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15話.マルコとリシャーナ

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 リシャーナが目を覚ますと、眼前にマルコが居た。
 ニカっと、屈託のない笑顔で「起きた?」と、問う。
 宮仕え達は眉根を下げ、申し訳なさそうにしている。
 マルコは、部屋の前で待機していた護衛が止める間もなく部屋に入り…
 侍女達が気付いた時には、ベッドの傍にあった椅子へ腰掛けていたのだ。
 幼いとは言え、王女殿下の寝室に許可なく入室する等、言語道断。
 首を跳ねられて当然の行動をしたまるこに、誰も叱責しなかったのは、今迄の経緯があったからだった。
 去る者はいても、来る者はいない。
 ここに残っている宮使え達は皆、リシャーナに忠誠を誓い最後の時まで傍で仕えると、強い絆で団結した者達だけだ。
 そんな彼らが主を侮辱する者達に、怒りを覚えない筈は無い。
 王弟一家だけではなく、辛酸を舐めて来たのは、彼らも同じだったのだ。
 そんな彼らの前に現れたマルコは、一筋の希望と言えよう。
 生い先短いであろう幼い主の、唯一無二の存在になるかもしれないのだから。
 足をプラプラさせながら起こす事なく、今か今かと目を覚ますのを待っていたマルコに、出て行け等と言える者はいなかった。
 リシャーナは大層驚いたが、不思議と嫌だとは思わなかった。
 むしろ、嬉しいとさえ思えたのだ。
 先程までの出来事が、夢ではないと教えられたようだから。
 何時もならルイフォードが目の前にいるのだが、この時はまだソファーを占領し熟睡していた。
 彼もまた、旅の疲れや心労が溜まっていた為、カルティアのお茶を飲んだ事で眠ってしまったのだ。
 マルコはリシャーナが起きた事を確認すると、魔術で車椅子へと座らせる。
 椅子とリシャーナの間には、やはり水で作られたクッションが敷いてあった。
 本当なら、晩餐の時間まで待っているつもりだったが、一人で遊んでいるのがつまらなくなったのだ。
 その為、予定より早く迎えに来てしまったのは、仕方のない事なのかもしれない。
 そして、やっぱりやるのだ。
 「ん~~~~~~~~~~~~~~~~~っま!」と…
 何度も見せられると、これが北国での挨拶なのか?と、半信半疑になり始める。
 何故なら、伯爵夫妻だけではなく屋敷の使用人達迄も、誰も異を唱えないのだから。
 「リーシャ、僕のお部屋で遊ぼ」
 リシャーナは寝間着姿だったが、マルコは車椅子を押して歩き出す。
 宮仕え達は着替えさせようとしたが、マルコはそれを拒んだ為、オロオロしながら後を付いて行く。
 リシャーナも同様戸惑っていたが、あまりにもマルコが平然としていた為、気にする事では無いのかと錯覚した。
 「リーシャは何が好き?僕はね~訓練と~学校と~」
 「リーシャは嫌いなご飯ある?僕はね~無いの~残すと母上が怒るんだぁ」
 「姉上はね、凄いの!クレアちゃんも好きなの」
 マルコは返事が無い事を気にもせず、思った事を口にしているようだ。
 それなのに、後ろから護衛と侍女が付いて来ている事が気になるのか?
 時折振り替えっては不思議そうな顔をしていた。
 部屋に着くと、絨毯の上に無造作に置かれている、大きなクッションがある。
 リシャーナは、そのクッションを背当てにするような形で、仰向けに寝かされた。
 護衛も侍女も王女に対し、その様な扱いをするとは想像もしておらず。
 部屋へ入ろうとしたが、見えない何かに阻まれる。
 良く見ると、薄い水の膜で塞がれていたのだ。
 マルコは、二人の時間を邪魔されたくなかったので、部屋に入ろうとする者を拒絶する結界を張ったのだ。
 何時張ったのかは、誰も分からなかった。
 マルコは読みかけの本を持ち、リシャーナの横にゴロンと寝転がる。
 まるで幼子に、読み聞かせする母親の様に、朗読?を始めた。
 「えっとねぇ…」
 ページをめくりながら、何処まで読んだのか探し始める。
 「ここだ!いくよリーシャ。おま~え~は~どこか~らきた~♪
 う~みの~む~こう~から~♪やって~き~た~?
