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幸せな執事になるまでに episode 14

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多忙な旦那様は一週間に一度程度しか
屋敷に帰って来られない。
またとないチャンスに僕は…期待と興奮に
指を震わせていた。

いつもの仕事は時間通りに終わらせて
夜遅くに戻られて疲れた旦那様へ
最高の紅茶をご用意する。

お付き合いでお酒を飲んできた旦那様は
ほんのり紅色で、大人っぽい香りがする。
柔らかいソファーに身を埋めて寛ぎ、
起立した府梶さんと談笑する様子はまるで
ご兄弟のように和やかで楽しそうだ。

「…から、来週か、それくらい?に
帰ってくるからよろしくね…。」

「かしこまりました、では…。」

「…。」

大切な話をしてるみたいだけど
紅茶を一杯注ぐのは大変なことだ。
今はそちらに全力で集中する。

色よし、香りよしの最高の一杯を
ご用意したら受け皿に載せてシャンと
背筋を伸ばし、お側に持っていく。

「お待たせ致しました。」

「おっ、ありがと~。」

話の途中でも、旦那様は一番
美味しい間に紅茶を飲んでくださる。
それが僕は、嬉しい。

「…ん、前より上手になったね?
何だか一杯に充足感がある。美味しいよ。」

褒めてくれた…嬉しいっ!
顔には出さないようにして、会釈した。

「お褒め頂きありがとうございます。」

隣の府梶さんの表情も柔らかい。
未熟な僕を指導してくださる彼のおかげだ。
視線を合わせるように微笑み返す。

「それではわたしは手配して参ります…。
音句くん、あとはよろしく頼みます。」

「はい、承知しました。」

「お疲れさんだよ~。」

話がついたようで、部屋を出る一瞬まで
高貴な執事のオーラをまとう府梶さんが
会釈をして扉を閉めるのを見送った。
もしかしたらこんなことで彼を裏切るかも
しれない…。罪深い発想に胸がチリッと痛む。

初めてでもないのに二人きりの空間に
緊張してドキマギしてしまう。
旦那様は、うんと伸びをした。

「ふああ…昔に比べると酒に弱くなったなぁ」

「お疲れ様です、旦那様。」

「こちらこそ、時間外に介護させて
すまないね。ええと、今の話だけど…
今度さっきのおじさんから詳細を聞いてね。」

「…?はい、分かりました。」

「ん、いいこだ。」

深くは言及せずに、頷くと主人は酔った頬で
ほわっと微笑む。
それが、その顔が僕の胸をますます痛くする。

優しい笑顔を壊さないために止めようか、
僕のワガママを押し通していいものか、
毎日何度も悩んだけど…でも、やっぱり僕は…

旦那様と、キスがしたい。

「………。」

生唾を飲む。
拳をぎゅっと握った。
覚悟を決めて、旦那様の足元に膝をついた。

僕の突然の行動にご主人はキョトン、と
目を丸くしていきさつを見守っていた。

「音句くん、どしたの?具合悪い?」

「いえ、旦那様…。お願いがあるのです。」

「何やら、相当な覚悟を感じるね。
軽率な返事は出来ないけど話を聞こう。」

当然だけど、警戒されてるようだ。
でもここで引き下がる訳にはいかない…
むしろ、引き下がる勇気を僕は持たない。
唇を真横に引き結んだ。

「……キスを、して頂きたいのです。」

「んえ?」

もっとこう…、ムードある知的な言い方を
したかったのに実際に声に出たのは今にも
泣きそうな惨めったらしい震え声だった。
だけどその一言に、僕の全てが出ていた。

旦那様は丸くした目を見開いた。
僕を気遣ったのか、繰り返しは聞かずに
顎に手を当て、難しい顔をなさった。
答えが出るまで僕は、ただ小刻みに震えた。

「…どうして私としたいのかな?」

素朴な疑問が投げ掛けられる。

「僕の大切な人が旦那様だからです。」

「君を傷つけるかもしれないけどそれは
恩義や、忠誠心の錯覚じゃないかな?」

「そんなこと、ないです…。」

僕を傷つけると言うけど、僕を否定しない。
紳士的な対応に惹かれてしまう。

「主従関係にあるけども、私は君を
家族のように、息子のように思ってる。
私も君が大切だよ。それとはまた違う?」

「ちがいます…。」

愚かな僕は気の効いた返事なんて出来ずに
言われたことに答えるだけ。
これじゃあ永遠に納得してもらえない。
ちゃんと本心を言わないと…!

