ブレイクソード

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百四話 パッシブ

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あれから水晶を攻撃しているが一向に斬れる気配がない。救いは生理現象がないことだ。不思議と空腹も感じないし、体の疲れも無い。汚い話だが、便意も無い。



ただ汗が服にべったりと染みついて離れない。はっきり言って不快極まりない。だから今はズボンだけを履いている。脱いだ服は剣と剣の間に干している。



ぴちゃぴちゃと音を立てて落ちるくらいには汗がたまっている。乾いた地面も俺の汗で潤ってくれている。感謝してほしい。



「一旦休憩」地面に転がって天井を見上げる。勿論何もない。虚無が広がっている。地面の感触は砂。たまにでかい石があって背中に当たる。これは中々にむかつく。



「何が足りないんだろうな」腕を天井に伸ばして考える。武器の扱い方なのか。それとも別の何かなのか。この空間で使えるのスキルと能力だけ。



「技術を上げるしかないのか」体を起こして剣を握る。今からするのは素振り。今の俺に足りていないのは基礎だ。今までできた気になっていただけだ。向き合うときが来た。



レイピアをヒュンヒュンと音を立てて振る。今まで扱ってきたことのない武器種だから使い方がよくわからん。突きがメインなのだろうか。こういう時は今までに積み重ねてきた知識を組み合わせるしかない。



両刃で持ち手には滑り止めが付いているて落ちないように工夫がされている。そして手を覆うように金属のフレームが付いている。



これは突きがメインの物だろう。しかしどうすれば最大限生かすことができるのだろうか。間合いを取って一気に詰めるのが有効なのだろうか。



「とりあえず使うか」バックステップやサイドステップをしながら剣を振ったり突いたりする。しかししっくりと来ない。短剣に慣れているせいか重く感じるし、突きの感覚もいまいちわからない。



「中々に難しいな」レイピアを振り始めて体感では数時間が経過しているがコツが掴めない。短剣だったらすぐに掴むことができたんだが。やはり相性がいいのは短剣のだな。



「実戦じゃ使わないな」レイピアを地面に突き刺して別の武器を探す。細剣以外のものがいいな。片刃であまり重量が無いもの。



「カトラスがあるのか」何百ともある剣の群れの中から馴染みのあるものが目についた。短剣に出会う前に使っていた使い勝手の良い片刃の剣。



「久しぶりに使うか」地面から引き抜いて振り回す。手に馴染むこの感触はあの頃を思い出させてくれる。



湾曲した刀身に手を防護してくれる金属。それに重すぎず軽すぎないこの重量感。片手で扱えるくらいの長さなのも高評価だ。



「しばらくはこれを使うか」上段から下段に斬り下ろしたり、横薙をしたりして今の自分の実力を確認する。今分かるのは子供の時よりも扱いが下手になっているってことだ。



カトラスを振り始めてから体感で十時間くらいが経った。この空間は相も変わらず時間も分からないし、生理現象に襲われることもない。ただただひたすら剣を振る空間だ。



「カトラスはこれでマスターしたかな」水晶に向かってカトラスで攻撃する。前までは傷一つ付かなかった金剛石に傷が少しだけ入った。このままカトラスを使い続けてもよかったが壊れてしまったし、探し出すのも面倒くさい。新しい武器種に変えるか。



「次は何にしようか」やはり片手で扱えて尚且つ斬撃がメインの武器の方が使っていて楽しいし、しっくりくる。レイピアは刺突がメインなのが悪い。俺は悪くない、悪くない。



ま、そんなことは置いておいて、次は何を使おうか。片手じゃなくて両手剣を使うのもありなのかもしれない。使うならブレイクが使っていた重量がある大剣とかがいいな。



でもアイツが使っていた大剣は特注品なんだよな。平凡で名前も付けられていない鉄の塊なんだが、一日経てば元通りになる不思議な剣だ。



「クレイモアでも使うか」目についた大剣を両手で引き抜く。見た目以上の重さに体が傾くが転ばないように踏ん張る。あいつはこんなものを振り回してあんな動きをしていたのか。想像以上だな。



「これを持ち上げるためにも力を付けるか」その場に座り込んで瞑想を始める。今から始めるのは身体強化のパッシブ上げだ。



この世界には生まれたときに持つ能力と生き様で手に入るスキルとパッシブがある。能力とスキルは自発的に発動させない限りは効果が無い。一方パッシブは常に発動することができる。消すこともできるが消す人間はいない。それくらい便利だからだ。



能力は変えられないし、スキルは取得するのに時間が掛かる、手っ取り早いのがパッシブってわけだ。力がどんな動きをしているのかを理解していれば勝手に体が覚えてくれる。



お前らも自転車とか一回乗れたら乗れなくなったなんてことないだろ?それと同じ感覚だ。頭は忘れていても体は覚えているものだ。



おっと、説明はこのくらいにして、本格的に瞑想をしますか。



初めは心臓から流れ出ていくエネルギーを全身に送り出すイメージを持つ。大事なのはここからだ。不要になった力を心臓に戻していく。そしてさらにそれを送り出していく。この時に指先一本一本にまで神経を巡らせる。少しのミスが力を減少させてしまう。



「ふぅー」深呼吸をして、体に必要な要素を取り込んでいく。そしてそれを心臓、四肢に行くように意識する。ここまでは今までの俺がしてきたことだ。これからはしたことのない一つ上の段階だ。



「,,,」呼吸を止め、指先、そして血管。周りを漂うに空気にまで気を配る。指先だけで空気の流れを掴めるようになったら成功。失敗したら一からやり直しだ。



「,,,」少し、息が苦しくなってきた。心臓が鼓動する音が良く聞こえる。そして全身に流れている血管の音も。今この空間で音を出しているのは俺だけ。それ以外のことを認識することができれば,,,



「ぶはぁー!」体中に力が流れていくのが分かる。この感覚は成功したな。小さい時から今日まで積み重ねてきたおかげだな。



「それじゃ持ち上げますか」放置していたクレイモアを持ち上げる。さっきよりも軽く感じる。短剣だから筋力を伸ばすことを忘れていた。これからは全体的に伸ばすことにしよう。



「ブレイクはこう使ってたな」ブレイクの真似をしながらクレイモアを振る。タックルから上段叩き落とし。遠心力を生かして空中での回転切り。地面に大剣が当たると同時に体を捻って足蹴り。



「意外と難しいな」身体強化のパッシブがあるとはいえ、体の動かし方には限界がある。ブレイクの動かし方は確実にどっかの骨や筋肉を犠牲にして攻撃している。



今思えばあいつは小便に行く回数が多かったな。浄化魔法が使えるというのに。そういえば巷ではポーションは浄化魔法で消せないというのを聞いたことがある。もしかしてアイツは薬漬けだったのかもしれない。



痛みを感じなくて常にハイテンション。完全に薬物中毒者だ。だからあんな無茶な動きを出来ていたんだな。常にポーションの恩恵を受けているから。



「あんなふうになりたくはないな」過去を思い出しながらクレイモアを振る。コンボとなると難しいが、普通の動きは出来るようになってきた。ま、この世界じゃ、基本なんて存在しない。流派があってそれが広まっているだけ。本質を理解しているのは創設者くらいだろうな。



クレイモアを振り続けること体感三十時間。ある程度のコンボができるようになった。上段から振り下ろしてからの振り上げ。突きからの薙ぎ払い。回転切りからの体術。これに魔法が組み合わされば強いんだが、俺はいまだに上手く使えない。



皆は無詠唱やオリジナル魔法をぶっ放しているのに俺はいまだに詠唱しないと発動できない。組み合わせるとしたら餓狼位だろうか。それかもっと頭の悪い、納金スタイルで行くか。



「両手で大剣はきついな」手がプルプルと震えている。なんでアイツは片手で軽々と扱えるんだ。薬物中毒者だからなのか。それとも純粋に筋力が怪物なだけなのか。



そんなことはどうでもいい。今の俺は大剣を片手で扱えないというのが分かった。おとなしく、金剛石を割ってこの空間から出るか。向こうはもう何日も過ぎているだろうしな。



剣を振ってパッシブも上がったし、このくらいなんてことはないだろう。このクレイモアもアダマンタイトで出来ているみたいだしな。アレスも人が悪い。俺の一番苦手なものでしか斬れないようにしやがって。



「じゃあな。世話になった」幾度となく敗れた水晶に終止符を打つ。俺のことを強くしてくれたこいつに最大限の敬意をもって、全力で。



火花が飛び散り、水晶に亀裂が入っていく。豪快に音を立てながら亀裂は大きくなっていき、最終的には半分になった。どさりと鈍い音を立てて崩れ落ちた水晶を見届けると視界が暗くなった。



少しすると視界が明るくなった。目の前にはアレスたちが椅子に座って談笑をしていた。どうやら戻ってこれたみたいだな。



「遅かったな」



「あの空間に置いて行ったのは誰ですか?」笑いながらその場に座り込む。なんだかんだ休みなしで剣を振っていたんだ。疲労が溜まり過ぎている。



「でも強くなっただろ?俺の特訓のおかげさ」顔を覆っていても分かるな。憎たらしいくらいの笑顔が。



「感謝しますよ。自分と向き合うことができたので」今日くらいは泥のように溶けて休んでもいいだろう。



「俺は戦の神だからな。一番大事なのは自分自身さ。信じれるか信じれないかで戦況は大きく変わる」彼は両手を広げて空を仰いだ。



「一歩進んだ気分はどうだ?」



「最高ですよ」



こうして俺の特訓一回目が終わった。自分自身と向き合うこと。今までしてきたようでしてこなかったこと。自分を知るためのいい機会になった。
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