 う~み~の~むこ~には。なに~が~あるぅ~…ん?」
 何故か普通に朗読しないマルコであった。
 それを聞いていた者達は皆思った。
 不思議な旋律だと…
 リシャーナは、朗読が楽しくて笑っている。
 声も出ず表情も変わらないが、幼い頃から仕えている者達には、直ぐに分かった。
 「楽しいねっ」
 マルコにも気持ちが伝わったのか、嬉しそうに横を向きリシャーナを見て、ニカっと笑う。
 宮仕え達の中には、ほのぼのとした光景に、大粒の涙を零す者もいた。
 マルコは本に飽きたのか、今度はリシャーナを横向きに寝かせる。
 バラバラになったままの、木材で作られたパズルを持って来て、リシャーナが見える所に置いた。
 「僕これ出来ないの…」
 悲しそうに眉を八の字にして、パズルを組み立てようとするが、上手くいかない。
 リシャーナも、難しそうだなと思いながら見ていた。
 「姉上が作ってくれたの」
 嬉しそうに目の前に、パズルのピースを翳す。
 姉の手作りとは凄いなと思った時、部屋に血相を変えたルイフォードが入って来た。
 誰かが結界を解いていたようだ。
 「リーシャ…」
 楽しそうにマルコと遊んでいる妹を見て、目を疑った。
 「だ~れ?」
 今しがた迄寝ていた彼が、リシャーナの兄だと言う事を知らない。
 ルイフォードは、お互いに自己紹介をしていなかった事に、気付く。
 「私はルイフォード、リーシャの兄だ」
 「ぼく、マルコ~パズルできる?」
 何故マルコと名乗るのか、理解に苦しむルイフォードを他所に、パズルを差し出して来る。
 彼も王族だ。
 絨毯に直接座る等、品位に欠ける行動をした事が無い。
 しかし眼前では寝間着姿の妹が、クッションがあるとは言え、横になって楽しそうにしている。
 何時もより、顔色も良く見えた。
 リシャーナは、椅子に座っているより、横になっている方が楽だったのだ。
 しかし、それを伝える術を持っていなかった為、誰も気付く事が出来なかった。
 マルコもその事を、知っていた訳では無い。
 唯ケガ人や病人は、ゆっくり休ませなさいと、カルティアから教わっていたのだ。
 その為、全身に包帯を巻いているリシャーナを、ケガ人と認識しての行動であった。
 良くも悪くも、マルコは教えられた事をきっちり守る、素直な良い子なのである。
 ルイフォードは躊躇いながらも、絨毯に腰を下ろし、差し出されたパズルを組み立て始めた。
 二人は、食い入るように見ている。
 ルイフォードは、パズルを難なく完成させて見せた。
 「リオンだ~」
 マルコはこのパズルの正体を知らなかったので、嬉しそうに組み上がったパズルを、リシャーナと一緒に見て喜んだ。
 正式にはフランベルジュ・リオンと言う。
 鋭く長く伸びた犬歯が特徴の、北国に生息する白い魔獣だ。
 二本の犬歯は薬剤や、魔道具の材料になり、美しい毛皮は貴婦人達に人気がある。
 その為乱獲された過去があり、一時期は絶滅寸前に迄追いやられたが…
 北国で魔獣の狩猟が禁止された事により、今は少しずつ頭数を増やしていた。
 「る~いかっこい~ね!」
 マルコは屈託の無い笑顔を、ルイフォードに向けた。
 「る~いとは…私の事か?」
 戸惑いながらも確かめてみる。
 「うん」
 マルコは即答する。
 何故だ?と、あだ名を付けられたルイフォードは、眉間に皺を寄せた。
 誰かが呼びに行ったのか、この様子を静かに王弟夫妻は見守っていた。
 大粒の涙をボロボロと零すルミアの肩を、王弟は込み上げる物をグッと堪えながら、抱き寄せていた。
 ここに来て、遊び相手が出来るとは、誰も想像していなかったのだ。
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