上 下
10 / 71

10話.ルイフォードの哀しみ

しおりを挟む
 王弟一行の旅程は順調に進んでいたが…
 王弟は不愉快を隠そうともせず、案内された侯爵邸の一室で、屋敷の主に苦言を呈している。
 先触れを出していたにも拘わらず、侯爵の娘がリシャーナと対面するなり、口から泡を吹き失神してしまったのだ。
 大人でさえ、悲鳴をあげ失神する者がいるのだから、子供なら無理も無い。
 それを分かっていたから悲劇を避ける為面会出来る者を、最低限にするよう通告していたのに、侯爵は守らなかった。
 ここへ来る迄に幾つかの領地を訪問したが、何処も皆似たような失態を侵している。
 娘ならルイフォードの正式な婚約者に、息子なら側近として召し抱えて貰う為に…と。
 彼らが手ぐすね引き、待っていたのには理由があった。
 王都から、最短でオルテンシア伯爵領へ向かう為に選んだ領地は、王族との関わりが希薄だからだ。
 その為、近付きになる機会を失いたくない一心での行動が、仇となってしまった。
 まさかルイフォードが常にリシャーナの傍に居る等とは、夢にも思わなかったのだろう。
 侯爵の娘もまた悪評高い田舎の伯爵令嬢などより、自身の方が余程婚約者に相応しいと…
 思いあがっていたのかも知れない。
 王族は早い段階で婚約者を決める風習がある。
 それは王族との婚約を望む者が多く、婚約者を決めないと歳の近い貴族令息や令嬢達が、自信の婚約者を決めずに待ってしまうからだ。
 その結果婚期を逃してしまった者は、意図しない婚姻を結ぶ羽目になってしまう。
 それを分かっていても尚、王族と言う肩書は魅力的なのだろう。
 早々に婚約者を決める事は、彼らに幸せな結婚をして貰う為の、配慮でもあった。
 では何故、未だルイフォードに正式な婚約者が、いないのか?
 それは、相手方との取り決めの問題であった。
 婚約者候補の令嬢は居るが、正式な発表はしていない。
 ならばまだチャンスはあると、求婚してくる令嬢が、後を絶たないのである。
 しかし、ルイフォードは頑なに拒絶した。
 まだ幼子だった時、盗賊から救ってくれた恩人がいる。
 その恩を仇で返す事はしない、例えどんな悪女だったとしても…
 彼の孫娘と婚約し、結婚すると誓っていたのだ。
 それは、王弟一家の望みでもある。
 ルイフォードは、ここでもかと辟易していた。
 王弟の意思に背いて迄言い寄って来る者などに、興味を示すと本気で思っているのか?と…
 そしてリシャーナに、視線を落とす。
 王都にいる時は、ずっと一緒にいてあげられなかった分、旅行中は傍に居ると決めていた。
 「リーシャ…僕のせいで、嫌な思いをさせた。」
 妹は何も言わない。
 表情も変わらないが、お兄様のせいでは無いと、言ってくれている気がした。
 「ごめんね」
 物言わぬ妹を、そっと抱きしめて許しを乞う。
 リシャーナは僅かに動く右手で、ルイフォードの体をトン…トン…と。
 ゆっくり優しく触れてくれる。
 ルイフォードは込み上げて来る涙を、唇を噛んで堪えた。
 何故、何故リーシャなのだ!
 どうして、どうして皆リーシャを拒絶する!
 どんな姿になったとしても、リーシャはリーシャだ…
 僕の、たった一人の、大切な妹なのに…
 ルイフォードは、これから滞在する伯爵家の事を考える。
 そこには、悪評まみれの婚約者候補が居る。
 実際会うのは初めてだ。
 噂を真に受けている訳ではないが、煙の無い所に火は立たぬ。
 リシャーナを見たら、どんな反応をするのか?
 口汚く罵られるのか?それでも自分は耐えられるのか?
 どのみち学園で顔を会わせる事になるだろう…
 卒業後は伴侶となる人だ…耐えなければ…ならない。
 頭では理解していても、心が追い付いて来なかった。
 ルイフォードもまだ13歳の少年なのだから。
 これから会う婚約者候補に頭を悩ませるのも、仕方のない事だった。
 王弟夫妻もまた、ルイフォードと同じ悩みを抱えていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

