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あの日のアンリエーレ【ゲーム本編】
しおりを挟むガラスのティーポットの中に、茶葉としては見覚えのない紫色の花弁が揺蕩うのを見つけた。どこかで見た記憶があるが、何の花弁だったか思い出せない。
僕は「待って、リリィ」とティーカップを持ち上げかけたリリィをとめ、代わりにソレを持ち上げた。
鼻を寄せても、華やかな香りを感じるだけだ。
ひとくち、含む。
穏やかな苦味の後から、舌の奥に弱い酸味を感じた。 僕はティーカップを戻し、戸惑いながら口元を抑える。
何だろう、コレは飲下しても大丈夫なものだろうか…。
戸惑っていると、リリィが「アンリ?!大丈夫?アンリ!」と僕の肩を揺らしてきた。
…勢いで、飲み込んでしまう。
正体不明の熱い液体が、喉を下っていく。僕は目眩と吐き気を感じ、すぅっと意識を失った。
目が覚めた時、見慣れた僕のベッドの横には、せっかくの可愛い顔を涙でしとどに濡らしたリリィが縋り付いていた。
「アンリ!良かった、目が覚めたのね!」
リリィの後ろに控えていた側仕え達が、「医師を呼んで参ります」と部屋を出ていく。
「……僕、は…」
「ごめんなさい、私がクラウディア様から頂いた紅茶なんて持ち込んだから…!」
「クラウディア、の…」
ぼんやりと浮かぶ、兄上の婚約者候補の姿。リリィが良くお見舞いに来てくれるのと入れ替わるように、最近顔を見ていない。
優しくて、美しくて、大人っぽくて、カッコいい…憧れてきた、女性。
何で、クラウディアの名前が…。
「安心してくださいね、クラウディア様はもう捕まってますから」
リリィの気遣うような笑顔。
「…え?」
「クラウディア様は、毒物で王族を襲ったとして、捕まりました」
「毒?」
あの紅茶に、毒物が?
リリィが言うには、僕は毒入り紅茶を飲んで昏睡状態に陥ったらしい。口に含んだ量が少なく命に別状はないが、僕が元から身体が弱かったために重い症状が現れたのだという。
リリィは僕の手を握り、「ごめんなさい、狙われたのはきっと私なんです」と項垂れる。
「なぜ、クラウディアが…リリィの、命を狙うの…?」
「私、学院でクラウディア様からイジメを受けているの。あの毒は、健康な人間には手足の痺れが出るくらいだそうだから、きっと嫌がらせで贈られたのだわ」
「そんな…クラウディアが…」
僕の知る彼女は、もういなくなってしまったのか…。
「でも、こうしてアンリ様を危険に晒してしまうなんて、私…」
「リリィ、気にしないで。君に何も無くて良かったよ…」
罪悪感からだろう、震えるリリィの肩を引き寄せる。
太陽のようなリリィ。いつも僕の心を照らしてくれるリリィ。
あぁ、彼女が無事なら本当に良かった。
リリィのお日様の匂いがする髪に頬を寄せていると、ノックの音がして扉が開いた。
「…アンリエーレ殿下、ご報告致します」
王宮内の情報が届きづらい僕のため、陛下が特別に付けてくれた見聞係のマーロウが入ってきた。王宮内で活動していれば自然と得られるであろうあらゆる情報を、個人的な取捨選択をすることなく、まるごと教えてくれる。僕の目であり、耳だ。
「リレディ公爵令嬢クラウディア様が、先ほど牢内で御自害なされました」
「……え…?」
「死因は、殿下がお飲みになられた毒物を飲み込んだものと医師が申しております」
「そんな!」
腕の中のリリィが身動ぎ、僕にすがり付いてきた。
「あの毒は、健康な者には致死ではないはず!」
「医師が言うには、原液を持ち込んでいたのではないかと」
原液、原液だって?
「恐ろしい…」
僕は呟いた。
「ええ、本当に恐ろしい方ね…」
腕の中でリリィが言う。
違う。違うんだ、リリィ。
僕が飲んだ紅茶の毒は、液体ではなかった。
茶葉に混じっていた、あの紫の花弁…ヘレボルスが原因だ。そう、あの見覚えのある花弁はヘレボルスのものだ。
王宮の庭園にも植えてある、ポピュラーな植物。毒性を持つが、ほとんどは草の汁に含まれるもので、乾燥させたものなら確かに毒は弱まるだろう。
もっと強い毒性の植物なら身の回りにたくさんある。わざわざ致死量になるほどのヘレボルスを搾る必要などないんだよ。
クラウディアは本当に自死したの?
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