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02.

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少しだけ早くあがるとメイクを直して宮川に指定されたいつもの場所に向かった。オフィス街に紛れている小さな居酒屋だ。その小ささから一見さんは入りづらいのか、大体顔ぶれは常連ばかりだ。亜美が店に入ると常連が場所を空けてくれた。その角の席に腰を下ろして宮川が来るのを待った。
「なんだ、もうきてたのか」
「お疲れ。そっちこそ今日は早く上がれたんだね」
 ジャケットを脱いだ宮川は亜美の隣に座る。二人でビールを頼むと、数分も経たないうちにビールと一緒につまみも出てきた。
「お疲れ」
「お疲れさま」
 大ジョッキを持ち上げながら二人で乾杯をする。思い切って胃に流し込むとビールの苦みと炭酸が疲れた身体を癒してくれるようだった。
「……んはぁ~! 金曜日サイコー! お酒が美味しい!」
 ダン、と音をたててジョッキを机に置くと改めて手を拭いた。
「そりゃぁ金曜の午後にあらだけきゃんきゃん騒ぐ元気があれば酒も美味いだろうな」
「なにそれ、嫌味?」
「いや。事実を告げただけだけど」
 ビールの他に今日のオススメをいくつか頼むと二人でつまみながらビールを呷っていく。
 二人は同日入社した同期だ。仕事では言い合いをするが、こうして飲みに行くことがある。そういうときは決まって宮川の方から今日みたいにメールで誘われるのだ。同期とはライバルとも仲間とも違った、不思議な関係だ。
「っていうか社長も、何も言わないで会議に参加してるだけだしさ」
「あれはもう趣味だから諦めろ」
「……社長ってMなのかな。私たちの言い合い聞くの好きなんだって」
「そりゃ変態じゃなきゃ社長やってないだろ」
 お酒をぐいぐい飲んで酔いが回ってきた。本当は宮川に文句を言いたいこともあるのだが、亜美自身も仕事とプライベートは分けるようにしている。それをわかってか宮川も直接的な仕事の話はしないので、その距離感が心地よかった。
「そういえばさぁ、総務部の大野さん、結婚するんだって」
 今朝聞いた話を思い出す。総務部は比較的とも部署との関わりが多い。名前ぐらいは知っているだろうと話題に出すと宮川もあぁ、と相づちをうった。
「俺もそれ聞いた。同期だろ~とか言われたけど、ぶっちゃけそんなに知らない」
「それ私も! 新卒組じゃないからさ、あんまり関わりないんだよね」
 新卒は新卒で固まって飲み会を開いているらしいと言うことは聞いた。そして最近はその中から結婚していく人が多いということも。
 二十九歳。三十歳まであと少し。ただでさえ亜美の周りでは結婚していく友人も多い。
「でもさ、やっぱ三十手前だからか、友達も結婚ラッシュでね~。ご祝儀貧乏ってこのことか、って感じ。おめでたいけど」
「女は金かかるから大変だよな」
 共通の友人が結婚するとなると見栄を張って違うドレスを着ていきたくなる。アクセサリーや髪の毛だって美容院を予約してセットしてもらわなければならない。披露宴で食べるコース料理は好きだし、少しだけ非日常を味わえるけれど懐は寂しくなる。ただ、祝いたいという気持ちは本当だ。
「まぁ、私も宮川も、お互い恋愛よりも仕事って感じだよね」
 それは何の気なしに言った言葉だった。宮川はいつ家に帰っているか分からないという話を聞いていたし、何より会社でも浮いた話を聞いたことなどなかった。だから、他意はなかった。
「はぁ? お前と一緒にすんな。俺は、結婚を考えた相手ぐらいいる」
「えっ……」
 思ってもいなかった宮川の反応に亜美は一瞬固まってしまった。そうだな、と同意の言葉を返してくれると思っていた。それなのに宮川に結婚を考えるほどの相手がいたことに、複雑な気持ちになる。