エデンワールド〜退屈を紛らわせるために戦っていたら、勝手に英雄視されていた件〜

ラリックマ
ファンタジー
「簡単なあらすじ」 死んだら本当に死ぬ仮想世界で戦闘狂の主人公がもてはやされる話です。 「ちゃんとしたあらすじ」 西暦2022年。科学力の進歩により、人々は新たなるステージである仮想現実の世界に身を移していた。食事も必要ない。怪我や病気にもかからない。めんどくさいことは全てAIがやってくれる。 そんな楽園のような世界に生きる人々は、いつしか働くことを放棄し、怠け者ばかりになってしまっていた。 本作の主人公である三木彼方は、そんな仮想世界に嫌気がさしていた。AIが管理してくれる世界で、ただ何もせず娯楽のみに興じる人類はなぜ生きているのだろうと、自らの生きる意味を考えるようになる。 退屈な世界、何か生きがいは見つからないものかと考えていたそんなある日のこと。楽園であったはずの仮想世界は、始めて感情と自我を手に入れたAIによって支配されてしまう。 まるでゲームのような世界に形を変えられ、クリアしなくては元に戻さないとまで言われた人類は、恐怖し、絶望した。 しかし彼方だけは違った。崩れる退屈に高揚感を抱き、AIに世界を壊してくれたことを感謝をすると、彼は自らの退屈を紛らわせるため攻略を開始する。 ーーー 評価や感想をもらえると大変嬉しいです!

導きの暗黒魔導師

根上真気
ファンタジー
【地道に3サイト計70000PV達成!】ブラック企業勤めに疲れ果て退職し、起業したはいいものの失敗。公園で一人絶望する主人公、須夜埼行路(スヤザキユキミチ)。そんな彼の前に謎の女が現れ「承諾」を求める。うっかりその言葉を口走った須夜崎は、突如謎の光に包まれ異世界に転移されてしまう。そして異世界で暗黒魔導師となった須夜埼行路。一体なぜ異世界に飛ばされたのか?元の世界には戻れるのか?暗黒魔導師とは?勇者とは?魔王とは?さらに世界を取り巻く底知れぬ陰謀......果たして彼を待つ運命や如何に!?壮大な異世界ファンタジーが今ここに幕を開ける! 本作品は、別世界を舞台にした、魔法や勇者や魔物が出てくる、長編異世界ファンタジーです。 是非とも、気長にお付き合いくだされば幸いです。 そして、読んでくださった方が少しでも楽しんでいただけたなら、作者として幸甚の極みです。

【草】限定の錬金術師は辺境の地で【薬屋】をしながらスローライフを楽しみたい!

黒猫
ファンタジー
旅行会社に勤める会社の山神 慎太郎。32歳。 登山に出かけて事故で死んでしまう。 転生した先でユニークな草を見つける。 手にした錬金術で生成できた物は……!? 夢の【草】ファンタジーが今、始まる!!

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

異世界カントリーライフ ~妖精たちと季節を楽しむ日々~

楠富 つかさ
ファンタジー
 都会で忙しさに追われる日々を送っていた主人公は、ふと目を覚ますと異世界の田舎にいた。小さな家と畑、そして妖精たちに囲まれ、四季折々の自然に癒されるスローライフが始まる。時間に縛られず、野菜を育てたり、見知らぬスパイスで料理に挑戦したりと、心温まる日々を満喫する主人公。現代では得られなかった安らぎを感じながら、妖精たちと共に暮らす異世界で、新しい自分を見つける物語。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷
ファンタジー
 セレスタ・ラウは帝国魔術学院で魔術を学び、優秀な成績で卒業した。帝国魔術師団への入団も間違いなしと言われていたが、帝国から遠く離れた村の教会に配属を希望する。  ある夜、リュシールという女吸血鬼と出会う。彼女はセレスタを気に入ったと告げ、とある計画への協力を求める。  "光"の魔術師と"闇の住人"である吸血鬼、二人の冒険と戦いと日常を書いたファンタジー。

処理中です...