上 下
26 / 71

26話.学校

しおりを挟む
 オルテンシア伯爵領へ来て三日目の早朝
 ルイフォードは戸惑っている。
 昨夜遅くに、カルティアが先触れも無く、部屋に訪れたのだ。
 転移で、部屋の中に迄入って来なかった事は、褒めてやろうと思う。
 他の令嬢と同じく、気を惹く為に何をして来るのか警戒したが。
 左目が欲しいと言われ、絶句した。
 リーシャを出しにして、心を奪う呪術でも掛けるつもりかと?
 そんな事をせずとも、カルティアがルイフォードの妃になる事は、決定している。
 本人がそれを知らず、愚行に走っているのなら、教えるべきではないのか?
 しかし伯爵夫妻は、カルティアが婚約者候補になっている事を、話す気は無いと言っていた。
 あの娘はそれを、望んでいないと…
 王弟も、ルイフォードも、理解出来ないでいる。
 昨夜は何を期待したのか?
 リシャーナの為にと言われ、左目を渡してしまった。
 してやられたと、今更後悔しても遅い。
 カルティアが、初級呪術師だと言う事も、知っている。
 媒体を使って掛ける呪術は全て禁術扱いだが、彼女がそれを知らない筈がない。
 ならば何故?
 目玉を何に使う?
 昨夜は確かに己の意思で、左目を抉り取った。
 声も出せない程の激痛だったが、リシャーナの苦しみに比べたら、些末な事。
 同じ隻眼になる事で、苦しみを分かち合えるなら、それも本望とさえ思ったのだ。
 しかし、カルティアはそれを許さなかった。
 ルイフォードを叱責しただけではなく、失った筈の左目が、何事も無かったかの様に再生されていた。
 痛みも消えている。
 幻覚を見ていたのかと疑ったが、真っ赤に染まった左手と衣服が、これはたった今起きた現実だと物語っていた。
 顔面めがけ乱暴にかけられたポーションは、その効能を遺憾なく発揮した。
 宮殿で使われている上級ポーションでは、欠損した部位を再生させるのは不可能。
 ならば、カルティアが持って来たポーションは、一体何処から仕入れた物なのか?
 何故国に報告されていないのか?
 故意に秘匿するのは謀反だが、この地で作られている物ならば…
 認可されていない物を、領外へ持ち出す事は禁止されている。
 まさかただの初級資格取得者が、優れた物を作り出す等、あるのだろうか?
 粗悪品が出回らない様配慮した法が、仇になっているのか?
 だとしたらカルティアは…
 純粋に、上級薬術師免許取得の為、学園へ通う決断をした?
 ルイフォードは、ここに来て初めて、己の羞恥を自覚したのだ。
 あのポーションを誰が作ったのか明確にしたいが、左目の事はまだ王弟に知られてはならない。
 ルイフォードは複雑な心情のまま、リシャーナの部屋に来た。
 ルーク・オルテンシアが、検査に来ると報告があったからだ。
 本気で形成手術を、行うつもりなのか?
 検査風景は何度も見たが、最低でも1時間は要していた。
 だが、ここの医術師達は皆、本当に診たのかと疑う程に早い。
 カルテに結果を書き込みながら、ルークは告げる。
 準備が整い次第、首から上を先に行い、術後の経過を見てから次を考えると…
 当たり前の様に淡々と説明をし、役目が終わると速やかに部屋を後にした。
 王族相手に何も要求して来ない彼らに、言い表せない感情を抱く。
 ここの者達は皆、何者なのだ?
 今度はリシャーナを、学校へ連れて行くと言う。
 何故父上は了承したのだ?
 昨日の茶会は、人数も少なく特別な物になった。
 だが、不特定多数の子供が集まる学校に行けば…
 真相を確かめるべく、朝食後カルティアを待ち伏せたが。
 言葉を選んでいるうちに、逃げられてしまった。
 致し方なくルイフォードは今、伯爵邸で所持している古びた馬車に乗っていた。
 隣にはリシャーナが、向かえにはマルコが座った。
 リシャーナの前にはクレアナが座り、しきりに窓を眺め何かを警戒しているのか、落ち着きがない。
 30分程で目的地に着くと、馬車の周りに人だかりが出来る。
 勝手に扉を開けたのは、御者では無く子供だ。
 マルコも、クレアナも気にせず馬車から降り、何時もの様にリシャーナを車椅子に座らせる。
 下は4歳位か?上は10歳位なのか?
 年齢も性別も、身分も違う子供達が通う学校。
 皆笑顔で、好き勝手な事を語っているが、不愉快な言動は一切無い。
 賑やかな集団は、マルコに付いて歩き出し、校舎の中へと入って行く。
 「ここは…なんなのだ?」
 ルイフォードの呟きに答えてくれたのは、クレアナだった。
 「学校」
 クレアナは、集団の後ろから付いて行く。
 ルイフォードは、欲しかった答えを貰えなかったが、黙ってそれに習う。
 校舎の中でも、リシャーナは人気者で、昨日会ったばかりの子供達も居る。
 授業内容は驚く程レベルが高く、教えている教師も、素晴らしい人物だった。
 ここでマルコの部屋にあった、パズルを思い出す。
 もっと年齢に合った物を、預けるべきではないのか?と、思ったのだが。
 この水準なら、あのパズルをマルコが完成させるのも、時間の問題であったなと考えていた。
 クレアナは校舎の中でも、しきりと窓の外を気にしている。
 「何か気になる事でもあるのか?」
 「近衛が隠れてる」
 ルイフォードは驚き息を飲む、全く気が付いて無かったのだ。
 「何処に居る?何故分かった?」
 クレアナは場所を示すだけで、答える事はしなかった。
 確かに指示した方向で、近衛が待機していた。
 彼もまた、気付かれるとは思っていなかったらしく、動揺しているのが見て取れた。
 父上の命令か?と、ルイフォードは思う。
 伯爵領の学校は、午前中で終わる。
 無事に帰宅したルイフォードは、王弟に学校での様子を、報告するのであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

