Apocalypse

ダスカ

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第一話 

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「ふーっ…」
 俺は芝生に腰を下ろし、深呼吸をする。25キロ走れ、なんていう無茶な脅迫…いや要求をこなし、一息をついた。それを20分で走れというのだからこれ程無理な脅迫…いや要求はないだろう。実際20分ではなく、40分かかっている訳だからそれが無理な脅迫…いや要求なのは分かっていて。
「無理すぎるんだよなぁ」
 何も自分で自分に脅迫じみた要求をした訳ではなく、俺は走れと言われて、走っていた。それが誰なのかはあとにしよう。とにかく走り終えた訳だ、戻ろう、もう疲れた。いやもうちょっとここにいよう、疲労が主にやばい。
 とりあえず今は動きたくない、この場合、止まることは逆効果で歩くのが正解というのが一般論だが、マジでやばい時は歩くことすら出来ない。だからそういう時は歩かずに呼吸を落ち着かせて深呼吸だ。ここでただ休むだけだと過呼吸等になったりする恐れがある。
 というより単純計算で25キロを20分で走れって無理すぎる、1分で1.25キロ走れと言っているようなものだ。車か自転車なら可能かもしれない、いや多分自転車は無理だな。少なくともまともに考えれば25キロ20分なんて人間にできる所業ではない。
つまり、俺に走れと言った人はマトモに考えて無理な事を脅迫…いや要求してきたのだ。
「よし…戻るか」
 少し休んで深呼吸すると、心拍も体のしんどさも足の吊る寸前の感覚もだいぶ治まった。にしてもふくらはぎ痛い、この時点でこの痛みとか筋肉痛になった時は地獄だ。ストレッチするかぁ…いや早く帰ろう。どうせ俺はここから一時間自転車漕いで、帰らなければならないのだ。家に帰ってからストレッチするのがちょうどいい。













 


「あれは…」
 理不尽すぎる25キロ走を終え、部室で軽くシャワーを浴びて着替えて、たまたま部室に来た走れと言った教師に軽く挨拶して、部室の鍵を渡し、俺は校舎を出て自転車置き場にいく。
 するとそこには、よく見覚えがある、黒髪ロングの清楚な少女がそこにはいた。彼女はこちらを振り返り、ふっと微笑む。
「水無瀬か」
「横山君がこの時間までいるなんて…どうして?」
「例の体育教師の無茶要求」
「あー…」
 本当にあの体育教師はまともな思考回路をしていないと思う、じゃなきゃあんなこと本気で言い出したりはしないだろうし。
 そうだ、俺の名前は横山太一、ごく普通の高校二年生、そんで彼女が水無瀬里奈、外見がかなり秀逸なこと以外はごく普通の高校二年生だ。
「ていうか、誰待ちだよ」
「なんか眠くなってて、図書室で寝てたらこんな時間になってた。玲奈は今日バイトで早めに帰っちゃったし、誰か来ないかなって…」
「なるほど」
「こんな時間だし、もうみんな帰ってるだろうし、途中まで一緒に帰ろ?」
 確かにもう日が沈みかけている上に今日は午前授業だった、と考えれば例え部活があったとしても、校内に残っている生徒はオレとこいつのみだろう。
 事実、ここに来るまでの部室棟、職員室と人がいそうな二カ所を回ってきたのに誰一人生徒に出くわさなかった訳だから。
「分かった、けどそんな遠い所までは行けないぞ?」
「いいよ、いこ」
















