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1巻
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あっぶねぇ。馬鹿正直に突っこんできてくれて助かったぜ」
勢いよく突っこんだ私は止まれるはずもなく、そのまま地面に激突してしまう。
「痛ててて……」
「考えは悪くなかったぜ。お前、普段は騎士様相手に訓練でもしてんのか? 太刀筋がお手本通りだぜ」
「あー、私騎士団に保護されてて、そこで習ったから、かもです」
「深くは聞かない。だがまあ、冒険者になるっつうなら、お手本から外れた剣てぇのも必要だぜ。ま、こんな有望な新人が入るっつうのはいいことだな」
「頑張ります!」
「おう。さて、ランクはそうだな……まだ年齢もあるし、Dでどうだ? いきなりその年齢でCだと絡まれたりして大変だろう? Cでも大丈夫な気はするが、一応な。お前ならすぐに上がれるだろうよ」
ギルマスはそう言うと、私の頭をポンポンとなでて去っていった。
「やった! 合格!」
「おめでとうございます。ではこちらに。ギルドカードを発行いたします」
お姉さんについて部屋を出て受付でカードを発行してもらい、その日は帰ることにした。Dランクになったことを報告すると、団員さんがみんな祝福してくれて、その日はどんちゃん騒ぎになった。
翌日、早速依頼を受けてみようとギルドへ向かう。
掲示されてる依頼を見て、初めは簡単そうな一角兎の依頼を受けて慣れることにした。
一角兎はその名の通り、額に一本の角が生えているウサギで、大きな群れほど凶暴で村を襲って食物を食い尽くす。そのため、群れが大きくなる前に駆逐、もしくは間引く必要がある。
東門から出て森を歩いていると、早速一角兎を見つけた。
「凍れ」
そうつぶやくと、一角兎の脚が凍りつく。
一角兎は突然動けなくなったことで、ギュイギュイ鳴き喚いて仲間を呼び始めた。集まってくる前に持っていた短剣で急所を刺し、絶命した一角兎の角を討伐の証として袋に入れる。ちょうどそのタイミングで鳴き声を聞きつけた仲間の一角兎が集まってきたので、同じ要領で集めていく。
死体を放っておくと、一角兎の持つ魔力から魔物が湧くから燃やしたほうがいいんだけど……
ちょうど試したい魔法があったんだよね。
それはユニーク魔法だ。名前からして物騒でなかなか使えなかったやつ。一度鑑定してみたら、こんな感じだった。
転生の女神がノエルのために作ったオリジナル魔法。命のあるないにかかわらず、なんでも破壊できる。魔法も可。ただしその分魔力を消費するため、大きいものを壊すときは要注意。
騎士団じゃあ試せなかったものだ。一角兎なら多分あまり魔力を持っていかれずに済むだろう。
なんて唱えるべきだろう……
んー、でもやっぱりシンプル・イズ・ベストだよね。体を構成する物質が砂みたいに消えていくイメージで……
「崩壊しろ!」
瞬きの間に、一角兎たちは砂のようにサラサラと消えていった。
「できた!」
やった! でも、まさか一発成功になるとは思わなかった。この魔法はほかの魔法と比べて特に危険な気がする。なんでも消せるってチート中のチートだよ、コレ。
この魔法は使い勝手が把握でき次第、本当に必要なとき以外使わないようにしよう。
「あ、そうだ。一応ステータス、確認したほうがいいかな?」
どれくらい魔力を消費したのか把握しておかないとね。
『ステータス』と唱えてみる。
あれ? 20しか減ってない。意外とコスパがいいのかな、この魔法。
対象がどれくらいの大きさになると魔力消費量が大きくなるのか、追々調べる必要がありそう。
前世は魔法なんてものは空想でしかなかったから、今使えるのがすごくうれしい。
それに、すべての属性の魔法が使えるぶん、今まで発見されてなかった魔法を作り出すとか、私だからできる魔法研究が楽しくてしかたがなかった。
将来、王宮魔法師団に就職して魔法研究するのもありだなって最近思ってる。
初めて使う魔法がうまくいって、ルンルンの気分でステータスに変化がないか見ていく。
あ、ここ数年でMPが100000近く増えてる。
まあ、魔力が一番伸びる一桁の年齢の間にあれだけ魔法をバンバン使ったら、元の魔力量と相まって魔力が増えてもおかしくないか。
なんか称号も、愛される者から愛し子になってるし、加護の欄に新しく精霊の加護ってのもある。精霊に会ったことないんですけど?
