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初めまして由海広です 後編

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何もないふりを取り繕って
いつも通り歩いて取引先の会社に
着くなり、普段必要以上に話さない
受付の人まで頭を下げ謝っていた。

こ、ここまで話が広がっているのか?
広げたくない。
と言うか話すのが苦手だ。
交流が苦手ゆえに、仮面の笑顔を
繕って簡単に挨拶を済ませた。

いつもの階に案内してもらい
ざわめく胸を撫で下ろし、
意を決して扉を開ける。

ガチャッ

「あ!…優沢さんっ!」

「!!」

「マジかよ…?」

時間を指定したはずなのに、
部署内は私が現れたことに
驚いてるように見えた。
すぐに顔を背けたから、
来ないと思われていたのかな?
…仕事なんだから当然来るのに。

入り口の辺りでまごまごしていると
左藤くんが駆け寄り、深々と頭を
下げた。

「先日のご無礼すみませんでした!」

「大丈夫ですよ。」

言い慣れた言葉を繰り返す。
作り慣れた笑顔で安心させる。
彼はすぐにいつもの席に手を向けた。

「お時間に合うようにお茶を
ご用意してます。
人気の国産紅茶になります。」

席には湯気の立つ湯飲みと
豪華なお菓子が沢山用意されていた。
予想していたが、やはり気が引ける。

「ありがとうございます。」

しかしこれは仕事なんだから
水を差すことはしない。
するもんじゃない。
お茶だけは頂くことにした。
初めて嗜むお茶だけど、苦味が少なく
深みがあって飲みやすい良いお茶だ。

啜っていると机の向こうでいつもの
担当者含め皆が息を潜めていたが、
左藤くんはこの前と違ってハキハキ
新商品の説明を始めた。

質問をしても、すぐに資料を示して
分かりやすく答えてくれる。
よく見たら綺麗で整った顔に場違いな
隈が目の下にばっちりある。
…徹夜して、勉強していたのかな。

「………。」

「…お話は、以上です。」

「ふぇ…?あ、あぁっ、はい。
今日は分かりやすかったです。」

綺麗な目を見ていたから、
顔を上げた彼とぱちっと目が合った。
慌てて顔をそらし、誤魔化して
お茶を飲む。
彼が丁寧に書類を差し出した。

「ご契約でよろしいですか?」

「はい、お願いします。」

「………。」

左藤くんが、ふわりと笑顔になる。
作り笑顔じゃない。
私には作れない、素直な笑顔だ。
どうしてそれを、私に向けるんだ?
分からない分からないけど見とれる。

「優沢さん、お時間を取って下さり
本当にありがとうございました。」

「いえいえ、いいお茶でした。」

「ありがとうございます。それでは、
受付まで荷物を運ばせて頂きます。」

「え?大丈夫で」

「優沢さん、こちらです。」

断る隙もなくカバンを奪われた…。
奪い返すのも何か変か。仕方ない。
左藤くんに誘導され、いつもの
帰り道を手ぶらで歩く。
落ち着かない…。

エレベーター前で、左藤くんは
ごそっと動いて何かをしていた。

「……?」

「優沢さん、今日は…来てくださって
本当にありがとうございました。」

隣に並ぶ彼は俯いたまま、
静かに言った。
何度目のありがとうだろう。

「いえ、大丈夫ですよ。」

「火傷はいたみますか?」

「…いえ、大丈夫ですよ。」

「突然呼んでご迷惑だったですよね。」

「いえ…大丈夫です。」

あれ…私って…こんなに繰り返し
同じ返事しかしないんだな…。
つまらない相手だと思われてるかな。
事実私は仕事以外に応用出来ない
つまらない人間だから間違ってない。
もやもやしたり、納得したり
不思議な時間を過ごしたと思う。

受付前で、ようやく荷物を返して
もらえた。
彼の爽やかな笑顔のおまけ付きで。

「また今度、お会いできるのを
楽しみに待っています。」

「…はい、そうですね。」

なんで?私なんかを楽しみに
待つんだろう。
つまらないやつにそんなに素敵な
笑顔を向けるなんて勿体ない…。
ああそっか、…彼もだから。

「……っ。」

今は「仕事」と考えると何故か
胸が痛んだ。
あたりまえ、のことなのに…。
納得したつもりだけど左藤くんの
笑顔から顔を背けることが
少し寂しくなっていた。



つづきます→
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