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休みの日だと混んでいてゆっくり見て回れないだろうということで平日の夕方から待ち合わせることになった。
「お待たせしました」
ベージュのAラインワンピースにカーディガンを羽織って待ち合わせ場所にやってきた。セーターの腕をまくって斜めがけのバッグを背負っている辰巳の姿は様になる。ちゃんとした目的があるのにまるで恋人同士の待ち合わせみたいだなと思いながら辰巳の元に駆よった。
「おはよう、明里ちゃん。そのワンピース可愛いね」
「あ、ありがとうございます……」
会ってそうそう服装を褒められて明里は思わず照れてしまう。友達同士で褒め合うのとは違うそれに、少しだけ胸がそわそわした。
「それじゃ行こうか。えっと、お店は……」
「あ、任せてください! 事前に山田さんに聞いてきましたから」
「ありがとう。それじゃあ、はい」
そう言われて目の前に手を出された。まるで本物のデートのように思えてその手を取ろうか迷ったそのとき。
「明里……?」
「えっ?」
名前を呼ばれて思わず振り返った。
「灯……?」
そこにいたのは目を大きく見開いている灯だった。リュックを背負っていて、少しクマができているところを見ると勉強か他の何かで忙しいのか、とにかく疲れているように見えた。
「えっと、珍しいね。こんなところで会うなんて」
明里は作り笑いを浮かべて灯に話しかけた。この間といい、最近よく灯に会うようになったなと考えていると辰巳が声をかけてきた。
「明里ちゃんのお友達?」
「あ、えっと……」
友達よりもお互いのことをよく知っている。けれど、そう宣言するには二年半というブランクが大きいような気がして明里は口ごもってしまう。
「幼なじみの青木灯です。あなたは?」
「へぇ、明里ちゃんの幼なじみか。俺は……明里ちゃんのバイト先の先輩で、辰巳って言います」
辰巳は灯の前に手を差し出した。灯はその手を取り、ふたりは握手をしていたが、明里は二人の間にただならぬ雰囲気を感じ取っていた。
「それから、彼氏候補、かな」
「彼氏……?」
「まだ返事もらってないんだけどね」
「た、辰巳さん!」
明里の予感は当たった。辰巳がにこやかに牽制するような雰囲気絵を醸し出すと、灯は怪訝な表情を浮かべて辰巳をにらんだ。ふわふわとしている灯しか知らない明里は初めて見る灯の表情に少しだけぞわりとした感覚を覚えた。
「そ、その話はまだ返事してませんから!」
「そうだったね。それじゃあ行こうか。失礼するよ」
慌てて明里が止めに入ると辰巳は灯に背を向けて歩いて行こうとする。
「灯、またね!」
「……うん」
灯に簡単な挨拶だけをすると明里は辰巳の後を追いかけていった。
どうしてあそこで灯に会ってしまったのか。いつもなら会わないように気をつけていたのに少し気が緩んでいたのだろうか。
それに、辰巳もあんな風に牽制しなくたって良かったはずだ。
なぜなら灯は明里のことなど何とも思っていない。むしろ嫌われているかもしれない。
あの日、ごめんと謝られた時から向こうから連絡してくることはなかったし、話をすることもなかった。
なのにどうして?
明里の頭の中はそれだけでいっぱいだった。
目的だった送別品を買うと軽く食事をしてその日は帰路についた。辰巳はあれから告白の返事のことを持ち出すことも無く駅で別れ、明里はほっと胸をなで下ろした。
「ただいまぁ~」
帰宅して自分の部屋に戻るとぼすんとベッドに飛び込んだ。そんなに歩き回ったわけじゃないのにどっと疲れが押し寄せてきて明里はだらりと力を抜いた。
「そうだ、お礼のメッセージ送っておかなくちゃ」
自分の分は自分で払うと言ったのに、食事代を払ってくれた辰巳にお礼のメッセージぐらいは送らなければとスマホを取り出した。
「灯から……?」
そこには灯からのメッセージが何件か入っていた。その名前を見て、あんな別れ方をしてしまったから灯にも連絡を入れておいた方がいいかと思い、灯とのメッセージ画面を開いた。
『あの辰巳って人、本当に彼氏候補なの?』
『告白された、とか?』
『ごめん。忘れて』
はじめの二つは灯と別れたすぐ後に受信していた。けれど、最後のメッセージだけはつい三十分ほど前に送られてきていた。その間が気になる。
とりあえず辰巳に今日のお礼と、山田さんの送別会の件についてメッセージを送った。
問題は灯だ。忘れてと言われてどんな返事をしていいのかわからない。
もし本当に興味がないのなら、明里を見つけても声をかけずに通り去れば良かったはずだ。
明里の心の中で一筋の希望をかすかに感じた。
『本当にバイト先の先輩だよ。今日はバイト先をやめる人の送別品を一緒に買いに行っただけなの』
書いては消してを繰り返しやっとのことでメッセージを送った。どういう風に書いても言い訳にしか見えない気がしたけれど、正直に話すしかなかった。灯には誤解されたくないという気持ちもまだ残っている。
『告白はされたけど、今はそういうこと考えてなくて。だから、』
心配しないで、と入力しようとして手を止めた。別に灯は心配してメッセージを送ってきたわけじゃない。だったらこの返事はおかしい。自意識過剰じゃないか。明里はそう考えて迷った。
「灯がなに考えてるかわかんないよ……」
カーテンを開けてみるとその向こうに電気が消えた、カーテンが閉まった部屋がある。あんなに疲れた表情をしていたからもう眠ってしまったのだろうか。そう考えて明里は最後に「気にしないで」という一言で締めて、メッセージを送信したのだった。