……考えても無駄だな……諦めも肝心。うん。
試したいことを試せたし、かなりの量の一角兎を倒せたので早々にギルドへ戻る。
昨日のエルフのお姉さん――メルフィさん――が受付にいた。
「ノエルさん、お帰りなさい。もう依頼達成できたんですか?」
「はい!」
カウンターに角を出すと、メルフィさんはひとつひとつ確認した。
「はい、たしかに。では。依頼達成ですね! 品質もいいので報酬に上乗せで銀貨一枚です」
依頼書に達成のサインをしてもらい、報酬を受け取ってギルドを出た。
ちょうど昼すぎということもあり、小腹が空いてきたので屋台がたくさん並ぶ道へ。
肉が焼けるいい匂いにつられていくと、レッドボア――猪に似た体毛が赤くてより凶暴な魔獣――の串焼きが売られていた。
「わぁ! おいしそう!」
「だろう? 俺の店のはほかとちょーっと違うんだぜ?」
「そうなの!?」
「おうよ! なんてったって、秘伝のタレに漬けこんだ肉を焼いてるからな!」
「おいしそう! おじさん一本……いや、二本ください!」
「あいよ! 可愛いお嬢ちゃんには焼きたてをあげよう! 銅貨三枚だよ!」
「ありがとう! はい、銅貨三枚!」
「毎度あり」
屋台を離れて肉にかぶりつく。
「んん! 柔らかいお肉に甘辛いタレがしっかり染みこんでておいひい!」
あまりのおいしさにすぐ食べ終わってしまった。
「ふー。さて、帰るか」
まだ早かったが、やることもないし騎士団に帰る。
騎士団に着くと、ちょうど私の部屋の近くにルイさんとレイファスさんがいた。
「お! おかえりノエル」
「おかえりなさい」
「ふたりとも、ただいま!」
「ノエル、ちょっとおいで」
「ん?」
ちょいちょい、とルイさんに手招きされて近づくと、ふたりは何も言わずに歩き出した。私もふたりのあとをついていく。
連れていかれたのは、ルイさんの執務室だった。
ルイさんの「お待たせしました」という声で、中に先客がいることに気がついた。
私に用がある人って誰だ?
「ノエル、お久しぶりですわ! 私に会えなくて寂しかったかしら?」
ルイさんのうしろから部屋の中を覗くと、そこにいたのは今世では初めてできた同い年の友人、リーゼだった。ここ最近王妃教育が忙しかったから、全然会えてなかった。
部屋に入ると隣にはリーゼの婚約者であり、この国の第一王子であるハルト様もいた。
「リーゼ! ハルト様!」
久しぶりの再会に思わず頬がゆるんでしまう。
「ふふっ。リーゼはノエルに会えなくてしょんぼりしていたもんね」
「ハ、ハルト様、それは言わない約束ですわ!」
よく知る人間しかいないからか戯れ合うふたりを尻目に、モノクルをつけたダンディーなイケオジであるこの国の宰相様が尋ねてきた。
「冒険は楽しくやれていますか?」
「お久しぶりです、宰相様。今日初めて依頼を受けてきました」
「それはよかった。お話がございますので席に」
私たちはリーゼやハルト様、宰相様が座っているソファの反対に腰かけた。
「さて、ノエル。学園に行ってみませんか?」
「学園?」
「王立貴族学園といって、貴族の子は必ず十六歳になると四年間通う学校です。稀に特出した才能のある平民も入学できるのです」
宰相様からの提案に少し驚いた。学園に入学できるのは貴族だけかと思ってたけど、平民も入れないことはないんだ。
「私が春から通う学校ですわ」
「私はもう通っているよ」
「学ぶことはもちろんだが、縁を作る場でもあります。稀に入る平民にとっては、在学中に自分の価値を示すことで稼ぎの多い職に就くことができる」
なんと、在学中に認められて王宮で文官の職に就いた人や、王国騎士団・王宮魔法師団に出世できるようなエリートとして入団した人も過去にいるらしい。
「そして貴族は希望者だけだが、平民には皆己の価値を示せるように研究室が与えられ、学園にある本のほとんどを閲覧できる権限が与えられます」
「研究室? ほ、本当ですか!?」
でかい、デカすぎるメリット!
十六歳になったらここを出て冒険者として生きていこうと思っていたけど、研究室がもらえるなら学園に入学するのもアリだな。
別に前世で研究職だったわけじゃないけど、前からずっと魔法の研究に興味があったし、この世界に来てから知識欲が尽きない。王都の王立図書館で薬草の本を見つけてからは薬学にも興味が湧いていた。
「そ、そうですよ」
私の圧に押されたのか、宰相様は少したじろいだがうなずいた。
「行きます。行きたいです! 研究したい!」
「そう言うと思っていました。レイファスからあなたが特に魔法の研究に興味を持っていることは少し聞いていましたし、何よりあなたの魔法の才は目を見張るものがありますからね」
騎士団で保護されていることから、私について時々宰相様に報告が上がっているのは知ってた。だけど、魔法の研究に興味があるとは誰にも言ったことがなかったから、まさか知っているとは思わなくて驚いちゃう。
チラッとレイファスさんを見ると、いつも通りニコニコしていた。
「ちなみに、一定の単位が取れていれば授業に参加しなくとも卒業できる措置もあります。ノエルの入学については私が推薦状を出しておきます。実りある学生生活を送ってください」
「はい、ありがとうございます!」
「ふふっ、これで春から一緒に学園に通えますわね!」
「よろしくね、リーゼ!」
友人関係とはいえ、王子妃となるリーゼは日々勉強で忙しいため、頻繁には会えなかった。だから、これからは学園で毎日会えることがうれしくて手を取り合って喜んだ。
そうして私の王立貴族学園への入学が決まった。
第四章 学園へ入学と新たな出会い
時は流れ、転生者ノエル、今日から二度目の学生生活がスタートです!
生徒はみんな寮生活になり、貴族は侍女をひとりだけ寮へ連れてくることができる。
しかし多くの場合は高位貴族のみで、男爵や子爵などの下位貴族はよほど裕福でないと侍女を連れてくることはない。侍女分の生活費は家持ちだからね。まあ、平民である私には関係ない話だけど。
久しぶりのひとり暮らし。頑張るぞー、おー!
