呂敷を手渡して、屋敷の中に入っていく彼を見送った。しばらくはかかるだろうと思って、のんびりと門番の方と世間話を始める。
「あら、それでは、そのお孫さんも今日はいらっしゃっているのですか?」
「朝一番に牛車でやってきてな。私のお琴、私のお琴って、そらもう楽しみにしていたらしい」
「可愛らしい……そんなに喜んでもらえてたなんて、きっと弦次さまも喜ばれるわ」
そんな会話をつらつらとしていたら、中から彼が戻ってくるのが見えた。渡し終えたならば出発かと思って支度をしようとしたが、なぜか彼は息を切らしている。
「桐鈴、すまないが頼まれてくれないか」
「え? な、何をですか?」
「いや、あのな、引き渡しの部屋に行ったら、琴の持ち主になるっていう孫娘も来ていてな」
「ああ、先ほど聞きましたので存じております」
「その娘御に、このお琴を弾いてみてほしいと言われて……だが、俺は音の調整で少し弾くくらいしか出来ないから、弾ける曲がすぐに尽きてな。それで頼めないかと」
「……そういう事ですか」
いつもならば、これ以上は自分で練習して弾けるようになれと言うらしいが、今日は私がいるからと思ったのだそうだ。ここのお爺さんは職人になる前から交流があってお世話にもなったらしいので、出来るだけ応えてあげたいらしい。
「分かりました。その部屋まで案内して頂けますか?」
「ああ、助かる……こっちだ」
いってらっしゃいと手を振ってくれた門番の方に会釈をして、弦次さまの後をついていく。部屋の中に入ると、落ち着いた色合いの着物を着た年配の男性と華やかな着物を着た少女が座っていた。
「爺さん、連れてきたぞ」
「済まないなァ。悪りィとは思ったが、せっかくだから後学の為にも演奏の上手い人間の演奏を聞かせてやりたくてな」
私は人間ではありませんけどね……と思いつつ、そこは微笑みながら流していく。弦次さまから爪を受け取り、弾く準備に取り掛かった。
「娘御がいるだけでも驚いたってのに、まさかこんな事になるとはな」
「俺も聞いてなかったから驚いたさ。まさか、朝早くにやってきた孫娘に起こされるなんてな」
「奇襲だったのか……迷惑な」
「まぁそう言うな。可愛い嫁御を見せびらかしたくない気持ちは分かるが、あんまり束縛が強いと愛想尽かされるぞ」
「ぐっ!?」
その言葉に、二人同時に声を詰まらせた。かあっと一気に耳の端まで熱が上がって、喉がからからに乾いてくる。
「違う、爺さん、違うから」
「あ? じゃあ何だ、遊びだとでも言うのか?」
「そういう思考から離れてくれ! 桐鈴は単なる居候だ!」
「女なんてめんどくさいって言ってた弦次が、別嬪を同伴してきたってんだからそっちにも驚いたぞ。弦次の嫁取りを生きてるうちに見られたなんて、今日は驚き尽くしだ」
「違うつってんだろ爺さん! 俺みたいな無骨者とそんな間柄なんて勘違いされたら、桐鈴が可哀そうだ! そもそも、俺は困ってたのを泊めてただけで」
その言葉に、ひゅっと熱が冷めていくのを感じた。目の前が真っ暗になっていくような心地がしてきて、思わずふるりと体を震わせる。
彼とビワと一緒に過ごす時間が楽しくて、想う人と一緒にいられるのが嬉しくて忘れていたけれど、確かに、元々は彼の親切心で居候が許されているだけで、好きなのも、私だけで……。
「お嫁さん、だいじょうぶ?」
横から声をかけられて振り返ったら、そこにいたのは孫の女の子だった。小さい手で私の袖を掴んでいて、大きな黒い瞳で見上げている。
「あ、ええ、と……」
「ごめんなさい……わたしが、弾いてほしいって言ったから?」
「それは違うわ。でも、あんまり突っ込まれると照れちゃうっていうか……彼に申し訳ないというか……」
「秘密にしてた方が良いの?」
「そうね。お爺さんは勘違いしてらっしゃるけど、まだ私の片想いなの。あ、これもあの二人には秘密にしていてね?」
「そうだったのね! 分かった!」
彼女の顔からは憂いが消えて、力強く返事をしてくれた。励ますかのように握ってくれた手が、焦った心を落ち着けてくれる。
「ねぇ、もうそろそろ弾いてほしい!」
彼女の高い声が部屋に響いて、お爺さんと弦次さまの会話が止んだ。助かったという感じの表情をしている気がするのは、きっと気のせいではないのだろう。
「そうですね。それでは、よろしいですか?」
「おお、存分に聞かせてやってくれ」
許可が出たので、琴を弾く為に体の向きを整えて座る。爪を構えて、子供でも楽しく聞けそうな拍子の早い曲を弾き始めた。ぽんぽん、ぽんぽん、爪が弦を鳴らす度に感嘆の声が上がる。
「すごいすごい! もっと弾いて!」
「たまげたな……こんな超絶技巧の持ち主とどうやって知り合ったんだ。ゆうに都の一流演奏者を超えてるぞ」
「ありがとうございます。お気に召して頂けたのならば良かったです」
大役を終えてほっとした。用意してもらったお茶を口に含むと、じんわりと喉が潤っていくのが分かる。
「爺さん、俺たちはそろそろ」
「何か予定でもあるのか?」
「予定という程でもないが、街を案内しようと思っていて」
「ああ、そうなのか」
そんな会話をする二人の間に、女の子が割って入った。頬を膨らませながらお爺さんの膝の上に乗って、口を開く。
「もう一曲だけ! もう一曲だけ聞きたい!」
「と言っているが、頼めないか?」
「俺の一存では……」
そんな言葉とともに、弦次さまの青い瞳が私の方を向いた。彼が大丈夫ならば、私は構わない。
「私なら大丈夫ですよ」
「そうか? それなら短いので頼む」
「分かりました」
それなら次はあの曲にしようか、と思って晴れやかな一曲を演奏した。女の子の黒い瞳が一生懸命私の手の動きを追っていて、微笑ましい気持ちで一杯になった。
「ありがとうな。演奏代も少し包んどいたから」
「お姉さんありがとう! わたしも、お姉さんみたいに弾けるようにがんばる!」
「こちらこそ、演奏を聴いて頂きありがとうございました」
二人分の感謝を胸に刻みながら、部屋を辞して屋敷を出発した。
「はい」
支度を終えて、返事をして。鳥の鳴き声や風で木々が揺れる音が聞こえる中、二人で並んで歩き始めた。
「あの、弦次さま」
「どうした?」
「荷物をいくつか持たれているみたいですので……どれか持ちますよ」
彼は納品する琴の他にも背負いかごやら風呂敷やらを持っていた。風呂敷くらいならば持てるので、そう言って片手を差し出して受け取ろうという意思を見せる。
「いや、そんな……気を遣わなくても大丈夫だ」
「いいえ。一緒にいる方がたくさん荷物を持っているのに自分は何も持っていないなんて、気が咎めますから」
「……それならこの風呂敷を頼む。琴柱の予備とか携帯用の修理道具とかだから、少し重いかもしれないが」
「大丈夫ですよ!」
意気揚々と受け取り、しっかりと両手で抱き締めるようにして持った。思った程は重くないが、始めから抱えるように持っていた方が後々も楽だろう。
「琴の納品先は貴族のお爺さまでしたっけ」
「ああ。孫への贈り物らしい」
「お孫さんの」
「最近楽器を弾くのに興味を持ったらしくてな。練習用だから一番簡単な装飾の物でよろしく頼むと言われたんで、ベタ作りのものにした」
「そうなのですね。それでも、自分用の楽器というものは心躍るものですから、きっと喜ばれるでしょう」
そう告げると、そうだといいがなという言葉とため息が返ってきた。そんな彼に更に言葉を返しながら歩いていると、あっという間に邸宅が目の前に現れる。
「すまないが、桐鈴はここで待っていてくれるか」
「はい」
風呂敷を手渡して、屋敷の中に入っていく彼を見送った。しばらくはかかるだろうと思って、のんびりと門番の方と世間話を始める。
「あら、それでは、そのお孫さんも今日はいらっしゃっているのですか?」
「朝一番に牛車でやってきてな。私のお琴、私のお琴って、そらもう楽しみにしていたらしい」
「可愛らしい……そんなに喜んでもらえてたなんて、きっと弦次さまも喜ばれるわ」
そんな会話をつらつらとしていたら、中から彼が戻ってくるのが見えた。渡し終えたならば出発かと思って支度をしようとしたが、なぜか彼は息を切らしている。
「桐鈴、すまないが頼まれてくれないか」
「え? な、何をですか?」
「いや、あのな、引き渡しの部屋に行ったら、琴の持ち主になるっていう孫娘も来ていてな」
「ああ、先ほど聞きましたので存じております」
「その娘御に、このお琴を弾いてみてほしいと言われて……だが、俺は音の調整で少し弾くくらいしか出来ないから、弾ける曲がすぐに尽きてな。それで頼めないかと」
「……そういう事ですか」
いつもならば、これ以上は自分で練習して弾けるようになれと言うらしいが、今日は私がいるからと思ったのだそうだ。ここのお爺さんは職人になる前から交流があってお世話にもなったらしいので、出来るだけ応えてあげたいらしい。
「分かりました。その部屋まで案内して頂けますか?」
「ああ、助かる……こっちだ」
いってらっしゃいと手を振ってくれた門番の方に会釈をして、弦次さまの後をついていく。部屋の中に入ると、落ち着いた色合いの着物を着た年配の男性と華やかな着物を着た少女が座っていた。
