34 / 54
第四章 決別
1
しおりを挟む
―――――
今年の冬はどうやら例年よりも寒さが激しいようだ。まだ十二月半ばだというのに今朝は雪がちらついている。この調子なら積もることはなさそうだが、歩くときには路面に注意しなければなるまい。
この日、我々シーズンスポーツ同好部改め『ジレンマ』は、冬のスキー旅行について会議を行うべく部室に集まっていた。とはいえ、総勢百名を超えるメンバーを一同に呼ぶわけにはいかず、いくつかの支部を作ってその代表が集合している。(部活へ昇格したスピードは歴代最速らしい。一体どこまで大きくするつもりなんだろうか)
ちなみに、サークル名は夏季冬季それぞれのスポーツに板挟みで、やりたい事を決めかねて悩んでいたというトラの思いが由来らしい。最初に聞いた時はギャング集団かなにかかと勘違いしてしまった。どことなく、悪そうな名前だ。
俺はこの会議に業務部長として参加していた。
百人も集まると一度イベントを開くだけで大変だ。会場を借りて、食材や酒の費用、時には演者の出演料をも計算して実際に手配し、更に集金とそれの支払いまでしなければならない。
これらを一人でこなすのは流石に無理だということで業務を手伝ってくれる有志を募集したのだが、意外なことにこんな陽キャ集団の中にも縁の下で働こうと思う者が六人もいたのだ。遊びたくて入部したはずなのに、気のいい奴らだ。
そういうわけで俺は総勢七人のジレンマ業務部を設立した。
ふと思いつき、それなら営業部や企画部も立てたら面白くなるんじゃないか?とトラに提案すると、(今思えば確実に余計な一言だった)あれよこれよと新しい支部が設立され、見る見るうちに巨大な組織となっていったのだった。
「さて、今回はジレンマ創設以来初めての冬だ。こいつを是非とも楽しいイベントにしてえって思ってる。早速だけど、業務部から大学支給の部費と前回の文化祭で稼いだ金の総額を連絡してもらいたい」
「それでは」
総部長のトラが場を仕切る。俺はそれについて詳しい説明をした。
「百五十万ってマジ?」
俺の報告を聞いて、営業部長の笹原が言う。
「マジです。そのほとんどが文化祭での稼ぎです」
俺たちはテントを三つ借りて粉もの屋を一店、串焼き屋を一店、バーを一店営業した。売上額で言えば二百万円くらいはあった。俺はこの時、やはりどんな仕事でも人手の数がモノを言うのだと知った。だがそれは、この組織に経営者がいないから成立しているのだ。もしそうなってしまえば、ここから人件費を払わなければならない。もちろん、全て還元するのだから払っていると言えばそうなのだが。
「一人頭約一万四千円か。だったら結構いい旅館を借りれるんじゃないか?」
企画部の神保が言う。そこから会議は盛り上がりを見せ、様々な案が飛び交う。書記を名乗り出た女子がそれをホワイトボードに書き連ねると、それはそれは膨大な文字数となった。
そこから妙案と呼ばれたものを議事録へ纏める。更に意見をブラッシュアップすることで、泊まる旅館や食事、スキー会場等まで無事決まった。こういう時にかき乱すような意見がないと助かる。
「今日の会議は終わりだ。各部長は所属部員に連絡してやってくれ。それと、次に集まるのはクリスマスだな。楽しみにしてる」
ということで解散。俺はその足で駅へ向かい自宅最寄り駅付近のチェーンのカフェに入ると、ホットコーヒーを注文して席に着いた。SNSアプリを起動してグループチャット内に今日の報告を送ると、律儀なことに全員がすぐに返事をしてくれる。既読機能があるのだから必要ないだろうに。
コーヒーにミルクを一つ入れてからカップに口を付けた。ぼーっと窓から道往く人を見ていると、目の前を偶然夢子が通りかかった。彼女は俺に手を振ると、正面の自動扉に向かいカウンターで注文をしてから席に来た。抹茶ラテのようだ。
「なんかいると思ったんだよね」
どうやらあながち偶然というわけでもなかったらしい。
