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夏が恋した冬に 中編続き
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部署内全員が息を潜めて扉を見つめる…。
今日は俺の人生と運命を賭けた一大イベント
まさにその日だった。
燃夏は、鋭い眼差しで扉が開くのを待つ。
スーツにはシワ一つなく背筋をビンと
伸ばしていると…頬には汗が伝い
やたら喉が渇いて生唾を飲み込む。
ほんの数分がとても長く、悠久に感じた。
ガチャ…
「!」
ゆっくりと扉が開く。
そして最後に会ったときから何も
変わらない優沢さんがその場に現れた。
ウソッ…本当に来た!
初対面で茶をぶっかけた最低野郎のいる
取引先にもう一度来るなんてどんだけ
慈悲深いんだよこの人!
余計なことを考えて動けないでいると
課長がすぐに俺の隣に立ち、言葉を急かす。
「優沢さん…!先日の無礼、
本当にすみませんでした…!」
深々頭を下げる。
課長も隣で深く頭を下げてくれた。
「失礼しました、優沢さん…。
勝手でありますが今回も説明はこちらの
左藤にさせて頂きます。どうか…
どうか、よろしくお願いいたします。」
「大丈夫ですよ。」
「……ありがとうございますっ。」
彼の作りなれた、作り笑顔。
言いなれた言葉で安心をさせようと
している優しさをじわりと感じる。
「お時間に合うように、お茶をご用意
させて頂きました。こちら国産紅茶です。」
彼が座る上座にお茶とお菓子を
事前に用意していた。
これくらい当然だが寒い中歩いてきたで
あろう優沢さんはちょっと嬉しそうに目を
輝かせた。
「ありがとうございます、頂きます。」
彼はソファに腰をかけて一口お茶を
飲んで、ほっとしてから対面に座って
資料を取り出す。
指先が緊張で微かに震えていた。
最後のチャンスなんだ。しくじるなよ俺…!
自分自身に渇をいれ、キッと鋭い視線で
正面を向く。
彼の眼差しも少し変わったような気がした。
「それでは…よろしくお願いします。
今回の商品のご説明をさせて頂きます。」
「はい。」
「こちらは……」
…不思議と口が止まることはない。
勉強した分が今、このまま上手く出ている
実感が確かにある。
「……を、………て、……してですね……、
……と、……が……です。」
真剣な目つきの彼と目を合わせ話を続ける。
胸はどうしようもなくドキドキするけど
大丈夫、何もドジっていない。
「…は、………となります。よろしいですか?」
よしっ。ここまで来たぞ…!
説明と質問を繰り返し小一時間経った頃
優沢さんの湯呑みのお茶がほとんど空になる。
だが丁度いいタイミングだった。
言いたいこと全て言えたし、質問も
滞りなく答えて納得してもらえた。
「…お話は以上になります。」
途中で言葉につまずかなかった。
優沢さんも頷いてくれて、新しい商品の
いいところをたくさん紹介出来たはずだ。
満足と達成感と僅かに強ばる笑顔を向ける。
「あぁっ、はい。今日の紹介は
すごく分かりやすかったです。」
残りのお茶を、彼が飲み干す。
心に灯火を灯されたように明るくなる。
そんな風に言って貰えるなんて嬉しかった。
「このようなご契約でよろしいですか?」
再度彼に確認するとしっかり頷いて貰った。
安堵と喜び。自然と頬が緩んで笑顔になる。
「優沢さん、今日はお時間を取ってくださり
本当にありがとうございました。」
席を立つと姿勢を正して、頭を下げた。
優沢さんの背後で俺以上に緊張していた
上司の顔もやんわり緩む。
「いえいえ、とても良いお茶でした。」
笑顔のまま視線を外した彼は、そのまま
鞄を持って帰ってしまいそうになる。
あ、えっ、ま、まずい…!このまま帰したら
「あれ」が渡せなくなる…!
なんとか二人になる時間を作らないと!!
最重要ミッションの予定が狂うのを察し
内心悶絶するほど困っていた。
咄嗟のポーカーフェイスを気取る。
「ありがとうございました。
それでは、受付までお荷物を。」
受付までお荷物を!?混乱のあまり自分が
訳分からないことを言っていると自覚するも
ここで引くわけにはいかない!
「えっ?大丈夫で」
「さぁさぁ、優沢さん、こちらです。」
有無を言わさず鞄を奪って軽快な足取りで
扉を開けて、先へ促した。
出るときに部署内がざわついたが平気だ。
後で適当に言い訳すれば説明つく。
今は優沢さんのことが一番大事だ!
