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拉致・誘拐

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翌日からはいつも以上にダインは働いた。

少しつづ宿屋としての仕事に充実感を得る様になっていた。

これまでの自分よりも、これからの自分を想像して生活することで記憶がなくなった不安も薄れつつある。

手掛かりが無い物を想像しようが、本当に自分の記憶であるかは分からない。

記憶が戻れば尚良い。

そう考えることでダインは満足だった。


ダインの巨体と噂は巷で有名になっていた。

きっかけは商人が運んでいた重量のある物資を荷台に詰め込むのを手伝ったことだ。

地面に置いてあった小麦の袋をひょひょいと荷台に積めば感心された。

その腕力を生かし護衛にどうだと誘われたが、立派な防具をつけている割に俺は戦った経験がない。

宿で働いているのを口実に断った。

それ以降、街では心優しい巨人として村の老人に物を運ぶのを手伝ってくれと頼まれる様になった。

悪い気はしない。確かに自分の体は人より強い。

ちょっとした重い荷物を運ぶのを手伝うだけで感謝してもらえ、お駄賃も貰えるわけだ。

これしきで街の人々のためになるのであれば本望だった。



宿で働き始めて二週間。

初めての休みを貰った。

ダインは特に何もせず、街を歩き心と体を休めるつもりだった。

中央通りを歩いていると、療養所についた。

俺を治療した薬師がいたので話かけた。

薬師は自分が元気そうで何よりと言った感じだ。

そこでふと思う。


(自分があの朝、目を覚ました場所に久しぶりに行ってみるか)


薬師と別れてからは中央通りを歩き、村の中心部を離れ外れにやってきた。


「これがあの時必死に通った土道か。」


二週間前の死ぬと思っていた時の自分を思い出しながら道をたどる。


(確か途中で土の道に習って歩いた。ここらから雑草の中を歩いたはず...)


しばらく道なりに歩けば、道は終わった。

そこで記憶を頼りに自分が歩いたであろう雑草のなかを歩いた。

目標めじるしなどない。

ただ雑草の中を歩いている様に見える。

だが何故か自分はここを歩いていたと分かる。

ちょっとした枝の折れ具合や土の具合で分かる様な気がする。


(意外と俺は本当に凄腕の冒険者だったのかもしれないな。)


すると自分が目を覚ました場所に本当についてしまった。

あわよくば冒険者証が落ちていないか周囲を確認したが、何も落ちていない。


(やはりか。そんな都合のいい事ばかりあるわけないな)


しかしある事に気づいた。

殆ど消えつつあるが、自分が目を覚ました場所から雑草をかき分けた道が一直線に見える。


(辿るか。)


