ブレイクソード

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百十話 四面楚歌

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「お前とはどっかで戦った気がするな!!」大剣で迫りくる火球と魔法を断ち切っていく。ボロボロの体で出来るのはこんなものなのだろう。しかし、俺はこんなものを突破できないでいる。



圧倒的なまでの物量の魔法。そして圧縮された魔力。それを断ち切るには核を狙わなくてはいけない。ジリジリと後ろに下がっているのが現状だ。



「奇遇だな。我もそう思っていたのだ」黒龍が鱗で覆われた目をこじ開けていく。メキメキと肉が裂け、爪がはがれていくような音。



そうして開けられた目は美しいものだった。白目の部分に当たるところには宝石の様な綺麗な模様が散りばめられている。黒目は細長く、中に何重にも黒目が重なっている。



「お前はあの時の,,,」目に宿る闘志を見て思い出した。こいつはグロリア王国の時に襲撃してきた黒龍だ。転生でもしたというのか。



「不可思議な体験だ。死してなお、汝の様な好敵手と再び出会うことができるのだから」超圧縮された魔方陣が何重にもなって展開されていく。俺の直感が警鐘を鳴らしている。今すぐにここから逃げ出せと。死が目の前にまでやってきていると。



「今度は勝たせてもらう」魔方陣が開門する。中から無数の龍の群れが俺のことを焼き殺そうと、あるいは凍死させようと、あるいは腐食させようと咢を大きく開いて猛進してくるのが見える。



この攻撃を耐え忍ぶことができれば俺の勝ちだろう。黒龍の魔力はもう残っていない。証拠に翼が腐り落ちている。生命活動があそこまで機能していないということだ。



問題は俺がこの攻撃に耐えられるのかということだ。見たことのない魔法。恐らくは血統魔法でもオリジナル魔法でもない、族魔法だろう。龍族固有の魔法。



こればっかりは俺も斬り伏せることができない。斬り伏せる原理は単純で核を破壊しているからだ。でもこれは一般に普及している魔法限定だ。オリジナル魔法や血統魔法になってくると核がぶれる。だから必然的に破壊が困難になる。



「なら避けるしかないよな!!」限られた地面を駆使して魔法をひたすらに避ける。足場がかなり不安定だし、俺が歩けるところは少ない。魔法で負荷がかかっているからなおさらだ。無茶は出来ない。なにせ二人が下にいるからな。



,,,ん?二人が下に,,,攻撃を避けたら二人に直撃するくね?いや、アイツらには当たらないだろう。感覚が研ぎ澄まされているから仮に降ってきたとしても軽く避けるくらいはできるだろう。それじゃなかったらここまで来れていないし。



今は目の前の相手に敬意を持って戦わないとな。とは言ったものの、現状はいまだにジリ貧だ。少なくなる足場に増えていく魔法。攻撃を与える隙が見えない。魔力の総量も底が見えない。



「でも当てなきゃ意味ないぞ!」何もない空中に躍り出る。これは俺の判断ミスでも何でもない。できるという確信があっての行動だ。



「甘く見るな」龍の言霊に呼応するように龍の群れが激しさを増していく。互いが互いを削り合い、それを補うように吸収する。そして蓄積したエネルギーを俺に向けて放つ。



「お前もな!」蒼を使って空中を浮遊する。前までは歩くことしかできなかったが、今は走ることが可能になった。蒼はどこまでも自由に勝手に強くなってくれる。だからこんな冒険ができる。



一気に上空まで上昇した俺は龍に向かって突撃を開始する。無数の龍が俺の体を傷つけ蝕んでいるが、致命傷にまでは至らない。今の俺は蒼を完全に纏っているからな。



それでも腕は片方欠損したし、足も感覚が無い。恐らくはやられている。でも勝てるならこのくらい安い。いくらでもくれてやる。勝利をくれるならな。



「次も戦ってやるよ!!」~蒼撃~

オリジンが使っていた技をアレンジしたもので黒龍の体を完全に貫く。一点に纏めたエネルギーを彗星の如く放つ諸刃の攻撃。蒼のエネルギーはこれで完全に枯渇した。回復するまでは時間が掛かるだろう。



「二敗,,,次は負けない」龍はそう言い残して塵になった。後に残ったのは戦場の嫌な雰囲気と、禍々しい牙が二対。



「二人を待つか」ロープは垂らして、地面に座り込む。体が回復するまでは動けないな。ぐちゃぐちゃになった体にポーションを振りかける。後はモンスターが来ないことを祈るだけだ。