かなり大きめの紺のピーコートに、大きめのチェックで落ち着いたカラーの厚手のストール、黒のタイツと茶色のローファー。完全に冬仕様の格好だ。コートを脱ぐと、中は深い青の冬用の制服。校長先生、本当にいいセンスっすよね。
「お疲れ。今日バイトは?」
「休みだよ、ご飯何食べたい?」
この会話も、一体何度目だろうか
「鍋がいい。それも塩味の鶏鍋」
ネギとキノコをたっぷり。味を思い浮かべると口の中に涎が湧いてきた。
「じゃあ帰る前に買い物してこっか」
それで決定した。今から夕飯が楽しみだ。
「お兄ちゃん。二十四日は空いてる?」
「バイトだな。なんで?」
ピザ屋はクリスマスが忙しい。
「……ふぅん。そうなんだ」
あからさまに不機嫌になってしまった。両手でカップを持ち、口元を隠すようにラテを飲んでいる。こういう時の夢子の口元はとんがっている。
申し訳ない事をしてしまったな。俺は何か会話の糸口を探していた。そして。
「サンタさん、来ますかね?」
ぼんやりと外を眺めながらそう言った。駅前の広場には片田舎には相応しくない程大きなクリスマスツリーが設置されている。何となく前を向くと、夢子は上目使いで俺を見ていた。
「お兄ちゃん、サンタさん信じてるの?」
「信じてるよ」
未だに一度も来たことがないけどな。まあ世界には二十五億人も未成年がいるのだ。忙しくて俺のところに来れなくても不思議ではない。
「変なの」
小さく笑って、夢子は下を向いた。どうやら少しは機嫌を直してくれたようだ。
夢子がラテを飲み干したのを見て、俺も同じように中身を空けた。カップを片付けてスーパーへ向かう。買い物を済ませて外へ出ると、辺りはすっかりと暗くなっていた。
先ほどは目立たなかったツリーの光が幻想的に見える。綺麗だ。
「明日からテスト期間で早いんだよ。羨ましいでしょ」
そう言えば俺も後期の中間考査がある。講義は真面目に聞いているから大丈夫だとは思うが、一応対策しておかなければ。
「羨ましいね。頑張れよ」
しばらく黙って歩いていると、夢子は何の脈略もなく俺の手を握った。
俺は、その手を優しく握り返す。
「あ……っ」
少し声を出してから、彼女は嬉しそうに笑った。ようやくだ。俺がこうすることが出来たのは。
存外緊張するものではなかったから、帰る途中最近の出来事を話した。その間夢子はふわふわした様子で頷いていたが、冗談で「やめる?」と訊いた時に足を蹴っ飛ばされてしまった。二度と心にもないことを言うのはやめておこう。
今年の冬はどうやら例年よりも寒さが激しいようだ。まだ十二月半ばだというのに今朝は雪がちらついている。この調子なら積もることはなさそうだが、歩くときには路面に注意しなければなるまい。
この日、我々シーズンスポーツ同好部改め『ジレンマ』は、冬のスキー旅行について会議を行うべく部室に集まっていた。とはいえ、総勢百名を超えるメンバーを一同に呼ぶわけにはいかず、いくつかの支部を作ってその代表が集合している。(部活へ昇格したスピードは歴代最速らしい。一体どこまで大きくするつもりなんだろうか)
ちなみに、サークル名は夏季冬季それぞれのスポーツに板挟みで、やりたい事を決めかねて悩んでいたというトラの思いが由来らしい。最初に聞いた時はギャング集団かなにかかと勘違いしてしまった。どことなく、悪そうな名前だ。
俺はこの会議に業務部長として参加していた。
百人も集まると一度イベントを開くだけで大変だ。会場を借りて、食材や酒の費用、時には演者の出演料をも計算して実際に手配し、更に集金とそれの支払いまでしなければならない。
これらを一人でこなすのは流石に無理だということで業務を手伝ってくれる有志を募集したのだが、意外なことにこんな陽キャ集団の中にも縁の下で働こうと思う者が六人もいたのだ。遊びたくて入部したはずなのに、気のいい奴らだ。
そういうわけで俺は総勢七人のジレンマ業務部を設立した。
ふと思いつき、それなら営業部や企画部も立てたら面白くなるんじゃないか?とトラに提案すると、(今思えば確実に余計な一言だった)あれよこれよと新しい支部が設立され、見る見るうちに巨大な組織となっていったのだった。
