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「見ろよ! まるでドブネズミのような王子だ」と彼らは笑った。
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フウルは第一王子なのだ。つまり亡き父王の跡を継いで国王になるべき立場なのだ。それなのに、他国に嫁に行けとは⋯⋯。
フウルは、大きく息を吸ってから、思い切って口を開いた。
「で⋯⋯ですが、義母上。僕は第一王子ですし、それに、あの⋯⋯、僕の『ギフト』は、ラドリア国の人々を不幸にしてしまいます⋯⋯」
そう言った瞬間——。
晴れ渡っていた青い空が急に真っ暗になった。黒い雨雲が広がっていく。ポツポツと小さな雨粒が落ち始め、すぐにザーッと激しい音を立てて雨が降り始めた。
「雨だ! 雨降り王子のせいで、また雨だ!」
うんざりした声がいっせいに上がった。
『ギフト』とは特異な能力のことだ——。
ナリスリア国のオメガ王子や王女たちは生まれながらに特別な能力を持っている。人々はそれを『ギフト』と呼んだ。
義弟のヘンリーが持つギフトは、晴れ日。
そしてフウルが持っているギフトは、雨、だった——。
*****
「ああ、また雨だ! まったくもう、フウル王子には困ったものだ!」
「雨降りオメガ王子のせいで、お茶会が台無しだわ」
貴族たちがぶつぶつと文句を言いながら天幕の中に走り込んでいく。
フウルが生まれながらに持っている『ギフト』の雨は、なぜか微量の『塩』を含んでいるらしく、フウルが行く先々で降らす雨は、農作物や木々を枯らしてしまうのだ。
フウルはそんな自分の能力を制御することはできない。
だからフウルは、『作物を枯らす雨降り王子』と呼ばれ、国民にひどく嫌われいていた。もちろん貴族たちにも好かれるわけがない。農業国として栄えてきた国を滅ぼしかねない『ギフト』を持ったオメガ王子なのだから⋯⋯。
「さあ、みんな天幕の下に入りなさい! おまえはいけません、フウル。おまえのせいで、せっかくのお茶会が台無しなのよ! そこで反省していなさい!」
「はい、義母上⋯⋯」
ずぶ濡れになったままでじっと立ち続けていると、冷たい北風がビューッと強く吹いてきた。指先がどんどん冷たくなっていく。とても寒くて、体がガタガタと震えた。
金髪も濡れそぼっていた。柔らかい巻毛がぺったりと顔に張りつき、毛先からは水滴が白い頬に流れていった。
黒いフロックコートもズボンもぐっしょりと濡れていく。
「あの姿を見てごらん、まるで薄汚れたドブネズミのよう⋯⋯」
誰かが呟いた。意地の悪い笑い声が天幕の下に広がる。
——仕方がない⋯⋯。我慢するしかないんだ、僕は、雨降り王子なんだから。
恥ずかしさと辛さに泣きたくなった。だけど泣けばまた笑われるだけだ。寒さで青くなった唇を噛んで、我慢する——。
どんなに寒くても雨が激しくても、義母の許しがあるまでここから動くわけにはいかないのだ。
勝手に動いたら、きっと義母はフウルに重い罰を与えようとするだろう。
義母の罰を想像しただけでフウルは恐ろしさに気を失いそうになった。
三歳のときには、雪が降る中庭に長時間裸足で立たされた。
五歳のときには理由もなく長い階段をなんどもなんども上り下りさせられ、両足が腫れて歩けなくなった⋯⋯。
食事すらもらえない日も多く、そんなときは、亡くなった実母のことを思い出して、「おかちゃま⋯⋯」と呼びながら、寒さとひもじさに泣いた⋯⋯。
「フウル、深く反省するのですよ——」
「はい⋯⋯」
フウルが雨の中に立っているあいだ、天幕の中ではお茶会が賑やかに進んでいく。
しばらくすると、誰かが天幕の中から出てきた。
続く
フウルは、大きく息を吸ってから、思い切って口を開いた。
「で⋯⋯ですが、義母上。僕は第一王子ですし、それに、あの⋯⋯、僕の『ギフト』は、ラドリア国の人々を不幸にしてしまいます⋯⋯」
そう言った瞬間——。
晴れ渡っていた青い空が急に真っ暗になった。黒い雨雲が広がっていく。ポツポツと小さな雨粒が落ち始め、すぐにザーッと激しい音を立てて雨が降り始めた。
「雨だ! 雨降り王子のせいで、また雨だ!」
うんざりした声がいっせいに上がった。
『ギフト』とは特異な能力のことだ——。
ナリスリア国のオメガ王子や王女たちは生まれながらに特別な能力を持っている。人々はそれを『ギフト』と呼んだ。
義弟のヘンリーが持つギフトは、晴れ日。
そしてフウルが持っているギフトは、雨、だった——。
*****
「ああ、また雨だ! まったくもう、フウル王子には困ったものだ!」
「雨降りオメガ王子のせいで、お茶会が台無しだわ」
貴族たちがぶつぶつと文句を言いながら天幕の中に走り込んでいく。
フウルが生まれながらに持っている『ギフト』の雨は、なぜか微量の『塩』を含んでいるらしく、フウルが行く先々で降らす雨は、農作物や木々を枯らしてしまうのだ。
フウルはそんな自分の能力を制御することはできない。
だからフウルは、『作物を枯らす雨降り王子』と呼ばれ、国民にひどく嫌われいていた。もちろん貴族たちにも好かれるわけがない。農業国として栄えてきた国を滅ぼしかねない『ギフト』を持ったオメガ王子なのだから⋯⋯。
「さあ、みんな天幕の下に入りなさい! おまえはいけません、フウル。おまえのせいで、せっかくのお茶会が台無しなのよ! そこで反省していなさい!」
「はい、義母上⋯⋯」
ずぶ濡れになったままでじっと立ち続けていると、冷たい北風がビューッと強く吹いてきた。指先がどんどん冷たくなっていく。とても寒くて、体がガタガタと震えた。
金髪も濡れそぼっていた。柔らかい巻毛がぺったりと顔に張りつき、毛先からは水滴が白い頬に流れていった。
黒いフロックコートもズボンもぐっしょりと濡れていく。
「あの姿を見てごらん、まるで薄汚れたドブネズミのよう⋯⋯」
誰かが呟いた。意地の悪い笑い声が天幕の下に広がる。
——仕方がない⋯⋯。我慢するしかないんだ、僕は、雨降り王子なんだから。
恥ずかしさと辛さに泣きたくなった。だけど泣けばまた笑われるだけだ。寒さで青くなった唇を噛んで、我慢する——。
どんなに寒くても雨が激しくても、義母の許しがあるまでここから動くわけにはいかないのだ。
勝手に動いたら、きっと義母はフウルに重い罰を与えようとするだろう。
義母の罰を想像しただけでフウルは恐ろしさに気を失いそうになった。
三歳のときには、雪が降る中庭に長時間裸足で立たされた。
五歳のときには理由もなく長い階段をなんどもなんども上り下りさせられ、両足が腫れて歩けなくなった⋯⋯。
食事すらもらえない日も多く、そんなときは、亡くなった実母のことを思い出して、「おかちゃま⋯⋯」と呼びながら、寒さとひもじさに泣いた⋯⋯。
「フウル、深く反省するのですよ——」
「はい⋯⋯」
フウルが雨の中に立っているあいだ、天幕の中ではお茶会が賑やかに進んでいく。
しばらくすると、誰かが天幕の中から出てきた。
続く
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