支度を終えて鏡の前に立って意気ごんでいると、コンコンとドアがノックされた。返事をするとルイさんが入ってきた。
「お、制服、似合ってるじゃないか」
「そうかな」
白いワンピース型ブレザーに青いリボンの制服だ。可愛いけど、スカートだからいざというときに動きにくそう。スパッツ履いてるけど。
「リーゼロッテ様が待ってるぞ」
「すぐ行く!」
いつもの桜の髪留めをつけ、荷物をつめたトランクを持って部屋を出た。
「頑張ってこいよ」
「いってらっしゃい、ノエル」
「ノエルちゃん! 休みは絶対帰ってこいよ!」
ルイさん、レイファスさん、団員さんたちだ。
「はーい! いってきます!」
手を大きく振りながら、リーゼの馬車に乗せてもらう。いいって断ったけれど、ハルト様が生徒会の仕事で早く行かなければならず、ひとりだから一緒に行きたいと押し切られてしまった。
リーゼとふたりでたわいもない話をしていると馬車のドアが開いた。到着したみたい。
「わぁ! ここが学園か……大きいね」
「そうね……さすが国中の貴族が通うことだけあるわ」
巨大な噴水が中心に鎮座する広場、巨大な校舎が奥に何棟もあり、入り口から見えるのはごく一部でしかないらしい。四季折々の花が咲き誇る花壇に、リーゼ曰く、令嬢がお茶会ができるように広い庭まであるらしい。まさにマンモス校。
案内に従い、入学式を行う講堂へ入る。好きな席に座っていいとのことだったので、リーゼと一緒に座って式が始まるのを待った。
公爵家の令嬢であり、王子の婚約者としても有名なリーゼが、見知らぬ女と入ってきたからか、周囲からかなり視線を感じた。でもとりあえず害はなさそうだし、放置でいいか。
「今年の新入生代表の挨拶って、たしか第二王子様だっけ?」
「ええ。そうよ。ハーライト・ノルシュタイン殿下」
「会ったことないけど、どんな人?」
するとリーゼは困ったような顔で微笑んで言った。
「そうねぇ……なんと言えばいいのか……。う~ん……ひと言で言ってしまうと甘ったれね」
「甘ったれ?」
「ええ。この国は王と王妃の第一子が次の王になる決まりでしょう? だからハルト様が王になるのはよほどのことがない限り決定なのよ。けど、もしも、がないとは言い切れないわ。だから、第二王子のハーライト様にも教育が施されたのだけれど……」
リーゼがさらに続ける。
「ハルト様は基本なんでもすぐにできてしまうでしょう? ハーライト様は初めのころはしっかりやっていたようだけど、劣等感で逃げ始めたのよ。そこからね、自分に苦言を申す側近候補を拒否して、自分に都合のいいことしか言わないような者だけをそばに置くようになったの。王妃様も何度か諌めていらしたのだけど……」
逃げちゃったか。まあでも、比べられ続けるのって、当事者からしてみると相当しんどいからな……これが王族じゃなければ、よかったんだろうけど……
「気に食わないことがあると、何か問題を起こすとか……そういう感じ?」
「ありえるわ。あの方の婚約者は、ひとつ年下の侯爵令嬢でよく言えば大人しい、物静かな方だし。悪く言えば、ズバッと間違っていると諫言しないの。そこで私よ。私は物事をズバッと言ってしまう、可愛げのないところがあるもの」
「リーゼは可愛いよ? ハルト様にもあんなに愛されてるし」
私がそういうと、リーゼは照れたようで顔を手で隠してしまった。
「うぅ……」
「顔真っ赤にしちゃって~。いいな、私も恋愛してみたいなぁ」
「ノエルはモテると思うわよ?」
「そうかなぁ」
「見た目はいいじゃない」
「見た目だけ……?」
たしかに前世と比べるとかなり整ってるとは自分でも思うけどさ……
もっとあるじゃん? そう思って聞いてみると、リーゼはうーんと頬に手を当て少し考えてから言った。
「ほかの魅力は、そうね……まず魔法バカ。以前副団長様から聞いたのだけれど、研究に没頭して寝食をおろそかにしたことがあったそうじゃない? あと、剣の腕もよくって並大抵の人間では勝てない。こんなところかしら?」
え、何気に私、貶されてもいる?