関係あるかは分からないが、唯一目につく何かだ。

殆ど消えかかっていたので、かなりの時間を使って跡を遡った。


「なんじゃ。其方か。」


突然後ろで顔がしたので振り返った。

そこには真っ白な毛に赤い目が特徴的な獣人。

アイーシャの恩人のアルがいた。


「此処で何をしておる?」

「あ、いや。俺にも分からん。ただ、何かを...」

「はっきりせんな。不思議な奴よ。」

「確かにそうだな。アルは此処で何をしているんだ?」

「此処で何をしているも何も。此処は吾の庭じゃて。」


そう言ってアルは目の前にある立派な樹を指差した。


「これが住処じゃ。」

「開放的で良さそうだ」

「良さがわかるか。そうかそうか。こう言ったものに其方は目があるかも知れんな。来い。」


ダインはアルが木に住んでいる事に関して特に何も思わなかった。

だから当たり障りのない発言をした。

するとアルは住処である巨大な松の木に俺を招待した。

特に断る理由もなかったためについて行った。


「この、武器と防具の数々は?」

「これか?これは飾りじゃて」


様々な剣が地面に突き立てられ、横には防具が落ちている。

みる人が見れば不気味だった。

日陰に入り、少し語った。

話の流れでアルに記憶をなくした際の話もする事になった。

するとアルは興味深そうに俺を見ていた。


「そうかそうか。道理で其方の脳はブレているわけじゃ。」

「そう...なのか?」


紅色の目が怪しく光った様な気がした。

直後に訳の分からない発言をされ、俺はどう返せばいいのか分からなかった。

そのままアルは立ち上がり、木の上へと軽々と飛び上がった。


「ほれ、これを持って見せよ。」


身軽に降りてきた時には巨大な剣が手に握られている。

見た瞬間にどこか懐かしさを感じた。


「これ、良いな。」


握れば手に吸い付く様な感覚を覚える。

何故か使い慣れている感じがある。

軽く振ってみると見た目通りずっしりとしている。

考えればこんな大剣を軽々と持ってきたアルに感心する。


「何故魔力を使わぬ?」

「魔力?」

「...そう言えばそうであったな。」


アルは俺の体に手を触れた。

何をするのかと様子を見れば、突然体の中から力が溢れかえった。

力が漲る。

改めて大剣を振り回せば紙切れの様に感じられた。


「こ、これは。重い荷物を運ぶ時の感覚に似てる。」

「其方の話であったか、心優しき巨人とは。名は良く聞こえてくる。」


その名前は正直小っ恥ずかしい。

知って欲しくない名だった。


「無意識に使っておったかも知れぬの。」

「あぁ。これはすげぇ。イデッ、イデデッ」


突然頭痛が走る。

この大剣を振り回している自分の姿が頭に浮かんだ。

思わず手を離してしまう。

アルを見れば怪しく光る目で俺のことをみていた。

その顔には笑みがあった。


「ククッ。そうか、其方がそうか。その獲物、貴様にくれてやる。取っておくと良い。」

「ちょ、ちょっと待て。お前は...」


ダインはあまりの頭痛に意識を失ってしまった。







「ねぇ、ダイン。起きてって」

目が覚めればアイーシャが目の前にいた。

宿の近くだ。

どうやら道端で寝ていた所を見つけたらしい。

上体を起こせば横にはあの大剣が置いてあった。

アイーシャが大剣をみて驚いている。


「これどうしたの?」

「いや、貰った。」

「貰ったの?誰から?」

「アルから。」

「アル!?ココにきてたの?ちょっとぐらい顔を出してくれたら良いのに。」

「あ、あぁ。そうだな。それなりの理由があったんだと思うが。」


アイーシャはアルが近くにいたのに挨拶もしてくれなかった事に不満そうだ。

だがダインの頭の中はそれどころじゃなかった。







その夜ダインは寝れなかった。

突然頭に蘇った断片的な記憶、魔力、大剣、白毛の獣人アル。

頭があまりに考え事に集中していて、感覚が研ぎ澄まされていた。

寝ているどころではなかった。


「ククッ。そうか、其方がそうか。その獲物、貴様にくれてやる。取っておくと良い。」


頭に残っているアルの言葉だ。

一体アイツは俺の何を知っているのか。

何故この大剣を持っていたのか。

あの地面に刺さっていた数々の武器はなんなのか。

答えのない疑問が沢山ある。

だがいつでも聞けるわけではない。

宿を明ければスザンヌとガッシュに迷惑がかかる。

アイーシャにもだ。


(次の休みを貰った時に、絶対に聞き出してやる。)


一度答えのなかった疑問にヒントが現れると、ダインの心の中では疑問を解消する火が燃え上がった。

少し興奮していたかも知れない。



突如宿に怪しい気配を感じ取った。

頭の中にある雑念を払いながら意識を向ける。


(普通の足跡ではない。明らかに怪しい。)


ダインは護身用に大剣を持ち廊下に出た。

気を研ぎ澄まし気配がどこに移動しているのかをゆっくりと追う。


(今は戦える様な気がする。)


断片的な記憶を取り戻したからか、自信で溢れていた。

突然気配が素早く動く。

それに合わせてダインも動いた。


(その付近は!)


怪しい気配は、宿の客が泊まれないスザンヌ、ガッシュ、アイーシャが寝ている寝室に移動した。

後を追いかける様に三人が寝ている寝室に向かえばドアが空いている。

身構えながら寝室に入るとガッシュとスザンヌは健やかに寝ている。

なんの異常もなさそうだった。


(っ!!)


夜の冷たい風が窓から入り、カーテンが揺れた事にビックリしてしまった

ゆっくり見回したが特に何も怪しい所は見つからない。


(気のせいだったか?今見つかったら大変だな。)


何もないのであれば、ダインが突然寝室に入った変質者となる。

気まずいので早めに出ようとした。

しかし、ふと何かが足りない事に気が付く。


(アイーシャはどこで寝ている?)


キョロキョロと見回しても彼女がいない。

大人に比べて小さい寝具を見つけたが、誰も寝ていない。

そこで頭の中で何かがハマった。


(窓!窓から逃げられたか!?)


窓から頭を突き出すも、いつもと変わらない外観だった。

既に遅い。遅すぎた。







その夜、アイーシャは2度目の行方不明兼誘拐された事となった。

『餓鬼の命が惜しいなら聖樹を差し出せ』

という唯一発見された置き手紙を残して。
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