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第一章 蛇の頭と鶏の頭

第7話 バディ結成!!

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 白い髪の少女から猛烈もうれつな質問攻めにあった次の日の朝、黒薙は病院の廊下を歩いていた。昨日は、ホテルに帰った後も、疲れの為かあまり眠ることができなかった。

(今日は、彼女の引き渡しのための書類を作成しなければ。)

 黒薙には、保護した少女を回収部かいしゅうぶの別の職員に引き渡した後も、この町で起きている事件に対処するという任務がまだ残っている。

 そんなことを考えながら、少女の病室に向かっていた黒薙は、廊下の向こうから病院には似合わないサンダルをいた男が歩いてくるのが見えた。



「お! いーちゃんじゃないか。」

「黒薙唯月です。宇奈月うなづき班長、ここで何をされているのですか。」

 よれよれのコートを着て、眠そうな半目で微笑みを浮かべながら、黒薙に声をかけてきた男は、上司の宇奈月うなづき祐一ゆういちだった。しかし、ここに宇奈月がいることは、本来ありえないはずのことである。

「宇奈月班長は、別の案件で本部の方に招集しょうしゅうされていたはずでは?」

「まぁね、でも抜けてきた。」

「…他の班長の方々が、それを聞いたら怒りますよ。」

「正直僕より優秀ゆうしゅうな人は、いっぱいいるからね。何とかなるんじゃない?」

 飄々ひょうひょうと、宇奈月はそう答える。

 宇奈月に拾われてから3年ほどたつが、黒薙はこの男のことをいまだにつかめずにいた。彼のことで知っているのは、せいぜい年齢が40代半ばであることと、水虫で悩んでいつもサンダルをいていることぐらいである。

「それにしても、大変だったじゃないか。こっちに来て早々、任務外のアイテムを回収するなんて。キツかったら、今回の任務を交代させようか?」

「いえ、私が最後までやります。そんなことより、何の御用ごようでこちらに来られたのですか。」

「んー、何って、今から君のバディのササっちの見舞いに行くとこだよ。自分の部下が倒れたっていうのに、見舞いに行かないほど、僕は薄情はくじょうな男じゃないさ。」

「…そのことでしたら、申し訳ございません。私がもう少し慎重しんちょうに動いていれば、笹平さんが負傷されることや、森石に逃げられることもなかったかもしれません。」

「まあ、戦闘せんとうの報告書を見る感じだと、あそこの場面はそう行動すべきだったな。」

 笹平の話題があがり、少しうなだれた黒薙に、宇奈月は言い放った。



「だが、“アイテム”の安否あんぴを最優先にして、無事に保護するためにお前のとった行動は、間違ってなかったと俺は信じているよ。それに、笹平の件はお前のせいじゃない。」

 そう言いながら、宇奈月は黒薙の横を通り過ぎて、笹平の病室に向かっていった。黒薙は、宇奈月の言葉を聞き、何か救われた気がするのであった。

「そういえば、いーちゃんの回収したおじょうちゃんも、かなり可愛いらしいじゃない。今度紹介してよ。」

 黒薙の後ろから、宇奈月の大きな声が聞こえてきた。やはりよくわからない男だ。黒薙は、少し軽くなった気持ちで少女の病室へと急いだ。



 黒薙が少女の病室の前まできた時のことである。

「キャアアッ!!」

 女性の声が部屋の中からひびき渡った。

(まさか、ニメルス教団の侵入者か! どうやって!?)

