今度こそ君の愛から逃げてみせるから、どうか君は幸せに

まきの

文字の大きさ
上 下
1 / 2
プロローグ

1はじまり

しおりを挟む

 風の音だけが響く回廊をひたすら走った。吸い込む空気は肺から体中を凍てつかせるように冷たいのに、心臓が送り出す血液は今にも沸き出しそうなほど熱い。

 ーーもっと、もっと速く。

 どこまでも暗い空の端にほんの少しの灯りを認めて、ルカは手のひらを握り、地を踏む足に一層の力を込めた。
やると決めたからには、日が昇る前に全てを成さねばならない。
 扉を開き、階段を駆け上る。古い紙の匂いで溢れる図書館を迷わず奥まで進んだ。灯りがなくても体が覚えている。書架の間を縫い、やがて最奥の書架へと辿り着いた。
 閲覧のみが許される貴重な書物たちを並べる書架には、防御魔法が掛かっていた。持ち出し禁止の書架であることは知っていたが、こんな結界が張られていることは見たことがない。夜のみ、盗難防止のために掛けられているのだろう。
 一見複雑そうに見える魔法だったが、よく見てみるとルカにとっては容易く解ける程度の物に見える。しかし解けば必ず術師には異変が伝わるだろう。腕利き揃いの魔法師たちが揃うこの学院で、果たして異変に気付いた職員がこの場に現れるまでにルカは全てをやり遂げられるだろうか。
 逡巡は一瞬だった。
 この王国の国境を護るものと等しい防御結界を自身を中心に半径5mに張り巡らせてから、ルカは書架に掛かった防御魔法を解いた。
 どんなに腕利きの術師であっても、王国の守護を任されたミンターク家に代々伝わる結界魔法を解くには時間が必要なはずだ。その間に、ルカは全てを成し遂げてみせる。
 貸し出し禁止の書物のほとんどは現代にも名を残す偉大な魔術師たちの手記だ。ルカは息も絶え絶えにしゃがみ込み、誰にも見つけられないように隠しておいた一冊を手に取った。黒い皮のカバーには"禁呪"の文字。ゆっくりとページを捲り、目的の魔法陣を見つけ手をとめる。
 禁呪と認められている魔術はどれも失敗すれば命はなくなるとされているが、実際のところはどうなのかは分からない。禁じられた呪文を唱えるようなことは、まともな魔法使いならあり得ないことだからだ。
ーーこれ以上何も失うものなんて、僕にはない。
 どれだけ泣いても未だ滲む涙を指先で拭ったルカは、胸元に忍ばせていた短刀で手のひらを切り付けた。
 生暖かい血で、本と同じ魔法陣を床に描いていく。

 結界の外が騒がしい。
 どうやら書架に防御魔法を掛けた職員が転移魔法で駆けつけ、何かを叫んでいるようだが何一つ耳に入らない。
 大きな円を描き、その上に立つ。
 詠唱を始めると、どこからともなく激しい風が吹き始めた。
 眩い光に包まれながらルカは目を閉じる。
 瞼の裏には、穏やかに微笑む恋人の笑顔と、眠るように目を伏せて温度を失う彼の姿。
 ルカが願うことはただ一つだ。
 ーージュリアス。
 絶対に彼が笑顔で生きていける世界にしてみせる。

 たとえ自分が、何を失ったとしても。




- - - - - - - - - -

ジュリアスとルカの幸せへの路が始まります。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
(ほぼ完結まで執筆済み。毎日投稿を目指します)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

勘弁してください、僕はあなたの婚約者ではありません

りまり
BL
 公爵家の5人いる兄弟の末っ子に生まれた私は、優秀で見目麗しい兄弟がいるので自由だった。  自由とは名ばかりの放置子だ。  兄弟たちのように見目が良ければいいがこれまた普通以下で高位貴族とは思えないような容姿だったためさらに放置に繋がったのだが……両親は兎も角兄弟たちは口が悪いだけでなんだかんだとかまってくれる。  色々あったが学園に通うようになるとやった覚えのないことで悪役呼ばわりされ孤立してしまった。  それでも勉強できるからと学園に通っていたが、上級生の卒業パーティーでいきなり断罪され婚約破棄されてしまい挙句に学園を退学させられるが、後から知ったのだけど僕には弟がいたんだってそれも僕そっくりな、その子は両親からも兄弟からもかわいがられ甘やかされて育ったので色々な所でやらかしたので顔がそっくりな僕にすべての罪をきせ追放したって、優しいと思っていた兄たちが笑いながら言っていたっけ、国外追放なので二度と合わない僕に最後の追い打ちをかけて去っていった。  隣国でも噂を聞いたと言っていわれのないことで暴行を受けるが頑張って生き抜く話です

