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美貌の国王

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 ハッとして顔を上げると、そこには——。
 月の光を受けて輝く砂漠の砂のような色の短い金髪の、とても背が高い男性がいた。
 ガラス細工のような透明な瞳をしている。不思議な色だった。瞳の中に吸い込まれてしまいそうな、透き通った色だ⋯⋯。
 シンプルだが手の込んだ刺繍が織り込まれた黒いフロックコート(長上着)を着ている。肩幅が広く、胸の筋肉はフロックコートがはち切れんばかりにたくましく盛り上がっている。
 顔立ちは驚くほど整っていて、動かなかったら彫像と見間違えていたかもしれない。
 フウルは自分の立場を束の間忘れて、その顔にボーッと見惚れた。
 まっすぐな男らしい眉の下の切れ長の目——。引き締まった唇に、男らしく力強い顎——。
 広間に集まった貴族たちが、
「陛下」
 と、いっせいに頭を下げたので、この男性がラドニア国のリオ・ナバ国王だとわかった。
 ——この方が陛下?
 醜いという噂はとんでもない間違いだったのだ。ラドニア国のアルファ国王は滅多にいないほどの美貌の持ち主だった。
「陛下——」
 慌てて頭を下げ、震える声で急いで繰り返した。
「ど⋯⋯、どうぞ偽者の僕を⋯⋯、僕を、すぐに処刑してください! 殺してください!」
 すると頭の上から、暖かさと優しさに満ちた魅力的な低い声が、ほんの少しだけ笑いを含んでこう言った。
「とりあえず——、落ち着こうか?」

*****

 落ち着こうか——。
 その声を聞いた瞬間に、なぜかわからないけれど、バクバクと壊れそうなほど鳴っていた心臓がストンと落ち着く。
 国王陛下は、僕のことを怒っていない?
 不思議だった。リオ・ナバ国王の顔には笑みのようなものさえ浮かんでいる。大声で怒鳴られても仕方がないのに、どうして穏やかなんだろう? 
 頭の中は大混乱だ。もしかしたらちゃんと伝わっていないのかもしれないと思った。だからもう一度震える声で言った。
「あの⋯⋯、その⋯⋯。僕は⋯⋯、僕は、⋯⋯偽者なんです! 偽者の花嫁なんです!」
 冷たい大理石の床に両手を投げ出してひれ伏す。
 すると、すぐに逞しい腕が伸びてきて、ぐいっと力強くひっぱりあげられてしまった。
「深呼吸をして——」
「え?」
「大きく息を吸おうか? そうすれば落ち着くだろう」
 言われるままに大きく息を吸った。かなり落ち着いてきたけれど、国王の切れ長の目と視線がピタリと合うと、また心臓がドキドキと鳴り始めた。
 今までのドキドキとは全然違って、感じたことがないような不思議な甘い鼓動だ⋯⋯。
「長旅で疲れているようだ——」
 リオ・ナバ国王は、フウルの腕を優しく包み込むようにして支えてくれた。
 じっと見下ろしてくる瞳は不思議なガラス細工のような色⋯⋯。その瞳がピタリとフウルの顔にとどまって数秒も離れない。
 見つめられながら、たくさんの貴族たちが集まっている広間を横切り廊下へ。
 廊下には色鮮やかな美しいタペストリーが並んでいた。
 長い廊下を進んでいくと大きな部屋があって、天井には巨大なシャンデリアが眩しいほど輝いている。
 大きなテーブルにはたくさんの料理。大きなチキンの丸焼きから湯気が立ち、色とりどりの果物——葡萄やオレンジがとてもみずみずしい。
「あ、あの⋯⋯、僕は偽者なんです⋯⋯」
「話はわかった。だが、とりあえず、晩餐としよう」
「晩餐?」
 もしかして、処刑の前の最後の晩餐だろうか?
 処刑の前に豪華な食事をだす風習の国があることをどこかで聞いたことがあった。もしかしたらそうなのかもしれない。きっとこれは最後の晩餐なんだ⋯⋯。
「王子はチキンはお好きか? それとも長旅で疲れた体には、甘いケーキの方が?」
 国王が、大きなテーブルの向かい側に長い足を組んで座ってにこやかに微笑んだ。
 じっとフウルを見つめてくる顔に怒りはない。
 なんて優しい人なんだろう、自分の国を騙した僕に、処刑の前の最後の慈悲を示してくださっているんだ——。
 他国の国王の慈悲の心に感動して、大きな青い目に涙が滲んでいく。
 ——人の優しさに触れるってこんなに嬉しいんだ。
 初めての経験に心を揺さぶられながら、小声で感謝を述べた。
「陛下、ありがとうございます——」
 食事を味わおうと思って手を伸ばす。だけど、どの料理も喉を通らなかった。湯気の立つチキンからは香ばしい香りがしているし、みずみずしい葡萄や林檎もあるけど、緊張しているせいだろうか、どれも一口ほどしか食べられない。
「す、すみません⋯⋯、あまり食欲がなくて」
「食欲がない?」
 たくましい首をかたむけて少し考えた国王は、侍従長に合図をした。侍従長はミゲルと同じ赤毛のベータの青年だ。整った顔立ちをしている。
「カルラと申します。王子様のお世話係のミゲルの兄でございます。王子さま、もしお好きならば、熱くて甘いホットチョコレートをお持ちいたしましょうか?」
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