 黒薙は、急いで病室の扉を開け、中に突入した。



 中では、…涙目で病院の壁にしがみついている白い髪の少女と、注射器ちゅうしゃきを片手になだめている女性看護師かんごしがいた。

「え?」

黒薙は、あまりに予想外の展開を目の前にして、思わず困惑の声を上げる。

「あら、黒薙さん、ごめんね。貰った彼女の報告書に、非常に協力的ってあったから、検査のための採血さいけつをしてもらおうとしたのだけど、だめだったわ。」

 女性看護師は、少女を必死になだめながら、黒薙に話しかけてきた。黒薙は、その様子を見て、また少し頭が痛くなったように感じるのであった。

 それから数分ほどして、彼女は落ち着いたようだった。女性看護師は、少女のことを黒薙に任せて出ていってしまったため、病室には二人だけになった。

「すみません。先ほどの女性の方にお願いをされて頑張ったのですが、ちょっと、想像していたよりも、痛くて。」

「…大丈夫です。無理はなさらないようにしてください。」

「ごめんなさい。」

 ベッドの上で、少し落ち込んだ様子で、注射痕ちゅうしゃこんが残る腕を抑えながら、そう答える少女を見て、黒薙は少しやりづらさを感じていた。

 昨日の気絶の件といい、この少女と一緒にいると、自分のペースが乱されてしまうのを感じる。



 一呼吸置き、黒薙が、目の前の少女の今後の処遇しょぐうについて説明しようとする。

「あ、あの、クロナギさん。一つお願いがあるんですが、聞いてもらえますか。」

 バッグの中から引継ぎ用の書類を取り出していると、少女の方から唐突とうとつに話しかけてきた。

「どうかされましたか。」

「もしよかったら、私をあの場所に連れて行ってくれませんか。」 

「あの場所とは?」

「私がこの世界に来た時に、最初にいた場所です。あの場所をもう一度見られないでしょうか。」

 黒薙はそう言われ、押し黙ってしまう。回収した一般のアイテムを、規定外きていがいの場所に連れていく行為は、組織では禁止されていた。

「お願いします。私は、自分が何のために、どうしてこの世界に呼ばれたのか知りたいんです。」

 黒薙が黙った様子を見て、少女はさらに言葉を続ける。

(もし彼女が、この世界に連れてこられた理不尽りふじんあらがおうとしているなら、私は。)

 白い髪の少女の言葉を聞き、そう思った黒薙は、携帯している鍵付きのビジネスバックから、数枚の写真を取り出した。

「あの場所に、あなたを直接連れていくことはできません。ですが、あなたを保護した際に撮影した写真がありますので、それをお見せします。」

「しゃしん?」

「その場の風景ふうけいを記録した紙のことです。」
そう言って黒薙は、回収した際に記録していた複数の写真を、少女に渡す。

「あ、ありがとうございます。」

 初めて見る精密せいみつ静止画像せいしがぞうを、少女は驚きながらお礼を言って、手に取る。

 彼女は、渡された写真を不思議そうに眺めたあと、1枚1枚注意深く観察していった。写真には、報告書に添付てんぷするために撮った、黒薙が空けた壁の穴や、部屋の中央にある魔法陣、儀式に使用されたと思われる蝋燭ろうそくなどが写っていた。

 少女の手が、ある写真で止まる。

「クロナギさん、これってなんの羽だと思います?」

 少女が見せてきたのは、部屋の中に散らばっていた発見した巨大な羽毛の1枚の写真であった。

 黒薙には、その写真に写っているものが何なのかは理解できなかった。写真に写っている羽毛は、すでに本部に送っており、じきに解析かいせき結果が来ると黒薙は思っていた。

「すみません、私には分かりません。」

「うーん。この羽、やっぱり魔法学院まほうがくいんにいたときに見たことがある気がするんです。」

 彼女は頭をなやませている様子であった。

「あ! 思い出しました!」

 しばらく写真とにらめっこをしていた彼女だったが、とつとして顔をきらめかせ大声を上げた。

「これ、”コカトリス”の羽ですよ!」

「こかとりす?」

「あれ、こっちの世界にはいないんですか? 雄鶏と巨蛇を合わせたような姿の大きな魔物ですよ。なんで、こんなところに落ちているんだろ?」

 それを聞いた黒薙は、勢いよく椅子から立ち上がる。それに少女は驚いて、思わず写真を手から落としてしまう。

ブー、ブー

 黒薙のポケットの中のスマホが、振動していた。発信元を見ると、確保したニメルス教団の信徒の取り調べを依頼した本部からであった。

「少し待っていてください。すぐに戻ってきます。」

 そう言って黒薙は、彼女の病室から出ていった。



「…そうですか。…はい。…ありがとうございます。それでは失礼します。」

 黒薙はスマホの電話を切り、上着のポケットにしまい直す。黒薙の考えは当たっていた。やはりニメルス教団が、この町で起きている事件に関与している。

(手掛かりは増えたが、これからどう対処するべきか。)

