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 あの日、宮川とエレベーターで揉めてから宮川と会う機会は少なくなった。無事に製品も発売されるとあとは営業部の仕事になり、亜美の仕事はといえば普段の問い合わせや会社のウェブサイトの更新など比較的落ち着いていた。広報の他にマーケティングも兼ねているため、ウェブサイトの閲覧数や検索にどの程度ひかっかっているかなど、そういった分析もの作業が増えていた。
 広報やマーケティングと聞くと華やかな仕事に見える反面、地味な作業も多い。けれど亜美はこういった作業は嫌いではなかった。数字とにらめっこをしていると余計なことを考えなくて済む。システム開発部は顧客からの大型案件が決まったらしいがまだ本格稼働はしてないと聞いていた。
 ただ、仕事上全く顔を合わせないわけにはいかない。
「以上が発表会後の製品のプレビュー数です。SEO対策で、検索ワードを追加するか、もしくはしばらく様子見かというところです」
 月に一回のマーティング会議に宮川の姿があった。ここではシステム開発部や営業部からの数人が出席し、社長の藤沢も参加している。
「ありがとう。いつも綺麗に資料まとめてくれて助かります」
 藤沢がそう言うと亜美は礼をして自分の席に戻っていった。発言している間も宮川の視線が痛いほど刺さっていたが、視線を合わせないようにして乗り切った。席に戻ってもそのつき刺さるような視線を感じる。
「僕はこのままでも充分だと思うけどね。SEO対策も結構費用かけてるだろうし」
 世の中のというのは金で回っているというのは事実で、検索エンジンに引っかかりやすくするために企業はお金をかけている。特定の単語を検索したときに上位に出てくるのはそれが理由だ。
「だったら、検索ワードの変更でいいだろ。ひっかからない単語に金かける必要は無い」
「ただ、どの単語に変更するかによって金額は変わるので、必ずしもコストカットにはなりません」
 これもまた不思議なことに、業種によって人気ワードというものがあり、単語によって金額が変わる。良く出来ているのだ。
「……ならしばらく様子見でいい」
 いつもなら亜美にくってかかってくる宮川はそう言うとふいっと視線をそらしてしまった。あれだけつき刺さるような視線を向けてきたのに今度は何なのだと苦笑いする。本当はいつもみたいにもっと文句をつけてもらえた方が良かった。そうしたら今まで通りに戻れたのに、宮川があの調子では亜美も拍子抜けしてしまう。
「じゃあ今日の会議はこれで終わりにしよう」
 その後いくつかの案件が議題に上がり一時間もしないでミーティングが終わった。会議室にいたメンバーがぞろぞろと部屋を出て行くが、亜美はホワイトボードやプロジェクター類の片づけをしていた。
「なんか、君たちの言い合いがないと会議に出る楽しみがないなぁ」
 会議室に残って珈琲を飲んでいた藤沢がため息をつきながら亜美に話しかけていた。宮川の姿はもうない。
「したくてしてるわけじゃないんですけどね……。でも私も、物足りない気がします」
 もしかしたらもう元の様には戻れないのかなと思うと自分の選択が正しかったのかどうか分からなくなる。一度知ってしまった熱を手放すなら早いほうがいいに決まっているのに。
「滉と、何かあった?」
 優しい声色で尋ねられて亜美はふいに涙腺が緩んでしまう。宮川と同日入社したというだけでこんなにも気にかけてくれる藤沢にさらに心配をさせてしまっていると思うと申し訳なくなる。
「滉も最近様子がおかしくてさ。用事もないのに会社に泊まり込みしてるときもあるし」
 稼ぎ頭だからねぇ、とため息をつく藤沢に亜美はさらに申し訳なくなってしまう。宮川の様子がおかしいのは自分のせいなのか確信はない。でも何かしてしまったかと問われれば答えはイエスだ。
「何もないっていうか……ありましたけど、なかったことにしたんです」
「うん? よくわからないけど、それは同意の上ってことかな?」
 よく分からないと言いつつも、藤沢は何があったか検討はついているはずだ。そうじゃなかったらこんなことは聞いてこない。
「わかりません。でも、私はなかったことにしたくて……」
 宮川がどう思っているか分からない。でも元の関係に戻るにはまだ時間が必要なことだけは分かっている。もしかしたら、戻れないのかもしれないということも。
「なるほどね。アイツは昔からはっきりしないところあるからなぁ」
 ふいにポンと頭に手を置かれた。顔をのぞき込んできた藤沢が頭を撫でてくれた。
「滉も今野さんも俺にとって弟や妹みたいなものだから、悩んで欲しくないんだ。もし本当に滉に酷いことされたら教えて? 僕が叱っておくから」
 まるで兄のように優しく微笑まれて、亜美は緩んでいた涙腺から涙が零れてきてしまった。
「す、すみません」
「いいよ。今だけは。泣きたいだけ泣いて、すっきりしなよ」
 そう言うと藤沢は亜美の瞳から零れた涙をぬぐってくれた。こんなにも心配をかけてしまっている。そんな自分が情けなくて、亜美はもう一度だけちゃんと宮川と向き合わなければいけないとそう思ったのだった。
 
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