ブレイクソード

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六十九話 船の後悔

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悲しみを残しながら俺は群島を後にした。滞在したのは一か月ほどだったが特に何もなかったからな。いつも通り金を集めるためにモンスターを殺して、三つの手掛かりを得るために聞き込みをしたり、ギルドの酒場に居たりした。



しかし有益な情報は何も得ることができなかった。群島という立地の悪さもあるだろうが情報の周りがとてつもなく遅い。同じような話をいろんなところで何日も耳にする。ノイローゼになりそうだった。



こんな感じだからあまり話したくないんだ。思い出したら気分が悪くなるからな。今は大陸に行くための船の上に居る。



大金を払っただけあって揺れも少ないし、食事は豪華、とまではいかないが十分な位美味しいし、足りないなんてことも無い。それに護衛も付いているから警戒する必要もない。ここが一番でかいな。



一人の時はいつも周りを気にしてぴりついていたが、今は穏やかに過ごしている。オリジンはこんなのんびりとした世界を___



「全員奥の方に避難しろ!!」爆音と共に船員の声が船の二階中に響き渡る。そして船が大きく揺れる。これは波によるものじゃない。何の騒ぎだ?でも指示には従っておくか。



俺は今いる部屋から奥の方に走る。しかしある程度のところで止まってしまった。そう廊下だ。廊下は人で溢れかえっていて、自分が先だという感じで先頭の方で詰まっていた。急いだっていいことは何もないのにな。



「押すなよ!」「早くして!」「俺が先だろ!」「子供が!」老若男女問わず悲鳴を上げ地獄の様だった。はぁ~。こんなのになるくらいなら、問題解決は俺がするか。



「邪魔だからどいてくれ」俺は流れを逆流するように人だかりを掻き分けていく。俺が目指しているのは外につながる最短距離である部屋の窓だ。そこなら無駄に動かなくていいし、状況の把握もすることができる。



問題点があるとすれば、しばらく飛翔魔法を使っていないので上手く飛べるかというとこだ。蒼で甘えていたがこんなスキルは目立つし、周りを吹き飛ばす恐れがあるから使用はなるべく避けたい。



「成功してくれよ,,,」神様にお願いしながら魔法を発動させる。成功していたら空を飛べるはずだ。



恐る恐る足を宙に運ぶ。この感じは成功していそうだ。確信した俺は効果が切れる前に外に飛び出した。よし、浮いているな。後はデッキなんかに向かえば完璧だ。



「なんだ兄ちゃん!?逃げ遅れたのか!?」開いたところに降りると傷だらけの男が盾を張りながら駆け寄ってきた。この傷跡は海洋系のモンスターと一致しているな。誰かの召喚獣とかではなさそうだ。



「いいや。助けが必要そうだったからな」男の後ろから迫っていた触手を魔法空間にしまっていた短剣で斬り刻む。船上だと大剣よりも小回りの利く短剣の方がいいだろう。使い慣れてはいないが,,,何とかなるだろ。最悪アクセルの真似すればいいし。



「そ、そうか。なら向こうの方に行ってくれないか?俺はこっちの救援に向かう」男は指を差した方向には無数の触手が迫ってきていた。たいして男が向かう方はその倍以上の触手と眼玉がこちらを見ていた。



中々男気がある奴じゃないか。さっさと終わらせてカバーするか。



「オーケー。任せろ」短剣を片手に構え触手に向かって突進する。所詮は触手。体に致命傷を与える攻撃はそうそうしてこない。毒を主体とした戦い方か、共生関係にあるはずだ。



毒を無効化とまではいかないが、軽減をしてくれるアイテムは持っているし多少無茶しても大丈夫だろう。



「ふっ!」短剣を縦横無尽に振り迫りくる触手を斬り落としていく。触手はぐちゃぐちゃと音を立てながら地面に落ちていく。しっかりと切り離せばもう動くことは無い。



戦闘が始まって数十分。いまだに触手たちは海から這い出てきては迫ってきている。それに後ろの方からは悲鳴や怒号が聞こえてくる。護衛たちは何をしているんだか。



「しかし量が多いな」斬っても斬っても終わりが見えない。それに毒が回ってきたのか、少し視界がぐらついている。魔法で解毒したいが時間が掛かるし無防備になってしまう。



このままだとジリ貧だな。どうしたものか。こいつらにダメージを効率よく与えられるのは炎魔法だが今は船の上だ。火事になってしまったら元も子もない。海の上まで誘導したいが、後ろには男がいるから無理だな。



「エンチャントするか」エンチャントは魔法を武具に付与することだ。魔剣の類とは違い、短時間で効力が切れてしまうし魔力の消費も激しい。だが、瞬時に発動することができるしメリットも多い。あまり使いたくはないんだが、仕方がない。



