あふれる思い

うさのり

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「いただきます。」
ずらりと並んだ少年達は、お行儀良く食事の挨拶をすると、一斉に箸を動かし始めた。

あの後、拓海と翔は話し合い、この現象が後どのくらい続くかわからなかったので、とりあえず入れ替わって生活をすることにした。つまり、翔の姿をした拓海は翔のふりを、拓海の姿をした翔は拓海のふりをするというわけだ。

「翔、醤油とって。」
「え?あ、あぁ」
拓海のふりをしている翔の行動や言動は、普段の拓海とまったく変わらなかった。
(絶対に翔、楽しんでる・・・。)
醤油を取ってあげてから味噌汁を飲みつつ、拓海の姿をした翔を盗み見ていた拓海は、ふと彼と目が合った。
「・・・何?どうしたの?」
翔は小さく首を傾げた。
(僕とおなじ口調だし・・・)
「・・・。いや、何でもない」
拓海がそう言うと、翔は一度箸を止め、拓海をじっと見つめながら目で尋ねてきた。いつも自分がやっているのと同じように・・・。
その心配そうな目を見ていたくなくて、少し笑ってから、拓海は食事を再開した。

拓海は、自分から皆にはバラさないように翔にきつく言ったが、やはり翔のほうが順応力はあるらしかった。
(要領いいもんね・・・。)
少ししてから、拓海はため息をついて箸を置いた。食事は殆ど手をつけていない。
「どうしたの?」
翔は拓海が箸を置く音に気づき、再び首をかしげて拓海を見つめた。
「ちょっと、食欲がないんだ。・・・先に部屋に戻っている」
「翔、大丈夫?」
「あぁ。平気だ。」
お盆をもって立ち上がり、皆の視線を感じながらそれを所定の場所に置き、拓海は逃げるように食堂を後にした。

・・・

(はぁ、もう、無理・・・。)
用心のため翔のベッドに倒れこみ、拓海は両腕で目元を覆った。
(僕って、こんなに弱かったんだ・・・。)
先ほどの食堂でのことを思い返し、彼は心の中で呟いた。

食堂だけではなく、部屋の中でも、拓海は神経を逆立てていた。泣きそうになりながら。
食堂に行くとき、そんな風に神経質になった拓海の顔を、翔は心配そうに覗き込みながら、部屋で休んでいるかと問いかけた。
その彼の思いやりに対し、わずかに首を振って否定したのは自分だ。しかし、結局は耐え切れなくなり逃げ出してきた。どうしても意識してしまって、一緒にいられなかった。

(翔が僕の姿をしてるから・・・かな?)
自分が翔の姿になってしまったことは、この際置いておく。多分それだけだったら彼はここまで混乱しなかっただろう。
自分の姿をした翔の一挙一動が気になる。彼のことだからボロは出さない。それは信頼しているが、彼の自分に似せた目線やしぐさ、話し方を客観的に見て、自分は本当に藍田翔という男に捕われているのだと再認識させられた。
翔が演じる自分の行動は、いつも翔が見ている自分ということになる。多少の脚色はあれ、自分は翔の前ではあのような行動を取っている自覚がある。それに、食堂のメンバーはいつも通りだったので、不信には思っていないようだった。察しのいい近藤や野生のカンを持つ藤代が、翔が演技する拓海をいつものことのごとく受け止めていた。
反対に、いつも愛想のいい翔(の姿をした自分)が、自分でわかるほど顔をこわばらせていたので、そちらを心配していたかもしれない。

彼ら二人は、自分達のプライベートを、余程のことがない限り友人であっても話さない。体調不良も同様だ。だから彼らは心配しつつ何も聞いてこなかったのだろう。拓海が翔の面倒を見ることを知っているからだ。

今日は日曜日で部活もオフの日だ。しかし、明日からは学校や部活がある。
このままでは、まともな生活さえできないだろう。
先ほどの食堂でのやり取りが鮮明に浮かび上がってくる。醤油を渡した時、彼は嬉しそうな声で小さく答えた。
「ありがとう。」
そして、視線を感じるとふと視線を合わせ、心配そうな顔をした。箸を置くと、語りかけたそうに見つめていた・・・。
あれは翔から見た自分だから。脚色されてそんな視線を送ってくる。そう思い込もうとすればするほど、拓海は自分の今までの行動を思い出してしまう。
自分は他の誰よりも翔のことを見ている。多分、先ほどの食堂で彼がしていたのと同じように。いつも彼を目で追っている。
どんなにうるさい街中でも、彼の声や姿を逃したことは無い。雑音に飲み込まれそうになっても、彼の声は自然と自分の耳に飛び込んでくる。雑踏に紛れても、彼の姿ならすぐに見つけることができる。
一人の時でも彼のことを考えている。今何をしているか、自分のことを考えてくれているのか、忘れられていないか。
いつも最初は拒否するが、殆ど毎晩抱かれるのは嬉しいし、気持ちいい。そうでなければ、自分が男に体を開くなんて考えられない。彼だから許している。望んでいる。
彼に言うと心配されるから言わないが、彼がいない夜は苦しい。寝付けない。僅かな物音ですぐに目が覚める。今では彼がいないことを思うだけで憂鬱になってくる。
今出てきた食堂で、皆と食事をしているはずの翔に、今ここにいてほしかった。抱きしめてほしかった、今すぐに。いつもの夜のように隣に彼の体温を感じたかった。自分から逃げ出してきたのに・・・。

(僕、ダメかも・・・。)
翔への自分の思いを再認識させられた拓海は、枕に頭を埋めた。
彼はそのまま、いつのまにか眠りについていた。
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