~ベータ視点~

「咄嗟に中に入ったはいいが、気持ち悪いな」竜のヘイトを集めるためとは言え、体を張り過ぎた。食われる前に口内を爆破して回避する予定が一気に崩れたな。アミスがあそこまで手こずるなんて想定外だ。それにあそこまでの速さを有しているなんてな。



ここに出現するモンスターはせいぜい上級クラスのモンスターのみ。超級になる竜は別の山に生息している。なのになぜかこの山にいる。俺の情報収集が甘かったのだろうか。それとも突然生態系が変化することが起きたのだろうか。



「こんなことを考えている場合じゃないな」今俺がいるのは龍の食道辺り。このまま進んでいけば酸の海に沈むことになる。かといってここに留まっていれば押しつぶされてしまうだろう。



「アミスの補助をやるか」幸いにも手足は動くくらいの空間が確保されている。このまま内部からの攻撃をしてダメージを蓄積させていくしかない。心配なのは攻撃のタイミングが同時になったときだ。



アミスが近づいたところを俺が爆破する。俺は防御魔法を張っているから安全だろうが、アミスがそうとは言えない。別の防御魔法を発動させていて貫通する可能性がある。



「リスクは避けたいな」こんな状況になっても仲間のことを考えられるようになったのはブレイクのおかげだろうな。三ヶ月間だが、たくさんのことを学ばせてもらった。俺の頭には無かった情報が次々に入れられていく感覚は心地の良いものだった。



前までは自分の損得勘定だけで仲間を切り離していた。だが今は違う。それ以外のことで心を、意志を突き動かされている。



「仲間を信じるか」ブレイクの口癖である言葉をつぶやいて救出を待つ。バフを付与しているし、あれは時間経過で力が増大していく。反動は凄まじいが、俺が持っている鎮痛薬を飲めば正気は保てるだろう。



今はアミスを信じて待つしかない。たとえ俺が死ぬことになっても。信じることを貫けるのならそれでいい。



~アミス視点~

「もう、限界」赤雷で体を守っているがもう崩壊する。これが最後の生命線が絶たれてしまえば待っているのは死だ。



これでも戦士としての誇り、矜持がある。だからいつでも死ぬ覚悟はあった。でもいざその時を目の当たりにすると足が震える。恐怖で奥歯がカチカチと音を立ててしまう。



「ごめん,,,」最後に謝罪の言葉を残して散ろうとした私の前に好機が舞い降りた。どこからともなく降ってきた龍を象った魔法が竜の後ろ脚を食い破ったのだ。



「展開!」赤雷槍を片手に構え姿勢を低く構える。これが正真正銘最後の一撃。滾る力全てを注ぐ。これが私の生涯で一番の一撃になるだろう。



バチバチ!!バチバチ!!雷が大気に迸り、今にも爆発しそうなほど輝いている。腕が痛い。雷紋が顔にまで走っているのが痛覚を通して分かる。それでも信じてくれる仲間が中にいる。



「ベータを,,,」~赤雷槍~槍を頭めがけて投擲する。同時に走り出し、二撃目の準備をする。右手はもう使えない。残っているのは左手だけ。まともに扱えるかどうかわからない。それでもやるしかない。



「返せ!」~赤槍雷雲~

二撃目は頭に到達するまでに散っていった雷を集合させ雲上にして、頭上から叩き込む。これで頭部は完全に破壊できる。それに七割という条件も満たすことができるだろう。



爆音と目が焼けるほどの眩しい光に一瞬五感が奪われてしまった。これで死んでいなかったら私の負けで良い。潔く最期を迎えよう。



そう思って目をゆっくりと開ける。目の前に広がっていたのは果てしない青い空と頂上が見えない山。そして笑うベータとその横に転がる巨大な竜の魔石。どうやら私は、私たちはまだ生きていてもいいみたいだ。



「お疲れ。足引っ張って悪いな」カカカと笑う彼を見て、ほっとした。死んでいなくて。守ることができて。



「お互い様」雷で焼けた肌が地面に落ちていく。回復しないとかなり不味い状態だ。休みたいけど、まだモンスターが迫ってきている。いまはまだ倒れることは出来ない。



「ここからは任せてくれよ」彼は遅効性のポーションを魔法空間から取り出してモンスターの前に立った。今まで小さく見えていた背中がとても大きく見えた。あそこまでの覚悟を見せられたら___



