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青木灯と友永明里は家が隣同士の幼なじみだ。生まれた月も一ヶ月違いで、お互いの家族も仲が良く、性別の差はあってもいつも二人は一緒にいた。幼稚園、小学生、中学生。思春期になればお互いに友達が優先になっても、夜になるとお互いの家に行き来するような、まるで兄妹のような関係だった。
『灯くんと明里ちゃんは本当に仲良しね』
幼稚園の先生にも小学校の先生にもそう言われてきた。手をつなぐことだって恥ずかしいともなんとも思わなくて、それが当たり前だと思っていた。
『あかりちゃんとけっこんするんだ』
『わたしも! ともるくんとけっこんする!』
よくある幼なじみの約束だってした。その約束を灯が今も覚えているかわからないけれど、明里の中では懐かしい思い出として今も覚えている。
さすがに一緒にお風呂に入るようなことはなかったけれど、お互いの家に泊まることだってあった。
『幼なじみ離れしたら? って思うけど、あんたたちだったらそういうの大丈夫なのかもね』
そんな風に友達に呆れながら言われたこともあった。
けれど、高校三年生の冬。卒業を間近に控えたある日のことだった。
あの日は灯の家に遊びに行っていて、灯の部屋でテレビゲームをしていた。卒業後はお互いに別々の大学への進学を決めていて、少ししんみりしていたのもあったかもしれない。
『なんか、変な感じだね。来月から別々の大学なんだもんね』
明里はぽつりと不安を漏らした。ずっと同じ学校に通っていたし、家が隣同士だから毎日顔も合わせていた。学校に行けば灯に会えるという支えはもうなくなってしまう。別にお互いに同じ高校に行こうと示し合わせて進学したわけじゃない。たまたま一緒だっただけだ。
それが大学生にもなれば目指してくる道が変わってくる。いつまでも一緒にいられるわけではないのだと、現実を突きつけられたような気がした。
『うん。でも結構楽しみかな。明里はやっぱり不安?』
『自分で選んで決めたことなんだけどね。いつも灯がそばいてくれると思ったから。頑張らなきゃって思ってはいるんだけど……』
ゲームをする手を止めて作り笑いを浮かべた。
本当は不安だった。今さら、灯と同じ学校に行けるわけがないのに漠然とした不安が襲ってくる。
『明里なら大丈夫だよ。すぐに友達できそう』
『そうだといいなぁ。おしゃれなカフェでバイトもしたいし、面白そうなサークルがあったら参加してみたいし』
灯にそう言われると自然と元気が出てきた。大学生になったらやりたいことを浮かべると大丈夫な気がしてきたから灯の言葉は不思議だ。
『ねぇ、明里』
『ん?』
だから、あのとき灯なら大丈夫だと思っていた。
『んっ、はぁ……』
『明里……』
ふれあう唇から、肌から、気持ちが伝わってくるようだった。それなのに。
『ごめん』
夢にみたあの言葉が頭の中でリフレインする。あんな風に謝ってくる灯は一度も見たことがなかった。いつも穏やかで明里のことを肯定してくれた。少しだけいじわるなところもあるけれど、それでもあのころまでは、大事で大好きな幼なじみだった。お互いに好きだと告げたことはなかったけれど、これからも一緒にいると思っていたから、大好きだったから体も心も許したのに。
否、そう思っていたのは自分だけかもしれない、と今は思う。
あのときは灯も気まぐれだったのだ。だから途中で興がそがれてしまったのかもしれない。
そう思うことでしか明里は平静を保つことができなかった。
それでもあのときの熱は忘れることができない。ふれあった唇も肌も、あんなに気持ちが高揚したことなんてなかった。あれは灯だったからだとわかっているのに。
「なんでこんな風になっちゃったのかなぁ……」
今日、灯に会うのは久しぶりだった。
あんな気まずい別れ方をしたあと、別々の大学に進学したこともあり会う機会が減ってしまったのだ。高校生の頃は家に帰れば会える時間もあったけれど、大学生になればお互いにバイトを始めたり、友達とご飯に行ったりすることも多くなり家を行き来することもなくなってしまった。
あっというまに心の距離も、体の距離も離れてしまった。あんなに近くに灯の熱を感じたことが嘘だったかのように隙間風が吹いて、二年半がたってしまった。
大学三年生の秋ともなれば就職ガイダンスが始まる。灯はどんな仕事をしたいんだろう。そう思っても今の灯が何を目指しているのか明里は知らない。
スマホのメッセージアプリを開いてみても、最後にメッセージを交わしたのは一年前だ。家が隣同士、両親が知り合いということもあって、事務的なやりとりが残っているだけだ。それより前の履歴を見るたびにそっけない態度が辛くて、もう見返していない。
「って、ポジティブ、ポジティブ!」