 本部からの電話を終えた黒薙は、痛む頭を押さえながら、病院のロビーから少女の病室へと戻るためきびすを返した。



 病室では、黒薙が出ていった時と同じ状態で、ベッドの上で呆然としている少女がいた。

「えーと。何かありました?」

 ベッドのわきにある椅子に座り直した黒薙に、少女が恐る恐る聞いてくる。

「…あなたをおそってきた連中は、あの場所で、1週間前も同じ儀式をしたそうです。その際に、暗闇の中、大きな動物が部屋から逃げていくのを見たと彼らは証言しました。」

「それって!?」

「おそらく、その羽の持ち主のことでしょう。」

 それを聞いた少女は、顔をうつむかせた。そして、覚悟を決めたように黒薙の目を見る。

「クロナギさん、…私がコカトリスをやります。」

「?」

「コカトリスは厄介やっかいな能力を持った魔物まものです。この世界の人たちは、コカトリスを知らないのでしょう? それなら、コカトリスを何とか出来るのは、私だけです。」

「それは、できません。」

「私なら、魔物の対処法たいしょほうを知っています。私がやります。」

「…ダメです。」

「どうしてですか?」

「理由は、あなたを守るためですよ。お嬢さん。」

 黒薙の背後から、突如とつじょ第三者の声が聞こえた。驚いた2人が振り向くと、ドアの近くに宇奈月が立っていた。



「お話は聞かせてもらいました。僕は、黒薙の上司の宇奈月祐一といいます。よろしく。」

 突然の事態に困惑こんわくする2人をよそに、宇奈月は近づき、挨拶をして少女に手を差し出した。ドアは、確かにしっかりと施錠せじょうされていたはずだ。

 彼女は恐る恐る差し伸べられた手を握り、握手を交わす。それを見た宇奈月は、ニッコリと微笑びしょうし、手を離して話し始めた。

「僕たちの組織の理念は、あなたのように別の世界から来たものを守ることにあります。こちらの世界に連れてこられた側であるお嬢さんが、無茶を必要はありませんよ。」

「…しかし、私たちの世界でも、コカトリスはC級以上の冒険者ぼうけんしゃしか対処できない魔物です。このまま、放置していれば大変なことになります。」

「確かに、最近この辺りの地域でその魔物と思われるものの被害が多発しています。それに、僕たちはその対抗策たいこうさくを知りません。そこで、一つ提案があります。」

 宇奈月はそういうと、顔を少女に近づける。

「お嬢さん、もしよかったら私たちと一緒に働きませんか?」

「宇奈月班長! それは!」

 後ろから呼びかける黒薙の声を、片手で静止せいしし、宇奈月は続ける。

「あなたを保護の対象ではなく、一時的に僕たちの仕事仲間とさせていただきます。そうすれば、あなたは自由に行動できるようになります。」

「一時的?」

「そうです。今回の件だけで大丈夫ですので、そこの黒薙の仕事を、少しお手伝いしていただけますでしょうか。もちろん、それなりの報酬ほうしゅうも、手当てもあります。」

 少女は、しばらく悩んだような素振りを見せたが、すぐに顔を上げて答えた。
「…分かりました。いいですよ。」

「ありがとうございます。それでは、今からあなたを黒薙のバディとさせていただきます。」

「バディ?」

「私たちの組織では、一緒に働くパートナーをバディと呼んでいます。お嬢さんのお名前を、おうかがいしてもよろしいでしょうか?」

「…フェリエッタ・ウィリアムズといいます。」

フェリエッタは、宇奈月の目をりんとした顔で見ながらそう名乗った。



「フェリエッタさんですね。いいお名前です。もしよかったら、親しい人から良く呼ばれる愛称あいしょうなども教えていただけますでしょうか?」

 宇奈月からの予想外の質問に、フェリエッタは少し戸惑った様子を見せる。

「え、えーと、家族や友人は私のことをフェティと呼んでいました、けど…。」

「フェティちゃんですね。どうぞよろしく。」

 宇奈月は微笑ほほえみをフェリエッタに向け、そう言うと、黒薙の方に振り返る。

「ということで、クロくんは、フェティちゃんとバディを組んでこれからは行動するように。あとの申請の手続きとかは、僕が処理しておくから、その間お前はちょっと休んでおきなさい。ちなみにこれ、班長命令だから。」

