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5(国王視点)
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(国王視点)
アルベルト・カサドは、若干二十五歳。
類まれなる美貌と天賦の才能をそなえた、国民の希望の国王だ。
巨大な軍を率いる沈着冷静な司令官でもあり、つねに自ら戦いの最前線で戦うことを信条とする戦士でもある。アルベルトの剣に、勝てる敵兵はひとりもいない。
そんなアルベルトはここ数年で領地を増やしてきた。次々に敵国を占領してきたのだ。
占領したのは民が重税に苦しむ国ばかりだった。だから占領された国の民たちには大歓迎をされている。
アルベルトは、国民を虐げる傲慢な王侯貴族たちを追い出してくれたヒーローなのだ。
そのアルベルトが、今、生まれて初めてものすごく動揺していた。
シャルルの裸を見てしまったからだ⋯⋯。
「俺はなんということをしてしまったのだ」
大きなため息をついた。
ここはエスタリア国の王城の、一番高い塔の上にある執務室——。
たくさんの書物が壁沿いの書棚を埋めている。
アルベルトは大きな机の前に座っていた。机の上には広い地図がある。世界地図だ。
この地図を眺めてアルベルトはいつも戦略を練るのだ。
襟元にダイヤの飾りがついた豪華な黒いフロックコート姿。黒髪に青い目の、まるで野生の黒豹のようなしなやかな若き王に、黒はとてもよく似合う。
「シャルルは戸惑っているようだった」
アルベルトは暗い顔でつぶやいた。
「結婚の儀式の前に裸を見た俺を軽蔑したかもしれない⋯⋯」
じつは、アルベルトは『シャルルにプロポーズをした』と思っているのだ。
このエスタリア国では、『我が国の国宝』という言葉はつまり『王妃』という意味の美辞だからだ。
国宝になってくれ、とは、結婚して王妃になってくれ、という意味なのだ。
アルベルトの一族は代々、『我が国の国宝になってくれ』と言って、王妃にプロポーズをしてきたのだ。
だからアルベルトは、自分はシャルルにプロポーズをして受け入れてもらった、と信じていた⋯⋯。
「シャルルは怒っていないだろうか?」
裸のシャルルを見たとき、アルベルトは必死で冷静をよそおった。だが心の中は、十代の少年のように激しく動揺していたのだ。
シャルルには十人以上の気の利く従者たちをつけている。湯上がりには分厚いバスローブを着せられていて当然だと思っていたのに、まさか裸とは⋯⋯。
「婚姻を破棄するとは言わないだろうな?」
そんなことになったら大変だ。想像しただけで胸が苦しい。
うーん、と頭を抱えて唸っていると、「失礼いたします」と声がして、スラリとした見目のいいオメガの男が入ってきた。
占星術師のイリヤ・ハプスブルクだ。
銀色の髪を腰まで伸ばし、白っぽい足首まで届くような古風な服を着ている。
首には無骨で頑丈な鉄のオメガ襟をつけている。生涯を禁欲で過ごすという印の鉄襟だ。
「お呼びでございますか、陛下」
「ん?」
とアルベルトは、恋の悩みからいったん気持ちを切り替えて、有能な王の顔に戻った。
「礼を言おうと思ったのだ。そなたが水晶の中に見せてくれた可憐なオメガの青年が、俺の前に現れたぞ」
「はい。城中がその噂で持ちきりでございます。運命の番に出逢われたこと、お祝いをもうしあげます、陛下」
銀髪の占星術師イリヤは、占星術のほかに水晶占いも得意としていた。
三年前、イリヤは水晶の中にシャルルの姿を映し出し、『このお方が陛下の運命の番でいらっしゃいます。近いうちに運命の星に導かれて、陛下のもとにいらっしゃることでしょう』と占ったのだ。
水晶の中に映っていたのは、ふわふわの柔らかそうなピンクブロンドの見事な金髪に、透き通る春の若葉のように清らかな緑色の瞳をしたオメガの少年だった——。
アルベルトはこの少年に一目惚れしたのだ。自分でも驚くほどこの金髪の少年に惹きつけられた。
そしてこの少年オメガこそが、自分の運命の番だと一瞬で理解した。
『この少年はどこにいる?』