「ま、魔法バカ……、間違ってはないけど……」
バ、バカって言われた……
たしかに闇属性について調べるのに熱中しすぎて、ついつい忘れちゃうことがあるんだよな……
「自覚があるようで何よりだわ。この間も騎士の方々と模擬戦して、新米騎士を負かしたそうじゃない。ベテランともかなりいい勝負でしょう」
「うぐぐ……」
「でも、他人を思いやれる仲間思いの人。よく怪我をした騎士たちに回復魔法を使っていると聞いたわ。それに、自分の意見をビシッと言えるところもかっこいい。仲良くなって初めてあなたをお茶会に招待したとき、居合わせたあの嫌な家庭教師にビシッという姿はかっこよかったもの」
「恥ずかしい……」
「うふふ。ほら、いつまでも恥ずかしがってないで、入学式が始まるみたいよ」
いつの間にか、開始時刻になっていたようだった。
式は順調に進み、生徒会長であるハルト様の話にリーゼが思わずかっこいいとつぶやく。あとでいじるネタができたと思っていると、先ほど話していた第二王子が出てきた。
甘ったれ、とリーゼが言っていたのでどんな人だろうかと思っていると、穏やかなハルト様の逆で不機嫌な感じで挨拶をしていた。周りの人はそれを感じないのか、美貌に見惚れる人もちらほらといたけれど。
……まぁ、たしかにかっこいいとは思う。
さすが兄弟というべきか、彼も絵本に出てくる王子のよう。
けれど、タレ目のハルト様に対して吊り目だからかな? 弟のほうはどちらかというと顔立ちはキリッとしてる。
ハルト様は王妃様似で第二王子は王様似なのかも。不機嫌そうな態度とは裏腹に、意外と真面目な挨拶をして壇上から去っていった。
その後クラスが発表され、幸運なことにリーゼと同じクラスだったので一緒に教室へ向かった。
私たちは最後のほうだったらしく、もうほとんどの生徒が教室にいた。
最初はざわついていたが、先生が入ってきたことで徐々に静かになる。
「俺がこのクラスを担当する、ユリウス・マーティだ。担当教科は魔法学。これからよろしく。それぞれの自己紹介は各自でやってくれ」
きれいなアッシュグレーの髪に、切れ長のグリーンアイとかなり整った顔立ちの先生だ。
「これからのことについて説明する。まず、各自選択授業を決めてくれ。紙を配るから明日提出な。選択授業は経済学、マナーやダンスなど社交に必要不可欠な教養を学べる淑女学、騎士学、魔法学、芸術学だ。最低ふたつは選んでくれ」
先生はプリントを配りながら、さらに話を続ける。
「あとは各自寮の自室に戻ってもかまわないし、好きに学園内を歩くのもいい。ただし迷子にはなるなよ。地図が欲しいやつは教卓に置いておくから持っていくといい」
配り終えた先生は教卓の前に戻ると、真面目なトーンで生徒たちに言う。
「あとそうだ、この学園でくだらないいざこざはやめてくれよ。できる限り爵位は気にせずに過ごせ。そして知り合いを増やせ。いつかきっと役に立つ。以上だ」
みんなが立ち上がって地図を取ると、それぞれ知り合いと一緒に出ていった。
「どうする? リーゼ」
「そうねぇ……」
「あ、そうだった。ノエルとあと、リリアだったか? は別で説明があるから来てくれ」
思い出したように先生が私を呼んだ。
「呼ばれちゃった」
「別に大丈夫よ。いってらっしゃいな」
リーゼと別れて先生のところへ行くと、別室へ連れていかれた。一緒に呼ばれた、このリリアっていう女の子と私が今年唯一の平民出身か。
なんていうか……ピンクいな。庇護欲を誘う可愛さなんだけど、髪も瞳もピンク。綿菓子みたいに甘い女の子って感じだ。仲良くなれるかな。
「お前たちは今、学園で唯一の平民だ。だから、選民意識の強い貴族に何か言われるかもしれないから気をつけろよ。自分でなんとかしようとせずに、すぐ大人に頼るように」
選民意識が強い貴族はそう珍しくない。貴族主体のこの学園では仕方ないことだから耐えろとは言わず、頼れと言ってくれる先生に素直に好感が持てた。
この人、いい先生だな。
「さて。話は変わるが、お前たちに与えられた研究室へ今から案内する」
「研究室!」
どれくらいの広さなんだろう! 何について研究しよう! ……予算ってあるのかな?
「入学前に、学園から平民生徒向けの案内があったはずだ。そこに書いてあったことは覚えているか?」
学費免除と在学中になんかしらの研究をしなければいけないってことについてかな? 研究室って言ってたし。
「口頭でもう一度説明すると、お前たちは卒業までに最低でもひとつは何かについて研究結果を残さなければならない。大掛かりな内容なら、申請すれば結果を学園に提出するのを延期できるが、そのぶん期待がかけられてプレッシャーにはなるな」
先生は淡々と説明を続ける。
「まぁ、研究以外でも、何かで自分の実力を示して結果を残さなければならない。貴族の子と違って平民が入学する場合、特待生扱いで学費が免除されるからだ。結果を残せなければ最悪退学もあるが、いい結果を残せれば相応の就職先が見つかるかもな」
そこまで話すと、先生は一度立ち止まった。
「さて、ついたぞ。ここが研究室だ。こっちがノエルであっちがリリアだな。卒業までずっと変わらないから好きにしていいぞ」
「やった!」
研究室のある棟はきれいで広そう。早く中に入ってみたい!
「じゃ、解散だ」
早速研究室に入ろうとすると、リリアが先生に駆け寄っていった。なんかあったのかな?
「せんせぇ、わたしぃ、研究とか何すればいいのかわからないんですけどぉ」
うーん。こういうタイプの子かぁ。仲良くなれるか不安なタイプだけど、せっかくふたりしかいない平民出身だしなぁ……
「お前はたしか希少な光魔法の使い手だったな。光魔法の使い手は少なく、いまだに謎な部分も多いから、それについて何か疑問に思ったことを解明するのはどうだ? 別に大きな結果である必要はないんだ。些細なことでも十分だぞ。それに、まだ入学したてで時間はある。まずは光魔法を使っていて疑問に思ったことでも調べてみろ」
「……はぁい」
リリアの説明に先生が丁寧に返すが、何か違ったのか、不服そうな顔をしてどこかへ行ってしまった。研究室、見なくていいのかな?
