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その夜、一条は寮の屋上に来ていた。
「なかなか手強いだろう?あのカップルは。」
『何故?・・・何故あんなにあたりまえのように抱き合えるの?いつもと逆なのに。体は自分じゃないのに・・・。』
「陳腐な台詞だが、それだけ愛し合っているのだろう?同姓同士で恋愛をするには、あのくらいの覚悟は必要だと思うが?」
空中からする声に答えた一条は、苦笑いをしながら柵に寄りかかった。
「お前達は、そうじゃなかったらしいがな。」
『・・・』
「さて、そろそろ姿を見せてくれないか?香山昇」
一条がそう言うと、彼の目の前に淡い光がふわっと集まり、線の細い少年が現れた。
『何故、その名を?』
「伊達にこの学園の守りを任されているわけではないのでな。過去この学園で起こったことはあらかた頭に入れてあるし、調査も済んでいる。」
『君が今期の守人だったんだ・・・。仕事をしてるとこを見なかったから、気づかなかったよ。普通は教師がなるんじゃないの?今までだってそうだったし・・・。』
香山という名の少年の霊は、不思議そうに首を傾げた。
「仕事を見られるほど下手じゃない。
まぁ普通の守り人は、本来なら教師だな。だが、私が学園の中等部に入学すると知った学院長が私の両親に泣きついたのだ。我が一族の次期長候補筆頭がいるのなら、その人物に守りを任せたいとな。両親は良い修行になるからと喜んで学院長の言葉に頷いた。
おかげで私は、授業料こそ無料だが、少しでも成績が悪いと問答無用で留年させられる。そんな馬鹿なことはしないがな。それに、趣味のサッカーも強いチームに入れて満足している。」
少しおどけたように肩をすくめた一条は、目の前で泣きそうな顔をした香山に問いかけた。
「何故、あのようなことをした?」
『・・・。』
「自分が果たせなかった思いを果たしたかったのか?」
『・・・。』
「それとも、植松を自分の仲間にしたかったのか?」
朝、食事を終わらせ、食堂から廊下に出た拓海の体をした翔は、しばらく歩いてから立ち止まり、大きく息を吐いた。顔色はお世辞にもいいとは言えなかったが、多分それに気づいたのは一条だけだったろう。
そんな自分を一条に見られて、翔は慌てた。実際は体が重く、激しい頭痛がしていたはずだ。拓海の体のためを思って、彼は食事を続けたのだろう。逆効果だったが。
そんな彼を自室に半ば無理やり連れ込み、二人が入れ替わっていることを指摘し、彼の体に術を施し、体と魂が離反しかけている苦しみを和らげたのは一条だった。
先ほどは一週間で死ぬと宣言したが、一条がいなければ二~三日後には拓海の体は確実に死んでいただろう。そして、翔は自分の体に戻れただろうが、拓海の体が死ぬ時のショックで、自分の体に戻ったとしてもしばらくは動けなくなっていただろう。
(それより、藍田の心が死んでしまうかな?)
そんなことを考えて、ふとため息とも笑ともわからないものを吐き出した。
一条は調べた結果を思い出しながら、目の前にいる怨霊になりかかっている少年の霊を見た。
彼、香山昇が亡くなったのは八年前の今頃の時期だった。その頃の彼は、緑陵学園高学部の二年生だった。
彼には同性の恋人が・・・恋人だと思っていた人物がいた。名前は秋川郁生といい、当時のサッカー部の一軍に所属していた。彼は、何とか一軍に席があるだけで、一条とは違い控え選手だった。
小学生の頃、香山はいじめられていた。そんな彼を救ってくれたのは秋川だった。彼は優しく、頭が良く、スポーツ万能で、クラスの人気者だった。そんな秋川が香山を庇護してくれたおかげで、香山は小学校の最後の一年間は、平穏無事に過ごせた。
その後、秋川が一緒に緑陵学園に入らないかと誘うと、香山は当然のように彼についていった。だが、彼は特別何かができるわけでもなかったので、一般生として入学した。
中学一年の秋、香山は始めて秋川に抱かれた。男同士ということは香山には関係なかった。ただ、あこがれている人物に喜ばれることが嬉しかった。
それからの香山は、事あるごとに秋川に呼び出されて肌を重ねあった。だが、秋川は一度も香山に優しい言葉はかけなかった。
そんな生活がしばらく続いたが、高等部の二年生になると、秋川は同じクラスの女性に告白され、肉体関係を持つことを条件に付き合い始めた。
突然の、恋人だと思っていた人物の心変わりに動揺した香山は、秋川に理由を尋ねた。だが、秋川ははっきりと香山を拒絶した。女性の方が抱き心地がいいという理由で。
最初は性に興味があり、自分の言うことを何でも聞く香山が側にいたから抱いただけだと。小学校で庇ったのも、自分の評価を上げるためと、何でも言うことを聞く人間が欲しかったからだと言った。
その言葉打ちのめされた香山は、その日の夜に寮の屋上から飛び降りた。その後の香山は、秋川がすでに卒業したにもかかわらず、この学校に縛られている。この学校には、彼の思いがあまりにも深く染み付いていた。
そして、香山は知らないことだったが、小学生の頃に香山をいじめていた本当の首謀者は秋川だった。いじめられているものを救ってやれば、自分に依存することを秋川は幼稚園の頃に学習していた。最初の一人は偶然だったが、そのようにして得た手駒を、秋川は何人も持っていた。
(これは教える必要はない情報だな。)
実家の諜報員に調べさせた結果を思い出しながら、一条は香山を見た。