それ以上近づかないでください。

ぽぽ
BL
「誰がお前のことなんか好きになると思うの?」 地味で冴えない小鳥遊凪は、ある日、憧れの人である蓮見馨に不意に告白をしてしまい、2人は付き合うことになった。 まるで夢のような時間――しかし、その恋はある出来事をきっかけに儚くも終わりを迎える。 転校を機に、馨のことを全てを忘れようと決意した凪。もう二度と彼と会うことはないはずだった。 ところが、あることがきっかけで馨と再会することになる。 「本当に可愛い。」 「凪、俺以外のやつと話していいんだっけ?」 かつてとはまるで別人のような馨の様子に戸惑う凪。 「お願いだから、僕にもう近づかないで」

巻き戻りした悪役令息は最愛の人から離れて生きていく

藍沢真啓/庚あき
BL
婚約者ユリウスから断罪をされたアリステルは、ボロボロになった状態で廃教会で命を終えた……はずだった。 目覚めた時はユリウスと婚約したばかりの頃で、それならばとアリステルは自らユリウスと距離を置くことに決める。だが、なぜかユリウスはアリステルに構うようになり…… 巻き戻りから人生をやり直す悪役令息の物語。 【感想のお返事について】 感想をくださりありがとうございます。 執筆を最優先させていただきますので、お返事についてはご容赦願います。 大切に読ませていただいてます。執筆の活力になっていますので、今後も感想いただければ幸いです。 他サイトでも公開中

勇者召喚に巻き込まれて追放されたのに、どうして王子のお前がついてくる。

イコ
BL
魔族と戦争を繰り広げている王国は、人材不足のために勇者召喚を行なった。 力ある勇者たちは優遇され、巻き込まれた主人公は追放される。 だが、そんな主人公に優しく声をかけてくれたのは、召喚した側の第五王子様だった。 イケメンの王子様の領地で一緒に領地経営? えっ、男女どっちでも結婚ができる? 頼りになる俺を手放したくないから結婚してほしい? 俺、男と結婚するのか?

やり直せるなら、貴方達とは関わらない。

いろまにもめと
BL
俺はレオベルト・エンフィア。 エンフィア侯爵家の長男であり、前世持ちだ。 俺は幼馴染のアラン・メロヴィングに惚れ込み、恋人でもないのにアランは俺の嫁だと言ってまわるというはずかしい事をし、最終的にアランと恋に落ちた王太子によって、アランに付きまとっていた俺は処刑された。 処刑の直前、俺は前世を思い出した。日本という国の一般サラリーマンだった頃を。そして、ここは前世有名だったBLゲームの世界と一致する事を。 こんな時に思い出しても遅せぇわ!と思い、どうかもう一度やり直せたら、貴族なんだから可愛い嫁さんと裕福にのんびり暮らしたい…! そう思った俺の願いは届いたのだ。 5歳の時の俺に戻ってきた…! 今度は絶対関わらない!

嫌われ者の僕が学園を去る話

おこげ茶
BL
嫌われ者の男の子が学園を去って生活していく話です。 一旦ものすごく不幸にしたかったのですがあんまなってないかもです…。 最終的にはハピエンの予定です。 Rは書けるかわからなくて入れるか迷っているので今のところなしにしておきます。 ↓↓↓ 微妙なやつのタイトルに※つけておくので苦手な方は自衛お願いします。 設定ガバガバです。なんでも許せる方向け。 不定期更新です。(目標週1) 勝手もわかっていない超初心者が書いた拙い文章ですが、楽しんでいただければ幸いです。 誤字などがありましたらふわふわ言葉で教えて欲しいです。爆速で修正します。

今世では誰かに手を取って貰いたい

朝山みどり
BL
ノエル・レイフォードは魔力がないと言うことで、家族や使用人から蔑まれて暮らしていた。 ある日、妹のプリシラに突き飛ばされて、頭を打ち前世のことを思い出し、魔法を使えるようになった。 ただ、戦争の英雄だった前世とは持っている魔法が違っていた。 そんなある日、喧嘩した国同士で、結婚式をあげるように帝国の王妃が命令をだした。 選ばれたノエルは敵国へ旅立った。そこで待っていた男とその日のうちに婚姻した。思いがけず男は優しかった。 だが、男は翌朝、隣国との国境紛争を解決しようと家を出た。 男がいなくなった途端、ノエルは冷遇された。覚悟していたノエルは耐えられたが、とんでもないことを知らされて逃げ出した。

処理中です...