破滅を突き進めば終わると思ってた悪夢の様子がなんかおかしい。

秋野夕陽に照山紅葉

文字の大きさ
上 下
6 / 43

自室にて

しおりを挟む
 テレンス兄様は、私から身を離すことはなかった。ただ、酷く傷付いたような表情を浮かべたのが窓ガラスに映って見えた。
 私はチクリと罪悪感のようなものに胸を刺された気がしたけれど、すぐに意識から追い出す。

 馬車の中ではそれ以上の会話はなく、私は馬車を降りる時に差し出されたエスコートの手も無視した。

 気分が悪いから、と家令に告げて自室に向かう。追ってきたメイドに「お食事はお部屋にお持ちしますか?」と問われて頷く。

 テレンス兄様は、玄関ホールで立ち尽くしたまま、私を見つめていた。



(言いすぎたかも知れない)

 「私」はテレンス兄様の妹ではない、というのは事実だが、ゲームの話やエンディングループの話が通じる人間がいるとは思えず…そうなると、馬鹿正直に私の状況を説明することは自殺行為に思える。

 下手をすると、再びエルネストルートにおける「狂人扱いされて死んだクラウディア」を再現する羽目になってしまう。
 私は「クラウディアらしく」クラウディアであることを拒絶していく必要があるのだ。



 既に『逆転シンデレラ』は始まっている。リリィが存分に恋愛と青春を謳歌している間、私はモブに徹するのだ。
 メインキャラクター達が、その3ヶ月の期間中私に接触して来ないよう、正気を疑われないよう気をつけつつ、彼らとは距離をあけ、牽制する。
 好意などカケラも見せてはならない。周囲から「幼馴染みへ執着している」と捉えられかねないから。
 リリィや攻略対象キャラにそう思われたら、きっとこの世界の強制力のようなもので、ゲームの本筋に戻されてしまうだろう。

 3ヶ月後、強制的に既遂のエンディングに突入することなく、メインストーリーと無関係に死ぬような理不尽エンドも回避できたとして…私はこの世界から抜け出せるのだろうか。それとも、クラウディアとしてその後を過ごすのだろうか。




 ベッドに倒れこんで悶々としていると、自室の扉がノックされた。
 返事をするまでもなく、静かにメイドが入ってくる。この世界のノックは「入っていいですか?」ではなく「入りますよ」の合図なので、返事は待たないのだ。

 メイドは気遣わしげに私を伺い、夕食の乗った銀のトレーをサイドテーブルに置いた。

「頃合いをみて、お茶をご用意しに参ります。その前にご所望の際は、ベルをお鳴らし下さいませ」
「ありがとう」
「お薬が必要であれば、お医者さまの手配もいたしますので」
「そこまでではないわ。ゆっくり休めば大丈夫」
「かしこまりました」

 メイドはトレーの蓋を外し、蓋だけを持って部屋から出て行った。

 ダイニングテーブルでテレンス兄様と顔を合わせたくなくて食事を持ってきてもらったけど、本当に食欲がない。
 トレーを覗くと、美しく盛り付けられたお皿の横に、白い封筒が添えられていた。

(お品書き?)

 封筒から紙を出す。青いインクで、綺麗な文字が並んでいた。内容より先に一番最後の署名を見ると、テレンス兄様の名前。

「……」

 私は溜息を吐き、手紙の先頭からもう一度目を通した。


『愛おしいクラウディア

 君が生まれた日を、僕は鮮明に覚えている。 僕の記憶の、一番最初の瞬間なんだ。
 幸せそうに微笑む母上と、その胸に抱かれた赤ん坊。むずがるようにふにゃふにゃと泣いていた君は、僕に頬を突かれた途端に泣くのをやめて僕の指を掴んだんだよ。
 壊れ物のような赤ん坊に指を取られて戸惑う僕を見て、母上は可笑しそうに笑っていた。

 君は私と兄妹である事を嫌悪しているようだけれど、その点についてはいくら可愛い君の想いだとしても譲れない。
 私は一生君の兄だし、君は一生私の唯一無二の宝物だ。
 君を守るという、母上との最期の約束を違える気はない。

 心から愛しているよ、クラウディア。

                                  君の兄 テレンス』
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ヒロイン不在だから悪役令嬢からお飾りの王妃になるのを決めたのに、誓いの場で登場とか聞いてないのですが!?

あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
ヒロインがいない。 もう一度言おう。ヒロインがいない!! 乙女ゲーム《夢見と夜明け前の乙女》のヒロインのキャロル・ガードナーがいないのだ。その結果、王太子ブルーノ・フロレンス・フォード・ゴルウィンとの婚約は継続され、今日私は彼の婚約者から妻になるはずが……。まさかの式の最中に突撃。 ※ざまぁ展開あり

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

『悪役』のイメージが違うことで起きた悲しい事故

ラララキヲ
ファンタジー
 ある男爵が手を出していたメイドが密かに娘を産んでいた。それを知った男爵は平民として生きていた娘を探し出して養子とした。  娘の名前はルーニー。  とても可愛い外見をしていた。  彼女は人を惹き付ける特別な外見をしていたが、特別なのはそれだけではなかった。  彼女は前世の記憶を持っていたのだ。  そして彼女はこの世界が前世で遊んだ乙女ゲームが舞台なのだと気付く。  格好良い攻略対象たちに意地悪な悪役令嬢。  しかしその悪役令嬢がどうもおかしい。何もしてこないどころか性格さえも設定と違うようだ。  乙女ゲームのヒロインであるルーニーは腹を立てた。  “悪役令嬢が悪役をちゃんとしないからゲームのストーリーが進まないじゃない!”と。  怒ったルーニーは悪役令嬢を責める。  そして物語は動き出した…………── ※!!※細かい描写などはありませんが女性が酷い目に遭った展開となるので嫌な方はお気をつけ下さい。 ※!!※『子供が絵本のシンデレラ読んでと頼んだらヤバイ方のシンデレラを読まれた』みたいな話です。 ◇テンプレ乙女ゲームの世界。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

絞首刑まっしぐらの『醜い悪役令嬢』が『美しい聖女』と呼ばれるようになるまでの24時間

夕景あき
ファンタジー
ガリガリに痩せて肌も髪もボロボロの『醜い悪役令嬢』と呼ばれたオリビアは、ある日婚約者であるトムス王子と義妹のアイラの会話を聞いてしまう。義妹はオリビアが放火犯だとトムス王子に訴え、トムス王子はそれを信じオリビアを明日の卒業パーティーで断罪して婚約破棄するという。 卒業パーティーまで、残り時間は24時間!! 果たしてオリビアは放火犯の冤罪で断罪され絞首刑となる運命から、逃れることが出来るのか!?

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

【完結】悪役令嬢が可愛すぎる!!

佐倉穂波
ファンタジー
 ある日、自分が恋愛小説のヒロインに転生していることに気がついたアイラ。  学園に入学すると、悪役令嬢であるはずのプリシラが、小説とは全く違う性格をしており、「もしかして、同姓同名の子が居るのでは?」と思ったアイラだったが…….。 三話完結。 ヒロインが悪役令嬢を「可愛い!」と萌えているだけの物語。 2023.10.15 プリシラ視点投稿。

処理中です...