11 / 43
騎士の悩み
しおりを挟む
やはり、何だか様子がおかしい。
女子クラスでは、貴族の立ち居振舞いや社交術を学ぶ。
主人公リリィは平民から突然貴族社会に放り込まれ戸惑ってるはずなのに、妙に落ち着いているのだ。
ゲームでは「はぁあ~、今日も上手くできなかった」というモノローグを繰り返すゲーム序盤のこの時期に、まるで何度も予習復習してきたかのように優雅に振る舞い、教師からも「素晴らしい!」と感嘆されるほどに仕上げてきている。
…まぁ、本人の中では「上手くできなかった」に該当する出来なのかもしれないから、一概に主人公目線のモノローグがそのまま起きているわけではないのだろうけど。
そう思えば、昼休みに教室へ顔を出したエルネストにも、優雅に微笑んでみせる余裕まできた。
「どちらで伺えばよろしいのかしら」
「裏庭の東屋でいいかな?」
「ええ、構わなくてよ」
いまだに、見えない尻尾がペショッと垂れているようなエルネストにエスコートされ、学院の裏庭に向かう。
ここはいつもエルネストが剣の鍛練をしているスポットだ。ゲームでは、この場所が一番エルネストとの遭遇率が高い。
あまり生徒が近寄らないため、美しく整えられた表庭と異なり自然そのままという林が続いている。
重なる木立を抜けて東屋に着くと、エルネストは先に入ってベンチを軽く払い、ハンカチを敷いた。…これは幼い頃にクラウディアが「素敵な騎士の振る舞いはこういうものだ!」とエルネストに躾たものだ。いまだにそれを素直に遵守してるあたりが彼の良さであり、残念なところなのだろう。
私は振り返ったエルネストに手を添えて東屋に入り、ハンカチの上に腰をおろした。石造りのベンチはハンカチがあってもお尻がヒヤリとする。
エルネストは私の隣に座り、膝の上でぐっと手を握る。そのまま硬い表情で真っ直ぐ前を睨んでいるので、私はそっとため息を吐いた。
このタイミングでの「話」なんて、ゲーム本編に関することに決まってる。
(恋愛相談なんて、どう対処したらいいのやら…)
「それで、お話って?」
「…うん」
「変な体験、だったかしら」
「うん」
意を決したように、エルネストが赤みがかった金色の瞳を私に向けた。
彼は昨日のうちに、主人公リリィと遭遇している筈。恋を知らない脳筋タイプが、初めての恋に落ちたのだ。それはさぞや「変な体験」に違いない。
「夢を見たんだ」
「はい?」
(夢?リリィの話ではなく?)
「夢の中で、俺は………俺は…何を信じればいいのか、わからなくなって」
「わからなく?」
「うん…正しいと信じてきたことが、こう…ぐにゃっと」
(脳筋わんこめ、ボキャブラリーもないのね…)
正直今回は想定外だったが、難しい事を考えたり悩んだりするのが苦手なエルネストは、昔から頭がパンクしそうな課題に直面するとすぐにクラウディアのところへ相談に来ていたのだった。
…なんて、そんなこと「私」が知るわけない。やはり、どうも「クラウディア」の記憶が混じってきているようだ。
私は、もどかしげに動かしている彼の手をそっと上からおさえた。
ハッとしたように肩を揺らしたエルネストが、私に視線を戻す。
「それではわからないわ。貴方は、夢で何を見たの?」
「…正義だと、騎士の義務だと信じて振るった拳で、守ると決めていた大切なものを壊した…」
「そう」
(まさか夢見の悪さまで相談されるとはね…)
重ねた手を、ぽんぽんと軽く叩く。
「騎士は正義の執行者ではないのよ、エルネスト。どんな物事だって、良い部分と悪い部分があるもの」
「クラウディア」
「人の数だけその人の信じる正義があるわ。弱者の主張が正しいとは限らないし、多数が信じたものが正しいとも限らない。だからね、貴方には騎士の正義の他に、貴方個人の正義があっていいのよ」
(あの時のように…それを他人に、強制さえしようとしなければ)
「貴方はどんな信念を持って、何を守るの?」
私がそう言うと、エルネストは一瞬で表情を引き締めた。
「俺は君を守る」
「え」
「今も昔も変わらない。…君はいつだって俺に道を示してくれるんだね」
重ねていた手をとられ、エルネストはベンチから滑り降りるように床に膝をついた。
唖然としているうちに、手の甲にキスされる。
「導きの女神よ。俺は剣にかけて君に生涯の忠誠を誓う。君を守ることを、俺の正義とするよ」
(なんでそうなる!?)
