破滅を突き進めば終わると思ってた悪夢の様子がなんかおかしい。

秋野夕陽に照山紅葉

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あの日のファリオ【ゲーム本編】

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「ち、こっちは頼まれたから仕方なくやってやったんだよ!こんなもん、お貴族様のお遊びみたいなもんなんだろ?」

 熱くなるなよな、と言われて、俺はそのニヤついた顔面をブーツで蹴り上げた。
 縛って芋虫のように転がした男。下町では有名なゴロツキグループのひとりだ。

 リリィ・トロイゼルを拐かそうとした男たちのうち、1人はリリィと待ち合わせをしていた俺に見つかり、そのまま捕まった。残りの数人は散り散りに逃げて行ったが、騒ぎを聞きつけた憲兵が追いかけて行ったのでお任せする。
 下町は荒事が多い。普段から町人に紛れている俺も、トラブルには慣れている。 

 普段は元気なリリィは恐怖のあまり、俺の腕の中で震えていた。
「もう大丈夫だよ、小鳥ちゃん」
「こ、小鳥ちゃんって呼ばないで!」
 震えながらも、涙目で見上げてくる。
 その強がりすら愛おしくて、俺は乱れたストロベリーブロンドをグリグリと撫で回した。嫌がる素ぶりで振り上げられた両方の手首を掴み、引き寄せる。
「きゃ…!」
 倒れ込む細い体を、力いっぱい抱きしめる。
「お前ってほんっと、目が離せないよ」
 俯いたまま身じろぎもしない、その絹糸の様な髪から覗く耳が真っ赤だ。
 俺はそこにキスしたいのを我慢して、そしてそんな事すら我慢してしまう自分でも知らなかった純情っぷりに、こっそり笑った。





「トロイゼル男爵令嬢の誘拐騒動、やっと解決したな」
「うん?」
 3日後、カフェで給仕している同僚に話し掛けられて、俺は顔を上げる。
「ほら、犯人が逃げてただろ?」
「あぁ」
 あの後憲兵はゴロツキどもの頭目を取り逃がし、手配書が出回っていた。
「あの誘拐を裏で依頼したお貴族様がいたらしいんだよ」
「え?」
「逃げた頭目ってのが、トロイゼル男爵令嬢の代わりなのか腹いせなのか、その依頼したお貴族様を攫って逃げたんだってさ」
 くひひ、と同僚は下品に笑う。
「…ここだけの話な?見つけた憲兵ってのが友達なんだけどさ。とんでもなく美人な、若いお嬢様だったそうだぜ?頭目が捕まった隠れ家で、さんざん弄ばれた後の死体が見つかったってよ。殺されたんだか自殺したんだか知らないけど、因果応報って言うか、悪い事はできないよなぁ」
「……へぇ」


 遠くで自分の声が聞こえた。
 この後リリィと会う予定で浮ついていた気持ちが、スゥッと静まり返る。

 …どうやって店を出てきたのかわからない。
 足早に路地を抜けながら、ウェイターのエプロンを外して上着を羽織り、タイを結った。

 貴族街の入口で馬車を拾い、向かった先……固く閉ざされた公爵家の門の前で馬車から降りる。



 あのひとが、俺の腕を掴んで不安そうに見つめて来たのはつい1週間前だ。
 貴族としての立場より、平民に馴染む方を優先させ続ける俺に周囲が呆れ果てても、あのひとだけは何か言いたそうにしていた。



 幼い頃、よく遠目に手を振りあったあのひとの部屋の窓。そこに立つ人影に、一瞬ホッとしたのも束の間。

 人影は、昔からこの屋敷に勤めるメイドのものだと気付く。
 声は聞こえない。聞こえないのに、メイドがハンカチを顔にあてて号泣しているのがわかった。彼女が、その部屋のカーテンを次々と閉めていく。




 …あのひとの部屋の窓は、2度とカーテンが開くことが無かった。


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