「でもこうして2人で帰るって初めてだよね」
「まず無いだろ、こういう事でもない限り」
 二人して自転車に乗って帰るわけでもなく、こうしてのんびりと歩きながら適当に呟いたり、たまに黙ったり。
 辺りはすっかり暗くなってしまって道路の車通りが非常に多くなっていた。曲がるタイミングで俺は歩道内の車道側に移動する。
「でも学校だと結構話すんだよね、私達」
「席隣だしな、真ん前は玲奈だし」
「横山君はいいよね、窓側端っこの一番いい席じゃん」
「そうか?窓側は寒いぞ?ストーブから一番遠いし
「でも、日差しが入れば多少暖かくなるんじゃない?」
「眩しいんだよなぁ」
「あー…」
「サボって寝ようとしても寝れないとかザラだからな」
 基本的に教師に隠れて授業中に何かするなんて事はせず、俺はサボる時は堂々とサボるし、寝る時は堂々と寝るし、本読む時は堂々と本を読む。
 だから窓側後ろの一番端っこがいいと思ってる奴は考え直した方がいい、俺くらい威勢が良くないと、あそこは教師の目もやたら来るし、冬は寒い。
 強いて言うなら窓側の後ろ側でも前側でもなく、大抵の校舎なら多分扇風機やらが上にかけてある柱の横だ。あそこは目立たないし、光来ないし最高だ。唯一の弱点は冬寒い事。
「まず寝ないで、毎回ノート借りてくんだから、横山君」
「ノート提出とか意味ないだろ、点数はいいんだから」
「授業中寝てばかりでノートも写してるだけなのになんで点数高いの?」
「睡眠が浅いからな、頭の中には入ってくる」
 まぁ、右の耳から頭の中に入って左の耳から抜けている可能性が無きにしも非ずだけれど。さすがにテスト一週間前はかなり勉強をする類の人間ではあるからその勉強のおかげという可能性が高い。
「苦手科目とかないの?」
「生まれてこの方、数学ほど恨んだ概念はない」
「…概念?」
 数学…ううあ…数学。
 本当に数学が苦手だ、テスト前勉強の八割は数学に費やしていると言っても過言ではない、いや過言かもしれない。図形とかああいう系はいいんだよな、ただし、解の公式、テメーはダメだ。あんな長い公式覚えられるか。どれくらいかというと小学校の算数の頃から苦手だ、未だに四捨五入が分からん。
「多分向いてないんだな、数学が」
「向き不向きはあるけどそれって就職とかそういうとこで出てくるものじゃないの?」
「何言ってんだ、お前だって運動向いてないだろ?それと一緒だ」
「なんか微妙に違うと思うんだけど」
 そう、里奈は運動がダメだ、どれくらいかと言うとテレビのバラエティの体力測定系のヤラセと疑われるレベルでやばい、ヤラセとかじゃなくてマジで出来ない。走るのはまぁまぁ出来るのに、なんというか体の使い方が下手というか。
「向いてないもんは多分一生やんないしな、それなら別にやる必要もあんま無いだろ」
「ホント、省エネだよね」
「今の時代省エネでもないとやっていけねぇよ」  
「あんたの省エネは度が過ぎてんの」
「度が過ぎるくらいがちょうどいいんだよ、その分肝心なところで力を発揮するんだよ」
「言い方良くしただけでそれただの漁夫の利じゃん」
「……痛いとこつくなお前」
「そこで黙るんだ…」
 俺は省エネ男にはなったつもりだが、漁夫の利して平然と喜ぶ外道になったつもりは無い、…と思えたらいいね。
「まぁ、人生漁夫の利した奴が勝ちみたいなとこあるし、あながち間違ってはないだろ」
「間違ってはないと言いたいけど…」
「認めろ、それが真実だ」
 そう、俺がどんなに漁夫の利を否定しても所詮は漁夫の利がこの世を制すのである。俺があいつを追い詰めた!とか、私がここまで頑張った!と言っても、最終的に結果を出した奴が得を得るように漁夫の利は意図しないものもあれば意図してあるものもある。
 まぁ八割くらいは意図してやってるもんだから、本気でそういう事するやつはろくなやつじゃないから関係はほどほどに。
 残りの二割は意図せず漁夫の利をしてしまう可哀想な人達だ、そういう人が仕事場にいたらそっと教えてやろう、「俺の手柄を取るな」と。
 人の手柄とるやつは実績と実力が比例してないからな、例えば有名ゲームの○ン○ンなんかでも似たようなことがある、いやこれダメだな伏字がモ○ハ○。あれなんか伏字になってなくね?気のせいか。
「あ、ほら私ここまでだから」
「あ、そうか」
 周りを見渡すともうそこは交差点だった、時刻的には冬の夕方の為かあたりはすっかり暗くなり、比較的交通量は多く無数の車のライトが飛び交っていた。
 そして、この交差点を左に行く道が俺の帰り道で、右に行く道が水無瀬の帰り道だ。
「それじゃ、また明日…って今日金曜か」
「あぁ、じゃ、また来週」
 そうして背中を向けて歩き始めた里奈のシルエットがライトに照らされた。
 巨大な光のついた何かがこちらへ猛スピードで向かってきた。
「水無瀬!」
 叫ぶが反応はない、恐らく唖然としているか避けるのを諦めているのか、いや、トラックの急ブレーキの音にかき消されているのだろう、だが今はそんな事を考えている暇はない。
 全速力で走って、手を伸ばして、水無瀬の手を掴む。少し乱暴に水無瀬の手を引いてトラックの車線から出ようとする…。
 いや、ダメだ、人ひとり引っ張って車線から出るような時間なんて残ってない。
 俺は水無瀬一人を車線外に押し出した。水無瀬が車線外に出たのをその目で確認し、里奈と目が合う。
 いい、気にしなくて。そう呟こうとして、俺は衝撃で意識を失って…暗い底に落ちた。