「エンチャント。ファイア」魔法を唱えると、持っていた短剣の刀身が熱を帯び、赤色に変化した。これで効率よく殺すことができるな。



「はっ!」体を回転させながら触手の中に飛び込み切り刻んでいく。完全に斬れていなくても炎で体が崩壊していくので、動いている奴だけをターゲットにして攻撃をしていく。



「もう終わりか。これなら早めにしておくべきだったな」動きが止まった触手の山を見てここは制圧できたと判断する。次は男が走っていった戦場だな。無事だといいんだが。



「これは酷いな,,,」駆けつけたときにはもう遅かった。辺りに散らばる肉片に内臓。壁には貫かれた人間が刺さっていた。その惨劇の中央にはこの触手の主である怪物が佇んでいた。



見た目は人間の腕の様なもので形を作っていて目で覆いつくされている。大きさは三メートル程。頭部らしき箇所には紫色の魔石が見える。下に行くにつれて大きくなっていて、小さな触手が更なる獲物を求め蠢いている。



こいつはマザーだろう。証拠に定期的に呼吸の様な動きをしては触手の排出を行っている。出された触手は自立して動いている。



「あんた,,,早く逃げろ,,,」死体の山からさっきの男の声が聞こえた。



「喋るな。気が付かれる」幸いにも向こうは俺の存在に気が付いていない。理由は簡単で乗客がいるエリアに向かって動いているからだ。



「回復をするから待ってろ」死体を掻き分けて男を探す。子供や老人。男女問わず殺されている。逃げないで来ていればこれだけの命を___



男を見つけた俺は回復をしようと魔法を展開しようとした。それが間違いだった。魔法の展開に気が付いたマザーは触手を大きなハンマーの様に形を変えて、男がいる死体の山に振り下ろしたのだ。



「ぐっ!!」間一髪のところで避けることに成功したが、衝撃波で内臓がやられているのが分かる。展開しかけていた回復魔法を完成させ自分にかける。あの男はもう助からない。



「お前はここで殺す!」マザーに向かって短剣を投擲する。エンチャントの効果がまだ発動している短剣は効果的だろう。



「ふしゅうぅぅ」マザーは水のようなものを口から吐き出して魔法の力をかき消した。そして吐き出したものを体に纏い疑似的な対魔法用の鎧を作成した。



「賢いな。でも殴り合いなら負ける気はしないぞ?」大剣を魔法空間から呼び出して疾走する。この一年で何もしてきたわけじゃない。国の兵隊の指南役を担ったり、独学だが魔法や体技も研究をしてきた。



「おらぁ!!」勢いに任せて大剣を右上から左下へと振りかぶる。俺は自動的に空中を回転する形だが、これは勢いを殺さないで攻撃をできる。



「ふしゅひゅう」大剣を軽々と受け止めると、下から小さな触手が針の様に俺のことを突き刺そうとしてきた。



「まじかよ!」咄嗟にポケットの中に入れていた転送石を砕いて泊まっていた部屋に戻る。あらかじめ置いておいてよかった。あのままだったら間違いなく刺殺されていただろう。



「はぁ、はぁ。どうすっかな」呼吸を整えながら打開策を考える。あの死体の量からすると一から三階のフロアに居る人間は殺されているだろう。四から五階の人間はもしかしたら助かっているかもしれない。



「下の方に行って生存者がいるかの確認するか」これでいなかったら蒼を使って戦うことができる。居たら魔法と別のスキルでの戦いをするしかない。最悪の事態になったら流石に蒼を使って戦うけど。



探索スキルを使って周囲にマザーが居ないことを確認する。小さな触手たちが跋扈しているが無視して下の方に行こう。常時探索スキルを発動するのは頭が痛くなるが生存率を上げるためと割り切っておこう。



「もうちょっと索敵スキル鍛えておけばよかったな。周囲十メートルは流石に短い」これまで怠けていた自分を憎みながら船内の探索を始める。



部屋に入らなくても範囲内にまで近づけば反応が出る。これを頼りに人間を探していく。まずは居れがいる二階からだな。一回はマザーの出現ポイントだから生きている人間は居ない。いたとしてももう逃げれているはずの実力か運を持っているはず。



「二階はいないな」廊下を端から端まで歩いてスキルに反応が無かった。三階に降りよう。各フロアを移動するのには階段か専用の機械に乗る必要がある。今回は階段を使って降りる。機械の方は制御盤が破壊されているかもしれないからな。



かんかんと音を立てながら金属製の階段を下りて行く。今のところスキルからの反応も無いし、血痕なんかの類もそこまで無い。ここら辺の血は慌てて逃げてきた人間が付けたものだろう。



「さてと探索を始めますか」廊下は一直線で二つあり左右に部屋がある。だから俺は廊下を歩いていれば簡単に探索ができるってわけだ。この工程を五階まで繰り返すってわけだ。



~数十分後~

何もなかったんですけど!?一番下まで行ったのに誰も居ないんですけど!?何なら一番下が悲惨だったぞ!?人間が床や壁に刺さっていたり、触手が串刺し状態のままこう良くしていたりしていて精神的に来るものがあった。