戸惑いながらも後ろから従順についてくる
優沢さんとエレベーターまでの廊下を歩く。
その隙に目にも止まらぬ早さで「あれ」を
鞄に捩じ込む。
恥ずかしいから不審に思われる前に話題を
切り替えた。
「優沢さん、今日は本当に…来てくださって
ありがとうございました。」
お茶を掛けたこともあるがそのあと
追いかけて宣言したことを考えれば当然
彼が来ない選択肢も十分考えられた。
「いえ、大丈夫ですよ。」
彼のテンプレートの返事が返ってくる。
「火傷は痛みますか?」
「突然呼んでしまってご迷惑でしたよね。」
立て続けに質問を繰り返すと、優沢さんは
戸惑った様子で「いえ、大丈夫です。」と
同じような返事を繰り返した。
優しすぎる彼らしいな、とこっそり微笑む。
エレベーターを降りて受付前で鞄を返す。
一瞬、心がざわついた。
本当は離れたくない。指先が触れると
手を握りたくなる…いや、まだだ。
まだ許されていない。堪えるんだ。
それに急に触れたらびっくりするだろう。
自身の欲望を我慢してぐっと拳を握り
代わりに笑顔を見せた。
「また今度、お会いできるのを楽しみに
待っていますね。」
「…はい、そうですね。」
俯きながら足早に帰ってしまう彼を見送る。
途中彼が一度振り返った気がするので
最後まで惜しげもなく笑顔を振りまいた。
一応ミッション成功…ということだろうか。
彼が「あれ」をみたら、一体どんな反応を
するんだろう…。
勝手に俺が仕込んだものだが相当な勇気で
実行した。期待せずにはいられない。
今だけは自分の行動力を褒めてやりたい。
怖がられるとか不気味に思われるとか
散々悩んだし、途中何度も止めようと臆病に
なったけれど今だけ、口の端が緩んで笑顔に
なってしまうのは仕方ないことなんだ。
ドキドキ、ふわふわする。
どんな形であれ結果はすぐにやってくる。
そりゃ、良い方を妄想していたい。
そうじゃなければあんなこと…普通出来ない。
素晴らしい日常の、夕方が待ち遠しい。
高鳴る鼓動、軽い足取りで部署に帰った。
つづきます→
今日は俺の人生と運命を賭けた一大イベント
まさにその日だった。
燃夏は、鋭い眼差しで扉が開くのを待つ。
スーツにはシワ一つなく背筋をビンと
伸ばしていると…頬には汗が伝い
やたら喉が渇いて生唾を飲み込む。
ほんの数分がとても長く、悠久に感じた。
ガチャ…
「!」
ゆっくりと扉が開く。
そして最後に会ったときから何も
変わらない優沢さんがその場に現れた。
ウソッ…本当に来た!
初対面で茶をぶっかけた最低野郎のいる
取引先にもう一度来るなんてどんだけ
慈悲深いんだよこの人!
余計なことを考えて動けないでいると
課長がすぐに俺の隣に立ち、言葉を急かす。
「優沢さん…!先日の無礼、
本当にすみませんでした…!」
深々頭を下げる。
課長も隣で深く頭を下げてくれた。
「失礼しました、優沢さん…。
勝手でありますが今回も説明はこちらの
左藤にさせて頂きます。どうか…
どうか、よろしくお願いいたします。」
「大丈夫ですよ。」
「……ありがとうございますっ。」
彼の作りなれた、作り笑顔。
言いなれた言葉で安心をさせようと
している優しさをじわりと感じる。
「お時間に合うように、お茶をご用意
させて頂きました。こちら国産紅茶です。」
彼が座る上座にお茶とお菓子を
事前に用意していた。
これくらい当然だが寒い中歩いてきたで
あろう優沢さんはちょっと嬉しそうに目を
輝かせた。
「ありがとうございます、頂きます。」
彼はソファに腰をかけて一口お茶を
飲んで、ほっとしてから対面に座って
資料を取り出す。
指先が緊張で微かに震えていた。
最後のチャンスなんだ。しくじるなよ俺…!
自分自身に渇をいれ、キッと鋭い視線で
正面を向く。
彼の眼差しも少し変わったような気がした。
「それでは…よろしくお願いします。
今回の商品のご説明をさせて頂きます。」
「はい。」
「こちらは……」
…不思議と口が止まることはない。
勉強した分が今、このまま上手く出ている
実感が確かにある。
「……を、………て、……してですね……、
……と、……が……です。」
真剣な目つきの彼と目を合わせ話を続ける。
胸はどうしようもなくドキドキするけど
大丈夫、何もドジっていない。
「…は、………となります。よろしいですか?」
よしっ。ここまで来たぞ…!
