破滅を突き進めば終わると思ってた悪夢の様子がなんかおかしい。

秋野夕陽に照山紅葉

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エンディングという名のプロローグ

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 少し前に、一本の無料アプリゲームがネット上で話題になった。

 私も話の流れでダウンロードはしていたが、話題性はその「駄作・糞ゲー」という点にあった。

 ゲームの正式なタイトルは『逆転シンデレラ』。だが、ネット上では「糞ザマ」と呼ばれ揶揄されていた…「胸糞悪いザマァ展開を連発するゲーム」という、このゲームそのものを一言で表現した文章を縮めたものだ。

 アプリゲームのジャンルとしてはイケメンを攻略する乙女ゲー。ファンタジー世界で、主人公の少女は、貴族の通う学院に編入し、攻略対象である5人イケメンと出会って恋愛関係になる、という王道ストーリーである。
 ゲーム性は「ゲーム開始直後のオープニング時点…初対面で全ての攻略対象キャラから、主人公は一目惚れされ、その後の会話の選択肢は何を選んでもまぁだいたい好感度は上がる」と、イージー過ぎる難易度だった。
 攻略対象が初対面から主人公に惚れているのだから、シミュレーションとしての努力要素がない。

 ネット上では、ゲームというより止め絵小説じゃないかという点でも糞ゲーとして叩かれてはいたが、それ以上に「製作者、頭おかしい」「異様なザマァへの執着が製作者のヤバさを物語る」とネット住民をざわつかせたのは、ライバルとして登場する令嬢の扱いだった。
 ライバル令嬢は攻略対象キャラ全員の幼馴染みであり、ゲーム開始直後に彼らが主人公に一目惚れするまでの間、非常に友好的な関係にあった美女だった、という前設定がある。
 彼女はゲームの開始とともに、突然自分への態度が変わった幼馴染みの攻略対象キャラ達の態度に戸惑い、結果的に主人公の妨害ともいえる行動で度々登場することになる。

 主人公は恋愛スチル回収の妨害となるライバル令嬢の行動をかわしつつ、攻略対象キャラと学院生活を送り、ゲーム内での期間「主人公が転校して三ケ月目」であっさりと恋愛成就する。1人の攻略をするのに10分もかからないお手軽さである。

 そして、このゲームの本質はエンディングの後に始まるのだ。

 クリア後のエンドロールが終わると、ライバル令嬢へのザマァ展開が延々と垂れ流され始める。そしてその豊富さが異常だ。

 ライバル令嬢はとにかく死ぬ。

 社交界から追い出され居場所を失っての自死。
 攻略対象キャラ達より断罪され学院からも国からも追い出される追放からの自死。
 身から出た錆びとも受け取れる事故死。
 自業自得で悪漢の慰み者になる凌辱からの自死。
 学院内の問題でおさまらず一族郎党処刑。

 …結果的に同じ死に方な筈なのに、微妙に展開が異なるものもいくつもある。

 何故か、攻略対象キャラ全員が平均的な好感度になった場合のハーレムエンドでも、最後はライバル令嬢がメインストーリーとは何の関わりもなく、自領の領民の蜂起により寄ってたかって殺されるのだ。



 製作者の、アプリゲーム作成の目的が、この「ザマァ展開」なのが明白なのだ。
 ちなみに、本編の乙女ゲームパートでは始終主人公と攻略対象はラブラブなので、これといってライバル令嬢は妨害らしい妨害をして来ない…むしろ攻略対象キャラの好感度アップのエッセンスになる程度の行動しかして来ない。もはや、主人公たちの愛情を深める為、馬に蹴られる為に動いている。



 『逆転シンデレラ』は「もともとは攻略対象達に好かれていたライバル令嬢を追い落とす事で、主人公がその位置に置き換わる」話なのだ。

 ライバル令嬢は「今まで男にちやほやされていた美人」というだけで理不尽にライバルキャラ認定され、散々な目に遭い、命を失う事になる。

 ザマァ展開にカタルシスを得られるような前振りが無いため、全面的に製作者の性格の悪さと捻くれ具合が滲み出ているのだ。

 ネット上では「ライバル令嬢が突然心変わりした攻略対象達にさっさと見切りをつけ、無自覚に愛情の略奪を繰り返す主人公の言動を公の場で逆断罪する」という内容の2次創作が「これが本当のザマァ」とハッシュタグ付きでアップされたり、2次創作で「ただただライバル令嬢をひたすら愛でる」「デロッデロにライバル令嬢を甘やかすだけの逆ハーレム」という謎のブームが起きたりしていた。






(…そんな外側で救済されたって、結局何の意味もないわけだけど)

 私は蘇った記憶に痛む頭をおさえ、目の前の状況を眺めた。

「君にはがっかりしたよ、クラウディア」
「ハインリヒ様、そのような仰り方は…」
「あぁ、リリィ…こんな目にあってもクラウディアを庇おうとするなんて、本当に君は聖女だ」

(…よかった、やっぱりハインリヒルート)

 蕩けるような緩みきった顔で、腕にしがみついている娘を見つめる第1王子、ハインリヒ。見た目だけなら金髪碧眼のテンプレ王子様だ。

 今の状況が予想通りにハインリヒのトゥルーエンドならば、国家転覆を図った悪女にお似合いの余罪がどこからともなくボロボロと出てきて、私はこの後数日以内に一族郎党処刑される事になるのだろう。
 連座となる父には申し訳ないが…同じく連座となる兄は、兄自身が攻略対象キャラなわけで、他のエンディングでは私を殺す側に回っていたのだから別に構わないだろう。