 そういいながら、黒薙の手から引き渡しの書類をうばい取ると、宇奈月は病室の扉を開け、去っていった。



「なんか、あたしみたいな人ですね。」

「…そうですか。」

残された黒薙とフェリエッタの二人は、その後ろ姿を見ることしか出来なかった。 白い髪の少女から猛烈もうれつな質問攻めにあった次の日の朝、黒薙は病院の廊下を歩いていた。昨日は、ホテルに帰った後も、疲れの為かあまり眠ることができなかった。

(今日は、彼女の引き渡しのための書類を作成しなければ。)

 黒薙には、保護した少女を回収部かいしゅうぶの別の職員に引き渡した後も、この町で起きている事件に対処するという任務がまだ残っている。

 そんなことを考えながら、少女の病室に向かっていた黒薙は、廊下の向こうから病院には似合わないサンダルをいた男が歩いてくるのが見えた。



「お! いーちゃんじゃないか。」

「黒薙唯月です。宇奈月うなづき班長、ここで何をされているのですか。」

 よれよれのコートを着て、眠そうな半目で微笑みを浮かべながら、黒薙に声をかけてきた男は、上司の宇奈月うなづき祐一ゆういちだった。しかし、ここに宇奈月がいることは、本来ありえないはずのことである。

「宇奈月班長は、別の案件で本部の方に招集しょうしゅうされていたはずでは?」

「まぁね、でも抜けてきた。」

「…他の班長の方々が、それを聞いたら怒りますよ。」

「正直僕より優秀ゆうしゅうな人は、いっぱいいるからね。何とかなるんじゃない?」

 飄々ひょうひょうと、宇奈月はそう答える。

 宇奈月に拾われてから3年ほどたつが、黒薙はこの男のことをいまだにつかめずにいた。彼のことで知っているのは、せいぜい年齢が40代半ばであることと、水虫で悩んでいつもサンダルをいていることぐらいである。

「それにしても、大変だったじゃないか。こっちに来て早々、任務外のアイテムを回収するなんて。キツかったら、今回の任務を交代させようか?」

「いえ、私が最後までやります。そんなことより、何の御用ごようでこちらに来られたのですか。」

「んー、何って、今から君のバディのササっちの見舞いに行くとこだよ。自分の部下が倒れたっていうのに、見舞いに行かないほど、僕は薄情はくじょうな男じゃないさ。」

「…そのことでしたら、申し訳ございません。私がもう少し慎重しんちょうに動いていれば、笹平さんが負傷されることや、森石に逃げられることもなかったかもしれません。」

「まあ、戦闘せんとうの報告書を見る感じだと、あそこの場面はそう行動すべきだったな。」

 笹平の話題があがり、少しうなだれた黒薙に、宇奈月は言い放った。



「だが、“アイテム”の安否あんぴを最優先にして、無事に保護するためにお前のとった行動は、間違ってなかったと俺は信じているよ。それに、笹平の件はお前のせいじゃない。」

 そう言いながら、宇奈月は黒薙の横を通り過ぎて、笹平の病室に向かっていった。黒薙は、宇奈月の言葉を聞き、何か救われた気がするのであった。

「そういえば、いーちゃんの回収したおじょうちゃんも、かなり可愛いらしいじゃない。今度紹介してよ。」

 黒薙の後ろから、宇奈月の大きな声が聞こえてきた。やはりよくわからない男だ。黒薙は、少し軽くなった気持ちで少女の病室へと急いだ。



 黒薙が少女の病室の前まできた時のことである。

「キャアアッ!!」

 女性の声が部屋の中からひびき渡った。

(まさか、ニメルス教団の侵入者か! どうやって!?)