「お待たせしました」
ベージュのAラインワンピースにカーディガンを羽織って待ち合わせ場所にやってきた。セーターの腕をまくって斜めがけのバッグを背負っている辰巳の姿は様になる。ちゃんとした目的があるのにまるで恋人同士の待ち合わせみたいだなと思いながら辰巳の元に駆よった。
「おはよう、明里ちゃん。そのワンピース可愛いね」
「あ、ありがとうございます……」
会ってそうそう服装を褒められて明里は思わず照れてしまう。友達同士で褒め合うのとは違うそれに、少しだけ胸がそわそわした。
「それじゃ行こうか。えっと、お店は……」
「あ、任せてください! 事前に山田さんに聞いてきましたから」
「ありがとう。それじゃあ、はい」
そう言われて目の前に手を出された。まるで本物のデートのように思えてその手を取ろうか迷ったそのとき。
「明里……?」
「えっ?」
名前を呼ばれて思わず振り返った。
「灯……?」
そこにいたのは目を大きく見開いている灯だった。リュックを背負っていて、少しクマができているところを見ると勉強か他の何かで忙しいのか、とにかく疲れているように見えた。
「えっと、珍しいね。こんなところで会うなんて」
明里は作り笑いを浮かべて灯に話しかけた。この間といい、最近よく灯に会うようになったなと考えていると辰巳が声をかけてきた。
「明里ちゃんのお友達?」
「あ、えっと……」
友達よりもお互いのことをよく知っている。けれど、そう宣言するには二年半というブランクが大きいような気がして明里は口ごもってしまう。
「幼なじみの青木灯です。あなたは?」
「へぇ、明里ちゃんの幼なじみか。俺は……明里ちゃんのバイト先の先輩で、辰巳って言います」
辰巳は灯の前に手を差し出した。灯はその手を取り、ふたりは握手をしていたが、明里は二人の間にただならぬ雰囲気を感じ取っていた。
「それから、彼氏候補、かな」
「彼氏……?」
「まだ返事もらってないんだけどね」
「た、辰巳さん!」
明里の予感は当たった。辰巳がにこやかに牽制するような雰囲気絵を醸し出すと、灯は怪訝な表情を浮かべて辰巳をにらんだ。ふわふわとしている灯しか知らない明里は初めて見る灯の表情に少しだけぞわりとした感覚を覚えた。
「そ、その話はまだ返事してませんから!」
「そうだったね。それじゃあ行こうか。失礼するよ」
慌てて明里が止めに入ると辰巳は灯に背を向けて歩いて行こうとする。
「灯、またね!」
「……うん」
灯に簡単な挨拶だけをすると明里は辰巳の後を追いかけていった。
どうしてあそこで灯に会ってしまったのか。いつもなら会わないように気をつけていたのに少し気が緩んでいたのだろうか。
それに、辰巳もあんな風に牽制しなくたって良かったはずだ。
なぜなら灯は明里のことなど何とも思っていない。むしろ嫌われているかもしれない。
あの日、ごめんと謝られた時から向こうから連絡してくることはなかったし、話をすることもなかった。
なのにどうして?
明里の頭の中はそれだけでいっぱいだった。
目的だった送別品を買うと軽く食事をしてその日は帰路についた。辰巳はあれから告白の返事のことを持ち出すことも無く駅で別れ、明里はほっと胸をなで下ろした。
「ただいまぁ~」
帰宅して自分の部屋に戻るとぼすんとベッドに飛び込んだ。そんなに歩き回ったわけじゃないのにどっと疲れが押し寄せてきて明里はだらりと力を抜いた。
「そうだ、お礼のメッセージ送っておかなくちゃ」
自分の分は自分で払うと言ったのに、食事代を払ってくれた辰巳にお礼のメッセージぐらいは送らなければとスマホを取り出した。
「灯から……?」
そこには灯からのメッセージが何件か入っていた。その名前を見て、あんな別れ方をしてしまったから灯にも連絡を入れておいた方がいいかと思い、灯とのメッセージ画面を開いた。
『あの辰巳って人、本当に彼氏候補なの?』
『告白された、とか?』
『ごめん。忘れて』
はじめの二つは灯と別れたすぐ後に受信していた。けれど、最後のメッセージだけはつい三十分ほど前に送られてきていた。その間が気になる。
とりあえず辰巳に今日のお礼と、山田さんの送別会の件についてメッセージを送った。
問題は灯だ。忘れてと言われてどんな返事をしていいのかわからない。
もし本当に興味がないのなら、明里を見つけても声をかけずに通り去れば良かったはずだ。
明里の心の中で一筋の希望をかすかに感じた。
『本当にバイト先の先輩だよ。今日はバイト先をやめる人の送別品を一緒に買いに行っただけなの』
書いては消してを繰り返しやっとのことでメッセージを送った。どういう風に書いても言い訳にしか見えない気がしたけれど、正直に話すしかなかった。灯には誤解されたくないという気持ちもまだ残っている。
『告白はされたけど、今はそういうこと考えてなくて。だから、』
心配しないで、と入力しようとして手を止めた。別に灯は心配してメッセージを送ってきたわけじゃない。だったらこの返事はおかしい。自意識過剰じゃないか。明里はそう考えて迷った。
「灯がなに考えてるかわかんないよ……」
カーテンを開けてみるとその向こうに電気が消えた、カーテンが閉まった部屋がある。あんなに疲れた表情をしていたからもう眠ってしまったのだろうか。そう考えて明里は最後に「気にしないで」という一言で締めて、メッセージを送信したのだった。
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