すぐに落ち込んでしまう性格の明里はわざと口に出すと口角をきゅっと上げて笑顔を作った。少しだけ落ち込んだ気持ち和らいでいくような気がしてバイト先への道を急ぐのだった。
『灯くんと明里ちゃんは本当に仲良しね』
幼稚園の先生にも小学校の先生にもそう言われてきた。手をつなぐことだって恥ずかしいともなんとも思わなくて、それが当たり前だと思っていた。
『あかりちゃんとけっこんするんだ』
『わたしも! ともるくんとけっこんする!』
よくある幼なじみの約束だってした。その約束を灯が今も覚えているかわからないけれど、明里の中では懐かしい思い出として今も覚えている。
さすがに一緒にお風呂に入るようなことはなかったけれど、お互いの家に泊まることだってあった。
『幼なじみ離れしたら? って思うけど、あんたたちだったらそういうの大丈夫なのかもね』
そんな風に友達に呆れながら言われたこともあった。
けれど、高校三年生の冬。卒業を間近に控えたある日のことだった。
あの日は灯の家に遊びに行っていて、灯の部屋でテレビゲームをしていた。卒業後はお互いに別々の大学への進学を決めていて、少ししんみりしていたのもあったかもしれない。
『なんか、変な感じだね。来月から別々の大学なんだもんね』
明里はぽつりと不安を漏らした。ずっと同じ学校に通っていたし、家が隣同士だから毎日顔も合わせていた。学校に行けば灯に会えるという支えはもうなくなってしまう。別にお互いに同じ高校に行こうと示し合わせて進学したわけじゃない。たまたま一緒だっただけだ。
それが大学生にもなれば目指してくる道が変わってくる。いつまでも一緒にいられるわけではないのだと、現実を突きつけられたような気がした。
『うん。でも結構楽しみかな。明里はやっぱり不安?』
『自分で選んで決めたことなんだけどね。いつも灯がそばいてくれると思ったから。頑張らなきゃって思ってはいるんだけど……』
ゲームをする手を止めて作り笑いを浮かべた。
本当は不安だった。今さら、灯と同じ学校に行けるわけがないのに漠然とした不安が襲ってくる。
『明里なら大丈夫だよ。すぐに友達できそう』
『そうだといいなぁ。おしゃれなカフェでバイトもしたいし、面白そうなサークルがあったら参加してみたいし』
灯にそう言われると自然と元気が出てきた。大学生になったらやりたいことを浮かべると大丈夫な気がしてきたから灯の言葉は不思議だ。
『ねぇ、明里』
『ん?』
だから、あのとき灯なら大丈夫だと思っていた。
『んっ、はぁ……』
『明里……』
ふれあう唇から、肌から、気持ちが伝わってくるようだった。それなのに。
『ごめん』
夢にみたあの言葉が頭の中でリフレインする。あんな風に謝ってくる灯は一度も見たことがなかった。いつも穏やかで明里のことを肯定してくれた。少しだけいじわるなところもあるけれど、それでもあのころまでは、大事で大好きな幼なじみだった。お互いに好きだと告げたことはなかったけれど、これからも一緒にいると思っていたから、大好きだったから体も心も許したのに。
否、そう思っていたのは自分だけかもしれない、と今は思う。
あのときは灯も気まぐれだったのだ。だから途中で興がそがれてしまったのかもしれない。
そう思うことでしか明里は平静を保つことができなかった。
それでもあのときの熱は忘れることができない。ふれあった唇も肌も、あんなに気持ちが高揚したことなんてなかった。あれは灯だったからだとわかっているのに。
「なんでこんな風になっちゃったのかなぁ……」
今日、灯に会うのは久しぶりだった。
あんな気まずい別れ方をしたあと、別々の大学に進学したこともあり会う機会が減ってしまったのだ。高校生の頃は家に帰れば会える時間もあったけれど、大学生になればお互いにバイトを始めたり、友達とご飯に行ったりすることも多くなり家を行き来することもなくなってしまった。
あっというまに心の距離も、体の距離も離れてしまった。あんなに近くに灯の熱を感じたことが嘘だったかのように隙間風が吹いて、二年半がたってしまった。
大学三年生の秋ともなれば就職ガイダンスが始まる。灯はどんな仕事をしたいんだろう。そう思っても今の灯が何を目指しているのか明里は知らない。
スマホのメッセージアプリを開いてみても、最後にメッセージを交わしたのは一年前だ。家が隣同士、両親が知り合いということもあって、事務的なやりとりが残っているだけだ。それより前の履歴を見るたびにそっけない態度が辛くて、もう見返していない。
「って、ポジティブ、ポジティブ!」
すぐに落ち込んでしまう性格の明里はわざと口に出すと口角をきゅっと上げて笑顔を作った。少しだけ落ち込んだ気持ち和らいでいくような気がしてバイト先への道を急ぐのだった。
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