あふれる思い

うさのり

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「なぁ、拓海。」
自分の腕を枕にして目を閉じている植松拓海に向かい、藍田翔は楽しそうに語り掛けた。
「・・・んー?」
顔も上げずに、拓海がだるそうに答えた。その口調に微苦笑しながら、翔は囁きかけた。
「もし、俺たちが入れ替わったら・・・面白いと思わないか?」
「・・・入れ替わる?」
少しまどろみかけていた拓海は、その不穏な単語に反応して、片目を開けて言葉の主を見た。
「そう。俺が拓海で、拓海が俺になるんだ。」
「・・・翔、お前って、馬鹿?・・・そんなこと言ってないで、寝なよ。」
再び翔の腕枕に埋もれた拓海は、言葉とは裏腹に考えてみた。
(僕が翔になったら、こんなに毎日体力の限界に挑戦することも、なくなるんだろうな。)

彼らはサッカー部に所属していた。その中でも二人は一年生にも関わらず、すでに一軍に在籍していた。練習は激しく、疲れた体を引きずってサッカー部専用グラウンドの横にあるサッカー部専用の寮に戻り、夕食をとってから風呂に入った。
拓海は、早く寝たいと思っていた。切実に。しかし、長風呂の拓海が部屋に戻ると、先に風呂を出ていた翔は、臨戦態勢で待っていた。毎日の事なので、拓海は翔を見てすぐに諦めた。
明日は珍しく一日中休みなので、今日の翔はいつもの三倍以上に激しかった。拓海は、最後は気絶寸前まで追い込まれた。

(翔ってば、なんでこんなに体力あるんだろ?僕は部活だけでもへとへとなのに。)
理不尽だと思いつつ、拓海は先ほどの翔が言った言葉を思い返していた。
(入れ替わる・・・か。翔なら要領がいいから、何をやるにしても楽そうだよなぁ・・・。でも、初めて会ったころは、雑用とか押し付けられても、笑ってやっていたな・・・。僕が無理やり手伝ったら、すごく委縮してたよな。まだあれから二か月しかたってないのに、なんか懐かしいや。)
拓海は心の中で苦笑いをした。

現在の翔は、基本的に人がいいのは変わらないが、拓海と一緒にいたいがために、小等部や中等部の時の様に何でも引き受けるような真似はしなくなった。
誰でもの願いをかなえること、周囲から見て良い子でいることに、彼は強いストレスをため込んでいた。しかし、小さなころからの『良い子』という仮面ははがれることはなく、それは日々積もって言っていた。
拓海が初めて会った時の翔は、ストレスに対して殆ど自覚がなかった。だが、人前では微笑んでいたが、人がいなくなると昏い目をして雑用をこなしていた。
高等部に外部入学した拓海は入寮した翌日に道に迷っていた。たどり着いた寮の裏庭には同室の翔が、掃除をしながらそんな顔をしていた。
「え?藍田君?」
いつもにこやかな彼のそんな顔に驚き、拓海は思わず声をかけた。
突然現れた拓海を見て驚いた顔をした翔に、道に迷ったことを素直に言うと、笑顔の仮面をつけた翔は、ちょうど掃除が終わったからと部屋まで連れてきてくれた。拓海は部屋に入ってから、思わず彼に声をかけた。
「藍田君。無理しちゃダメだよ。あんな顔してないで、誰かに頼ればいいじゃん。」
「あんな顔?」
拓海に聞き取れないほど小さく呟き不思議そうな顔をした翔に、拓海も不思議そうに伝えた。
「頼ることはいけないことじゃないよ。もし他の人に頼れないなら、僕に頼りなよ。役不足かもしれないけど、一緒に手伝ったり愚痴を聞いたりすることくらいなら、僕でもできるよ?」
そんな拓海の一言が引き金となって、翔は自分が感じているプレッシャーに向き合うことができたるようになった。それからの翔は、よい子の仮面は剥がさなかったが、拓海の前では素に戻ることができるようになった。
そして入学して一か月後。少しの騒動の後に、二人は恋人同士になった。

(初めて会話をした時の、あの驚いたような、泣きそうな顔・・・。あれが、僕が始めて見る翔の素顔だった・・・。あの顔に、僕は・・・)
「楽しそうだよな。」
思い出にふけっていた拓海は、再び囁いた翔に、顔を向けて目を開けて先を促した。なんとなく彼がどのような思いでこんなふざけたことを言い出したのかが知りたくなった。
拓海が自分に意識を向けたことに嬉しくなった翔は、怒られることがわかりながらも笑いながら続けた。
「拓海を思い通りにいろんな姿にできるし、いつも気持ちよさそうに鳴いてるから、それも体験できるだろうし、それに・・・。」
「だーーーーーー!」
拓海は上半身を起こして、翔のいつもと変わらない爆弾発言にキレて、上半身を起こしてから両手で翔の胸ぐらをつかんで顔を近づけ、怒気をはらんだ声で言った。
「もっとまともなことが言えないの?とっとと寝ろ!!!」
拓海は据った目を翔に向けながら、もう一言足した。
「・・・翔が眠れないのなら、僕は今日から一週間、自分のベッドで寝る。」
「わかった。悪かった。もう寝よう。」
さほど悪いと思っていないような笑い口調で言い、翔はそのまま触れるだけのキスをした。リップ音が鳴って唇が離れると、拓海は翔の服を放し右手を口に当て真っ赤になった。
「拓海は可愛いな。さっきまでもっとすごいこともしてたのに。」
「う、うるさい!僕は自分のベッドで寝る!」
涙目で赤い顔のままベッドから降りようとする拓海は、翔に腕をとられて止まった。
「ごめん。もう寝よう?」
拓海は少しだけ顔を後ろに向けて、翔を見た。翔は拓海が自分を見てから、掴んでいた手を放して両手を広げて微笑んだ。少し戸惑ってから、ため息をつた拓海は翔の体にもたれかかった。
「・・・想像も禁止だよ。」
じと目で見上げる拓海に対して、彼を抱きしめた翔は、情けない顔をした。
「別にいいだろう?想像くらい。減るものでもないし・・・。」
「十分減る!」
額に青筋を立てている拓海を見た翔は、くすくすと笑いながら拓海を抱きしめながら寝転んだ。
「わかった。今度こそもう寝るよ。おやすみ拓海。」
そう楽しそうに言った翔は、拓海の額にキスをした。
「・・・。おやすみ翔。」
少し憮然とした声でぼそぼそとそう言い、翔の腕を枕にして、拓海は目を閉じた。
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