『死なないで』















 ここは…どこだ、視界が虚ろでハッキリしない、病院だろうか。白い壁、白い天井、それについているライトが眩しい。
 耳には定期的に心拍を図る音が聞こえるだけ。
 「どうだ?」
「バイタル安定してます、心拍、呼吸、血流、異常なし」
 声が聞こえた、左右から、左からは女の声が、右からは男の声が。
「分かった、投与しろ」
「分かりました」
 …?、一体何を。
「投与します、3、2、投与開始」
 視界の隅に点滴袋の中身の青色の液体が見えた、それはゆっくりと管を通って、俺の体内に入っていった。
 その瞬間。何かが血液を押しのけて血管を通って全身を駆け巡った。その何かは体内で血管を圧迫しながら駆け巡る。手足が痙攣しているかのようにガタガタふるえる。
 痛みはないのに、徐々に意識が遠のいていく感覚が恐怖心を与えてくる。なんだ…誰の声だ…。これは。
『死なないで』
 誰だお前は…お前は、一体。
「バイタル下がってます、心拍低下!」
「やはりこの反応…適性はXクラスだったか」
「どうしますか?」
「適性はXだ、だが体が耐えるかどうか…」
「さらに心拍下がってます!」
「仕方ない…心拍推進剤投与!あと念の為人工心臓を」
「分かりました!」
「生きろよ…君は希望だ」
「横山君!」
「どうして君がここに…?」
 誰だ目の前にいるのは、誰だ。誰の声だ、これは。誰だ俺に話しかけているのは…。
『死なないで!』
「死なないで!」
 何も見えない。でも声だけが聞こえる、誰なんだ…お前は。
「死なないで!」
『死なないで!』
 ダメだ…意識が。
「お願い…生きて…横山君」
 その瞬間、視界が真っ白に染まった。暗闇にいたはずなのに、気付けば視界は白くなり体の中を激流のごとく巡っていた何かも静まっていた。
 その白い視界の先に誰かが、立っている。長い髪をなびかせてこちらを振り向いたが遠くて顔がよく見えない。
『生きて、生きて、私を…』

『助けて』
 その瞬間視界が再び真っ黒に染まった。



 

「バイタル…戻ってます、心拍も、呼吸も安定、血流再開」
「横山君…大丈夫なんですか?」
「ひとまずは…」
「ふー…」
 声が聞こえて、ゆっくりと目を開ける。視界はまだ少しぼやけるが顔くらいは判別がつくようになった。右側には水無瀬が、左側には男と女が立っていた。
「横山君…横山君?」
「…水無瀬?」
「君、声は聞こえるかい?」
「はい…」
「よし、では両手両足を動かしてみてくれ」
 そう言われ、両手両足を僅かながらにもうごかす、恐らくピクっピクっとしか動いてはいないが男の表情、服装的に医者のような男の表情からして大丈夫なようだ。
「…水無瀬、ここは」
「良かった…、無事で」
「事情は君がある程度普通に戻ってから説明する、今は休みたまえ」
 そう言われて俺は手を握る里水無瀬の体温を感じながら、俺は再びゆっくりと目を閉じた。

 
 














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