説明と質問を繰り返し小一時間経った頃
優沢さんの湯呑みのお茶がほとんど空になる。
だが丁度いいタイミングだった。
言いたいこと全て言えたし、質問も
滞りなく答えて納得してもらえた。
「…お話は以上になります。」
途中で言葉につまずかなかった。
優沢さんも頷いてくれて、新しい商品の
いいところをたくさん紹介出来たはずだ。
満足と達成感と僅かに強ばる笑顔を向ける。
「あぁっ、はい。今日の紹介は
すごく分かりやすかったです。」
残りのお茶を、彼が飲み干す。
心に灯火を灯されたように明るくなる。
そんな風に言って貰えるなんて嬉しかった。
「このようなご契約でよろしいですか?」
再度彼に確認するとしっかり頷いて貰った。
安堵と喜び。自然と頬が緩んで笑顔になる。
「優沢さん、今日はお時間を取ってくださり
本当にありがとうございました。」
席を立つと姿勢を正して、頭を下げた。
優沢さんの背後で俺以上に緊張していた
上司の顔もやんわり緩む。
「いえいえ、とても良いお茶でした。」
笑顔のまま視線を外した彼は、そのまま
鞄を持って帰ってしまいそうになる。
あ、えっ、ま、まずい…!このまま帰したら
「あれ」が渡せなくなる…!
なんとか二人になる時間を作らないと!!
最重要ミッションの予定が狂うのを察し
内心悶絶するほど困っていた。
咄嗟のポーカーフェイスを気取る。
「ありがとうございました。
それでは、受付までお荷物を。」
受付までお荷物を!?混乱のあまり自分が
訳分からないことを言っていると自覚するも
ここで引くわけにはいかない!
「えっ?大丈夫で」
「さぁさぁ、優沢さん、こちらです。」
有無を言わさず鞄を奪って軽快な足取りで
扉を開けて、先へ促した。
出るときに部署内がざわついたが平気だ。
後で適当に言い訳すれば説明つく。
今は優沢さんのことが一番大事だ!
戸惑いながらも後ろから従順についてくる
優沢さんとエレベーターまでの廊下を歩く。
その隙に目にも止まらぬ早さで「あれ」を
鞄に捩じ込む。
恥ずかしいから不審に思われる前に話題を
切り替えた。
「優沢さん、今日は本当に…来てくださって
ありがとうございました。」
お茶を掛けたこともあるがそのあと
追いかけて宣言したことを考えれば当然
彼が来ない選択肢も十分考えられた。
「いえ、大丈夫ですよ。」
彼のテンプレートの返事が返ってくる。
「火傷は痛みますか?」
「突然呼んでしまってご迷惑でしたよね。」
立て続けに質問を繰り返すと、優沢さんは
戸惑った様子で「いえ、大丈夫です。」と
同じような返事を繰り返した。
優しすぎる彼らしいな、とこっそり微笑む。
エレベーターを降りて受付前で鞄を返す。
一瞬、心がざわついた。
本当は離れたくない。指先が触れると
手を握りたくなる…いや、まだだ。
まだ許されていない。堪えるんだ。
それに急に触れたらびっくりするだろう。
自身の欲望を我慢してぐっと拳を握り
代わりに笑顔を見せた。
「また今度、お会いできるのを楽しみに
待っていますね。」
「…はい、そうですね。」
俯きながら足早に帰ってしまう彼を見送る。
途中彼が一度振り返った気がするので
最後まで惜しげもなく笑顔を振りまいた。
一応ミッション成功…ということだろうか。
彼が「あれ」をみたら、一体どんな反応を
するんだろう…。
勝手に俺が仕込んだものだが相当な勇気で
実行した。期待せずにはいられない。
今だけは自分の行動力を褒めてやりたい。
怖がられるとか不気味に思われるとか
散々悩んだし、途中何度も止めようと臆病に
なったけれど今だけ、口の端が緩んで笑顔に
なってしまうのは仕方ないことなんだ。
ドキドキ、ふわふわする。
どんな形であれ結果はすぐにやってくる。
そりゃ、良い方を妄想していたい。
そうじゃなければあんなこと…普通出来ない。
素晴らしい日常の、夕方が待ち遠しい。
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