 黒薙は、急いで病室の扉を開け、中に突入した。



 中では、…涙目で病院の壁にしがみついている白い髪の少女と、注射器ちゅうしゃきを片手になだめている女性看護師かんごしがいた。

「え?」

黒薙は、あまりに予想外の展開を目の前にして、思わず困惑の声を上げる。

「あら、黒薙さん、ごめんね。貰った彼女の報告書に、非常に協力的ってあったから、検査のための採血さいけつをしてもらおうとしたのだけど、だめだったわ。」

 女性看護師は、少女を必死になだめながら、黒薙に話しかけてきた。黒薙は、その様子を見て、また少し頭が痛くなったように感じるのであった。

 それから数分ほどして、彼女は落ち着いたようだった。女性看護師は、少女のことを黒薙に任せて出ていってしまったため、病室には二人だけになった。

「すみません。先ほどの女性の方にお願いをされて頑張ったのですが、ちょっと、想像していたよりも、痛くて。」

「…大丈夫です。無理はなさらないようにしてください。」

「ごめんなさい。」

 ベッドの上で、少し落ち込んだ様子で、注射痕ちゅうしゃこんが残る腕を抑えながら、そう答える少女を見て、黒薙は少しやりづらさを感じていた。

 昨日の気絶の件といい、この少女と一緒にいると、自分のペースが乱されてしまうのを感じる。



 一呼吸置き、黒薙が、目の前の少女の今後の処遇しょぐうについて説明しようとする。

「あ、あの、クロナギさん。一つお願いがあるんですが、聞いてもらえますか。」

 バッグの中から引継ぎ用の書類を取り出していると、少女の方から唐突とうとつに話しかけてきた。

「どうかされましたか。」

「もしよかったら、私をあの場所に連れて行ってくれませんか。」 

「あの場所とは?」

「私がこの世界に来た時に、最初にいた場所です。あの場所をもう一度見られないでしょうか。」

 黒薙はそう言われ、押し黙ってしまう。回収した一般のアイテムを、規定外きていがいの場所に連れていく行為は、組織では禁止されていた。

「お願いします。私は、自分が何のために、どうしてこの世界に呼ばれたのか知りたいんです。」

 黒薙が黙った様子を見て、少女はさらに言葉を続ける。

(もし彼女が、この世界に連れてこられた理不尽りふじんあらがおうとしているなら、私は。)

 白い髪の少女の言葉を聞き、そう思った黒薙は、携帯している鍵付きのビジネスバックから、数枚の写真を取り出した。

「あの場所に、あなたを直接連れていくことはできません。ですが、あなたを保護した際に撮影した写真がありますので、それをお見せします。」

「しゃしん?」

「その場の風景ふうけいを記録した紙のことです。」
そう言って黒薙は、回収した際に記録していた複数の写真を、少女に渡す。

「あ、ありがとうございます。」

 初めて見る精密せいみつ静止画像せいしがぞうを、少女は驚きながらお礼を言って、手に取る。

 彼女は、渡された写真を不思議そうに眺めたあと、1枚1枚注意深く観察していった。写真には、報告書に添付てんぷするために撮った、黒薙が空けた壁の穴や、部屋の中央にある魔法陣、儀式に使用されたと思われる蝋燭ろうそくなどが写っていた。

 少女の手が、ある写真で止まる。

「クロナギさん、これってなんの羽だと思います?」

 少女が見せてきたのは、部屋の中に散らばっていた発見した巨大な羽毛の1枚の写真であった。

 黒薙には、その写真に写っているものが何なのかは理解できなかった。写真に写っている羽毛は、すでに本部に送っており、じきに解析かいせき結果が来ると黒薙は思っていた。

「すみません、私には分かりません。」

「うーん。この羽、やっぱり魔法学院まほうがくいんにいたときに見たことがある気がするんです。」

 彼女は頭をなやませている様子であった。

「あ! 思い出しました!」

 しばらく写真とにらめっこをしていた彼女だったが、とつとして顔をきらめかせ大声を上げた。

「これ、”コカトリス”の羽ですよ!」

「こかとりす?」

「あれ、こっちの世界にはいないんですか? 雄鶏と巨蛇を合わせたような姿の大きな魔物ですよ。なんで、こんなところに落ちているんだろ?」

 それを聞いた黒薙は、勢いよく椅子から立ち上がる。それに少女は驚いて、思わず写真を手から落としてしまう。

ブー、ブー

 黒薙のポケットの中のスマホが、振動していた。発信元を見ると、確保したニメルス教団の信徒の取り調べを依頼した本部からであった。

「少し待っていてください。すぐに戻ってきます。」

 そう言って黒薙は、彼女の病室から出ていった。



「…そうですか。…はい。…ありがとうございます。それでは失礼します。」

 黒薙はスマホの電話を切り、上着のポケットにしまい直す。黒薙の考えは当たっていた。やはりニメルス教団が、この町で起きている事件に関与している。

(手掛かりは増えたが、これからどう対処するべきか。)