ひだまりを求めて

空野セピ
ファンタジー
惑星「フォルン」 星の誕生と共に精霊が宿り、精霊が世界を創り上げたと言い伝えられている。 精霊達は、世界中の万物に宿り、人間を見守っていると言われている。 しかし、その人間達が長年争い、精霊達は傷付いていき、世界は天変地異と異常気象に包まれていく──。 平凡で長閑な村でいつも通りの生活をするマッドとティミー。 ある日、謎の男「レン」により村が襲撃され、村は甚大な被害が出てしまう。 その男は、ティミーの持つ「あるもの」を狙っていた。 このままだと再びレンが村を襲ってくると考えたマッドとティミーは、レンを追う為に旅に出る決意をする。 世界が天変地異によって、崩壊していく事を知らずに───。

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気が付くと見知らぬ部屋にいた。 最初は、何が起こっているのか、状況を把握する事が出来なかった。 でも、鏡に映った自分の姿を見た時、この世界で生きてきた、リュカとしての記憶を思い出した。 記憶を思い出したはいいが、状況はよくなかった。なぜなら、貴族では失敗した人がいない、召喚の儀を失敗してしまった後だったからだ! 貴族としては、落ちこぼれの烙印を押されても、5歳の子供をいきなり屋敷の外に追い出したりしないだろう。しかも、両親共に、過保護だからそこは大丈夫だと思う……。 でも、両親を独占して甘やかされて、勉強もさぼる事が多かったため、兄様との関係はいいとは言えない!! このままでは、兄様が家督を継いだ後、屋敷から追い出されるかもしれない! 何とか兄様との関係を改善して、追い出されないよう、追い出されてもいいように勉強して力を付けるしかない! だけど、勉強さぼっていたせいで、一般常識さえも知らない事が多かった……。 それに、勉強と兄様との関係修復を目指して頑張っても、兄様との距離がなかなか縮まらない!! それでも、今日も関係修復頑張ります!! 5/9から小説になろうでも掲載中

D○ZNとY○UTUBEとウ○イレでしかサッカーを知らない俺が女子エルフ代表の監督に就任した訳だが

米俵猫太朗
ファンタジー
ただのサッカーマニアである青年ショーキチはひょんな事から異世界へ転移してしまう。 その世界では女性だけが行うサッカーに似た球技「サッカードウ」が普及しており、折りしもエルフ女子がミノタウロス女子に蹂躙されようとしているところであった。 更衣室に乱入してしまった縁からエルフ女子代表を率いる事になった青年は、秘策「Tバック」と「トップレス」戦術を授け戦いに挑む。 果たしてエルフチームはミノタウロスチームに打ち勝ち、敗者に課される謎の儀式「センシャ」を回避できるのか!? この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

【草】限定の錬金術師は辺境の地で【薬屋】をしながらスローライフを楽しみたい!

黒猫
ファンタジー
旅行会社に勤める会社の山神 慎太郎。32歳。 登山に出かけて事故で死んでしまう。 転生した先でユニークな草を見つける。 手にした錬金術で生成できた物は……!? 夢の【草】ファンタジーが今、始まる!!

【完結】蓬莱の鏡〜若返ったおっさんが異世界転移して狐人に救われてから色々とありまして〜

月城 亜希人
ファンタジー
二〇二一年初夏六月末早朝。 蝉の声で目覚めたカガミ・ユーゴは加齢で衰えた体の痛みに苦しみながら瞼を上げる。待っていたのは虚構のような現実。 呼吸をする度にコポコポとまるで水中にいるかのような泡が生じ、天井へと向かっていく。 泡を追って視線を上げた先には水面らしきものがあった。 ユーゴは逡巡しながらも水面に手を伸ばすのだが――。 おっさん若返り異世界ファンタジーです。

テンプレな異世界を楽しんでね♪~元おっさんの異世界生活~【加筆修正版】

永倉伊織
ファンタジー
神の力によって異世界に転生した長倉真八(39歳)、転生した世界は彼のよく知る「異世界小説」のような世界だった。 転生した彼の身体は20歳の若者になったが、精神は何故か39歳のおっさんのままだった。 こうして元おっさんとして第2の人生を歩む事になった彼は異世界小説でよくある展開、いわゆるテンプレな出来事に巻き込まれながらも、出逢いや別れ、時には仲間とゆる~い冒険の旅に出たり 授かった能力を使いつつも普通に生きていこうとする、おっさんの物語である。 ◇ ◇ ◇ 本作は主人公が異世界で「生活」していく事がメインのお話しなので、派手な出来事は起こりません。 序盤は1話あたりの文字数が少なめですが 全体的には1話2000文字前後でサクッと読める内容を目指してます。

処理中です...