「……ち…忠誠は、王家にこそ捧げるべきものではなくて?」
「騎士としては、もちろん。だけど、俺個人は、君に捧げる。…へへ」
(へへ、じゃない!)
思わず掴まれている手を引っこ抜いて胸元に抱え込むと、エルネストは私の手に逃げられた右手を拳に変え、トンと己の胸を叩いた。
すっかり尻尾を振ってる状態に戻ったエルネストに笑顔を向けられて、私は内心頭を抱える。
一方的に懐いてくる犬と自然に距離をとるのはなんと難しいのか。…エルネストに関しては、彼の関心が主人公に移っているタイミングを見計らって、そっとフェードアウトするのが正解かも知れない。
女子クラスでは、貴族の立ち居振舞いや社交術を学ぶ。
主人公リリィは平民から突然貴族社会に放り込まれ戸惑ってるはずなのに、妙に落ち着いているのだ。
ゲームでは「はぁあ~、今日も上手くできなかった」というモノローグを繰り返すゲーム序盤のこの時期に、まるで何度も予習復習してきたかのように優雅に振る舞い、教師からも「素晴らしい!」と感嘆されるほどに仕上げてきている。
…まぁ、本人の中では「上手くできなかった」に該当する出来なのかもしれないから、一概に主人公目線のモノローグがそのまま起きているわけではないのだろうけど。
そう思えば、昼休みに教室へ顔を出したエルネストにも、優雅に微笑んでみせる余裕まできた。
「どちらで伺えばよろしいのかしら」
「裏庭の東屋でいいかな?」
「ええ、構わなくてよ」
いまだに、見えない尻尾がペショッと垂れているようなエルネストにエスコートされ、学院の裏庭に向かう。
ここはいつもエルネストが剣の鍛練をしているスポットだ。ゲームでは、この場所が一番エルネストとの遭遇率が高い。
あまり生徒が近寄らないため、美しく整えられた表庭と異なり自然そのままという林が続いている。
重なる木立を抜けて東屋に着くと、エルネストは先に入ってベンチを軽く払い、ハンカチを敷いた。…これは幼い頃にクラウディアが「素敵な騎士の振る舞いはこういうものだ!」とエルネストに躾たものだ。いまだにそれを素直に遵守してるあたりが彼の良さであり、残念なところなのだろう。
私は振り返ったエルネストに手を添えて東屋に入り、ハンカチの上に腰をおろした。石造りのベンチはハンカチがあってもお尻がヒヤリとする。
エルネストは私の隣に座り、膝の上でぐっと手を握る。そのまま硬い表情で真っ直ぐ前を睨んでいるので、私はそっとため息を吐いた。
このタイミングでの「話」なんて、ゲーム本編に関することに決まってる。
(恋愛相談なんて、どう対処したらいいのやら…)
「それで、お話って?」
「…うん」
「変な体験、だったかしら」
「うん」
意を決したように、エルネストが赤みがかった金色の瞳を私に向けた。
彼は昨日のうちに、主人公リリィと遭遇している筈。恋を知らない脳筋タイプが、初めての恋に落ちたのだ。それはさぞや「変な体験」に違いない。
「夢を見たんだ」
「はい?」
(夢?リリィの話ではなく?)
「夢の中で、俺は………俺は…何を信じればいいのか、わからなくなって」
「わからなく?」
「うん…正しいと信じてきたことが、こう…ぐにゃっと」
(脳筋わんこめ、ボキャブラリーもないのね…)
正直今回は想定外だったが、難しい事を考えたり悩んだりするのが苦手なエルネストは、昔から頭がパンクしそうな課題に直面するとすぐにクラウディアのところへ相談に来ていたのだった。
…なんて、そんなこと「私」が知るわけない。やはり、どうも「クラウディア」の記憶が混じってきているようだ。
私は、もどかしげに動かしている彼の手をそっと上からおさえた。
ハッとしたように肩を揺らしたエルネストが、私に視線を戻す。
「それではわからないわ。貴方は、夢で何を見たの?」
「…正義だと、騎士の義務だと信じて振るった拳で、守ると決めていた大切なものを壊した…」
「そう」
(まさか夢見の悪さまで相談されるとはね…)
重ねた手を、ぽんぽんと軽く叩く。
「騎士は正義の執行者ではないのよ、エルネスト。どんな物事だって、良い部分と悪い部分があるもの」
「クラウディア」
「人の数だけその人の信じる正義があるわ。弱者の主張が正しいとは限らないし、多数が信じたものが正しいとも限らない。だからね、貴方には騎士の正義の他に、貴方個人の正義があっていいのよ」
(あの時のように…それを他人に、強制さえしようとしなければ)
「貴方はどんな信念を持って、何を守るの?」
私がそう言うと、エルネストは一瞬で表情を引き締めた。
「俺は君を守る」
「え」
「今も昔も変わらない。…君はいつだって俺に道を示してくれるんだね」
重ねていた手をとられ、エルネストはベンチから滑り降りるように床に膝をついた。
唖然としているうちに、手の甲にキスされる。
「導きの女神よ。俺は剣にかけて君に生涯の忠誠を誓う。君を守ることを、俺の正義とするよ」
(なんでそうなる!?)
「……ち…忠誠は、王家にこそ捧げるべきものではなくて?」
「騎士としては、もちろん。だけど、俺個人は、君に捧げる。…へへ」
(へへ、じゃない!)
思わず掴まれている手を引っこ抜いて胸元に抱え込むと、エルネストは私の手に逃げられた右手を拳に変え、トンと己の胸を叩いた。
すっかり尻尾を振ってる状態に戻ったエルネストに笑顔を向けられて、私は内心頭を抱える。
一方的に懐いてくる犬と自然に距離をとるのはなんと難しいのか。…エルネストに関しては、彼の関心が主人公に移っているタイミングを見計らって、そっとフェードアウトするのが正解かも知れない。
10
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)
浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。
運命のまま彼女は命を落とす。
だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。
【完結】悪役令嬢が可愛すぎる!!
佐倉穂波
ファンタジー
ある日、自分が恋愛小説のヒロインに転生していることに気がついたアイラ。
学園に入学すると、悪役令嬢であるはずのプリシラが、小説とは全く違う性格をしており、「もしかして、同姓同名の子が居るのでは?」と思ったアイラだったが…….。
三話完結。
ヒロインが悪役令嬢を「可愛い!」と萌えているだけの物語。
2023.10.15 プリシラ視点投稿。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!
アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。
「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」
王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。
背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。
受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ!
そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた!
すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!?
※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。
※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。
※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。
ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。
もう一度言おう。ヒロインがいない!!
乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。
※ざまぁ展開あり
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない
陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」
デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。
そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。
いつの間にかパトロンが大量発生していた。
ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
君と旅をするために
ナナシマイ
ファンタジー
大切なものはすべて、夕焼け色に染まっていました。
「お前は、魔力を暴走させるだけの危険物だ」
赤い髪を持って生まれた子供は“忌み子”と呼ばれ、
魔力を上手く操れない危険な存在として
人々に忌避されていました。
その忌み子でありながら、
魔法が大好きで、魔法使いとして生きる少女 リル。
彼女は、剣士の少年 フレッドとともに旅をしています。
楽しいことにも、危険なことにも出会う中で、
次第に明らかになっていく旅の目的。
そして、リルの抱える秘密とは――――
これは、とある小さな魔法使いの、後悔をたどる物語。
◇◇◇
※小説家になろう様、カクヨム様、エブリスタ様、ノベルアップ+様、ノベリズム様にも掲載しています。
※自サイトにも掲載しています。↓
https://www.nanashimai.com
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる