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決別
しおりを挟むガッシュ、スザンヌ、アイーシャ、グスタフの四人は、
メインのお昼の時間帯が過ぎたことにより空いた椅子に座り、
休憩をとっていた。
他のテーブルにはまだ冒険者風の男女や、旅人のような風貌の人が。
座ってご飯を楽しんでいるが、店員としてそこら辺は問題ないのだろう。
「いや~。今日も今日とて忙しかったな~。」
「ゴブリン討伐の兵士の人たちが減ったので売り上げを比べると少し見劣りするかもしれませんが、いつも通り大変でしたわね。」
「うん。ちょっと、最近は特に忙し過ぎた。」
ガッシュとスザンヌは達成感から満足そうな顔。
二人の横でアイーシャはクタクタといった感じで、
柑橘系のジュースを紙製のストローで飲んでいる。
「忙しいことは良いことなのよ。」
「わかってるけど大変なのは大変なんだもん。」
アイーシャが最近の宿が忙し過ぎたことに愚痴を溢す。
母のスザンヌも気持ちは娘と同じだ。
ただ、宿の女将としては今後も繁盛を願っているのでむしろありがたい。
「ガッハッハ。グスタフと雇っておいて大正解だったな!そういえばお前が働くそうになったのもアイーシャが言ってくれたおかげだったな。」
「そうだな。記憶が曖昧なところをアイーシャが「記憶が戻るまでここにいれば?」って言ってくれたからだな。」
グスタフは記憶が曖昧な時期を思い出す。
(ここで働き始めたきっかけを与えてくれたのはアイーシャだったか。)
(今考えると、些細なきっかけながら間違いなく今の俺を作った人生の分岐点なのだろう)
そもそもは聖樹を確保する依頼を受けたことが始まりだが、
グスタフの記憶が曖昧なままここに留まる理由がなければ、
ここから早々に立ち去った可能性もあるだろうし、
この家族と親しくなければ加護をもらうことも無かったかもしれない。
「いや~、アイーシャには人を見る目があるのかもな?もっと忙しくなるようなら、またアイーシャに人を連れてきてもらおうか。」
「え~、わかった。グスタフみたいなの連れてくる。」
「みたいなのって、いいのか悪いのか。」
ガッシュが冗談半分、期待半分にアイーシャを宿の従業員の採用担当に。
グスタフはアイーシャの言いように苦笑いを浮かべる。
もちろんアイーシャはいい意味で言っているし、
ガッシュもスザンヌもいい意味で受け取っている。
しかしグスタフ本人は色々と問題を抱えているので、素直には受け取れない。
そして、ちょうど自分の仕事関連に話題が変わった。
グスタフはちょうど良いと、決心をして話し出す。
「ガッシュ、スザンヌ真剣な話があるんだ。」
ガッシュとスザンヌは、
ここ数日悩み事を抱えている様子のグスタフの言葉に真剣な雰囲気を纏う。
「俺は、この宿で働くのを辞めようと思う。」
「え?やめちゃうの?」
アイーシャにとってはあまりに突然すぎる話だったので、
キョトンとした表情だ。
「すまない。短い間だったが、色々経験させてもらった。記憶が曖昧な時から色々と助けてもらって、住む場所まで用意してくれて、ここで働けたことに関しては本当に感謝している。だが、俺はここではもう働けない。」
テーブルが突然真剣な話にムードが一変する。
スザンヌがグスタフを引き止める。
「そう。行くところは決まってるの?」
「...まだ、あまり考えてはいないが。そのうち何か思いつけば良いと思ってる。」
「そんな急いでいないなら、もう少し居てもいいのよ。計画を立ててから出た方がいいと思いますし、何より私たち家族も助かってるからね、あなた。」
「そうだな。グスタフには色々と助かってるからな。どうしたんだいきなり?そんなに急用なのか?」
「急用...ではないのかもしれないが、できるだけ早く動くべきではあると思っている。」
「そうか。」
引き止めることが出来なさそうな、覚悟が決まっている雰囲気を感じ取り、
三人は黙り込んだ。
そこへ宿の暖簾を潜る男が一人。
「すみません。ここにユーグスタスって人はいますか?」
(俺になんの用だ?)
自分の名前を呼ばれ、新しく宿に入ってきた男の姿を確認する。
ニコニコとした男。見た目は冒険者。
手には4投分のナイフ。
(こいつ!?ワーカーか!?)
見た目は上位の冒険者に見えるが、その雰囲気は元同業者のそれ。
その表情、その佇まい、その雰囲気。
体の中で危険信号が警笛を鳴らし、即座に体が反応した。
瞬時にユーグスタスは座っていたテーブルを蹴り上げる。
状況を理解できていない三人。グスタフが三人の体を掴みにかかる。
軽快に木造のテーブルにカカカカっと何かが突き刺さる音。
男の持っていたナイフが突き刺さった音だ。
(何がかくるぞ!!)
冒険者の勘が、蹴り上げられてターブル越しに危険が目前に迫っていることを知らせる。
男に一番距離が近いアイーシャを椅子から一ぱりだし、次にガッシュを引っ張った。
突如蹴り上げられた大きなテーブルが真っ二つに分断。
最後にスザンヌをその場から引っ張り出したが、
切り別れたテーブルの筋の延長線上にいたスザンヌの腕が深く切られた。
全員が店の奥、厨房の入り口方面へと叩きつけられる。
「あれ?随分と反応がいいね。Bランクって聞いてたんだけど。ハハッ、こりゃいいや。」
(こいつ!昼間から白昼堂々と襲ってくるか!?)
突然このような事態が発生したので、
宿で会話を楽しんでいた冒険者が突然の招かれざる客に立ち上がり、
宿の外には騒動の様子を伺う者が。
ちょっとした騒ぎになりつつある。
「お母さん!?」「スザンヌ!?大丈夫か!?」
三人は何が起こってるか理解が追いつかないものの、
スザンヌの腕から血が流れ出ていることに気づき、
アイーシャとガッシュが急いで駆け寄る。
「てめぇ!いきなり何してんだこの野郎!!」
妻の腕を触ると血が付着した。
目の前のことが突然すぎて、妻の大怪我に鼓動のリズムが速くなる。
目の前の人間に苛立ちを覚え、ガッシュは事の原因である男に突っかかった。
「止めろ!!」
「グッ!!」
グスタフの引き止める声。
男に怒り心頭で向かったガッシュも、何かを感じ腕を正面に回し防御を取った。
ガッシュの目に入るのは見覚えのある厨房で鍛えられた自分の腕。
血飛沫と共に宙を舞っている。
胸にヒンヤリとした寒気が通り、後ろに倒れながら同じく血が舞い上がった。
続く太刀筋に慈悲はない。
迫る襲撃者の顔と、この全てを引き起こしたであろう何の特徴もない剣。
「お父さん!!」
「させるか!ッ」
響くアイーシャの悲鳴。
《身体強化》によりグスタフは目の前の襲撃者が見せる一般人では到底反応もできない世界に追いつき、
首が刎ね落とされそうなガッシュを身を挺して守る。
ガッシュの首が繋がっている事を引き換えに、
振り抜かれた斬撃はグスタフの片腕を動かせない程のダメージを負わせた。
(クソ!、防具もなければ、武器も全部部屋に!)
状況はあまりに絶望的。
武器さえあれば、今の一連の流れ終止符を打てた可能性は十分にある。
しかし、無手の状態で武器を持った相手にそう簡単には入り込めない。
遅れて、体に痛みの信号が走り苦悶の表情が浮かぶ。
「う、うわぁあああああ!?」
それはガッシュも同じだった。
自分の腕がなく、顔には自分の血の感触。胸からも血が流れている。
「いや、いや!?」
子供のアイーシャに至っては父親と母親が一瞬にして大怪我を負ったことで、
どうすれば良いのか全く分からない。
自分の身に降りかかる危険への恐怖ではなく、両親がいなくなる恐怖。
「お前!何してんだ!」
ダイニングにいた冒険者の男女が状況を把握し襲撃者を取り押さえる。
しかし次の瞬間には全員の体が事切れ、地面にひれ伏した。
追って人数分の頭が地面を転がる。
(クソ!やっぱりAランクの化け物とでは攻撃を認知することも出来ねぇか。)
一般人では全く反応できない。一瞬で死体が増えていく。
実力がなければ争うことさえ許されない、災害にも感じられる存在。
それが化け物の領域Aランクだ。
「いや、君Bランクにしてはすごいね。曲がりなりにも全員守り切ったんだからさ。すごいすごい。」
目の前のワーカーは何故か気軽な雰囲気で拍手を送ってきた。
アイーシャの目には男が狂人に映る。
「や、やめてくれ!この人たちを傷つけるのは頼むから辞めてくれ!」
「え?いいよ、これ以上は何もしない。」
どこに隠していたのか、腕の本数とは似合わない投げナイフが飛ぶ。
「イッ!」
「グスタフ!」
ギリギリ投げナイフの速さに反応し、
通り名ともなった鍛え抜かれた自慢の太い腕で、
立ち上がることのできないスザンヌとガッシュへ向けられたナイフを両腕を広げ受け切った。
「ほんと凄いね!筋肉達磨だから力だけかなと思ったけど、今の全部見切るんだ。」
《身体強化》は体に覆われる魔力循環の膜により魔法を防ぐことができるが、
同時に皮膚が硬化する作用もある。
それでも、ナイフは両腕に刺さっている。
「ねぇ!辞めて!お願い!辞めてよ!なんでこんなことするのよ!」
次々とやられていく。
最も親しい人たちが次々と傷を負って行く。
目の前の理不尽に子供は泣きながら抵抗する。
「お願いだ。これ以上この子に辛い思いをさせないでくれ。この子の家族には、これ以上手を出さないでくれ。」
グスタフは、唯一守り切ったアイーシャが出す言葉を聞きながら、
興奮状態ながら、目の前の男の精神状態がどのように影響されるのかを危惧する。
「う~ん、そんなこと言われてもなぁ。あまり他人の気持ちなんか分からないし。まぁ、約束は守ってあげようかな。」
男はその子供の悲痛な叫びに心が動かされる様子はない。
(こいつ、ワーカーの中でも一番ダメな部類だ。)
冒険者ではなくワーカーになった人々の理由は様々だ。
払いが良い、裏の情報が回ってくる。コネクション、依頼内容。
だがおおよそ共通の認識としては、
冒険者のような表の世界では生きていけない社会不適合者。
裏の世界では活躍できるので、適材適所とでも言うべきなのか。
とにかく、男は人間としてもワーカーとしても非常に危険な部類だ。
「ガッシュ、大丈夫?気を確かに持って、寝たらだめよ。」
「あぁ、当たり前だ。」
「お父さん!お母さん!」
流血の酷いガッシュにスザンヌがよりそう。
アイーシャも泣きながらしがみ付く。子供一人ではどうしようもできない状況。
二人の顔から血の気が引いていく姿を見ながら、しがみつき寄り添うことしかできない。
スザンヌが動く方の腕で娘を抱きしめる。
「大丈夫。大丈夫よ。お父さんとお母さんがいるから。絶対に守ってあげる。」
「アイーシャ、泣くな。父ちゃんは大丈夫だから。」
親の二人の体も震えている。
それでも、親として大切な子供にできるだけ恐怖を与えたくないと。
一生懸命に二人は気丈に振る舞う。
それでも...
「アイーシャ愛してるぞ。お前が俺たちの所に来てくれて本当に感謝してるからな。立派で自慢の娘だ。」
「アイーシャ、覚えておいてね。ガッシュと私がどれだけ貴方のことを愛しているかを。大好きよ。」
「アイーシャ。今のお前でもめちゃくちゃ可愛いんだから、将来は絶対綺麗に成長する。もっと一緒に色々なことして、できればお前が好きな人を連れてきて、「お前なんかに娘は渡さない!」とか言いたかった。もっと、お前のために色々な場所連れて行って、思い出を作りたかった。アイーシャ大好きだからな。」
「大人になったあなたと話したいことが沢山あるの。一緒に装飾品とか見に行って、似合うものを買ってあげたりしたい。男の子の話をいつになったらするのか。私たちから少しづつ離れていって、一人で何を初めて行くのか、いっぱい、もっと一杯一緒に居ていろんなことをしてあげたいの。大好きよ。」
「ご飯はいっぱい食うんだぞ。悪い大人に騙されるな。人をいじめるなよ、絶対自分痛い目が帰ってくるからな。他人でも思いやれるような大人になれ。大切な仲間は一生もんだ、決してそう言うやつを裏切るな。大好きだからな。」
「恋は危険よ、人を盲目にするの。私も今だに変なのに引っかかってるから、アイーシャも気をつけて。自分に素直に生きなさい。どれだけ嫌われても、必ず誰かはあなたの味方になってくれるはずよ。人生で必ず立ち止まって、何が重要かを考えて。何事も優先順位が見えてくるはずよ。色々とこれからとがあるかもしれないけど、大切な物はいつも心がすぐに教えてくれるから。」
「やめて!そんなこと言わないで!お父さん!お母さん!」
二人は死期が近いことは悟っている。
同時に親として、これから先に旅立つ者として、
これから一人で生きるかもしれない娘にありったけの愛を伝える。
それが愛娘が号泣することにつながったとしても。
アイーシャが血塗れになりながらも、三人は寄りそう。
ニコニコした男はそのような光景を横目に...
「ねぇ。ちょっと君のこと興味持ったし、武器持って来れるなら持ってきなよ。」
「...え?」
「早めにしてよ。巡兵が回ってくるのも嫌だし。10秒あげる。ほら!、い~ち。に~い。」
(こう言う男は、気が狂ってるが約束は守るタイプのはず。)
(この10秒、絶対にものにしなければ!)
意味がわからいものの、男が武器を持ってくる時間をくれると言うのだ。
このままではどうしようもないと考えたグスタフは全力で部屋に向かい、武器を取り戻ってきた。
現場に舞い戻ると、アイーシャは無事だ。アイーシャは。
「お、おまえ...。」
先ほどまで抱き合っていたはずの三人。
アイーシャは呆然として血みどろになりながらも真ん中に座っており。
二人はすぐ横の地面に倒れている。
スザンヌとガッシュの額には刃物が刺さり、ピクリとも動かない。
ニコニコとした男はグスタフに向き直ると、言い訳がましく語った。
「あぁ、いやぁ。別に約束は破るつもりはなかったんだけど、あまりにも辛そうな顔をしてたからさ。助けてあげた方が良いのかな?って。」
「おまえ...。おま゛えぇええええええええええ!!!!!!!!」
グスタフは涙しながら怒りに咆えた。
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