ブレイクソード

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四十九話 VSオーバー家2

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俺が放った矢が着弾するのにあと数分はかかる。このまま逃げて時間を稼ぐのもいいが、こいつらに一泡吹かすことをしたいな。そう思って現在始めているのが、蒼を極細の糸に変化させ魔封じを込めて床に撒いている。



矢に込めたりするよりも効果が下がってしまうが、足止めになるなら十分だ。逃げ方も、無作為に走るのではなく、ウェンの周りや、次に来そうな場所にしている。



こいつは俺のことをあまり意識していない。この罠に掛かるのも時間の問題だ。それよりも懸念すべきことがある。俺が罠に掛かる間までに手の内をどれだけ明かさないで入れるかということだ。



ここで蒼を盛大に使うと後々の戦いに不利が出てしまうだろう。それだけは避けたい。俺は弱い人間だという意識を刷り込んでおく必要がある。そのためにも反撃できる隙があっても逃げ続けている。恐らくレンは気が付いているだろう。



時折俺のほうを見てはにやりと笑っているからな。馬鹿にする笑いではなく、成功させろよ、という俺に期待を寄せた笑いだ。しっかり応えないとな。



「守るだけだと護りたいものを守れないぞ!!」爆裂魔法の感覚がどんどん狭まっていく。これは少しやばいかもしれないな。レンも汗をかき始めている。ここら辺で足止めが出来れば簡単なんだが、そう上手くはいかないよな。何ん手思っていると。



「それはどうだろうな?」レンが挑発をしてくれた。おかけで、一気に近距離までウェンに近づくことが出来た。仕掛けるならこのタイミングだ。これを逃したら次は無いだろう。



「魔封陣!」ウェンに手を押し当てて発動させる。至る所に張り巡らされた蒼がウェンに向かって一斉に襲い掛かる。細い糸から太いものまで、千差万別の糸に対処が遅れている。それもそうだろう。これに少しでも触れれが魔法の効率が格段に落ちてしまうからな。少しは危機感を持っているだろう。それにもう少し経てば上から矢が落ちてくる。この戦い、貰ったな。



「ふざけた真似を!フンッ!」ウェンは自分自身を爆裂魔法で覆い、糸を燃やし尽くした。流石は血統魔法だ、こんな小細工だらけの魔法は眼中にないってことか。その思い上がりが自分の首を絞めるんだぜ。



「お前はそうやってすぐに感情的になるな」背後に回り込んだレンがウェンに一太刀浴びせる。致命傷まではいかなくても、かなりの深手のはずだ。背中からは滝の様に血液が流れている。



「ぐあぁ!!」ウェンはその場にしゃがみこんだ。途端に緑色の光で包まれていく。回復魔法で治療を始める気だ。だがレンはそんな行為は許さない。



「だからいつまでも俺に勝てないんだよ」その場にしゃがみこんだウェンの首元に無情にも太刀を振り下ろす。その顔はどこか悲しげだった。



ザンッ!!辺りに血と肉が飛び散る。戦場では日常茶飯事な光景だが、改めてみると相当むごいことをしているな。まぁ、仕方がない。自由を手に入れるためにも、守るためにも必要なことだ。



「レン、休憩を取った方がいいんじゃないか?」戦闘がひと段落着いたところで、魔法空間からレンが気に入っているイチゴのジュースを渡す。



「ありがとな。でもここで休んでいたらすぐに対策を練られてしまう。このまま一気に家主の首元まで行こう」ジュースを飲み干して、上へと続く階段を見る。明らかにこの階よりもどす黒い人間の感情が感じ取れる。



「その前に新しいやつが後ろから来てるぞ」玄関のほうを見ると、オーバー家特有の赤髪に金のメッシュが入った人が立っていた。



「ウェンを殺したのはお前か?それともレンなのか?」声は低く圧倒的な強者のオーラを感じることが出来る。こいつはウェンよりも強い。俺の経験が教えてくれる。それにどうやらレンのことも知っているみたいだ。



「俺が殺したよ。悪いが俺たちの縁はここで断ち切らせてもらう」太刀を構えて、いつでも攻撃ができる状態にしているが、手は震え、顔は強張っている。こんな風になっているってことは余程の猛者なのだろう。



「そうか。お前とは仲良くしていく予定だったんだがな」魔方陣があり得ない速度で展開されていく。その数は百を優に超えている。そして魔力の底が全く見えない。ウェンの時はすぐにどのくらいかは見えたんだがこいつは全く見えない。深淵を覗いている感じだ。オーバー家はどれほどまでの化け物を育てているんだ。



「俺もそうしたかったよ」迫りくる爆裂魔法を両断しながら会話が進んでいく。流石は剣だけで生きてきた人間だ。この程度のことは造作もないだろう。それにウェンとの戦いで腕も温まってきている。さっきよりも動きに切れがある。



俺は矢が落ちてくるタイミングを操作している。こいつらの昔話に水を差すのは悪いからな。



「いつから亀裂が生まれたんだろうな」爆裂魔法を撃ち込みながら質問をしている。両者の顔には余裕の顔が生まれている。本当に次元が違う。此処が俺が辿り着くべき場所だ。



「くだらない下級貴族のせいさ」太刀を最小限の動きで火球を払い落している。



「それとも,,,いや話し合いはこのくらいにしておこうか。情が湧いたらお前のことを殺せなくなる。エルグ、本気で闘おう」太刀を鞘に納めて、一撃を狙っている。



「お前のそういうところが良かったな。俺も全力で応えよう」数多の魔方陣が一つに集約されていく。今この場所に太陽が二つ出来ている。片方は白く、もう片方は紅蓮の色をしている。