そう疑問に思いつつも、私は自分の研究室を見て内心それどころではなく、かなりテンションが上がっていた。
勢いよく突っこんだ私は止まれるはずもなく、そのまま地面に激突してしまう。
「痛ててて……」
「考えは悪くなかったぜ。お前、普段は騎士様相手に訓練でもしてんのか? 太刀筋がお手本通りだぜ」
「あー、私騎士団に保護されてて、そこで習ったから、かもです」
「深くは聞かない。だがまあ、冒険者になるっつうなら、お手本から外れた剣てぇのも必要だぜ。ま、こんな有望な新人が入るっつうのはいいことだな」
「頑張ります!」
「おう。さて、ランクはそうだな……まだ年齢もあるし、Dでどうだ? いきなりその年齢でCだと絡まれたりして大変だろう? Cでも大丈夫な気はするが、一応な。お前ならすぐに上がれるだろうよ」
ギルマスはそう言うと、私の頭をポンポンとなでて去っていった。
「やった! 合格!」
「おめでとうございます。ではこちらに。ギルドカードを発行いたします」
お姉さんについて部屋を出て受付でカードを発行してもらい、その日は帰ることにした。Dランクになったことを報告すると、団員さんがみんな祝福してくれて、その日はどんちゃん騒ぎになった。
翌日、早速依頼を受けてみようとギルドへ向かう。
掲示されてる依頼を見て、初めは簡単そうな一角兎の依頼を受けて慣れることにした。
一角兎はその名の通り、額に一本の角が生えているウサギで、大きな群れほど凶暴で村を襲って食物を食い尽くす。そのため、群れが大きくなる前に駆逐、もしくは間引く必要がある。
東門から出て森を歩いていると、早速一角兎を見つけた。
「凍れ」
そうつぶやくと、一角兎の脚が凍りつく。
一角兎は突然動けなくなったことで、ギュイギュイ鳴き喚いて仲間を呼び始めた。集まってくる前に持っていた短剣で急所を刺し、絶命した一角兎の角を討伐の証として袋に入れる。ちょうどそのタイミングで鳴き声を聞きつけた仲間の一角兎が集まってきたので、同じ要領で集めていく。
死体を放っておくと、一角兎の持つ魔力から魔物が湧くから燃やしたほうがいいんだけど……
ちょうど試したい魔法があったんだよね。
それはユニーク魔法だ。名前からして物騒でなかなか使えなかったやつ。一度鑑定してみたら、こんな感じだった。
転生の女神がノエルのために作ったオリジナル魔法。命のあるないにかかわらず、なんでも破壊できる。魔法も可。ただしその分魔力を消費するため、大きいものを壊すときは要注意。
騎士団じゃあ試せなかったものだ。一角兎なら多分あまり魔力を持っていかれずに済むだろう。
なんて唱えるべきだろう……
んー、でもやっぱりシンプル・イズ・ベストだよね。体を構成する物質が砂みたいに消えていくイメージで……
「崩壊しろ!」
瞬きの間に、一角兎たちは砂のようにサラサラと消えていった。
「できた!」
やった! でも、まさか一発成功になるとは思わなかった。この魔法はほかの魔法と比べて特に危険な気がする。なんでも消せるってチート中のチートだよ、コレ。
この魔法は使い勝手が把握でき次第、本当に必要なとき以外使わないようにしよう。
「あ、そうだ。一応ステータス、確認したほうがいいかな?」
どれくらい魔力を消費したのか把握しておかないとね。
『ステータス』と唱えてみる。
あれ? 20しか減ってない。意外とコスパがいいのかな、この魔法。
対象がどれくらいの大きさになると魔力消費量が大きくなるのか、追々調べる必要がありそう。
前世は魔法なんてものは空想でしかなかったから、今使えるのがすごくうれしい。
それに、すべての属性の魔法が使えるぶん、今まで発見されてなかった魔法を作り出すとか、私だからできる魔法研究が楽しくてしかたがなかった。
将来、王宮魔法師団に就職して魔法研究するのもありだなって最近思ってる。
初めて使う魔法がうまくいって、ルンルンの気分でステータスに変化がないか見ていく。
あ、ここ数年でMPが100000近く増えてる。
まあ、魔力が一番伸びる一桁の年齢の間にあれだけ魔法をバンバン使ったら、元の魔力量と相まって魔力が増えてもおかしくないか。
なんか称号も、愛される者から愛し子になってるし、加護の欄に新しく精霊の加護ってのもある。精霊に会ったことないんですけど?