「僕は、大切な旦那様に…よくじょーして
しまったんです…!だからキスは旦那様に
して頂きたいんです…っ!」

「…っ!」

息子のように可愛い年下の青年が、
淫らな牝犬の如く足元で懇願している。
それを素知らぬ顔で拒否出来るほど
紳士は煩悩を棄てきってはいない。
若く新鮮で壮絶な色気に、視線を奪われた。

「キスは、したことあるのかい?」

「ない、です。口で、ちゅーは一度も…。」

「キスに幻想を抱いてるかもしれない。
そんなに気持ちいいものじゃないかもよ?」

「それでもいいんです…。旦那様と、
ちゅーできるなら僕は嬉しいんです。」

「……………。」

「………。」

長い、沈黙だった。
優しい旦那様はきっと、僕よりも沢山
色々考えてる。
欲望を押し通す僕をはしたないと思って
いるかもしれない。
だけど心のどこかで旦那様は許してくれる…
そんなしたたかな計算が胸にあった。

「…いいよ、おいで。」

「…っ!」

困り顔の旦那様は、それでも足元の僕に
手を差し伸べてくれた。

立ち上がり方を忘れた僕はぎこちなく
関節を動かして這うようにして旦那様に
すり寄る。
緊張する僕の前髪をご主人はサラッと梳いた。

そして僕の目をじっと見つめ返した。

「綺麗な目をしてる。出会った時と
変わらない、天使のようなピュアな瞳だ。」

「そんなことないです、僕は…欲にまみれて
はしたない悪人です。」

「そうだね、イケナイ子だ。悪い狼さんに
かじられちゃうかもよ?」

「…かじるんですか?」

「ウソウソ、おいで…紅いほっぺの白雪姫。」

「…はい。」

体を伝って起き上がると腰を引き寄せられ、
足を開いて旦那様の膝の上に乗ってしまった。

「ふあっ…!」

「暴れると落ちるよー。」

咄嗟に下がろうとすると更に密着する。
僕が動きすぎると旦那様も一緒に
倒れてしまうかも…!
抱えられた膝の上で、じっとする。

「うん、やっぱりいい子だね。」

「…、……。」

頬を撫でる指先を辿るようにして僕は…
旦那様と、キスをした。

「ん、…、」

薄くて固い旦那様の唇に触れる。
途端に胸が充足感、幸福感で満たされる。
暖かい人肌にすごく興奮した。
だけど映像で見たような大人のキスが…
分からなくて困った。

「旦那様…、その…、」

「ん?」

「おとなの、えっちなやつ…やりかたを
教えてください…。」

喋るだけで唇が触れそうなくらい間近で
恥ずかしいお願いをした。

「…君は本当に小悪魔で天使だね。
煽りが上手すぎて、クラッと来たよ。」

「?」

首を傾げていると、両手で顎を支えられた。
優しく包まれているが右や左を向けない。
旦那様の微笑みしか見えない…。

「本当に、食べちゃうよ?」

「ーーーーっ?」

カプッ、と軽く口に噛みつかれた。
動揺に弛んだ歯列の隙間から何かが侵入した。
それは巧みに口内に忍び込み、僕の…。

「…っ!!」

ちゅる、ちゅっ…ちゅ、ちゅく…

「んんんむぅ、ん、んんう…っ!」

全身の肌がぞくりと粟立つ。
閉じた両目からうっすら涙が滲む。
舌の絡む水音に僕の体の筋肉は固まった。
反射的に口を閉じようとすると口裂に
親指を差し込まれ、閉じれなくなる。
今、僕…旦那様とえっちなキスしてる…!

「んんん、んぅ、んうぅっ…♡」

ちゅぱ、ちゅ、ちゅっ…ちゅる、ちゅ…

何これ、なに、これ…気持ちいい…っ!
心臓がドキドキで爆発しそうなのに
体も舌も熱くて、やらしくて、気持ちいい。
鼻を抜ける甘い声を我慢できず、必死に
キスに応えた。
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