と聞くと、占星術師はこう答えた。
『それは分かりません。ですが星の導きによって必ずや陛下のもとにいらっしゃるでしょう』
この日から、アルベルトは一日千秋の思いで運命の番と会える日を待ち続けた。
水晶に映る愛らしい顔を、画家に描かせたりもした。少年が三年のあいだに美しい青年に育っていくその姿をすべて描かせた。
アルベルトの寝室には何十枚もシャルルの肖像画が飾ってあるのだ。
そして今日、ついにその運命の番が現れたのだった。
「お優しいお方のようでございますね、従者たちがそう噂しておりました」
占星術師のイリヤも嬉しそうだ。
「まったく噂好きだな」
アルベルトは威厳ある態度で苦く笑ったが、心の中ではニコニコと笑っている。
シャルルを放っておいた従者たちを叱ろうとしたとき、シャルルは『叱らないでください』と頼んだ。
——なんと優しいのだろう。俺の運命の番は外見だけでなく心も可憐だ。俺の運命の番は素晴らしいオメガだ。
「今夜の晩餐で紹介しよう」
と言ったとき、湯殿で見た真っ白なシャルルの裸が頭に浮かんだ。
「やっと出会えたシャルルに、嫌われているかもしれぬ⋯⋯」
また大きなため息をつく。
「どうかなさったのでございますか、陛下?」
「——なんでもない」
と答えたが、ふと、イリヤには二人のオメガの姉がいたことを思い出した。
「そなた、たしか姉がいたな?」
「はい」
「もし姉上たちの機嫌をそこねたら、どうする?」
「そうですね⋯⋯、美容に命をかけている姉たちなので、なにか効果の高い美容の品を送ります」
「ほお⋯⋯」
美容の品——と聞いてもまったくイメージが湧いてこない。
イリヤが微笑んで続けた。
「シャルルさまへのプレゼントでございますか? それならば『美容クリーム』などはいかがでしょうか?」
「なるほどそれはいいかもしれないな」
「金粉入りなどよろしいと思います」
「おお、それはよい考えだ」
そんなことを話していると、まただれかが「失礼いたします」と部屋に入ってきた。
シェフのクレメントだ。男らしい容姿に、栗色の髪と栗色の目をしている。
アルベルトは美食家なので、世界でもっとも有名なシェフに料理長をさせていた。クレメントは各国の王が大金を払っても欲しがるほどの天才シェフなのだ。
美食家ではあるが、もちろん人間は食べない。
あまりにアルベルトの軍隊が強いので、『アルベルト王は人間を食べる』などという、意地悪な噂が流れたのだろう⋯⋯。
「陛下、このたびのご婚約、おめでとうございます」
「うむ——」
「金粉入りの美容クリームを贈られるそうですよ」
と占星術師が料理長に教える。
「おお、それは素晴らしい。⋯⋯いかがでしょうか、そのクリームにバニラの香りをつけては?」
「バニラ?」
「はい。甘い香りはオメガの方々に好まれます」
「なるほど、それはいい考えだな。そなたたちふたりで特製クリームを用意してくれるか?」
「ふたりでですか?」
嫌な顔をしたのはイリヤだ。イリヤはクレメント料理長があまり好きではないらしい。
「俺と一緒だと不服か、イリヤどの?」
「ええ、もちろん不服です!」
「どうしてそんな言い方を⋯⋯」
「やめろ!」
言い争いをしそうになったふたりを、アルベルトは軽く睨んだ。
イリヤとクレメントはピタリと黙った。
「わかりました、すぐにお作りいたします、陛下」
「美肌にいい薬草をお調べいたします、陛下」
「ああ、頼む」
ふたりが部屋を出ていくと、羽ペンと良質な羊皮紙を出して手紙を書き始める。
両親にシャルルのことを報告しようと思ったのだ。
父王は何年も前に引退していた。今では王妃とともに、美しい湖畔の小さな城で穏やかに暮らしている。
今までずっと結婚の気配すらなかったアルベルトからの結婚報告を、両親は喜んでくれるはずだった。
時候の挨拶のあと、シャルルがどんなに可憐で可愛くて美しいかを書いた。
途中で紙が足らなくなった。
一枚、二枚——まだ足らない。
「ペンが止まらぬな」
ハンサムな顔に笑みを浮かべて、アルベルトはシャルルの美点を手紙に書き続けた⋯⋯。
続く
中編(三万字)なのでサクッと完結予定です!