……考えても無駄だな……諦めも肝心。うん。
試したいことを試せたし、かなりの量の一角兎を倒せたので早々にギルドへ戻る。
昨日のエルフのお姉さん――メルフィさん――が受付にいた。
「ノエルさん、お帰りなさい。もう依頼達成できたんですか?」
「はい!」
カウンターに角を出すと、メルフィさんはひとつひとつ確認した。
「はい、たしかに。では。依頼達成ですね! 品質もいいので報酬に上乗せで銀貨一枚です」
依頼書に達成のサインをしてもらい、報酬を受け取ってギルドを出た。
ちょうど昼すぎということもあり、小腹が空いてきたので屋台がたくさん並ぶ道へ。
肉が焼けるいい匂いにつられていくと、レッドボア――猪に似た体毛が赤くてより凶暴な魔獣――の串焼きが売られていた。
「わぁ! おいしそう!」
「だろう? 俺の店のはほかとちょーっと違うんだぜ?」
「そうなの!?」
「おうよ! なんてったって、秘伝のタレに漬けこんだ肉を焼いてるからな!」
「おいしそう! おじさん一本……いや、二本ください!」
「あいよ! 可愛いお嬢ちゃんには焼きたてをあげよう! 銅貨三枚だよ!」
「ありがとう! はい、銅貨三枚!」
「毎度あり」
屋台を離れて肉にかぶりつく。
「んん! 柔らかいお肉に甘辛いタレがしっかり染みこんでておいひい!」
あまりのおいしさにすぐ食べ終わってしまった。
「ふー。さて、帰るか」
まだ早かったが、やることもないし騎士団に帰る。
騎士団に着くと、ちょうど私の部屋の近くにルイさんとレイファスさんがいた。
「お! おかえりノエル」
「おかえりなさい」
「ふたりとも、ただいま!」
「ノエル、ちょっとおいで」
「ん?」
ちょいちょい、とルイさんに手招きされて近づくと、ふたりは何も言わずに歩き出した。私もふたりのあとをついていく。
連れていかれたのは、ルイさんの執務室だった。
ルイさんの「お待たせしました」という声で、中に先客がいることに気がついた。
私に用がある人って誰だ?
「ノエル、お久しぶりですわ! 私に会えなくて寂しかったかしら?」
ルイさんのうしろから部屋の中を覗くと、そこにいたのは今世では初めてできた同い年の友人、リーゼだった。ここ最近王妃教育が忙しかったから、全然会えてなかった。
部屋に入ると隣にはリーゼの婚約者であり、この国の第一王子であるハルト様もいた。
「リーゼ! ハルト様!」
久しぶりの再会に思わず頬がゆるんでしまう。
「ふふっ。リーゼはノエルに会えなくてしょんぼりしていたもんね」
「ハ、ハルト様、それは言わない約束ですわ!」
よく知る人間しかいないからか戯れ合うふたりを尻目に、モノクルをつけたダンディーなイケオジであるこの国の宰相様が尋ねてきた。
「冒険は楽しくやれていますか?」
「お久しぶりです、宰相様。今日初めて依頼を受けてきました」
「それはよかった。お話がございますので席に」
私たちはリーゼやハルト様、宰相様が座っているソファの反対に腰かけた。
「さて、ノエル。学園に行ってみませんか?」
「学園?」
「王立貴族学園といって、貴族の子は必ず十六歳になると四年間通う学校です。稀に特出した才能のある平民も入学できるのです」
宰相様からの提案に少し驚いた。学園に入学できるのは貴族だけかと思ってたけど、平民も入れないことはないんだ。
「私が春から通う学校ですわ」
「私はもう通っているよ」
「学ぶことはもちろんだが、縁を作る場でもあります。稀に入る平民にとっては、在学中に自分の価値を示すことで稼ぎの多い職に就くことができる」
なんと、在学中に認められて王宮で文官の職に就いた人や、王国騎士団・王宮魔法師団に出世できるようなエリートとして入団した人も過去にいるらしい。
「そして貴族は希望者だけだが、平民には皆己の価値を示せるように研究室が与えられ、学園にある本のほとんどを閲覧できる権限が与えられます」
「研究室? ほ、本当ですか!?」
でかい、デカすぎるメリット!
十六歳になったらここを出て冒険者として生きていこうと思っていたけど、研究室がもらえるなら学園に入学するのもアリだな。
別に前世で研究職だったわけじゃないけど、前からずっと魔法の研究に興味があったし、この世界に来てから知識欲が尽きない。王都の王立図書館で薬草の本を見つけてからは薬学にも興味が湧いていた。
「そ、そうですよ」
私の圧に押されたのか、宰相様は少したじろいだがうなずいた。
「行きます。行きたいです! 研究したい!」
「そう言うと思っていました。レイファスからあなたが特に魔法の研究に興味を持っていることは少し聞いていましたし、何よりあなたの魔法の才は目を見張るものがありますからね」
騎士団で保護されていることから、私について時々宰相様に報告が上がっているのは知ってた。だけど、魔法の研究に興味があるとは誰にも言ったことがなかったから、まさか知っているとは思わなくて驚いちゃう。
チラッとレイファスさんを見ると、いつも通りニコニコしていた。
「ちなみに、一定の単位が取れていれば授業に参加しなくとも卒業できる措置もあります。ノエルの入学については私が推薦状を出しておきます。実りある学生生活を送ってください」
「はい、ありがとうございます!」
「ふふっ、これで春から一緒に学園に通えますわね!」
「よろしくね、リーゼ!」
友人関係とはいえ、王子妃となるリーゼは日々勉強で忙しいため、頻繁には会えなかった。だから、これからは学園で毎日会えることがうれしくて手を取り合って喜んだ。
そうして私の王立貴族学園への入学が決まった。
第四章 学園へ入学と新たな出会い
時は流れ、転生者ノエル、今日から二度目の学生生活がスタートです!
生徒はみんな寮生活になり、貴族は侍女をひとりだけ寮へ連れてくることができる。
しかし多くの場合は高位貴族のみで、男爵や子爵などの下位貴族はよほど裕福でないと侍女を連れてくることはない。侍女分の生活費は家持ちだからね。まあ、平民である私には関係ない話だけど。
久しぶりのひとり暮らし。頑張るぞー、おー!
