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ふつつか者ですがどうぞよろしくお願いします
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騎士団長は軽く背を曲げてユリアの顔を覗き込んでいたのだ。
「うわっ!」
思わず声が出た。その拍子に後ろに倒れそうになってしまう。
「危ない——」
騎士団長の手がサッと背中にまわって支えてくれた。
ふたりの顔がますます近づく。
「俺のオメガ妻になって欲しい——」
「妻?」
「いや——、つまり偽りの妻になってほしいという意味だ。嘘とはいえ、俺の妻の立場になるのは不服か?」
「不服などと、とんでもありません」
騎士団長の妻の立場を不服だと思う者はいないだろう。
たとえそれがお飾りの妻であったとしても⋯⋯。
「では了承してくれるな」
騎士団長はユリアの背中を支えていた腕をそっと離して、ものすごく嬉しそうににっこりと笑った。
真っ暗だったユリアの心の隅々までパッと明るくなるような暖かくて美しい微笑みだ。
従兄弟家族との生活は辛いし、魔法学園に通えるのもあと少し。卒業すればただひたすら従兄弟家族に仕える生活が待っているだけだった。わずかな希望も未来にはない。
騎士団長の申し出は願ってもない助け舟に思えた。
だけどあまりにも突然で答えを出せない。
そのとき、ユリアの頭の中に、『契約書』のことが浮かんだ。
——そうだ! 父上と母上は契約書や遺言書を残さなかったからこんな状況になってしまったたんだ。自分の身を守るのに大事なのは、正式な契約書だ!
可愛い唇をキュッと引き結んで、ユリアはもう一度勇気を出して聞いてみた。
「あの⋯⋯、この契約結婚には、契約書がありますか?」
「契約書?」
ヴィクトル騎士団長は少し驚いたようだった。形のいい眉がキュッと上がる。だけどすぐにまた暖かく微笑んで大きくうなずいた。
「もちろんだ、正式な契約書を作ろう」
そして右手をユリアの前に差し出した。
「ユリア・ニキーチェ殿——。我が妻になっていただけますか?」
「え?」
——我が妻?
胸の鼓動がドクンと大きく跳ね上がる。これではまるで本当に求婚されているようではないか?
——ダメだ、ダメだ! 勘違いしちゃダメだ! これは契約結婚なんだから。
慌てて自分に言い聞かせ、騎士団長の手の上に自分の手を重ねた。
「は、はい⋯⋯、不束者ですがどうぞよろしくお願いいたします⋯⋯」
続く
「うわっ!」
思わず声が出た。その拍子に後ろに倒れそうになってしまう。
「危ない——」
騎士団長の手がサッと背中にまわって支えてくれた。
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「俺のオメガ妻になって欲しい——」
「妻?」
「いや——、つまり偽りの妻になってほしいという意味だ。嘘とはいえ、俺の妻の立場になるのは不服か?」
「不服などと、とんでもありません」
騎士団長の妻の立場を不服だと思う者はいないだろう。
たとえそれがお飾りの妻であったとしても⋯⋯。
「では了承してくれるな」
騎士団長はユリアの背中を支えていた腕をそっと離して、ものすごく嬉しそうににっこりと笑った。
真っ暗だったユリアの心の隅々までパッと明るくなるような暖かくて美しい微笑みだ。
従兄弟家族との生活は辛いし、魔法学園に通えるのもあと少し。卒業すればただひたすら従兄弟家族に仕える生活が待っているだけだった。わずかな希望も未来にはない。
騎士団長の申し出は願ってもない助け舟に思えた。
だけどあまりにも突然で答えを出せない。
そのとき、ユリアの頭の中に、『契約書』のことが浮かんだ。
——そうだ! 父上と母上は契約書や遺言書を残さなかったからこんな状況になってしまったたんだ。自分の身を守るのに大事なのは、正式な契約書だ!
可愛い唇をキュッと引き結んで、ユリアはもう一度勇気を出して聞いてみた。
「あの⋯⋯、この契約結婚には、契約書がありますか?」
「契約書?」
ヴィクトル騎士団長は少し驚いたようだった。形のいい眉がキュッと上がる。だけどすぐにまた暖かく微笑んで大きくうなずいた。
「もちろんだ、正式な契約書を作ろう」
そして右手をユリアの前に差し出した。
「ユリア・ニキーチェ殿——。我が妻になっていただけますか?」
「え?」
——我が妻?
胸の鼓動がドクンと大きく跳ね上がる。これではまるで本当に求婚されているようではないか?
——ダメだ、ダメだ! 勘違いしちゃダメだ! これは契約結婚なんだから。
慌てて自分に言い聞かせ、騎士団長の手の上に自分の手を重ねた。
「は、はい⋯⋯、不束者ですがどうぞよろしくお願いいたします⋯⋯」
続く
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