破滅を突き進めば終わると思ってた悪夢の様子がなんかおかしい。

秋野夕陽に照山紅葉

文字の大きさ
上 下
25 / 43

兄弟の密談【アンリエーレ目線】

しおりを挟む


「アンリエーレ、具合はどうだ」
「兄上」

 これから学院に登校される様子の、制服姿のハインリヒ兄上が入ってきた。
 僕はベッドで上体を起こし、歴代王家の日記帳を腿に置いて開いている。

「熱は下がっておりますが、まだ手足に力が入りません」
「昨日は久しぶりの高熱だったからな。体力が戻るまで、きちんと休むのだぞ」
「はい」
「…? これは、何を広げておるのだ?」
 ハインリヒ兄上はベッドの上に散らばる多数の本を拾い上げながら、ベッドに腰掛けた。
「歴代王の日記です」
「こんなに…またマーロウに掻き集めさせたのか」
「僕が動けるなら僕が自ら存分に掻き集めます」
 日記であれ何であれ、文字が遺された以上は他者の知識の糧となるべき…というのが僕の信条だ。王宮内にある歴史的な書物は、隠し部屋にある私的なものも含め、とことん探し出した。現王である父も母も、僕のそのへきを心底警戒して、一生懸命に日記を隠している。…隠し場所など、とうに予測がついてるが。
「相変わらずの書痴っぷりだな。…今回のは、何か調べ物か?」
「はい。兄上は『魔女の未来視』という伝承をご存知ですか?」
「聞いたことはあるな。詳しくはないが」
 ハインリヒ兄上は軽く天井を見上げた。
「神殿の未来視術のもとになったといわれるものだな。黒髪の人間に宿るといわれている力だったか?」
「最近ではノートレイル辺境伯家…クラウディアの祖母が実際に行ったのが先代王の記録に残る、現実的な事象です」
 さすがは兄上、王位継承者としてきちんと学んでいらっしゃる。

 僕は開いていた日記をパタンと閉じた。

 確証が得られるまでは自分だけで動くつもりだったけど、兄上が魔女について既にご存知なのであれば、お話した方が良さそうだ。

「…過去の記録によると、魔女の未来視が発動した場合、その未来に深く関わる者も魔女と同じように幻視を見るとあります。…僕は、昨日それを体験しました」
 ハインリヒ兄上が驚いたように僕を見る。
「僕は、クラウディアが僕を毒殺しようとしたと疑われて投獄される未来を見ました。…あれは、夢じゃない。きっと、魔女の血を引くクラウディアに、未来視があったのです」
「アンリエーレ」
 兄上の長い指が、僕の頭を撫でる。思わず寄せてしまった眉間を緩めてハインリヒ兄上を見ると、兄上は何事か思い悩むように視線を泳がせていた。
「……それは、未来視ではない。安心をし」
「何故、そう言えるのです?」
「私の見た幻視と違うからだ」
「え?」
 同じ体験をした人がいる事にホッとしつつ、兄上から続いて出た言葉に僕は前のめりになった。
「私は…クラウディアを一家もろとも処刑した。その理由は其方を毒殺しようとした罪ではない」
「……」
 内容が違う?…しかし、どちらにしろクラウディアが酷い目に遭うような。
「では兄上は、この幻視を何だとみますか?」
「わからん。だが、つまりは幾通りもの違いがあるということ。確定した未来ではないという事だ」
 頷くハインリヒ兄上の表情は自信に充ちていて頼もしい。この生まれついての王者の余裕は、僕にはない。

「未来視でないとすると、クラウディアは無事ですか?」
 兄上は「ふむ」と何事か思案する。
「……アンリエーレ。其方の見たものに、金髪の娘はいたか?」
「え?」

 脳裏に蘇る、見覚えのない少女の笑顔。

「……いました。知らない娘ですが、僕はずいぶんと親しく思っていました」
「そうか。…アンリエーレよ。私が思うに、これは『未来に起こりうる可能性を幻視したもの』、あるいは『呪いの予兆』だ」
「呪いですか?」
「私が見た幻視にも、金髪の娘が現れた。私はその娘に心酔し、彼女の好意を得んがため、クラウディアを手に掛けた。…そして、幻視を見た後…つまりは昨日の事だが、実際にその金髪の娘に出会ったのだ」
「……」

 実在するのか。

「其方も、昨日高熱を出さねければ、学院であの娘に出会っていた可能性は充分にあるぞ」
「学院にいるのですね」
「私は…おそらく幻視の直後でなければ、彼女に好意を持ったかもしれぬ。つるりと人の心に入り込むような、妙な魅力があるのだ」

 王位を継ぐ為に幼い頃から己を磨き、クラウディアの事も互いの努力を分かち合う朋友だと思っている様子のハインリヒ兄上が、色恋の感情を理解している事に驚いた。

「…あの娘に好意を抱くと、クラウディアを殺す呪いが発動するのかもしれぬ」
「だから、呪いの予兆ですか」
「そうだ」
「それであれば、兄上。その娘に好意を抱く者が現れた場合、僕たちに限らず、呪いが発動するかもしれないのですね?」
「そうだ」

 僕は少し考え、「今日から、学院にマーロウをお連れください」と言った。
「マーロウに、その金髪の娘を監視させます」
「いいのか?」
 見聞係が離れる事で僕にかかる負担がどれ程かを考えてくださったのだろう。
「構いません。はっきりするまで僕は学院を休み、その金髪の娘には会わずにいようと思います。それに、マーロウなら娘に惹かれる事もあり得ませんからね」

 マーロウは、おそらくは今も何処かからここの会話を聞いているだろう。

「わかった」
 頷くハインリヒ兄上に、「その代わり、近いうちにぜひクラウディアを王宮に招待してくださいね!僕はクラウディアに会いたくて仕方ないのです」と微笑むと、兄上も笑顔で僕の頭を撫でた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

【完結】悪役令嬢が可愛すぎる!!

佐倉穂波
ファンタジー
 ある日、自分が恋愛小説のヒロインに転生していることに気がついたアイラ。  学園に入学すると、悪役令嬢であるはずのプリシラが、小説とは全く違う性格をしており、「もしかして、同姓同名の子が居るのでは?」と思ったアイラだったが…….。 三話完結。 ヒロインが悪役令嬢を「可愛い!」と萌えているだけの物語。 2023.10.15 プリシラ視点投稿。

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。 もう一度言おう。ヒロインがいない!! 乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。 ※ざまぁ展開あり

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

やはり婚約破棄ですか…あら?ヒロインはどこかしら?

桜梅花 空木
ファンタジー
「アリソン嬢、婚約破棄をしていただけませんか?」 やはり避けられなかった。頑張ったのですがね…。 婚姻発表をする予定だった社交会での婚約破棄。所詮私は悪役令嬢。目の前にいるであろう第2王子にせめて笑顔で挨拶しようと顔を上げる。 あら?王子様に騎士様など攻略メンバーは勢揃い…。けどヒロインが見当たらないわ……?

悪役令嬢らしいのですが、務まらないので途中退場を望みます

水姫
ファンタジー
ある日突然、「悪役令嬢!」って言われたらどうしますか? 私は、逃げます! えっ?途中退場はなし? 無理です!私には務まりません! 悪役令嬢と言われた少女は虚弱過ぎて途中退場をお望みのようです。 一話一話は短めにして、毎日投稿を目指します。お付き合い頂けると嬉しいです。

処理中です...