願い

うさのり

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「・・・。なぜそのようなことを思いついたのか、詳しい経過が知りたい。」
部屋に備えてあるコーヒーメーカーに保温されていたコーヒーを二つのマグカップに注いだ一条は、須崎をあいている椅子に座らせてから、肘掛のある自分の椅子に座った。

須崎は先ほど錦織と話をする以前から何か違和感があったと前置きをして、先ほどまでの経過を話した。
「さっき一条と話したことで、確信した。俺には、イグアナが放し飼いにされた部屋で寝たことは・・・たぶんない・・・と思う。俺は三年間、同じ人物と過ごしていた・・・はずだ。」
一条の目を真直ぐに見た須崎は、一瞬彼の目が優しく揺れたように見えた。
「どうやらこの賭けは須崎先輩の勝ちらしいな。」
「賭け?」
意味がわからず問い掛けた須崎に、一条は立ち上がりながらぶつぶつ言った。
「まったく。賭けの結果なぞ初めからわかっていたものを・・・。面倒が増えるだけではないか。」
一条を目で追った須崎は、彼が桜の枝を机からそっと持ち上げ。自分の目の前に立つまでを見送った。
「では、混乱している記憶を戻すが、後悔はしないな?先輩の記憶を操作したのは、先輩が会いたがっているものからの依頼だった。」
一瞬目を見開いた須崎は、意を決したように頷いた。
「どんな結果がまっているにせよ、知らないより知るほうがいい。」
「その言葉、信じるぞ。」
そう言うと、一条は桜の枝を須崎の前で一振りし、口の中でもごもごと聞き取れない言葉を呟いた。
「あれの名は、早瀬だ。早瀬晃。」
その瞬間、須崎は、頭の中で割れたシャボン玉が割れたようなかすかな感覚を覚えた。そして、その中に入っていたかのように、記憶が溢れ出してきた。
「・・・え?」
目を瞬く須崎に向かって、一条は苦笑いをした。
「まぁ、消した記憶を一度に全て思い出させたのだから、混乱するのも無理はない。他の人間に入れた嘘の情報も消していないしな。」
それから一条は須崎の目を覗き込んだ。
「早瀬晃のことを思い出してみるといい。先輩にとって一番大切なところだけを。」
「・・・。」
しばらく呆然と虚空を見つめていた須崎は、はっと意識を取り戻して一条を見た。
「早瀬は?晃はどこだ!」
「慌てなくても教える。・・・まだ時間はあるからな。」
一条はいつものポーカーフェースで須崎を椅子に座らせて、ゆっくりと話し出した。

彼の話を要約すると・・・
まず、早瀬晃という人間は、元からいない。同姓同名の人間はいるかもしれないが、それはあの早瀬晃ではない。
次に、この緑稜学園高等部には学校の七不思議があり、そのうちの一つに、サッカー専用グラウンドの横にある、桜並木の端の番大きな桜に願いをかけると、それがかなうというものがあった。今は噂が変わり、恋愛成就の木に変貌したが。
この桜の木には、開校以来の生徒達、特にサッカー部員の願いが集まり、一つの形を作ったという。それはそれで良い思いが強かったため、一条のようなこの学園を守る守人と呼ばれる術者たちの手により、学園の守護のシンボルとされた。
その『桜の精』(以外言いようがないのでこのように呼称すると一条は言った。)がなまじサッカーに興味を持ち、その存在が姿を変え、彼らが知る早瀬晃が誕生したという。

「・・・。つまり、人間の早瀬晃はどこにもいなく、俺が知る早瀬は桜の精が暇つぶしに人の姿をとっていたってことか?」
「概ねそうだが、桜の精にも予測できなかったことがあってな。」
「・・・それは?」
須崎の言葉を聞き、腕を組んで少しわざとらしくため息をついた一条は、目線で問い掛けた。本当にわからないのかと・・・。
「・・・。答えが聞きたい。そうでなければ、自分が都合の良いように解釈してしまうから・・・。」
「そのままで問題ない。人間、つまり須崎先輩を愛してしまったことだな。」
「それなら、何故消えたんだ!?」
一条の机をこぶしで叩いて、須崎は血を吐くように叫んだ。
「寿命だからだ。」
「!?・・・」
一条のあまりにも感情の無い声を聴き、須崎は目を見開いた。

その桜は江戸時代に品種改良されたソメイヨシノで、寿命は八十~百二十年といわれている。
一条が確認したところ、すでにその木は百年以上生きてきたという。

「それに、もうすぐ切り倒されるしな。」
「!?」
その言葉に、須崎はふと思い出した。古い桜を撤廃して新しい桜に植え替える計画が昨年からなされていたと、風の噂で聞いたことを。
「もう・・・どうにもならないのか・・・。それなら、何故俺に一言言わない?・・・あいつにとって俺はそんな程度の人間だったのか・・・。」
「自分の死期を悟られて泣かれたくなかっただろうし・・・。」
ここで一条は何故か口を噤んだ。
「全部、話してくれないか?・・・。なるべく冷静に聞くつもりだから。」
少し考えた一条は、結局頷いて口を開いた。
「須崎先輩と一緒にいたころの早瀬晃は、桜の精であるところの自分を知らなかったと思う。私も彼が元に戻ってから本格的に気づいたからな。」
うすうすは気づいていた口調で一条は言った。
須崎は頭を抱えてしばらくじっとしていた。
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