追記——この中編を元にした長編をAmazonで出版していただけました。Amazonサイトで『モブ側妃と敵国の溺愛王』のタイトルで検索できます。目次の下にリンクもありますのでよかったらぜひ覗いてみてください。
アルベルト・カサドは、若干二十五歳。
類まれなる美貌と天賦の才能をそなえた、国民の希望の国王だ。
巨大な軍を率いる沈着冷静な司令官でもあり、つねに自ら戦いの最前線で戦うことを信条とする戦士でもある。アルベルトの剣に、勝てる敵兵はひとりもいない。
そんなアルベルトはここ数年で領地を増やしてきた。次々に敵国を占領してきたのだ。
占領したのは民が重税に苦しむ国ばかりだった。だから占領された国の民たちには大歓迎をされている。
アルベルトは、国民を虐げる傲慢な王侯貴族たちを追い出してくれたヒーローなのだ。
そのアルベルトが、今、生まれて初めてものすごく動揺していた。
シャルルの裸を見てしまったからだ⋯⋯。
「俺はなんということをしてしまったのだ」
大きなため息をついた。
ここはエスタリア国の王城の、一番高い塔の上にある執務室——。
たくさんの書物が壁沿いの書棚を埋めている。
アルベルトは大きな机の前に座っていた。机の上には広い地図がある。世界地図だ。
この地図を眺めてアルベルトはいつも戦略を練るのだ。
襟元にダイヤの飾りがついた豪華な黒いフロックコート姿。黒髪に青い目の、まるで野生の黒豹のようなしなやかな若き王に、黒はとてもよく似合う。
「シャルルは戸惑っているようだった」
アルベルトは暗い顔でつぶやいた。
「結婚の儀式の前に裸を見た俺を軽蔑したかもしれない⋯⋯」
じつは、アルベルトは『シャルルにプロポーズをした』と思っているのだ。
このエスタリア国では、『我が国の国宝』という言葉はつまり『王妃』という意味の美辞だからだ。
国宝になってくれ、とは、結婚して王妃になってくれ、という意味なのだ。
アルベルトの一族は代々、『我が国の国宝になってくれ』と言って、王妃にプロポーズをしてきたのだ。
だからアルベルトは、自分はシャルルにプロポーズをして受け入れてもらった、と信じていた⋯⋯。
「シャルルは怒っていないだろうか?」
裸のシャルルを見たとき、アルベルトは必死で冷静をよそおった。だが心の中は、十代の少年のように激しく動揺していたのだ。
シャルルには十人以上の気の利く従者たちをつけている。湯上がりには分厚いバスローブを着せられていて当然だと思っていたのに、まさか裸とは⋯⋯。
「婚姻を破棄するとは言わないだろうな?」
そんなことになったら大変だ。想像しただけで胸が苦しい。
うーん、と頭を抱えて唸っていると、「失礼いたします」と声がして、スラリとした見目のいいオメガの男が入ってきた。
占星術師のイリヤ・ハプスブルクだ。
銀色の髪を腰まで伸ばし、白っぽい足首まで届くような古風な服を着ている。
首には無骨で頑丈な鉄のオメガ襟をつけている。生涯を禁欲で過ごすという印の鉄襟だ。
「お呼びでございますか、陛下」
「ん?」
とアルベルトは、恋の悩みからいったん気持ちを切り替えて、有能な王の顔に戻った。
「礼を言おうと思ったのだ。そなたが水晶の中に見せてくれた可憐なオメガの青年が、俺の前に現れたぞ」
「はい。城中がその噂で持ちきりでございます。運命の番に出逢われたこと、お祝いをもうしあげます、陛下」
銀髪の占星術師イリヤは、占星術のほかに水晶占いも得意としていた。
三年前、イリヤは水晶の中にシャルルの姿を映し出し、『このお方が陛下の運命の番でいらっしゃいます。近いうちに運命の星に導かれて、陛下のもとにいらっしゃることでしょう』と占ったのだ。
水晶の中に映っていたのは、ふわふわの柔らかそうなピンクブロンドの見事な金髪に、透き通る春の若葉のように清らかな緑色の瞳をしたオメガの少年だった——。
アルベルトはこの少年に一目惚れしたのだ。自分でも驚くほどこの金髪の少年に惹きつけられた。
そしてこの少年オメガこそが、自分の運命の番だと一瞬で理解した。
『この少年はどこにいる?』
と聞くと、占星術師はこう答えた。
『それは分かりません。ですが星の導きによって必ずや陛下のもとにいらっしゃるでしょう』
この日から、アルベルトは一日千秋の思いで運命の番と会える日を待ち続けた。
