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事件
しおりを挟む違和感は、学院の帰り道で起きた。
馬車に乗り込む際にはテレンス兄様がやって来て「私も乗ろう」と笑顔になったし、乗り込んだ後にもなかなか動き出さないので御者に声を掛けようとしたらテレンス兄様に笑顔で止められたし、…何かおかしいとは思っていた。
(テレンス兄様の笑顔は美しいけど、何だか胡散臭いのよね)
学院を出て暫く走った所に、貴族街と下町との境界線を沿う森がある。
そこで、突然馬車が止まったのだ。
「?…何かしら」
この国の馬車は、防犯や安全面を考慮し嵌め殺しの小窓があるだけで、客観的に見ると「おしゃれな内側全面クッション布張りの宝石箱」みたいな構造をしている。 私は外を覗こうとして、小窓に顔を寄せた。
ドン、という僅かの振動。
直後に、キンと高い金属音。
「え?」
「大丈夫。もうしばらくここにおいで」
聞き覚えのない音に身を竦ませる私を、兄様が後ろから抱きしめてくる。
お腹に回された腕に手を添えながら、平和に慣れて忘れかけていた「嫌な記憶」がじわじわと蘇ってきた。
学院からの帰り道。
矢に射たれた御者から滴る血。
乱暴に蹴破られた馬車の扉。
腕を掴まれ、引き摺り出された私。
深い森。
木の根元に同化したような小屋。
「お前のせいだ」と繰り返す巨体の男。
のしかかる、重い体。
「…あ、あ」
「大丈夫。大丈夫だよクラウディア。私がいる」
あやす様にゆったり左右に揺れる、背中の温もり。
「にぃ、さま」
「こっちを見て、可愛いクラウディア」
言われるままに視線を向けると、にっこり微笑むテレンス兄様に額と額を当てられる。
「泣かないで、お姫様」
「…泣いて、はいません」
「そう?」
「私は大丈夫です、テレンス兄様」
「うん」
「ありがとうございます」
「お礼より『大好き』がいいな」
「……兄様、大好き」
「あぁ!クラウディア!!」
少し棒読みになったが満足してもらえたらしい。ぎゅむっと抱きしめられていると、突然馬車の扉が開け放たれた。
そこに立っていたのは。
「え、エルネスト?!」
キョトンとした顔で私とテレンス兄様を眺めている、赤毛の長身。
「…開ける前にノックしろ」
地を這うような声の兄様に怒られ、エルネストは「は!申し訳ありません」と姿勢を正す。
「報告します!討伐完了いたしました!」
「そうか」
兄様が私の頬を撫で、身体を離した。
(え?え??)
状況についていけず、かといって説明する気もなさそうなテレンス兄様から視線をエルネストに移すと、エルネストはにっこり笑って胸を叩いた。
「クラウディア、もう大丈夫だからね!」
(ちがう!説明して!)
「エルネスト、それは、血?」
学院の制服である白いジャケットの袖に、点々と赤い汚れが付いている。
「あ」
うっかり、という顔をするエルネストに、テレンス兄様がしっしっと犬を追い払う仕草をした。
…それによく見れば、エルネストは帯剣している。学院は帯剣禁止のはずだ。
「……テレンス兄様。エルネスト。ご説明いただけますわね?」
「クラウディア、お前の耳が穢れてしまうよ」
「私は説明を求めます」
「クラウディア」
宥めるように髪を撫でる兄様をジロリと睨むと、兄様は困ったような笑顔を浮かべ、「とりあえず屋敷へ戻ろう」と言った。
何故か、エルネストが「かしこまりました!」と敬礼して丁寧に馬車の扉を閉める。
ぎし、と車体が一瞬傾いで、すぐに馬車が動き出した。
「……兄様。もしかして、この馬車を操っているの、エルネストではございませんこと?」
「騎士を目指すのだから、馬くらい自由に操れないとね」
(…御者と騎馬は、違うと思う)
というか、一応伯爵家子息としての自覚を持ちなさい、エルネスト・ロッシェン!
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