今度こそ君の愛から逃げてみせるから、どうか君は幸せに

まきの

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プロローグ

1はじまり

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 風の音だけが響く回廊をひたすら走った。吸い込む空気は肺から体中を凍てつかせるように冷たいのに、心臓が送り出す血液は今にも沸き出しそうなほど熱い。

 ーーもっと、もっと速く。

 どこまでも暗い空の端にほんの少しの灯りを認めて、ルカは手のひらを握り、地を踏む足に一層の力を込めた。
やると決めたからには、日が昇る前に全てを成さねばならない。
 扉を開き、階段を駆け上る。古い紙の匂いで溢れる図書館を迷わず奥まで進んだ。灯りがなくても体が覚えている。書架の間を縫い、やがて最奥の書架へと辿り着いた。
 閲覧のみが許される貴重な書物たちを並べる書架には、防御魔法が掛かっていた。持ち出し禁止の書架であることは知っていたが、こんな結界が張られていることは見たことがない。夜のみ、盗難防止のために掛けられているのだろう。
 一見複雑そうに見える魔法だったが、よく見てみるとルカにとっては容易く解ける程度の物に見える。しかし解けば必ず術師には異変が伝わるだろう。腕利き揃いの魔法師たちが揃うこの学院で、果たして異変に気付いた職員がこの場に現れるまでにルカは全てをやり遂げられるだろうか。
 逡巡は一瞬だった。
 この王国の国境を護るものと等しい防御結界を自身を中心に半径5mに張り巡らせてから、ルカは書架に掛かった防御魔法を解いた。
 どんなに腕利きの術師であっても、王国の守護を任されたミンターク家に代々伝わる結界魔法を解くには時間が必要なはずだ。その間に、ルカは全てを成し遂げてみせる。
 貸し出し禁止の書物のほとんどは現代にも名を残す偉大な魔術師たちの手記だ。ルカは息も絶え絶えにしゃがみ込み、誰にも見つけられないように隠しておいた一冊を手に取った。黒い皮のカバーには"禁呪"の文字。ゆっくりとページを捲り、目的の魔法陣を見つけ手をとめる。
 禁呪と認められている魔術はどれも失敗すれば命はなくなるとされているが、実際のところはどうなのかは分からない。禁じられた呪文を唱えるようなことは、まともな魔法使いならあり得ないことだからだ。
ーーこれ以上何も失うものなんて、僕にはない。
 どれだけ泣いても未だ滲む涙を指先で拭ったルカは、胸元に忍ばせていた短刀で手のひらを切り付けた。
 生暖かい血で、本と同じ魔法陣を床に描いていく。

 結界の外が騒がしい。
 どうやら書架に防御魔法を掛けた職員が転移魔法で駆けつけ、何かを叫んでいるようだが何一つ耳に入らない。
 大きな円を描き、その上に立つ。
 詠唱を始めると、どこからともなく激しい風が吹き始めた。
 眩い光に包まれながらルカは目を閉じる。
 瞼の裏には、穏やかに微笑む恋人の笑顔と、眠るように目を伏せて温度を失う彼の姿。
 ルカが願うことはただ一つだ。
 ーージュリアス。
 絶対に彼が笑顔で生きていける世界にしてみせる。

 たとえ自分が、何を失ったとしても。




- - - - - - - - - -

ジュリアスとルカの幸せへの路が始まります。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
(ほぼ完結まで執筆済み。毎日投稿を目指します)
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