水晶に映る愛らしい顔を、画家に描かせたりもした。少年が三年のあいだに美しい青年に育っていくその姿をすべて描かせた。
アルベルトの寝室には何十枚もシャルルの肖像画が飾ってあるのだ。
そして今日、ついにその運命の番が現れたのだった。
「お優しいお方のようでございますね、従者たちがそう噂しておりました」
占星術師のイリヤも嬉しそうだ。
「まったく噂好きだな」
アルベルトは威厳ある態度で苦く笑ったが、心の中ではニコニコと笑っている。
シャルルを放っておいた従者たちを叱ろうとしたとき、シャルルは『叱らないでください』と頼んだ。
——なんと優しいのだろう。俺の運命の番は外見だけでなく心も可憐だ。俺の運命の番は素晴らしいオメガだ。
「今夜の晩餐で紹介しよう」
と言ったとき、湯殿で見た真っ白なシャルルの裸が頭に浮かんだ。
「やっと出会えたシャルルに、嫌われているかもしれぬ⋯⋯」
また大きなため息をつく。
「どうかなさったのでございますか、陛下?」
「——なんでもない」
と答えたが、ふと、イリヤには二人のオメガの姉がいたことを思い出した。
「そなた、たしか姉がいたな?」
「はい」
「もし姉上たちの機嫌をそこねたら、どうする?」
「そうですね⋯⋯、美容に命をかけている姉たちなので、なにか効果の高い美容の品を送ります」
「ほお⋯⋯」
美容の品——と聞いてもまったくイメージが湧いてこない。
イリヤが微笑んで続けた。
「シャルルさまへのプレゼントでございますか? それならば『美容クリーム』などはいかがでしょうか?」
「なるほどそれはいいかもしれないな」
「金粉入りなどよろしいと思います」
「おお、それはよい考えだ」
そんなことを話していると、まただれかが「失礼いたします」と部屋に入ってきた。
シェフのクレメントだ。男らしい容姿に、栗色の髪と栗色の目をしている。
アルベルトは美食家なので、世界でもっとも有名なシェフに料理長をさせていた。クレメントは各国の王が大金を払っても欲しがるほどの天才シェフなのだ。
美食家ではあるが、もちろん人間は食べない。
あまりにアルベルトの軍隊が強いので、『アルベルト王は人間を食べる』などという、意地悪な噂が流れたのだろう⋯⋯。
「陛下、このたびのご婚約、おめでとうございます」
「うむ——」
「金粉入りの美容クリームを贈られるそうですよ」
と占星術師が料理長に教える。
「おお、それは素晴らしい。⋯⋯いかがでしょうか、そのクリームにバニラの香りをつけては?」
「バニラ?」
「はい。甘い香りはオメガの方々に好まれます」
「なるほど、それはいい考えだな。そなたたちふたりで特製クリームを用意してくれるか?」
「ふたりでですか?」
嫌な顔をしたのはイリヤだ。イリヤはクレメント料理長があまり好きではないらしい。
「俺と一緒だと不服か、イリヤどの?」
「ええ、もちろん不服です!」
「どうしてそんな言い方を⋯⋯」
「やめろ!」
言い争いをしそうになったふたりを、アルベルトは軽く睨んだ。
イリヤとクレメントはピタリと黙った。
「わかりました、すぐにお作りいたします、陛下」
「美肌にいい薬草をお調べいたします、陛下」
「ああ、頼む」
ふたりが部屋を出ていくと、羽ペンと良質な羊皮紙を出して手紙を書き始める。
両親にシャルルのことを報告しようと思ったのだ。
父王は何年も前に引退していた。今では王妃とともに、美しい湖畔の小さな城で穏やかに暮らしている。
今までずっと結婚の気配すらなかったアルベルトからの結婚報告を、両親は喜んでくれるはずだった。
時候の挨拶のあと、シャルルがどんなに可憐で可愛くて美しいかを書いた。
途中で紙が足らなくなった。
一枚、二枚——まだ足らない。
「ペンが止まらぬな」
ハンサムな顔に笑みを浮かべて、アルベルトはシャルルの美点を手紙に書き続けた⋯⋯。
続く
中編(三万字)なのでサクッと完結予定です!
追記——この中編を元にした長編をAmazonで出版していただけました。Amazonサイトで『モブ側妃と敵国の溺愛王』のタイトルで検索できます。目次の下にリンクもありますのでよかったらぜひ覗いてみてください。
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