 本部からの電話を終えた黒薙は、痛む頭を押さえながら、病院のロビーから少女の病室へと戻るためきびすを返した。



 病室では、黒薙が出ていった時と同じ状態で、ベッドの上で呆然としている少女がいた。

「えーと。何かありました?」

 ベッドのわきにある椅子に座り直した黒薙に、少女が恐る恐る聞いてくる。

「…あなたをおそってきた連中は、あの場所で、1週間前も同じ儀式をしたそうです。その際に、暗闇の中、大きな動物が部屋から逃げていくのを見たと彼らは証言しました。」

「それって!?」

「おそらく、その羽の持ち主のことでしょう。」

 それを聞いた少女は、顔をうつむかせた。そして、覚悟を決めたように黒薙の目を見る。

「クロナギさん、…私がコカトリスをやります。」

「?」

「コカトリスは厄介やっかいな能力を持った魔物まものです。この世界の人たちは、コカトリスを知らないのでしょう? それなら、コカトリスを何とか出来るのは、私だけです。」

「それは、できません。」

「私なら、魔物の対処法たいしょほうを知っています。私がやります。」

「…ダメです。」

「どうしてですか?」

「理由は、あなたを守るためですよ。お嬢さん。」

 黒薙の背後から、突如とつじょ第三者の声が聞こえた。驚いた2人が振り向くと、ドアの近くに宇奈月が立っていた。



「お話は聞かせてもらいました。僕は、黒薙の上司の宇奈月祐一といいます。よろしく。」

 突然の事態に困惑こんわくする2人をよそに、宇奈月は近づき、挨拶をして少女に手を差し出した。ドアは、確かにしっかりと施錠せじょうされていたはずだ。

 彼女は恐る恐る差し伸べられた手を握り、握手を交わす。それを見た宇奈月は、ニッコリと微笑びしょうし、手を離して話し始めた。

「僕たちの組織の理念は、あなたのように別の世界から来たものを守ることにあります。こちらの世界に連れてこられた側であるお嬢さんが、無茶を必要はありませんよ。」

「…しかし、私たちの世界でも、コカトリスはC級以上の冒険者ぼうけんしゃしか対処できない魔物です。このまま、放置していれば大変なことになります。」

「確かに、最近この辺りの地域でその魔物と思われるものの被害が多発しています。それに、僕たちはその対抗策たいこうさくを知りません。そこで、一つ提案があります。」

 宇奈月はそういうと、顔を少女に近づける。

「お嬢さん、もしよかったら私たちと一緒に働きませんか?」

「宇奈月班長! それは!」

 後ろから呼びかける黒薙の声を、片手で静止せいしし、宇奈月は続ける。

「あなたを保護の対象ではなく、一時的に僕たちの仕事仲間とさせていただきます。そうすれば、あなたは自由に行動できるようになります。」

「一時的?」

「そうです。今回の件だけで大丈夫ですので、そこの黒薙の仕事を、少しお手伝いしていただけますでしょうか。もちろん、それなりの報酬ほうしゅうも、手当てもあります。」

 少女は、しばらく悩んだような素振りを見せたが、すぐに顔を上げて答えた。
「…分かりました。いいですよ。」

「ありがとうございます。それでは、今からあなたを黒薙のバディとさせていただきます。」

「バディ?」

「私たちの組織では、一緒に働くパートナーをバディと呼んでいます。お嬢さんのお名前を、おうかがいしてもよろしいでしょうか?」

「…フェリエッタ・ウィリアムズといいます。」

フェリエッタは、宇奈月の目をりんとした顔で見ながらそう名乗った。



「フェリエッタさんですね。いいお名前です。もしよかったら、親しい人から良く呼ばれる愛称あいしょうなども教えていただけますでしょうか?」

 宇奈月からの予想外の質問に、フェリエッタは少し戸惑った様子を見せる。

「え、えーと、家族や友人は私のことをフェティと呼んでいました、けど…。」

「フェティちゃんですね。どうぞよろしく。」

 宇奈月は微笑ほほえみをフェリエッタに向け、そう言うと、黒薙の方に振り返る。

「ということで、クロくんは、フェティちゃんとバディを組んでこれからは行動するように。あとの申請の手続きとかは、僕が処理しておくから、その間お前はちょっと休んでおきなさい。ちなみにこれ、班長命令だから。」

 そういいながら、黒薙の手から引き渡しの書類をうばい取ると、宇奈月は病室の扉を開け、去っていった。



「なんか、あたしみたいな人ですね。」

「…そうですか。」

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