支度を終えて鏡の前に立って意気ごんでいると、コンコンとドアがノックされた。返事をするとルイさんが入ってきた。
「お、制服、似合ってるじゃないか」
「そうかな」
白いワンピース型ブレザーに青いリボンの制服だ。可愛いけど、スカートだからいざというときに動きにくそう。スパッツ履いてるけど。
「リーゼロッテ様が待ってるぞ」
「すぐ行く!」
いつもの桜の髪留めをつけ、荷物をつめたトランクを持って部屋を出た。
「頑張ってこいよ」
「いってらっしゃい、ノエル」
「ノエルちゃん! 休みは絶対帰ってこいよ!」
ルイさん、レイファスさん、団員さんたちだ。
「はーい! いってきます!」
手を大きく振りながら、リーゼの馬車に乗せてもらう。いいって断ったけれど、ハルト様が生徒会の仕事で早く行かなければならず、ひとりだから一緒に行きたいと押し切られてしまった。
リーゼとふたりでたわいもない話をしていると馬車のドアが開いた。到着したみたい。
「わぁ! ここが学園か……大きいね」
「そうね……さすが国中の貴族が通うことだけあるわ」
巨大な噴水が中心に鎮座する広場、巨大な校舎が奥に何棟もあり、入り口から見えるのはごく一部でしかないらしい。四季折々の花が咲き誇る花壇に、リーゼ曰く、令嬢がお茶会ができるように広い庭まであるらしい。まさにマンモス校。
案内に従い、入学式を行う講堂へ入る。好きな席に座っていいとのことだったので、リーゼと一緒に座って式が始まるのを待った。
公爵家の令嬢であり、王子の婚約者としても有名なリーゼが、見知らぬ女と入ってきたからか、周囲からかなり視線を感じた。でもとりあえず害はなさそうだし、放置でいいか。
「今年の新入生代表の挨拶って、たしか第二王子様だっけ?」
「ええ。そうよ。ハーライト・ノルシュタイン殿下」
「会ったことないけど、どんな人?」
するとリーゼは困ったような顔で微笑んで言った。
「そうねぇ……なんと言えばいいのか……。う~ん……ひと言で言ってしまうと甘ったれね」
「甘ったれ?」
「ええ。この国は王と王妃の第一子が次の王になる決まりでしょう? だからハルト様が王になるのはよほどのことがない限り決定なのよ。けど、もしも、がないとは言い切れないわ。だから、第二王子のハーライト様にも教育が施されたのだけれど……」
リーゼがさらに続ける。
「ハルト様は基本なんでもすぐにできてしまうでしょう? ハーライト様は初めのころはしっかりやっていたようだけど、劣等感で逃げ始めたのよ。そこからね、自分に苦言を申す側近候補を拒否して、自分に都合のいいことしか言わないような者だけをそばに置くようになったの。王妃様も何度か諌めていらしたのだけど……」
逃げちゃったか。まあでも、比べられ続けるのって、当事者からしてみると相当しんどいからな……これが王族じゃなければ、よかったんだろうけど……
「気に食わないことがあると、何か問題を起こすとか……そういう感じ?」
「ありえるわ。あの方の婚約者は、ひとつ年下の侯爵令嬢でよく言えば大人しい、物静かな方だし。悪く言えば、ズバッと間違っていると諫言しないの。そこで私よ。私は物事をズバッと言ってしまう、可愛げのないところがあるもの」
「リーゼは可愛いよ? ハルト様にもあんなに愛されてるし」
私がそういうと、リーゼは照れたようで顔を手で隠してしまった。
「うぅ……」
「顔真っ赤にしちゃって~。いいな、私も恋愛してみたいなぁ」
「ノエルはモテると思うわよ?」
「そうかなぁ」
「見た目はいいじゃない」
「見た目だけ……?」
たしかに前世と比べるとかなり整ってるとは自分でも思うけどさ……
もっとあるじゃん? そう思って聞いてみると、リーゼはうーんと頬に手を当て少し考えてから言った。
「ほかの魅力は、そうね……まず魔法バカ。以前副団長様から聞いたのだけれど、研究に没頭して寝食をおろそかにしたことがあったそうじゃない? あと、剣の腕もよくって並大抵の人間では勝てない。こんなところかしら?」
え、何気に私、貶されてもいる?
