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第四章 決別

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 今年の冬はどうやら例年よりも寒さが激しいようだ。まだ十二月半ばだというのに今朝は雪がちらついている。この調子なら積もることはなさそうだが、歩くときには路面に注意しなければなるまい。



 この日、我々シーズンスポーツ同好部改め『ジレンマ』は、冬のスキー旅行について会議を行うべく部室に集まっていた。とはいえ、総勢百名を超えるメンバーを一同に呼ぶわけにはいかず、いくつかの支部を作ってその代表が集合している。(部活へ昇格したスピードは歴代最速らしい。一体どこまで大きくするつもりなんだろうか)



 ちなみに、サークル名は夏季冬季それぞれのスポーツに板挟みで、やりたい事を決めかねて悩んでいたというトラの思いが由来らしい。最初に聞いた時はギャング集団かなにかかと勘違いしてしまった。どことなく、悪そうな名前だ。



 俺はこの会議に業務部長として参加していた。



 百人も集まると一度イベントを開くだけで大変だ。会場を借りて、食材や酒の費用、時には演者の出演料をも計算して実際に手配し、更に集金とそれの支払いまでしなければならない。



 これらを一人でこなすのは流石に無理だということで業務を手伝ってくれる有志を募集したのだが、意外なことにこんな陽キャ集団の中にも縁の下で働こうと思う者が六人もいたのだ。遊びたくて入部したはずなのに、気のいい奴らだ。



 そういうわけで俺は総勢七人のジレンマ業務部を設立した。



 ふと思いつき、それなら営業部や企画部も立てたら面白くなるんじゃないか?とトラに提案すると、(今思えば確実に余計な一言だった)あれよこれよと新しい支部が設立され、見る見るうちに巨大な組織となっていったのだった。



 「さて、今回はジレンマ創設以来初めての冬だ。こいつを是非とも楽しいイベントにしてえって思ってる。早速だけど、業務部から大学支給の部費と前回の文化祭で稼いだ金の総額を連絡してもらいたい」



 「それでは」



 総部長のトラが場を仕切る。俺はそれについて詳しい説明をした。



 「百五十万ってマジ?」



 俺の報告を聞いて、営業部長の笹原が言う。



 「マジです。そのほとんどが文化祭での稼ぎです」



 俺たちはテントを三つ借りて粉もの屋を一店、串焼き屋を一店、バーを一店営業した。売上額で言えば二百万円くらいはあった。俺はこの時、やはりどんな仕事でも人手の数がモノを言うのだと知った。だがそれは、この組織に経営者がいないから成立しているのだ。もしそうなってしまえば、ここから人件費を払わなければならない。もちろん、全て還元するのだから払っていると言えばそうなのだが。



 「一人頭約一万四千円か。だったら結構いい旅館を借りれるんじゃないか?」



 企画部の神保が言う。そこから会議は盛り上がりを見せ、様々な案が飛び交う。書記を名乗り出た女子がそれをホワイトボードに書き連ねると、それはそれは膨大な文字数となった。



 そこから妙案と呼ばれたものを議事録へ纏める。更に意見をブラッシュアップすることで、泊まる旅館や食事、スキー会場等まで無事決まった。こういう時にかき乱すような意見がないと助かる。



 「今日の会議は終わりだ。各部長は所属部員に連絡してやってくれ。それと、次に集まるのはクリスマスだな。楽しみにしてる」



 ということで解散。俺はその足で駅へ向かい自宅最寄り駅付近のチェーンのカフェに入ると、ホットコーヒーを注文して席に着いた。SNSアプリを起動してグループチャット内に今日の報告を送ると、律儀なことに全員がすぐに返事をしてくれる。既読機能があるのだから必要ないだろうに。



 コーヒーにミルクを一つ入れてからカップに口を付けた。ぼーっと窓から道往く人を見ていると、目の前を偶然夢子が通りかかった。彼女は俺に手を振ると、正面の自動扉に向かいカウンターで注文をしてから席に来た。抹茶ラテのようだ。



 「なんかいると思ったんだよね」



 どうやらあながち偶然というわけでもなかったらしい。



 かなり大きめの紺のピーコートに、大きめのチェックで落ち着いたカラーの厚手のストール、黒のタイツと茶色のローファー。完全に冬仕様の格好だ。コートを脱ぐと、中は深い青の冬用の制服。校長先生、本当にいいセンスっすよね。



 「お疲れ。今日バイトは?」



 「休みだよ、ご飯何食べたい?」



 この会話も、一体何度目だろうか



 「鍋がいい。それも塩味の鶏鍋」



 ネギとキノコをたっぷり。味を思い浮かべると口の中に涎が湧いてきた。



 「じゃあ帰る前に買い物してこっか」



 それで決定した。今から夕飯が楽しみだ。



 「お兄ちゃん。二十四日は空いてる?」



 「バイトだな。なんで?」



 ピザ屋はクリスマスが忙しい。



 「……ふぅん。そうなんだ」



 あからさまに不機嫌になってしまった。両手でカップを持ち、口元を隠すようにラテを飲んでいる。こういう時の夢子の口元はとんがっている。



 申し訳ない事をしてしまったな。俺は何か会話の糸口を探していた。そして。



 「サンタさん、来ますかね?」



 ぼんやりと外を眺めながらそう言った。駅前の広場には片田舎には相応しくない程大きなクリスマスツリーが設置されている。何となく前を向くと、夢子は上目使いで俺を見ていた。



 「お兄ちゃん、サンタさん信じてるの?」



 「信じてるよ」



 未だに一度も来たことがないけどな。まあ世界には二十五億人も未成年がいるのだ。忙しくて俺のところに来れなくても不思議ではない。



 「変なの」



 小さく笑って、夢子は下を向いた。どうやら少しは機嫌を直してくれたようだ。



 夢子がラテを飲み干したのを見て、俺も同じように中身を空けた。カップを片付けてスーパーへ向かう。買い物を済ませて外へ出ると、辺りはすっかりと暗くなっていた。



 先ほどは目立たなかったツリーの光が幻想的に見える。綺麗だ。



 「明日からテスト期間で早いんだよ。羨ましいでしょ」



 そう言えば俺も後期の中間考査がある。講義は真面目に聞いているから大丈夫だとは思うが、一応対策しておかなければ。



 「羨ましいね。頑張れよ」



 しばらく黙って歩いていると、夢子は何の脈略もなく俺の手を握った。



 俺は、その手を優しく握り返す。



 「あ……っ」



 少し声を出してから、彼女は嬉しそうに笑った。ようやくだ。俺がこうすることが出来たのは。



 存外緊張するものではなかったから、帰る途中最近の出来事を話した。その間夢子はふわふわした様子で頷いていたが、冗談で「やめる?」と訊いた時に足を蹴っ飛ばされてしまった。二度と心にもないことを言うのはやめておこう。
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