初恋はおさななじみと

香夜みなと

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03.

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明里のバイト先は駅前にあるカフェレストランだ。

 大学生になると高校生の時に憧れていた場所でバイトを始めた。夜はイタリア料理を出す店で、昼間はパンケーキや軽食なども扱っている。結局サークルはあまり興味を引かれるものがなくてはいらなかった。それでも大学で勉強して友達と遊んで、バイトをして。貯まったお金で友達と旅行に行く。

 そんな普通の大学生活を送っていた。

「おはようございまーす」

「おはよう。あれ、明里ちゃん今日ランチから? 学校はお休み?」

「はい。ランチからラストまでです」

 バイト先『ミネット』の裏口から入ってスタッフルームに行くと一人の男性スタッフがいた。

辰巳たつみ先輩、今日シフト入ってましたっけ?」

 辰巳は明里がミネットでバイトを始めた時にすでに働いていた先輩だ。明里の一つ年上で、大学四年生。就職も決まった辰巳は卒論のためにバイトの日数もかなり減らしていたはずだ。

「小長谷こながやさんが熱出して休みになったから、店長に急遽呼ばれたんだ」

「え、卒論大丈夫ですか?」

「一応ね」

 苦笑いしながら辰巳は黒い前掛けエプロンを着けた。すらりとした長身の辰巳が着けると様になる。実際に辰巳目当でミネットに通ってくる人もいるらしく、明里も素敵な人だなとは思っていた。

「それより明里ちゃんはどう? やりたい仕事の方向性とか決まった?」

「大学のガイダンスの案内も見るんですけど、いまいちピンと来ないんですよね~」

 就職活動を終えたばかりの辰巳には聞きたいこともたくさんある。何より、大手の通信会社に就職が決まった辰巳ならなおさらだ。でも明里には将来のビジョンがなくて、「何がやりたいのか」という質問には言葉を濁してしまう。

「そうか。確かに明確な志望動機ってなかなかないよな。俺も説明会は百社以上行ったなぁ。やっぱり色々足を運んでみないとわからないこともあるし」

「そうですよね~。そもそも卒業したら働くって、それでいいのかなと思ったり」

「それは……働きたくないってこと?」

「まぁそれもありますけど……。でも他にいろんなことしてみてから働きたいっていうか」

「それについては同意だな」

 高校を、大学を卒業したらすぐ働かなきゃいけないなんて誰が決めたのだろう。学生のころは時間があってもお金はないし、社会人になったらお金はあっても時間はないと言う。自分の人生がこのままでいいのかと思うと、働くという選択が必ずしも良いものではないような気がしてきた。

「まだ時間はあるんだからいろんな業種見てみた方がいいと思うよ。きっと明里ちゃんも興味持つ業界もあるだろうから」

「先輩の言葉、すっごく身にしみます……」

「はは、大したこと何も言えないけどね。何かあれば相談して」

「もちろんです! お願いします!」

 長身に似合わず屈託ない笑顔を向けてくる辰巳を見て明里も微笑むのだった。

「そういえば、今月で退職される山田さんの送別品なんだけどどうしようか?」

「あ、そっか。そうですよね……」

 明里は前掛けのエプロンを着けながらうーんとうなった。山田さんとは朝から昼過ぎまで入ってくれるパートの人だった。結婚して時間があるからと働いていたのだが、このたび子供を授かったこともあって、おなかが大きくなる前に退職することになったのだ。特にカフェなどのホール仕事は何かあってからでは遅い。

「ベビー用品……は生まれてからでもいいですよね。そうすると山田さん向けのプレゼントがいいのかなぁ」

 大学生の明里が欲しいものと、二十代後半の主婦である山田が欲しいものはおそらく違う。一概にこれ、というものが浮かんで来ない。

「そしたら次の休みが合う日に一緒に見に行く? 俺、送別会の幹事だから」

「それいいですね。それまでに山田さんが欲しいものリサーチしておきますね!」

 気がつけば次の休みは辰巳と一緒に出かけることになってしまった。もしそれまでに就職に関しての質問が出てきたら聞いてみようと少しだけ心が躍る。

「明里ちゃん」

「はい、何でしょう?」

 急にいつもよりワントーン低い声色で名前を呼ばれて明里は振り向いた。するとそこには真剣な眼差しを向けてくる辰巳がいた。

「そのときに、この間の返事聞かせてもらえたら嬉しいな」

 そう言ってにこりと微笑まれると明里はうっと言葉に詰まってしまった。

 この間というのは辰巳とシフトがかぶった日のことだ。

 ラストまでのシフトが二人だけで、店を閉めて家の近くまで送ってもらったことがあった。そのときに明里は辰巳から告白されていたのだ。そのとき返事はできなかった。告白されたとき、正直嬉しいと思った。けれど、やはり明里の中には灯とのことがまだ胸の中でくすぶっていた。辰巳と付き合ったらきっと優しくしてくれるし、大事にしてくれることはわかっているのに、うなずくことも断ることもできずにずっと保留のままだったのだ。

「考えて……おきます」

「うん」

 めがねの奥で優しく微笑む辰巳から視線をそらしてしまう。今朝、灯と会ってしまったこともあり、明里はぎこちない一日を過ごしたのだった。

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