(あぁ、これでやっと終わる)



 私がクラウディア・リレディ公爵令嬢として16歳の冬を過ごすのは、これで25回目。
 いつも主人公リリィが対象の攻略を完了し、エンディングが確定したところで、私は夢から醒めるように「これはゲームの世界だ」と気付くのだ。毎回毎回、ゲームのエンドロールが終わったところから記憶が繋がる。

 当然ながらこの時点で、ゲームの「サブイベント」である恋愛攻略パートが終わってしまっているため、「メインイベント」であるライバル令嬢クラウディアの断罪は確定している。避けようがなく、私は記憶が戻って数ヶ月以内には死んでしまう、という理不尽を幾度も繰り返しているのだ。

 自殺などするものかと心に決めていても、何かの拍子に屋敷のテラスから転げ落ちたり、たまたま紐状のものが首に引っかかったり、人目のないタイミングでは自死としか判断されないような死に様を晒すことになった。
 痛く、苦しく、理不尽な死に動揺しているうちに暗闇に呑まれ…そして気がつくとまた、ゲームのエンディングシーンを見させられる、無限地獄。

 記憶が戻った途端に、それまでのクラウディアの人生も確かに私のものだと実感はするのだが、「私」の記憶が繋がった部分だけなら、まるでエンディングだけをループしているような感覚なのだ。


 ゲームとして、外側からこの世界を見ていただけの私が、何故ゲームの中で不幸なクラウディアを演じているのかはわからない。


 最初に記憶が戻った時は、状況が全く理解できなくて狼狽し、暴れ、周囲へ訴えた。…その結果、図らずも「嫉妬から精神を病み、社交界に出られなくなり、周囲から嘲笑われる中での衝動的な自死」という、主人公が騎士エルネストを攻略した時のライバル令嬢クラウディアのエンディングと全く同じ運命になったわけだが。

 その後、幾度もクラウディアとして追い落とされているうち、それまでエンディングがひとつとして被ってない事に気付いた。


 『逆転シンデレラ』のエンディングは全部で25種類。


  …一周すれば、このループが終わるかもしれない。
私はそれだけを心の支えに、この死ぬ為だけの世界でクラウディアとしてのノルマを全うした。

 私にとってはただの死神でしかない攻略対象キャラ5人から冷たく蔑まれ、視線だけで伝わる嫌悪感に身を震わせる事ももうないだろう。



 毎回記憶と共に蘇る「クラウディア」本人の、幼馴染みとの温かい思い出は、私が直接見てきた彼らの印象は全く重ならない。


 産まれながらにして皇妃筆頭候補のクラウディアに、大人になっても国の未来のために互いに高め合おうと誓った、第1王子ハインリヒ。

 か弱い女性を守って戦うのは騎士たる己の使命なのだから、いつでも頼って欲しいと胸を叩くのが癖の、騎士見習いエルネスト。

 クラウディアの考え方が先進的で興味深いと絶賛し、将来は一緒に世界を渡り歩いてみたいと笑っていた、大商人でもある男爵家の息子ファリオ。

 虚弱でクラウディアに庇われる事が多く、いつか必ず強くなって僕が貴女を護りますから、と涙目で訴えてきた第2王子アンリエーレ。

 そして、兄とは妹を護り愛でるのが役割だと開き直り、人目もはばからずシスコンを拗らせていたクラウディアの実兄テレンス。



 主人公リリィの登場により彼らの態度が180度変わるのだから、クラウディアが戸惑い、距離感を誤って過剰に接触してしまうのはやむを得ない事だと今でも思う。


  …考え事をしながらゲームで見知ったやりとりをぼんやり聞き流していると、忌々しそうに顔をしかめたハインリヒの合図で兵が私の腕を取った。
 力任せに押され、ざわめく学院のホールから退場させられる。

 ハインリヒ・トゥルーエンドで、クラウディアの出番はここまで。この後、ホールでハインリヒがリリィに婚約を願うラストスチルが表示される筈だ。

 クラウディアが処刑された事実は、モノローグに合わせてシルエットで示される。シルエットに描かれていたのはギロチンだったから、今までこの国で見た事ないが断首刑も存在するのだろう。
 他人のタイミングで一瞬で死ねる点では、溺死や服毒死に比べて楽そうだ。

 既に24回やっているので、死に対する感覚が「できるだけ苦しかったり痛かったりしないのがいいなぁ」という程度になってきている。
 このエンディングループに気付いてすぐに、一番残酷なファリオルートのトゥルーエンド「雇った裏稼業の男に強姦され、その屈辱から自殺したクラウディア」エンディングが訪れた。せてめそれだけでもどうにか回避しようとして徒労に終えてから、アレに比べたら…という考えが染み付いたのだ。
 私にとって、もう死ぬこと自体は大したことじゃない。ただ、できるだけ苦痛がなく、あっさりと死ねればいいと願うだけのものだ。


 今回も、さっさと首を斬られて、このループからおさらばしたい。
 …5日後、髪をアップに纏められた私は、軽やかな足取りで処刑台への階段を登った。

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