「なかなか手強いだろう?あのカップルは。」
『何故?・・・何故あんなにあたりまえのように抱き合えるの?いつもと逆なのに。体は自分じゃないのに・・・。』
「陳腐な台詞だが、それだけ愛し合っているのだろう?同姓同士で恋愛をするには、あのくらいの覚悟は必要だと思うが?」
空中からする声に答えた一条は、苦笑いをしながら柵に寄りかかった。
「お前達は、そうじゃなかったらしいがな。」
『・・・』
「さて、そろそろ姿を見せてくれないか?香山昇」
一条がそう言うと、彼の目の前に淡い光がふわっと集まり、線の細い少年が現れた。
『何故、その名を?』
「伊達にこの学園の守りを任されているわけではないのでな。過去この学園で起こったことはあらかた頭に入れてあるし、調査も済んでいる。」
『君が今期の守人だったんだ・・・。仕事をしてるとこを見なかったから、気づかなかったよ。普通は教師がなるんじゃないの?今までだってそうだったし・・・。』
香山という名の少年の霊は、不思議そうに首を傾げた。
「仕事を見られるほど下手じゃない。
まぁ普通の守り人は、本来なら教師だな。だが、私が学園の中等部に入学すると知った学院長が私の両親に泣きついたのだ。我が一族の次期長候補筆頭がいるのなら、その人物に守りを任せたいとな。両親は良い修行になるからと喜んで学院長の言葉に頷いた。
おかげで私は、授業料こそ無料だが、少しでも成績が悪いと問答無用で留年させられる。そんな馬鹿なことはしないがな。それに、趣味のサッカーも強いチームに入れて満足している。」
少しおどけたように肩をすくめた一条は、目の前で泣きそうな顔をした香山に問いかけた。
「何故、あのようなことをした?」
『・・・。』
「自分が果たせなかった思いを果たしたかったのか?」
『・・・。』
「それとも、植松を自分の仲間にしたかったのか?」
朝、食事を終わらせ、食堂から廊下に出た拓海の体をした翔は、しばらく歩いてから立ち止まり、大きく息を吐いた。顔色はお世辞にもいいとは言えなかったが、多分それに気づいたのは一条だけだったろう。
そんな自分を一条に見られて、翔は慌てた。実際は体が重く、激しい頭痛がしていたはずだ。拓海の体のためを思って、彼は食事を続けたのだろう。逆効果だったが。
そんな彼を自室に半ば無理やり連れ込み、二人が入れ替わっていることを指摘し、彼の体に術を施し、体と魂が離反しかけている苦しみを和らげたのは一条だった。
先ほどは一週間で死ぬと宣言したが、一条がいなければ二~三日後には拓海の体は確実に死んでいただろう。そして、翔は自分の体に戻れただろうが、拓海の体が死ぬ時のショックで、自分の体に戻ったとしてもしばらくは動けなくなっていただろう。
(それより、藍田の心が死んでしまうかな?)
そんなことを考えて、ふとため息とも笑ともわからないものを吐き出した。
一条は調べた結果を思い出しながら、目の前にいる怨霊になりかかっている少年の霊を見た。
彼、香山昇が亡くなったのは八年前の今頃の時期だった。その頃の彼は、緑陵学園高学部の二年生だった。
彼には同性の恋人が・・・恋人だと思っていた人物がいた。名前は秋川郁生といい、当時のサッカー部の一軍に所属していた。彼は、何とか一軍に席があるだけで、一条とは違い控え選手だった。
小学生の頃、香山はいじめられていた。そんな彼を救ってくれたのは秋川だった。彼は優しく、頭が良く、スポーツ万能で、クラスの人気者だった。そんな秋川が香山を庇護してくれたおかげで、香山は小学校の最後の一年間は、平穏無事に過ごせた。
その後、秋川が一緒に緑陵学園に入らないかと誘うと、香山は当然のように彼についていった。だが、彼は特別何かができるわけでもなかったので、一般生として入学した。
中学一年の秋、香山は始めて秋川に抱かれた。男同士ということは香山には関係なかった。ただ、あこがれている人物に喜ばれることが嬉しかった。
それからの香山は、事あるごとに秋川に呼び出されて肌を重ねあった。だが、秋川は一度も香山に優しい言葉はかけなかった。
そんな生活がしばらく続いたが、高等部の二年生になると、秋川は同じクラスの女性に告白され、肉体関係を持つことを条件に付き合い始めた。
突然の、恋人だと思っていた人物の心変わりに動揺した香山は、秋川に理由を尋ねた。だが、秋川ははっきりと香山を拒絶した。女性の方が抱き心地がいいという理由で。
最初は性に興味があり、自分の言うことを何でも聞く香山が側にいたから抱いただけだと。小学校で庇ったのも、自分の評価を上げるためと、何でも言うことを聞く人間が欲しかったからだと言った。
その言葉打ちのめされた香山は、その日の夜に寮の屋上から飛び降りた。その後の香山は、秋川がすでに卒業したにもかかわらず、この学校に縛られている。この学校には、彼の思いがあまりにも深く染み付いていた。
そして、香山は知らないことだったが、小学生の頃に香山をいじめていた本当の首謀者は秋川だった。いじめられているものを救ってやれば、自分に依存することを秋川は幼稚園の頃に学習していた。最初の一人は偶然だったが、そのようにして得た手駒を、秋川は何人も持っていた。
(これは教える必要はない情報だな。)
実家の諜報員に調べさせた結果を思い出しながら、一条は香山を見た。
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