まぁこれで心置きなくマザーと戦えるからいいんだけどな。船上での戦い方はいつもと変わらない。蒼と主体とした近接戦。それに王国で培った魔法とスキルを組み合わせる。



「都合がいいな。向こうから来てくれたよ」入口に佇んでいたのはさらに大きくなったマザーの姿だった。触手はさらに太く数を増やし、目は複眼になり赤く染まっている。核となる頭部は腕と手を模したもので覆われている。一番奥の箇所は祈りを捧げる格好をしていた。



俺がいる場所は倉庫。広さはそこまで無いがいろんなものが散乱している。戦闘に向いているわけじゃない。折角だから俺の融合技の練習台になってもらおうか。



「喰らえっ!!」~黎明の兆し~

蒼を纏わせた大剣を右下から左上に向かって振り上げる。マザーはこの攻撃を止めようと触手を伸ばしたが無駄に終わった。



太陽の輝きを持った大剣は触手たちの間を糸の様に細くなり駆け抜け、頭部を貫くように空に舞い上がった。勿論大剣は無くなる。刀身が変化しただけだからな。



この融合技は蒼の特性である自由に変形するものと光魔法の『サンシャイン』を組み合わせたものだ。サンシャインは光魔法天候系超級に位置していて、太陽の力を借りることができる。バフは身体強化と魔法強化。あとは純粋な体力の底上げだ。



「ふしゅうぅぅ,,,」マザーは核に重大なダメージを負ったのか、球体の様に丸くなり、防衛態勢に入った。これでも死なないのか。まだまだ改良の余地がありそうだな。



「攻撃しなかったら負けるのが当たり前だぞ?」愛剣を取り出して振り下ろす。核を守り切れなかったマザーはそのまま灰になった。勝った感じがしないな。まぁいいか。でもこいつはどこから来たのだろう,,,



「とりあえずは船から脱出するか」操舵者がいない船は海に浮かぶ棺桶だ。早急に島か大陸に移動する必要がある。考え事は地面に着いたときにでもしておこう。それよりも上の階に行って周りを見ないと。



船が沈む前に上の階を目指す。今のところ浸水なんかは見られないが、早めの行動は大事だ。岩なんかに当たって沈没・転覆が怖いからな。



「全く見えんな」デッキに着いた俺は周囲を見渡したが、影の一つも見当たらなかった。こっからどうやって陸地にたどり着くかな。



魔法での転移は短距離しかできないし、蒼の使用は体力の消耗が激しいから途中で海に落ちる可能性がある。一番可能性があるのは,,,



禁忌の魔法,,,だろうな。これを知ったのは独学で学んでいるときに机の上に置いてあった本を読んだというのがきっかけだ。どこから来たのかもわからない古ぼけた本だったのだが、好奇心が俺のことを誘っていた。



いざ開いてみると白紙のページばかりだった。書いてあっても掠れていて読めないか、黒く塗りつぶされていた。唯一まともに読めたページは時空間の歪みと移動についてと題名が付けられていた一ページだけだった。



内容は時空間には必ず歪みが有り、この魔法はそれに干渉することによって、空間内を移動できるということだった。制限は同じ空間であること、時間に干渉する場合は一秒に抑えるということ、魔力の九割を使い、体の一部分を代償にするというものだった。



一度も使ったことは無いが、確実に大陸にたどり着けるだろう。問題はどこの部位を差し出すか提示されていなかったということだ。恐らくは距離や時間に比例しているのだろう。



まぁ、物は試しだ。実際に会ってみよう。駄目だったら別の方法を模索すればいい。って言っても蒼で吹き飛ぶくらいしかないんだが。ははは!



「確か詠唱が必要だったな」本に書かれていたことを思い出していく。



「回れ、廻れ、小さな蕾。内に秘めた大輪を今ここに咲かせ。乱れ、誇れ、臆することなく。踊れ、駆けれ、月に手を伸ばせ。煌めき、輝き、森羅万象を手に入れろ!ワールド・ケイオス!!」言葉を口にするたびに魔方陣が展開されていく。赤、青、緑、紫、様々な色が俺のことを包んでいく。



詠唱が終わるころには天が魔方陣で埋め尽くされ、海は凪いでいて、嵐が来るのを待っているようだった。



「失敗したのか,,,?」魔方陣は完成したが発動する気配を見せない。魔力が足りていなかったら完成なんてしないし、途中で終わるはずだ。何かが足りていないのか。



「体の一部を忘れていたな」そういえば発動するのに体の一部が必要だったな。どのくらいの量を求められるのだろうか。なんてことを考えていたら、天から極太の光が下りてきた。



色は禍々しく、どす黒い底知れぬ悪意を感じるオーラを纏っていた。



「我を呼んだのは汝か?」光を割って出てきたのは、悪意、悪魔、魔王。この言葉が存在するのにふさわしい人物だった。



捻じれ歪んだ黒き角。荒波を形どったような黒い髪。底が見えない瞳。光を拒み、誘惑をしてくる漆黒の鎧。身長は二メートルには届かないぐらいだが、その何十倍にも感じれるほどの覇気を纏っていた。
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