「さて、今回はジレンマ創設以来初めての冬だ。こいつを是非とも楽しいイベントにしてえって思ってる。早速だけど、業務部から大学支給の部費と前回の文化祭で稼いだ金の総額を連絡してもらいたい」
「それでは」
総部長のトラが場を仕切る。俺はそれについて詳しい説明をした。
「百五十万ってマジ?」
俺の報告を聞いて、営業部長の笹原が言う。
「マジです。そのほとんどが文化祭での稼ぎです」
俺たちはテントを三つ借りて粉もの屋を一店、串焼き屋を一店、バーを一店営業した。売上額で言えば二百万円くらいはあった。俺はこの時、やはりどんな仕事でも人手の数がモノを言うのだと知った。だがそれは、この組織に経営者がいないから成立しているのだ。もしそうなってしまえば、ここから人件費を払わなければならない。もちろん、全て還元するのだから払っていると言えばそうなのだが。
「一人頭約一万四千円か。だったら結構いい旅館を借りれるんじゃないか?」
企画部の神保が言う。そこから会議は盛り上がりを見せ、様々な案が飛び交う。書記を名乗り出た女子がそれをホワイトボードに書き連ねると、それはそれは膨大な文字数となった。
そこから妙案と呼ばれたものを議事録へ纏める。更に意見をブラッシュアップすることで、泊まる旅館や食事、スキー会場等まで無事決まった。こういう時にかき乱すような意見がないと助かる。
「今日の会議は終わりだ。各部長は所属部員に連絡してやってくれ。それと、次に集まるのはクリスマスだな。楽しみにしてる」
ということで解散。俺はその足で駅へ向かい自宅最寄り駅付近のチェーンのカフェに入ると、ホットコーヒーを注文して席に着いた。SNSアプリを起動してグループチャット内に今日の報告を送ると、律儀なことに全員がすぐに返事をしてくれる。既読機能があるのだから必要ないだろうに。
コーヒーにミルクを一つ入れてからカップに口を付けた。ぼーっと窓から道往く人を見ていると、目の前を偶然夢子が通りかかった。彼女は俺に手を振ると、正面の自動扉に向かいカウンターで注文をしてから席に来た。抹茶ラテのようだ。
「なんかいると思ったんだよね」
どうやらあながち偶然というわけでもなかったらしい。
かなり大きめの紺のピーコートに、大きめのチェックで落ち着いたカラーの厚手のストール、黒のタイツと茶色のローファー。完全に冬仕様の格好だ。コートを脱ぐと、中は深い青の冬用の制服。校長先生、本当にいいセンスっすよね。
「お疲れ。今日バイトは?」
「休みだよ、ご飯何食べたい?」
この会話も、一体何度目だろうか
「鍋がいい。それも塩味の鶏鍋」
ネギとキノコをたっぷり。味を思い浮かべると口の中に涎が湧いてきた。
「じゃあ帰る前に買い物してこっか」
それで決定した。今から夕飯が楽しみだ。
「お兄ちゃん。二十四日は空いてる?」
「バイトだな。なんで?」
ピザ屋はクリスマスが忙しい。
「……ふぅん。そうなんだ」
あからさまに不機嫌になってしまった。両手でカップを持ち、口元を隠すようにラテを飲んでいる。こういう時の夢子の口元はとんがっている。
申し訳ない事をしてしまったな。俺は何か会話の糸口を探していた。そして。
「サンタさん、来ますかね?」
ぼんやりと外を眺めながらそう言った。駅前の広場には片田舎には相応しくない程大きなクリスマスツリーが設置されている。何となく前を向くと、夢子は上目使いで俺を見ていた。
「お兄ちゃん、サンタさん信じてるの?」
「信じてるよ」
未だに一度も来たことがないけどな。まあ世界には二十五億人も未成年がいるのだ。忙しくて俺のところに来れなくても不思議ではない。
「変なの」
小さく笑って、夢子は下を向いた。どうやら少しは機嫌を直してくれたようだ。
夢子がラテを飲み干したのを見て、俺も同じように中身を空けた。カップを片付けてスーパーへ向かう。買い物を済ませて外へ出ると、辺りはすっかりと暗くなっていた。