「え、って失礼な奴だな」
「あ、いや、ごめん。そうだよね……三十も前になれば一度くらいあるよね……」
 ビールジョッキを持って飲み干す。何杯目か覚えていないぐらいには飲んだ気がした。
「別に謝らなくてもいいけど。まぁ、お前の言うとおり、仕事優先してたら結局振られたしな」
 自嘲気味に笑う宮川を見ていると、やっぱり失礼なことを言ってしまったなと後悔する。宮川を前にすると発言が危うくなってしまう自覚があるのに、また余計なことを言ってしまった。
 でも、それを聞いてほっとする自分と、どこか焦っている自分がいることに気付く。
「まぁ、気にすんな。今は仕事が楽しいし、俺はお前と言い合いするのも嫌いじゃないしな」
 ポンと頭に手を置かれてなぜか涙が出てきそうになった。なんだか今日は感情の起伏も激しいし涙腺も緩い。
「ごめんね……いつも宮川に余計なこと言っちゃう。私は宮川はないかなって思ってるけど」
「ホントお前一言余計だな」
 苦笑する宮川の声が聞こえる。ちょっと楽しくなってきたのか、目の前がぼんやりとする。思考回路がぐちゃぐちゃになってしまったのはお酒のせいだろうか。
「私もさ、そろそろ婚活しようかなって思うんだよね。みんな結婚しちゃうし、一人になったら寂しいし」
 仕事は楽しい。けれど友達が結婚していくとみんな家の事が忙しくなり、遊びに誘いづらくなってしまう。年齢も年齢だし、自分も相手を探すべきなのかと思うが、誰かと一緒に暮らしていく想像がつかない。
「婚活か……。まぁお前、ちょっと気が強いからな。そこ隠せば上手くいくだろ」
「そ、そうかな? そうだといいな……」
 理想の家庭はある。お互い働いて家事分担をしながら、休みの日はきちんと家の事をやる。いつか子供ができて、公園にピクニックに行くのもいい。お酒が回ってきた頭で理想の家族を描く。ふわふわとした頭でそんなことを話していると、宮川の口数が少なくなっていった。どうしたのかなと思っていると、宮川が時間を確認した。
「そろそろ出るか……。終電、無くなる」
「えっ、もうそんな時間……?」
 亜美も慌てて時計を確認すると、あと十分ぐらいで終電がなくなりそうだった。最悪、タクシーでも良いかと思っていると宮川が先に会計を済ませてしった。店の常連はまだまだ飲んで行くつもりなのか、大将と一緒に二人を送り出してくれる。
「宮川、ごめん。終電ヤバイから、来週会社でお金払うね!」
 そう言って亜美はコートを着ながら駅方面へ向かおうとした。
 けれど。
「な、何? もう時間ないんだけど……」
 急に宮川に腕を掴まれてそこから一歩も動けなくなる。間に合うなら電車に乗って帰りたい。タクシーでもいいけれど、今年は何かと入り用なのだ。
「さっき、お前婚活しようかなって言ってただろ?」
「え、うん……」
 少しだけ酔いが冷めてきた頭で頷く。
「身近にいるだろ。良さそうなやつ」
 掴まれた腕を引かれて足下がよろめく。そんなに高くないヒールなのにバランスを崩して宮川の胸元に飛び込んでしまった。
「ちょ、どうし……んっ……」
 お酒の匂いにくらくらしながら顔を上げると宮川に唇を塞がれてしまった。うっすらと瞳を開けると、熱を持った宮川の瞳が見える。
「はぁ……宮川……なんで……」
「試してみる? 俺と……」
 抵抗する間もなく再び宮川にキスをされた。触れた舌に誘導されるように唇を開ければそこから舌が入ってくる。
「ん……ぁ……」
 唇が離されるころには身体の力が抜けて宮川に体重を預けていた。ぼんやりともう終電は間に合わないなと頭の中を過ぎった。
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