「爺さん、連れてきたぞ」
「済まないなァ。悪りィとは思ったが、せっかくだから後学の為にも演奏の上手い人間の演奏を聞かせてやりたくてな」
私は人間ではありませんけどね……と思いつつ、そこは微笑みながら流していく。弦次さまから爪を受け取り、弾く準備に取り掛かった。
「娘御がいるだけでも驚いたってのに、まさかこんな事になるとはな」
「俺も聞いてなかったから驚いたさ。まさか、朝早くにやってきた孫娘に起こされるなんてな」
「奇襲だったのか……迷惑な」
「まぁそう言うな。可愛い嫁御を見せびらかしたくない気持ちは分かるが、あんまり束縛が強いと愛想尽かされるぞ」
「ぐっ!?」
その言葉に、二人同時に声を詰まらせた。かあっと一気に耳の端まで熱が上がって、喉がからからに乾いてくる。
「違う、爺さん、違うから」
「あ? じゃあ何だ、遊びだとでも言うのか?」
「そういう思考から離れてくれ! 桐鈴は単なる居候だ!」
「女なんてめんどくさいって言ってた弦次が、別嬪を同伴してきたってんだからそっちにも驚いたぞ。弦次の嫁取りを生きてるうちに見られたなんて、今日は驚き尽くしだ」
「違うつってんだろ爺さん! 俺みたいな無骨者とそんな間柄なんて勘違いされたら、桐鈴が可哀そうだ! そもそも、俺は困ってたのを泊めてただけで」
その言葉に、ひゅっと熱が冷めていくのを感じた。目の前が真っ暗になっていくような心地がしてきて、思わずふるりと体を震わせる。
彼とビワと一緒に過ごす時間が楽しくて、想う人と一緒にいられるのが嬉しくて忘れていたけれど、確かに、元々は彼の親切心で居候が許されているだけで、好きなのも、私だけで……。
「お嫁さん、だいじょうぶ?」
横から声をかけられて振り返ったら、そこにいたのは孫の女の子だった。小さい手で私の袖を掴んでいて、大きな黒い瞳で見上げている。
「あ、ええ、と……」
「ごめんなさい……わたしが、弾いてほしいって言ったから?」
「それは違うわ。でも、あんまり突っ込まれると照れちゃうっていうか……彼に申し訳ないというか……」
「秘密にしてた方が良いの?」
「そうね。お爺さんは勘違いしてらっしゃるけど、まだ私の片想いなの。あ、これもあの二人には秘密にしていてね?」
「そうだったのね! 分かった!」
彼女の顔からは憂いが消えて、力強く返事をしてくれた。励ますかのように握ってくれた手が、焦った心を落ち着けてくれる。
「ねぇ、もうそろそろ弾いてほしい!」
彼女の高い声が部屋に響いて、お爺さんと弦次さまの会話が止んだ。助かったという感じの表情をしている気がするのは、きっと気のせいではないのだろう。
「そうですね。それでは、よろしいですか?」
「おお、存分に聞かせてやってくれ」
許可が出たので、琴を弾く為に体の向きを整えて座る。爪を構えて、子供でも楽しく聞けそうな拍子の早い曲を弾き始めた。ぽんぽん、ぽんぽん、爪が弦を鳴らす度に感嘆の声が上がる。
「すごいすごい! もっと弾いて!」
「たまげたな……こんな超絶技巧の持ち主とどうやって知り合ったんだ。ゆうに都の一流演奏者を超えてるぞ」
「ありがとうございます。お気に召して頂けたのならば良かったです」
大役を終えてほっとした。用意してもらったお茶を口に含むと、じんわりと喉が潤っていくのが分かる。
「爺さん、俺たちはそろそろ」
「何か予定でもあるのか?」
「予定という程でもないが、街を案内しようと思っていて」
「ああ、そうなのか」
そんな会話をする二人の間に、女の子が割って入った。頬を膨らませながらお爺さんの膝の上に乗って、口を開く。
「もう一曲だけ! もう一曲だけ聞きたい!」
「と言っているが、頼めないか?」
「俺の一存では……」
そんな言葉とともに、弦次さまの青い瞳が私の方を向いた。彼が大丈夫ならば、私は構わない。
「私なら大丈夫ですよ」
「そうか? それなら短いので頼む」
「分かりました」
それなら次はあの曲にしようか、と思って晴れやかな一曲を演奏した。女の子の黒い瞳が一生懸命私の手の動きを追っていて、微笑ましい気持ちで一杯になった。
「ありがとうな。演奏代も少し包んどいたから」
「お姉さんありがとう! わたしも、お姉さんみたいに弾けるようにがんばる!」
「こちらこそ、演奏を聴いて頂きありがとうございました」
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