先ほどは目立たなかったツリーの光が幻想的に見える。綺麗だ。
「明日からテスト期間で早いんだよ。羨ましいでしょ」
そう言えば俺も後期の中間考査がある。講義は真面目に聞いているから大丈夫だとは思うが、一応対策しておかなければ。
「羨ましいね。頑張れよ」
しばらく黙って歩いていると、夢子は何の脈略もなく俺の手を握った。
俺は、その手を優しく握り返す。
「あ……っ」
少し声を出してから、彼女は嬉しそうに笑った。ようやくだ。俺がこうすることが出来たのは。
存外緊張するものではなかったから、帰る途中最近の出来事を話した。その間夢子はふわふわした様子で頷いていたが、冗談で「やめる?」と訊いた時に足を蹴っ飛ばされてしまった。二度と心にもないことを言うのはやめておこう。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
アクセサリー
真麻一花
恋愛
キスは挨拶、セックスは遊び……。
そんな男の行動一つに、泣いて浮かれて、バカみたい。
実咲は付き合っている彼の浮気を見てしまった。
もう別れるしかない、そう覚悟を決めるが、雅貴を好きな気持ちが実咲の決心を揺るがせる。
こんな男に振り回されたくない。
別れを切り出した実咲に、雅貴の返した反応は、意外な物だった。
小説家になろうにも投稿してあります。
同期の御曹司様は浮気がお嫌い
秋葉なな
恋愛
付き合っている恋人が他の女と結婚して、相手がまさかの妊娠!?
不倫扱いされて会社に居場所がなくなり、ボロボロになった私を助けてくれたのは同期入社の御曹司様。
「君が辛そうなのは見ていられない。俺が守るから、そばで笑ってほしい」
強引に同居が始まって甘やかされています。
人生ボロボロOL × 財閥御曹司
甘い生活に突然元カレ不倫男が現れて心が乱される生活に逆戻り。
「俺と浮気して。二番目の男でもいいから君が欲しい」
表紙イラスト
ノーコピーライトガール様 @nocopyrightgirl
隠れ御曹司の愛に絡めとられて
海棠桔梗
恋愛
目が覚めたら、名前が何だったかさっぱり覚えていない男とベッドを共にしていた――
彼氏に浮気されて更になぜか自分の方が振られて「もう男なんていらない!」って思ってた矢先、強引に参加させられた合コンで出会った、やたら綺麗な顔の男。
古い雑居ビルの一室に住んでるくせに、持ってる腕時計は超高級品。
仕事は飲食店勤務――って、もしかしてホスト!?
チャラい男はお断り!
けれども彼の作る料理はどれも絶品で……
超大手商社 秘書課勤務
野村 亜矢(のむら あや)
29歳
特技:迷子
×
飲食店勤務(ホスト?)
名も知らぬ男
24歳
特技:家事?
「方向音痴・家事音痴の女」は「チャラいけれど家事は完璧な男」の愛に絡め取られて
もう逃げられない――
【短編】悪役令嬢と蔑まれた私は史上最高の遺書を書く
とによ
恋愛
婚約破棄され、悪役令嬢と呼ばれ、いじめを受け。
まさに不幸の役満を食らった私――ハンナ・オスカリウスは、自殺することを決意する。
しかし、このままただで死ぬのは嫌だ。なにか私が生きていたという爪痕を残したい。
なら、史上最高に素晴らしい出来の遺書を書いて、自殺してやろう!
そう思った私は全身全霊で遺書を書いて、私の通っている魔法学園へと自殺しに向かった。
しかし、そこで謎の美男子に見つかってしまい、しまいには遺書すら読まれてしまう。
すると彼に
「こんな遺書じゃダメだね」
「こんなものじゃ、誰の記憶にも残らないよ」
と思いっきりダメ出しをされてしまった。
それにショックを受けていると、彼はこう提案してくる。
「君の遺書を最高のものにしてみせる。その代わり、僕の研究を手伝ってほしいんだ」
これは頭のネジが飛んでいる彼について行った結果、彼と共に歴史に名を残してしまう。
そんなお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる