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「明里ちゃん、ぼーっとしてるけど、大丈夫?」
「え、あ、すみません。何でもないです。大丈夫ですよ」
辰巳に話しかけられて明里ははっと意識を戻した。目の前にいる辰巳は心配そうな表情を浮かべていて明里は申し訳なくなり作り笑いを浮かべた。
あの夜、灯の家に女の子がいた日。灯からちゃんと話したいと何度もメッセージが来ていた。けれど明里はそのメッセージに返事をすることはなかった。
二度目の「ごめん」は明里の心に深く突き刺さった。それでも勇気を出してもう一度灯の家を訪れてみれば、灯は別の女の子を家に上げていたのだ。
きっと明里のことはとっくのとうに過去になっていたのだ。それを期待していい気になって、灯への思いを諦めきれずに家に上がってしまった自分がいけないのだとわかっている。
だから、今日は辰巳にデートに誘われて、外に出てきたというのに。ふとした時に灯のことを考えてしまって、未練がましい女だなと自嘲した。
「元気なさそうだったから、少しでも元気が出たらなって思ったんだけど……」
訪れたのは雑誌でも有名なレストランだ。明里がバイトの休憩中に「行ってみたいな」と漏らしたのを聞いていた辰巳が連れ出してくれたのだ。
「元気ですよ! ここのランチもケーキもとってもおいしくて、今度みんなに自慢しちゃいます!」
ランチのサーモンパイもとてもおいしかったし、目の前にはティラミスとコーヒー。とても贅沢なランチだ。テラス席は少し寒いからと店内の座席を選んだけれど、木目調の店内は雰囲気も暖かくて、窓から見える風景も木々がおいしげっていてとてもリフレッシュした気分になる。
「そっか。ならいいんだけど。このあとどうしようか」
コーヒーカップを持ち上げながらそう訪ねてくる辰巳はすごく絵になる。灯が他の女の子と関係を深めていくように、自分も一歩先に進まなければと思った。辰巳と付き合おうとそう決心してやってきたデートなのに心は明るくなるどころか、どんどん重くなってきてしまう。
「私は特に……。辰巳先輩がいきたいところがあれば」
「う~ん、そっか。じゃあ……」
辰巳と行きたい場所が思いつかない。灯となら公園でも家でもカラオケでもどこでも楽しいのにと考えると、辰巳にも申し訳なくなってきた。
辰巳が寄りたいと言っていた本屋に寄るとそのあとは散歩をしながら帰ることになった。時間もあるから家に送るよと言われ、今日こそちゃんと返事をしなければと明里は重い気持ちのまま歩き出した。
「そういえば就職活動の方はどう?」
「あ、えっと、全然……」
住宅街を歩きながら辰巳に尋ねられて明里は歯切れ悪く答えた。灯のことばっかり考えていて就職ガイダンスに出てもまだまだ就職活動のことなんて考えられなかった。マスコミ関係の仕事に就きたい友人はそういった集まりにも頻繁に出ているようだったが、そこまでのバイタリティは明里にはない。
「まぁまだこれからだし、自分のペースでゆっくりね」
「はい……」
辰巳の優しさには本当にいつも助けられていた。もう来年は就職してしまい気軽に会うことはできなくなってしまう。でも不思議とそれを残念と思うことはなかった。むしろこれからも辰巳の人生を応援したいと言う気持ちの方が大きかった。
「明里ちゃん。ずっと先延ばしになってたけど……」
「はい……」
告白の返事のことだというのはすぐにわかった。辰巳の優しさに甘えて延ばしていた返事をしなければいけない。
「今日誘いに乗ってくれたってことは、前向きに捉えていいのかな?」
隣から優しい声が降ってくる。明里はどうしようと思いながら前向きという言葉に心動かされていた。灯が前に進んでいるのなら、この気持ちに、この思いに蓋をして自分も前に進まなければいけないのではないか。明里は顔を上げた。
「私……辰巳先輩と……」
「いいよ、言わなくても」
付き合いますと言おうとしたところでその先の言葉を止められた。腰をぐっと引かれると、辰巳の端正な顔が目の前にあることに気づいた。
「っいや……」
ドン、と辰巳の胸を押し返した。
何が起こったのかわからなかった。心臓がバクバクと音を立てて息が苦しくなる。
とても怖いと思った。嫌だと思った。辰巳のことは先輩として信頼しているのに、こういうことじゃないと体が拒否した。
それと同時に灯の声が頭の中に響いた。
『例えば、明里の体目当てとか』
そんなことない。でも実際腰を引かれた時、辰巳も男の人だというのを実感した。あの力にねじ伏せられたらきっと抵抗することはできない。
「やっぱりね。自分の心に嘘はついちゃいけないよ」
「え……」
明里が突き飛ばした胸元をさすりながら辰巳は微笑んでいた。
「俺にキスされそうになったとき、嫌だったでしょう? それが明里ちゃんの気持ち」
「そんな、私、辰巳先輩のこと嫌いじゃ……」
「わかってるよ。でも俺はそういう対象じゃないってことだよね」
「あ……」
そうだ。辰巳先輩のことは尊敬している。でもそういう関係になりたいわけじゃなかった。それを辰巳先輩に気づかれていたことに明里は恥ずかしくなった。辰巳には隠し事はできない。
「明里ちゃんが誰かを忘れるために俺と付き合おうとしてることには気づいてたよ。それでもいいって思ってたけど……」
辰巳の手がそっと明里の頬に触れた。
「そんな風に泣かれちゃったら、やっぱり俺には無理かな」
そっとその指で涙を拭ってくれた。困ったように眉を下げて微笑む辰巳先輩はどこまでも優しかった。その優しさにまた涙が溢れてきてしまう。
「ごめ……なさ……」
「いいよ。ほら、笑って。好きな子には笑っていて欲しいから」
灯を諦める口実にしようということにも気づかれていた。たった一年違うだけなのに辰巳がとても大人に見えて、明里はただその優しさに甘えるしかなかった。
「え、あ、すみません。何でもないです。大丈夫ですよ」
辰巳に話しかけられて明里ははっと意識を戻した。目の前にいる辰巳は心配そうな表情を浮かべていて明里は申し訳なくなり作り笑いを浮かべた。
あの夜、灯の家に女の子がいた日。灯からちゃんと話したいと何度もメッセージが来ていた。けれど明里はそのメッセージに返事をすることはなかった。
二度目の「ごめん」は明里の心に深く突き刺さった。それでも勇気を出してもう一度灯の家を訪れてみれば、灯は別の女の子を家に上げていたのだ。
きっと明里のことはとっくのとうに過去になっていたのだ。それを期待していい気になって、灯への思いを諦めきれずに家に上がってしまった自分がいけないのだとわかっている。
だから、今日は辰巳にデートに誘われて、外に出てきたというのに。ふとした時に灯のことを考えてしまって、未練がましい女だなと自嘲した。
「元気なさそうだったから、少しでも元気が出たらなって思ったんだけど……」
訪れたのは雑誌でも有名なレストランだ。明里がバイトの休憩中に「行ってみたいな」と漏らしたのを聞いていた辰巳が連れ出してくれたのだ。
「元気ですよ! ここのランチもケーキもとってもおいしくて、今度みんなに自慢しちゃいます!」
ランチのサーモンパイもとてもおいしかったし、目の前にはティラミスとコーヒー。とても贅沢なランチだ。テラス席は少し寒いからと店内の座席を選んだけれど、木目調の店内は雰囲気も暖かくて、窓から見える風景も木々がおいしげっていてとてもリフレッシュした気分になる。
「そっか。ならいいんだけど。このあとどうしようか」
コーヒーカップを持ち上げながらそう訪ねてくる辰巳はすごく絵になる。灯が他の女の子と関係を深めていくように、自分も一歩先に進まなければと思った。辰巳と付き合おうとそう決心してやってきたデートなのに心は明るくなるどころか、どんどん重くなってきてしまう。
「私は特に……。辰巳先輩がいきたいところがあれば」
「う~ん、そっか。じゃあ……」
辰巳と行きたい場所が思いつかない。灯となら公園でも家でもカラオケでもどこでも楽しいのにと考えると、辰巳にも申し訳なくなってきた。
辰巳が寄りたいと言っていた本屋に寄るとそのあとは散歩をしながら帰ることになった。時間もあるから家に送るよと言われ、今日こそちゃんと返事をしなければと明里は重い気持ちのまま歩き出した。
「そういえば就職活動の方はどう?」
「あ、えっと、全然……」
住宅街を歩きながら辰巳に尋ねられて明里は歯切れ悪く答えた。灯のことばっかり考えていて就職ガイダンスに出てもまだまだ就職活動のことなんて考えられなかった。マスコミ関係の仕事に就きたい友人はそういった集まりにも頻繁に出ているようだったが、そこまでのバイタリティは明里にはない。
「まぁまだこれからだし、自分のペースでゆっくりね」
「はい……」
辰巳の優しさには本当にいつも助けられていた。もう来年は就職してしまい気軽に会うことはできなくなってしまう。でも不思議とそれを残念と思うことはなかった。むしろこれからも辰巳の人生を応援したいと言う気持ちの方が大きかった。
「明里ちゃん。ずっと先延ばしになってたけど……」
「はい……」
告白の返事のことだというのはすぐにわかった。辰巳の優しさに甘えて延ばしていた返事をしなければいけない。
「今日誘いに乗ってくれたってことは、前向きに捉えていいのかな?」
隣から優しい声が降ってくる。明里はどうしようと思いながら前向きという言葉に心動かされていた。灯が前に進んでいるのなら、この気持ちに、この思いに蓋をして自分も前に進まなければいけないのではないか。明里は顔を上げた。
「私……辰巳先輩と……」
「いいよ、言わなくても」
付き合いますと言おうとしたところでその先の言葉を止められた。腰をぐっと引かれると、辰巳の端正な顔が目の前にあることに気づいた。
「っいや……」
ドン、と辰巳の胸を押し返した。
何が起こったのかわからなかった。心臓がバクバクと音を立てて息が苦しくなる。
とても怖いと思った。嫌だと思った。辰巳のことは先輩として信頼しているのに、こういうことじゃないと体が拒否した。
それと同時に灯の声が頭の中に響いた。
『例えば、明里の体目当てとか』
そんなことない。でも実際腰を引かれた時、辰巳も男の人だというのを実感した。あの力にねじ伏せられたらきっと抵抗することはできない。
「やっぱりね。自分の心に嘘はついちゃいけないよ」
「え……」
明里が突き飛ばした胸元をさすりながら辰巳は微笑んでいた。
「俺にキスされそうになったとき、嫌だったでしょう? それが明里ちゃんの気持ち」
「そんな、私、辰巳先輩のこと嫌いじゃ……」
「わかってるよ。でも俺はそういう対象じゃないってことだよね」
「あ……」
そうだ。辰巳先輩のことは尊敬している。でもそういう関係になりたいわけじゃなかった。それを辰巳先輩に気づかれていたことに明里は恥ずかしくなった。辰巳には隠し事はできない。
「明里ちゃんが誰かを忘れるために俺と付き合おうとしてることには気づいてたよ。それでもいいって思ってたけど……」
辰巳の手がそっと明里の頬に触れた。
「そんな風に泣かれちゃったら、やっぱり俺には無理かな」
そっとその指で涙を拭ってくれた。困ったように眉を下げて微笑む辰巳先輩はどこまでも優しかった。その優しさにまた涙が溢れてきてしまう。
「ごめ……なさ……」
「いいよ。ほら、笑って。好きな子には笑っていて欲しいから」
灯を諦める口実にしようということにも気づかれていた。たった一年違うだけなのに辰巳がとても大人に見えて、明里はただその優しさに甘えるしかなかった。
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