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自室にて
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テレンス兄様は、私から身を離すことはなかった。ただ、酷く傷付いたような表情を浮かべたのが窓ガラスに映って見えた。
私はチクリと罪悪感のようなものに胸を刺された気がしたけれど、すぐに意識から追い出す。
馬車の中ではそれ以上の会話はなく、私は馬車を降りる時に差し出されたエスコートの手も無視した。
気分が悪いから、と家令に告げて自室に向かう。追ってきたメイドに「お食事はお部屋にお持ちしますか?」と問われて頷く。
テレンス兄様は、玄関ホールで立ち尽くしたまま、私を見つめていた。
(言いすぎたかも知れない)
「私」はテレンス兄様の妹ではない、というのは事実だが、ゲームの話やエンディングループの話が通じる人間がいるとは思えず…そうなると、馬鹿正直に私の状況を説明することは自殺行為に思える。
下手をすると、再びエルネストルートにおける「狂人扱いされて死んだクラウディア」を再現する羽目になってしまう。
私は「クラウディアらしく」クラウディアであることを拒絶していく必要があるのだ。
既に『逆転シンデレラ』は始まっている。リリィが存分に恋愛と青春を謳歌している間、私はモブに徹するのだ。
メインキャラクター達が、その3ヶ月の期間中私に接触して来ないよう、正気を疑われないよう気をつけつつ、彼らとは距離をあけ、牽制する。
好意などカケラも見せてはならない。周囲から「幼馴染みへ執着している」と捉えられかねないから。
リリィや攻略対象キャラにそう思われたら、きっとこの世界の強制力のようなもので、ゲームの本筋に戻されてしまうだろう。
3ヶ月後、強制的に既遂のエンディングに突入することなく、メインストーリーと無関係に死ぬような理不尽エンドも回避できたとして…私はこの世界から抜け出せるのだろうか。それとも、クラウディアとしてその後を過ごすのだろうか。
ベッドに倒れこんで悶々としていると、自室の扉がノックされた。
返事をするまでもなく、静かにメイドが入ってくる。この世界のノックは「入っていいですか?」ではなく「入りますよ」の合図なので、返事は待たないのだ。
メイドは気遣わしげに私を伺い、夕食の乗った銀のトレーをサイドテーブルに置いた。
「頃合いをみて、お茶をご用意しに参ります。その前にご所望の際は、ベルをお鳴らし下さいませ」
「ありがとう」
「お薬が必要であれば、お医者さまの手配もいたしますので」
「そこまでではないわ。ゆっくり休めば大丈夫」
「かしこまりました」
メイドはトレーの蓋を外し、蓋だけを持って部屋から出て行った。
ダイニングテーブルでテレンス兄様と顔を合わせたくなくて食事を持ってきてもらったけど、本当に食欲がない。
トレーを覗くと、美しく盛り付けられたお皿の横に、白い封筒が添えられていた。
(お品書き?)
封筒から紙を出す。青いインクで、綺麗な文字が並んでいた。内容より先に一番最後の署名を見ると、テレンス兄様の名前。
「……」
私は溜息を吐き、手紙の先頭からもう一度目を通した。
『愛おしいクラウディア
君が生まれた日を、僕は鮮明に覚えている。 僕の記憶の、一番最初の瞬間なんだ。
幸せそうに微笑む母上と、その胸に抱かれた赤ん坊。むずがるようにふにゃふにゃと泣いていた君は、僕に頬を突かれた途端に泣くのをやめて僕の指を掴んだんだよ。
壊れ物のような赤ん坊に指を取られて戸惑う僕を見て、母上は可笑しそうに笑っていた。
君は私と兄妹である事を嫌悪しているようだけれど、その点についてはいくら可愛い君の想いだとしても譲れない。
私は一生君の兄だし、君は一生私の唯一無二の宝物だ。
君を守るという、母上との最期の約束を違える気はない。
心から愛しているよ、クラウディア。
君の兄 テレンス』
私はチクリと罪悪感のようなものに胸を刺された気がしたけれど、すぐに意識から追い出す。
馬車の中ではそれ以上の会話はなく、私は馬車を降りる時に差し出されたエスコートの手も無視した。
気分が悪いから、と家令に告げて自室に向かう。追ってきたメイドに「お食事はお部屋にお持ちしますか?」と問われて頷く。
テレンス兄様は、玄関ホールで立ち尽くしたまま、私を見つめていた。
(言いすぎたかも知れない)
「私」はテレンス兄様の妹ではない、というのは事実だが、ゲームの話やエンディングループの話が通じる人間がいるとは思えず…そうなると、馬鹿正直に私の状況を説明することは自殺行為に思える。
下手をすると、再びエルネストルートにおける「狂人扱いされて死んだクラウディア」を再現する羽目になってしまう。
私は「クラウディアらしく」クラウディアであることを拒絶していく必要があるのだ。
既に『逆転シンデレラ』は始まっている。リリィが存分に恋愛と青春を謳歌している間、私はモブに徹するのだ。
メインキャラクター達が、その3ヶ月の期間中私に接触して来ないよう、正気を疑われないよう気をつけつつ、彼らとは距離をあけ、牽制する。
好意などカケラも見せてはならない。周囲から「幼馴染みへ執着している」と捉えられかねないから。
リリィや攻略対象キャラにそう思われたら、きっとこの世界の強制力のようなもので、ゲームの本筋に戻されてしまうだろう。
3ヶ月後、強制的に既遂のエンディングに突入することなく、メインストーリーと無関係に死ぬような理不尽エンドも回避できたとして…私はこの世界から抜け出せるのだろうか。それとも、クラウディアとしてその後を過ごすのだろうか。
ベッドに倒れこんで悶々としていると、自室の扉がノックされた。
返事をするまでもなく、静かにメイドが入ってくる。この世界のノックは「入っていいですか?」ではなく「入りますよ」の合図なので、返事は待たないのだ。
メイドは気遣わしげに私を伺い、夕食の乗った銀のトレーをサイドテーブルに置いた。
「頃合いをみて、お茶をご用意しに参ります。その前にご所望の際は、ベルをお鳴らし下さいませ」
「ありがとう」
「お薬が必要であれば、お医者さまの手配もいたしますので」
「そこまでではないわ。ゆっくり休めば大丈夫」
「かしこまりました」
メイドはトレーの蓋を外し、蓋だけを持って部屋から出て行った。
ダイニングテーブルでテレンス兄様と顔を合わせたくなくて食事を持ってきてもらったけど、本当に食欲がない。
トレーを覗くと、美しく盛り付けられたお皿の横に、白い封筒が添えられていた。
(お品書き?)
封筒から紙を出す。青いインクで、綺麗な文字が並んでいた。内容より先に一番最後の署名を見ると、テレンス兄様の名前。
「……」
私は溜息を吐き、手紙の先頭からもう一度目を通した。
『愛おしいクラウディア
君が生まれた日を、僕は鮮明に覚えている。 僕の記憶の、一番最初の瞬間なんだ。
幸せそうに微笑む母上と、その胸に抱かれた赤ん坊。むずがるようにふにゃふにゃと泣いていた君は、僕に頬を突かれた途端に泣くのをやめて僕の指を掴んだんだよ。
壊れ物のような赤ん坊に指を取られて戸惑う僕を見て、母上は可笑しそうに笑っていた。
君は私と兄妹である事を嫌悪しているようだけれど、その点についてはいくら可愛い君の想いだとしても譲れない。
私は一生君の兄だし、君は一生私の唯一無二の宝物だ。
君を守るという、母上との最期の約束を違える気はない。
心から愛しているよ、クラウディア。
君の兄 テレンス』
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