「真・紅一閃」「クリムゾンバースト」スキルの発動タイミング同じ。勝敗を決めるのは威力か、それとも技の練度なのか。この赤色の視界が晴れるまでは分からない。



火の粉と砂塵が舞う中で一人の男が立ち、もう一人は倒れ込んでいた。勝敗はエルグのほうに上がった。やはり、職業的な要因が絡んでいるのだろう。こればかりはどうすることもできない。相手が悪かっただけだ。



「そこに居るレンの仲間よ。お前も俺と戦うか?」赤色のマントを翻し、こちらを見ている。今の俺じゃこいつの足元にも及ばないのが明白だ。こんなところで無駄死にはしたくない。



「遠慮しておく。こんなとこで死にたく無いんでね」とは言ったものの相手は俺のことを逃がすつもりが無いようだ。隠密魔法で隠してはいるが、魔方陣が展開されているのが見えている。あと数秒もすれば魔法が飛んでくるだろう。矢がどうにか抑えてくれれば,,,



そう考えているとエルグの近くに空中から突入前に仕込んだ矢が落ちてきた。しかし魔法の展開を止めることも出来ない。力不足もいいところだ。



「そうか。じゃあな」爆裂魔法が俺に向かって放たれる。この威力じゃドレイン・ドレインでも守れないだろう。完全に負けた。



「なら私が戦ってもいいのかい?」死を覚悟した時、目の前に褐色の肌に黒の髪を揺らした女が現れた。彼女は瞬く間に魔法を完封し、目にも止まらぬ速さで気絶をしていたレンと俺を安全圏まで引き離してくれた。



「また厄介なのが来たな。ラシル、お前も敵になったのか?」エルグはどこか悲しげな表情で彼女に問いかけている。どうやらオーバー家とギルガ家は仲が良かったらしいな。



「そうさ。もう戻れないところまで来たんだ」ラシルも寂しげな表情を浮かべている。本当に戦いたくないようだ。



「また一からってのも,,,無理だな。全力で来い」先程とは比べ物にならないほどの大きさと数の魔方陣が展開されていく。屋敷は半壊状態で空にまで魔方陣が伸びている。圧倒的な魔力の渦に気圧されてしまう。



「言われなくてもそうするよ」双剣を構え腕に取り付けていたボウガンのトリガーを外した。



「焼き尽くせ」魔方陣から膨大な魔力と共に火球と爆弾が飛び出だす。遠くからでも熱さで皮膚が焼け落ちる。回復魔法を発動させ続けないと俺とレンが死んでしまう。そんな中涼しい顔で闘っている人がいた。



「甘いね」空を自在に翔ける鳥の様に舞い火球を避け、ボウガンで空中に浮いたエルグに向かって矢を放っている。恐らく矢には即死の魔法か魔封じのエンチャントがされているのだろう。俺の矢のことは気にも留めていなかったが、今は避けている。



「昔と何も変わらないな」魔法を撃ち込みながら話を始めた。昔話か?命を懸けた戦闘の最中だってのに余裕だな。



「いつもお前の背を追う俺たちを完膚なきまでに叩きのめすところが」どこか懐かしさを感じる様な語り方は、信頼できた仲間だということを表していた。



「そして懲りずに何回も挑んでくるお前たちをあしらうのは疲れたね」ラシルも昔を思い出しながら話し始めた。俺には一つの物語の一部を見ている気分だった。



飛び交う斬撃にすべてを燃やす爆炎の魔法。その中で過去を振り返っててやり直すことはできないかと模索をする二人。決して叶うこと無いがそれでも抗うことはできないから、全霊をもって戦いに挑んでいる。なんでこんな風になってしまったのだろうか。



「話は終わりだよ。今回も昔と同じの様に,,,私の勝ちさ」ボウガンから放たれた音速を超える矢は空中を飛び回るエルグの心臓の横を貫いていた。俺は急いで治療に向かった。



「やはり,,,ラシルには遠く及ばないよ」地面に落ち、かろうじて呼吸をしているがもってあと数分だろう。俺の魔法じゃどうにもできない。極級じゃないと治せない。



「あんた、強くなったね」ラシルは血で染まったエルグの頬にキスをした。もしかして二人は想いあっていたのだろうか。だとしたら、この戦争は残酷すぎる。あらゆるものを犠牲にしてまで手に入れる自由は本当に自由なんだろうか。



「最期でこれを貰うなんてな。もう少し生きたかったな」頬に一粒の雫が流れ落ちる。今まで見た中で最も透き通っていて、美しかった。



「あんたの,,,まで,,,」あまり聞き取れなかったが想いが込められた言葉を贈ったのだろう。



エルグはラシルの胸の中で息を引き取った。その顔は寂しげで、だけど満たされたような顔だった。何も知らない俺でも泣きそうだ。時代が、身分が違ったら幸せな道を歩んでいたんだろうな。



「レンの様子を見てくる」二人の時間を邪魔したくはない。月が雲の間から顔を覗かせる頃、どこからか上がった煙が天まで届いていた。

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