「任せる」地面に倒れ込んで回復を待つ。ブレイクは大丈夫なのだろうか。彼は強いから問題ないか。今は彼の雄姿を見よう。



~ベータ視点~

「数は十二ってとこか」索敵スキルを発動させて大まかに情報を集める。目の前にいるのは五体。地中にいるのが三体。空中で機を四体。このくらいだったら俺でも倒せるだろう。



「まずは目の前から!!」腰から袋を三つ空中に放り出す。一つ目は魔力に対して過剰な反応を引き起こす物質。二つ目は反応を促進させる粉。三つ目は魔力を活性化させることができる物質。そしてそこに俺の能力で魔力を収集する。



壮大な爆発音と共にモンスターは爆発四散していった。装甲が薄ければこのくらいどうってことはない。問題は地面にいる奴と宙にいる奴らだ。



「使うか」魔法空間から刀身が黒く歪んだ短剣を取り出す。あまり使いたくないんだが、生きているのが最善の選択だ。



「ブロードノワール!」名を叫びながらモンスターがいる方向に振り下ろす。刹那短剣が漆黒の波に変わり、モンスターを攻撃する。



空を蝕み、大地を砕く様はまさに闇。光すらも喰らうそれは一切の生命を許さない。



「これで終わりだな」魔剣を魔法空間に戻し、今回の代償を確認する。本来なら魔剣には代償は無いんだが、俺の使うこれは特殊な製法で生み出されたもので、代償を支払わなければいけない。しかも後払いだ。



「片腕だけか」左手が炭のように黒く変化している。普段通りに動かそうとすれば崩れ落ちていくだろう。



「で、まだ来るのか」索敵スキルにまたモンスターが引っかかった。これ以上戦うのは得策じゃないんだが、今は後ろにアミスがいる。守らないとな。



使えるのは右腕と両足。あとは上級魔法各種にオリジナル魔法が少しだけ。数は少ないがさっきの竜みたいな精鋭だったら手も足も出ないだろう。魔剣を使うのも視野に入れるべきだろうか。



「ま、見てからだな」俺の索敵スキルは数と配置を確認することくらいしかできない。詳細はこの目で見てから情報を収集という形になる。



ドドドとものすごい勢いを立てながら猛進する怪物をこの目で視認して、情報をかき集めていく。大きさは二メートル前後で四足。前足は鍛え上げられた爪が地面をがっちりと掴みながら走ってきている。



体には棘が生えていて、尾はまるでサソリの様。顔からは獣特有の牙が四本外に向かって生えていて血にまみれている。



「これは魔剣一択だな」一瞬でかき集められた情報で判断を下す。今の俺にはこいつを食い止める方法が魔剣しかないということを。



「ブロードノワール!」魔剣を魔法空間から取り出して、接近するモンスターに向かって振り下ろす。後の代償が怖いが、背に腹は代えられない。



短剣が外套の様に広がりモンスターを包み込んだ。この挙動はまずい。代償がでかい!戻さないと,,,



「があぁぁ!!」そう理解した時には遅かった。体中に激烈な痛みが走る。視界の端ではモンスターが黒くなり塵の様に散っていった。俺の体は,,,



「これはやばいな,,,」倒れ込んだ時点で確信する。俺の命はあと数分もしないうちに絶えてしまうだろう。前は高名な魔法使いが近くにいたから助かったが、今回はいない。俺はこんなところで死ぬのか,,,



絶望に包まれながら俺は索敵スキルを発動させながらアミスの方を見る。幸い、モンスターはこの付近にはいない。アミスもポーションの効果が表れ始めたようで、緑のオーラが体中から昇っていた。



「俺の役目は終わったな」朽ち始めていく感覚を認識しながら俺はそう呟く。人を疑い損得だけで判断してきた俺にとっては最高の終わり方じゃないか。思い残すことはたくさんあるが、今までのツケを払うが来たと思えば安い。



「,,,タ!,,,!」俺のことを呼ぶ声が聞こえる気がするが遠い。視界もぼやけている。本当に死ぬんだな。走馬灯が見えるとか聞いていたが何もない。希薄な人生を送ってきたってことか。



「これは酷い損傷だ。直さなければ」最後に聞く言葉がそれか。ろくでもない生き方をしてきたんだな。そして俺は意識を手放した。
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