あふれる思い

うさのり

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「くみ・・・。・・・たく・・・み・・・拓海。」
翌日、拓海は聞きなれない声で意識を覚醒させた。が、何故かいつも以上に眠かった。だから、声を無視して再び夢の世界に戻ろうとした。
「・・・拓海。なぁ、頼む。起きてくれ・・・。」
困ったような声の主は、拓海の頬を軽く叩きだした。何度払っても繰り返されるそれに、拓海は諦めて薄目を開けた。
「・・・うるさいなぁ。もう少し寝かせてよ・・・。」
無理やり目を開けることで、周囲はぼやけて見えたが、目の前に顔がある。意識が浮上し始めた拓海は、おやっと思った。右腕が何故か少ししびれている。
「拓海・・・だよな?俺がわかるか?」
知らないと答えようとして、拓海はふと違和感に襲われた。昨夜、自分はどのように寝ただろうか?あのシチュエーションだと、自分を起こす人物は一人しかいない。それ以前に、ベッドなどで本格的に寝ている自分を起こす人間は、この寮の中では一人しかありえない。

付き合い始めたばかりの頃、談話室のソファで昼寝をしていた拓海を寮長で三年生の錦織が起こしたことがあり、そのことが翔の耳に入ると彼は一週間、錦織を真綿で首を締めるかのようにいじめぬいたらしい。錦織と同室で同じく三年生の近藤はため息をつきながら言った。
「その頃の錦織は、藍田と植松の名前を耳にしただけで怯えていた。」
それが噂となり、寝ている拓海を起こすことと彼の体に触れることは、翔のお許しを得てからが通説となった(幼馴染の深井など、一部例外を除く)。
錦織をいじめた内容については、二人とも口を割らなかった。
ちなみに錦織は、興味本位で聞いた者に対して呟いた。
「恐かった。」
その一言が全てを表しているように、一か月がたった未だに、錦織はそのことに関して黙秘権を施行し続けている。
その噂を聞き、呆れた拓海はその行動理念を翔に尋ねた。
「拓海のあんな可愛い目覚めの顔を他の野郎に見せたら、悪い虫が付く。」
拓海に対して真顔でそう言ってから説教を始めようとする翔に、拓海は加減無しに心をこめて回し蹴りをした。
それからは、拓海が寝ていると翔が呼ばれるようになった。面倒になった拓海は、部屋以外で寝ないようになった。

忌まわしき現実を一瞬で思い出し、意識を覚醒させた拓海は、上半身を起こしてから声の主をはっきりと見た。慌てて顔を下げたその人物は、自分の顔をしていた。彼はベットサイドに両膝をつき、心配そうに自分を覗き込んでいた。
「・・・。」
思考を完全に止めた拓海に、彼はおずおずと問いかけた。
「拓海、だよな?」
「・・・僕?」
目の前にいる、自分の言葉を聞いてないように見える拓海に対して、心配そうにしていた彼は、しばらくしてから拓海が首をかしげながら呆然と呟いたことで、明らかにほっとしてゆっくりと語りかけた。
「お前の名前は、植松拓海。で、間違いないよな?」
拓海はこくっと頷いた。
彼はそれを見てから微笑み、拓海を恐がらせないようにゆっくりと手を伸ばして頬に触れた。
「それなら、今の俺が、お前・・・植松拓海の姿をしているのも、解るな?」
拓海は再び頷いてから首を傾げた。
「今の俺?・・・なら、本当の、君は?・・・それ、僕の姿、だよね?なら、僕の姿、違うの?」
言語中枢もいかれたらしい拓海に少し苦笑いをした彼は、ゆっくりと頷いた。
「安心していい。俺の本当の姿は、この姿ではないよ。この姿は正真正銘、お前の姿だ。」
その言葉を聞き、拓海は明らかにほっとした顔をした。その顔に微笑みかけ、彼は続けた。
「俺の名前は、藍田翔だ。わかる、拓海?俺だよ?」
「あ・・・いだ・・・?」
それまで呆然としていた拓海は、その言葉を聞き、目に光を取り戻した。
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