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第一章 蛇の頭と鶏の頭

第13話 託される想い

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 次の日の朝、黒薙は、笹平の病室を訪れていた。

「おう、黒薙。昨日も見舞いに来てくれたのにすまんな。」

 黒薙が病室に入ると、笹平はベッドから体を起こし、音楽を聴いていた。

 ガタイの良い笹平の身体からだは、包帯でおおわれていた。しかし、そのことを除くと、彼の様子はいつもと変わらなかった。

「これ、たのまれていたものです。」

 黒薙は、見舞みまいの品を笹平に手渡し、そばにあった椅子にこしかけた。

「ありがとな、ちょうど病院食びょういんしょくだけじゃ、足りなかったところだ。」

「そんなジャンクフードを食べて、大丈夫なのですか。」

「腹が減っているんだからしゃーない。」

 笹平は、黒薙が持ってきたハンバーガーにかぶりつく。

「お身体からだは、もう大丈夫なのですか。」

「まぁな、幸いにもナイフによる傷はあさかったし、きっと医者の腕が良かったんだろう。」

 もぐもぐと咀嚼そしゃくしながら、笹平は答えた。

「そっちこそ、どうなんだ? 回収した例のあの娘とバディを組んで、今回の案件に挑んでいるんだろ。」

「! なぜそれをご存じなのですか。」

「宇奈月班長から聞いた。」

「…一応機密きみつ扱いですよね。」

「俺に言われても、困る。」

 笹平は、口の中に残っている物を飲み込む。

「というかあの人が、わざわざ俺のとこまでそのことを言いに来たんだ。ご丁寧ていねいに、そこに牡丹餅ぼたもちまで置いていってやがる。」

 食べる手を止め、頬杖ほおづえを突きながら、笹平は少し不服ふふくそうにしていた。

「あの人、知っているはずだよな。俺が牡丹餅を苦手なこと。なぁ、黒薙。」

 笹平は、近くの机の上に積み重ねてあった箱を一つ取り、少し泣きそうな顔で黒薙にうったえかけた。

「…知らないです。私は初耳でした。」



「で、実際のところどうなんだ?」

 笹平が、再度さいど黒薙に対して問いかける。

「特に、今のところは順調じゅんちょうです。」

「…そうか。なら良かったよ。」

 笹平は、黒薙にやさしくそう言った。

「笹平さんが、お元気そうで良かったです。それでは、失礼します。」

「おっと、ちょっと待ってろ。お前に渡したいものがあるんだ。」

 腰を浮かしかけた黒薙を、笹平が引き止める。
 
ベッドの下に手を伸ばし、笹平が取り出したのは、いつも仕事で使っている彼のビジネスバッグだった。笹平は、開口部かいこうぶのダイヤル錠をいじり、バッグの中から3枚の札のようなものを取り出す。

「お前に、これを預けておこうと思ってな。」

「…! それって。」

「そうだ。俺の“アイテム”だ。」

 黒薙の方に差し出されたその札は、笹平が組織から与えられたアイテムだった。この3枚の札も、黒薙が持っているペン型のアイテム“理性の介入なしに筆を綴るシュルレアリスム”と同様に、特殊な力を持っている。

「しかし、個人のアイテムを、他のエージェントに譲渡じょうとする行為は…。」

「そういう面倒めんどくさいことはいいから、お前は大人しく受け取れ。」

 黒薙の言葉をさえぎり、笹平が告げる。

「…分かりました。あずからせていただきます。」

 笹平の真剣な面差おもざしを見て、黒薙は差し出された3枚の札を受け取ったのだ。



「それでは、失礼します。」

 そう言って、黒薙は笹平の病室を後にした。

 昨日は、フェリエッタと共に山から帰って来た後も、これと言ってコカトリスの居場所に関する進展は得られなかった。

 もう一度情報じょうほうを、洗い出して整理する必要がありそうだ。

「おい、そこのお前。」

 フェリエッタがいる病室へと向かおうとした黒薙を、誰かが呼ぶ。

 驚いた黒薙がり向くと、そこにはこの町に来て最初に出会ったあの調査部ちょうさぶの男が立っていた。

 男は、初めて会った時と同じようにダウンジャケットを着て、帽子を目元まで深く被っている。

「やっぱり、回収部かいしゅうぶのアンタだったか。」

「…どうして、あなたがここにいるのですか。」

 すでに一度任務を外された彼が、ここにいるのはおかしな話であった。突然現れたその男のことを、黒薙は警戒けいかいしていた。

「どうしてって、新しい情報を持ってきた。」

「あなたは、もうすでにこの案件の担当ではないはずです。」

「今回の任務で、俺のバディは死んだ。それだけで、俺が関わるには十分だ。」

 調査部の男は、するど眼光がんこうをみせながら、そう答える。だが、ここまで聞いた黒薙は、いまだにこの男を信用するべきか迷っていた。

「それで、情報はいらないのか。」

「…いえ。お話をお聞かせ願えますでしょうか。」

 コカトリスのことに関しても、まっているのは確かである。黒薙は、調査部の男の後をついていくのであった。



 黒薙は、調査部の男に続いて、一緒に病院の外までやって来た。

「それで、情報とは何ですか。」

森石数馬もりいしかずまのことだ。この鳥巣入とりすいる市の北東部に位置する集落の近くで、奴の目撃情報もくげきじょうほうがあった。どうやら、奴は何かを探しているようだ。」

「何か、ですか。」

「あのあたりは、石化被害が出たばかりの地域にも近い。」

「! それは、まずいですね。」

 この調査部の男は、森石数馬もコカトリスをねらっているということを、伝えたいのであろう。森石よりも先にコカトリスを回収しなければならない、黒薙はそう考えた。

「しかし、なぜ森石は、急に探し出したのでしょうか。今までの報告では、そのような兆候ちょうこうは見られなかったですよね。」

「さぁな。そこまでは分からない。」

 そこまで、調査部の男は話すと、二人の間に少しの沈黙ちんもくが流れた。

「それで、…この案件の捜査はどこまで進んでいる?」

「…すみません。任務外のエージェントにはお伝え出来ません。」

 黒薙が苦しそうな声でそう告げると、男は少しうつむいた。

「まぁ、そうだよな。」

「…あの、少しおうかがいしてもよろしいでしょうか。」

「なんだ。」

「バディの方とは、仲がよろしかったのですか。」

 黒薙は、どうしてそんなことを聞いたのか、自分でも分からなかった。しかし、これだけは聞いておかないといけない、そんな気がしたのだ。

 調査部の男は、少しの迷った後、ようやく口を開いた。

「…別に。美幸みゆきとは、あいつが私立探偵だった俺をスカウトしてきてからの付き合いだったが、たまに同じ任務にくぐらいの、それぐらいの仲だ。」

「…そうですか。」

 黒薙には、それ以上彼女のことを聞くことはできなかった。



「美幸のことは頼んだ。早く何とかしてやってくれ。」

 そう言い残し、調査部の男は去っていく。その男が最後に残した言葉は、黒薙に重くのしかかるようであった。
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