「ま、魔法バカ……、間違ってはないけど……」
バ、バカって言われた……
たしかに闇属性について調べるのに熱中しすぎて、ついつい忘れちゃうことがあるんだよな……
「自覚があるようで何よりだわ。この間も騎士の方々と模擬戦して、新米騎士を負かしたそうじゃない。ベテランともかなりいい勝負でしょう」
「うぐぐ……」
「でも、他人を思いやれる仲間思いの人。よく怪我をした騎士たちに回復魔法を使っていると聞いたわ。それに、自分の意見をビシッと言えるところもかっこいい。仲良くなって初めてあなたをお茶会に招待したとき、居合わせたあの嫌な家庭教師にビシッという姿はかっこよかったもの」
「恥ずかしい……」
「うふふ。ほら、いつまでも恥ずかしがってないで、入学式が始まるみたいよ」
いつの間にか、開始時刻になっていたようだった。
式は順調に進み、生徒会長であるハルト様の話にリーゼが思わずかっこいいとつぶやく。あとでいじるネタができたと思っていると、先ほど話していた第二王子が出てきた。
甘ったれ、とリーゼが言っていたのでどんな人だろうかと思っていると、穏やかなハルト様の逆で不機嫌な感じで挨拶をしていた。周りの人はそれを感じないのか、美貌に見惚れる人もちらほらといたけれど。
……まぁ、たしかにかっこいいとは思う。
さすが兄弟というべきか、彼も絵本に出てくる王子のよう。
けれど、タレ目のハルト様に対して吊り目だからかな? 弟のほうはどちらかというと顔立ちはキリッとしてる。
ハルト様は王妃様似で第二王子は王様似なのかも。不機嫌そうな態度とは裏腹に、意外と真面目な挨拶をして壇上から去っていった。
その後クラスが発表され、幸運なことにリーゼと同じクラスだったので一緒に教室へ向かった。
私たちは最後のほうだったらしく、もうほとんどの生徒が教室にいた。
最初はざわついていたが、先生が入ってきたことで徐々に静かになる。
「俺がこのクラスを担当する、ユリウス・マーティだ。担当教科は魔法学。これからよろしく。それぞれの自己紹介は各自でやってくれ」
きれいなアッシュグレーの髪に、切れ長のグリーンアイとかなり整った顔立ちの先生だ。
「これからのことについて説明する。まず、各自選択授業を決めてくれ。紙を配るから明日提出な。選択授業は経済学、マナーやダンスなど社交に必要不可欠な教養を学べる淑女学、騎士学、魔法学、芸術学だ。最低ふたつは選んでくれ」
先生はプリントを配りながら、さらに話を続ける。
「あとは各自寮の自室に戻ってもかまわないし、好きに学園内を歩くのもいい。ただし迷子にはなるなよ。地図が欲しいやつは教卓に置いておくから持っていくといい」
配り終えた先生は教卓の前に戻ると、真面目なトーンで生徒たちに言う。
「あとそうだ、この学園でくだらないいざこざはやめてくれよ。できる限り爵位は気にせずに過ごせ。そして知り合いを増やせ。いつかきっと役に立つ。以上だ」
みんなが立ち上がって地図を取ると、それぞれ知り合いと一緒に出ていった。
「どうする? リーゼ」
「そうねぇ……」
「あ、そうだった。ノエルとあと、リリアだったか? は別で説明があるから来てくれ」
思い出したように先生が私を呼んだ。
「呼ばれちゃった」
「別に大丈夫よ。いってらっしゃいな」
リーゼと別れて先生のところへ行くと、別室へ連れていかれた。一緒に呼ばれた、このリリアっていう女の子と私が今年唯一の平民出身か。
なんていうか……ピンクいな。庇護欲を誘う可愛さなんだけど、髪も瞳もピンク。綿菓子みたいに甘い女の子って感じだ。仲良くなれるかな。
「お前たちは今、学園で唯一の平民だ。だから、選民意識の強い貴族に何か言われるかもしれないから気をつけろよ。自分でなんとかしようとせずに、すぐ大人に頼るように」
選民意識が強い貴族はそう珍しくない。貴族主体のこの学園では仕方ないことだから耐えろとは言わず、頼れと言ってくれる先生に素直に好感が持てた。
この人、いい先生だな。
「さて。話は変わるが、お前たちに与えられた研究室へ今から案内する」
「研究室!」
どれくらいの広さなんだろう! 何について研究しよう! ……予算ってあるのかな?
「入学前に、学園から平民生徒向けの案内があったはずだ。そこに書いてあったことは覚えているか?」
学費免除と在学中になんかしらの研究をしなければいけないってことについてかな? 研究室って言ってたし。
「口頭でもう一度説明すると、お前たちは卒業までに最低でもひとつは何かについて研究結果を残さなければならない。大掛かりな内容なら、申請すれば結果を学園に提出するのを延期できるが、そのぶん期待がかけられてプレッシャーにはなるな」
先生は淡々と説明を続ける。
「まぁ、研究以外でも、何かで自分の実力を示して結果を残さなければならない。貴族の子と違って平民が入学する場合、特待生扱いで学費が免除されるからだ。結果を残せなければ最悪退学もあるが、いい結果を残せれば相応の就職先が見つかるかもな」
そこまで話すと、先生は一度立ち止まった。
「さて、ついたぞ。ここが研究室だ。こっちがノエルであっちがリリアだな。卒業までずっと変わらないから好きにしていいぞ」
「やった!」
研究室のある棟はきれいで広そう。早く中に入ってみたい!
「じゃ、解散だ」
早速研究室に入ろうとすると、リリアが先生に駆け寄っていった。なんかあったのかな?
「せんせぇ、わたしぃ、研究とか何すればいいのかわからないんですけどぉ」
うーん。こういうタイプの子かぁ。仲良くなれるか不安なタイプだけど、せっかくふたりしかいない平民出身だしなぁ……
「お前はたしか希少な光魔法の使い手だったな。光魔法の使い手は少なく、いまだに謎な部分も多いから、それについて何か疑問に思ったことを解明するのはどうだ? 別に大きな結果である必要はないんだ。些細なことでも十分だぞ。それに、まだ入学したてで時間はある。まずは光魔法を使っていて疑問に思ったことでも調べてみろ」
「……はぁい」
リリアの説明に先生が丁寧に返すが、何か違ったのか、不服そうな顔をしてどこかへ行ってしまった。研究室、見なくていいのかな?
そう疑問に思いつつも、私は自分の研究室を見て内心それどころではなく、かなりテンションが上がっていた。
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